メガネ端正(転生) 作:飯妃旅立
まだ十八歳である。
生まれる前からその存在を知っていた義弟君こと、ヒューバート。
遥か未来では単騎でラムダやらフォドラクイーンやらを倒しきるポテンシャルのある彼は(まぁ彼らは全員出来るのだが)、今はただの幼い子供だ。
むしろ十一歳までをストラタで過ごしていない分、常識や知識と言った部分に周囲の子供達と隔絶した差異が出てしまっているだろう。
俺はその穴埋め役。その上で、軍人に必要な知識などは彼が自ら吸収していくだろうからな。
「おはようございます、ヒューバート」
「お、おはよう……ございます……レイモンさん」
「はは、何度も言っていますが、私の事はレイモン、もしくは
「ひっ……ご、ごめんなさい……」
……まぁ、こういう反応をされれば流石にわかる。
ヒューバートが来てから何度も部下のアイツと会議を開いているのだ。そこで、しっかり指摘されている。
「失礼ながらレイモン様。貴方の外交用の口調は、普段の粗暴なものよりよっぽど怖いですよ?」と。イライザですら「あー、うん。もう戻さないでいいカナ……」などとそっぽを向く始末。
これだけにこやかにしているのに何故なのか、は全く分かっていないのだが、指摘されたのだから仕方がない。
ただ、俺はこれ以上の優しく仕方を知らない。素に戻れば「馬鹿め」だの「うるせえ」だの、少々とは言い難い程に粗暴な言葉が出て来てしまうので、自己暗示アイテム:メガネをかけている間くらいでないと優しい対応が出来ないのだ。
なので、申し訳ないが我慢してもらおう。
何、俺の解任権は彼の方にある。本当に我慢できなくなれば、すぐにでもポイだ。
それをしないのであれば、まだ余裕があるのだと取る。
「まぁ、呼び名など些末な問題です。
さて、ヒューバート。叔父ガリードはああ言っていましたが、貴方にはいくつかの選択肢がある。
1つ。オズウェル家の当主を目指し、武から手を離し、勉学にのみ励む道。これは余りお勧めしませんね。将来ガリードのようになりたければまぁ、知りませんが。
2つ。貴方の歳だと、ちょうど一年後から入校できるストラタ軍学校に入り、国を守る道。無論勉学も求められますし、国防ですから危険な事もあります。まぁ、努力が実ると言う点では最もわかりやすい道かもしれませんね。
最後に、3つ。
ご両親も、私も、ガリードも、ストラタという国も、ウィンドルという国も……全てを無視して旅に出て、彼方への安住の地を探す、という道です」
他にも探そうと思えばあるのだろうが、提示できる道はこの3つだ。
勿論、俺が選んだのは三つ目。だが、この道は俺のような特異性が無ければ茨の道だ。
そして一つ目と二つ目は、まぁなんというか……。もし俺がこの二つを前にどちらかを選べと言われたら、即刻二つ目を選ぶだろう。
あのガリードの様になりたい、なんて思う奴がいるとは思えない。
……常に仏頂面で、人生楽しいのかなアイツ。
だからと言って、軍に入る道をはいそうですか、と選べるわけではないのだろう。
戦隊ヒーローに憧れる程度には戦闘を好む者だとしても、それはそれ。これはこれ。
今までラント領の息子として育ってきた彼が、史実に於いて軍を志したのは何がきっかけだったのか。
それが起きない内は――、
「ぐ……」
「はい?」
「うっ……ぅぅぅ……ぐ、軍に……ストラタ軍に、入りたい……です」
……へぇ?
「あ、ぃゃ、その……」
「つまり、2つ目の選択肢を選ぶと。
どれがどれよりも、とは言いませんが、茨の道ですよ? 何故ならこの道は、明確な力が必要です。ヒューバート。失礼ながら君には、
ス、と。
(多分)俺の流し目に怯えきっていたヒューバートの瞳に、光が戻る。
なるほど。
彼の兄が、自身の力の無さを実感したように。
彼もまた、その手に無いソレを欲しているのか。いやはや、アストン・ラントに捨てられたと思い込んでいる、つまるところ自身を被害者だとしか思えないタイプかと思えば、いやいやはやはや。
流石ウィンドル国民。
立派な騎士様じゃあないか。
「……軍に、ストラタ軍に入ります……!」
「フ……今の言葉が、単なる私への反抗だけでない事を祈りますよ。
では、ヒューバート。貴方は十一歳までを他国で過ごした分、同年代のストラタ生まれで軍を目指す子供より、酷く劣っている事を自覚してください。ストラタ国民であれば誰もが知っている国土、天候、魔物への対処。それを貴方は一から覚えなければならない」
特に天候への無知は命取りだ。
ユ・リベルテの貴族の子供はどうか知らんが、セイブル・イゾレの子供ならば例え習った事が無くとも、強風や砂嵐、無風状態といった突然の天候の変化に対して適切な対処法を知っている。
ユ・リベルテの子供達でも、砂漠に於いて水は飲みすぎてはいけない、くらいの常識はあるだろう。
だが、ウィンドル国から来た旅人が年々砂漠で遭難・脱水症状での死亡等の事故が相次ぐように、砂漠の無い国の彼らは大人であっても対処知識が無い。
ストラタ生まれの子供達が生きていく上で知っている常識、その十二年分を、彼は最悪高等へ上がる歳、十四歳までの三年間で覚えきらなければいけない。
勿論その間の身体づくりも欠かせないし、資産運用に関する横やりが必ずガリードから入って来るのでそれも処理する必要がある。
俺の様に旅に出る腹積もりであればその分ではないのだろうが、この瞳を見る限りその可能性は全くないのだろう。
「それでも、やりますか?」
「……はい!」
おぉ、びっくりした。
いつもの尻すぼみな返事かと思えば、なんだなんだ。
元気な返事もできるじゃあないか。
「ふむ。まぁ、やる気だけはあるようだ。それが口先だけでない事を祈りますよ。
あぁ、途中で辞めても構いませんからね。困るのはガリードと貴方だけ。私にデメリットはありません。
では早速、勉学を始めましょうか。
授業中、コクりとでもしたらやる気が無いと見做しますので、そのつもりでお願いします」
「ぅぁ……、……はい!」
では、ここからは優しさも捨てよう。
十二年を三年に圧縮するのだ。なまっちょろい授業速度では、到底追い付けない。
なお、俺の授業に教本は無い。教えるべき事柄はすべて頭に入っている。無論ノートを取るかどうかは彼の自由だがね。
今日の授業はノートを取る必要のない内容にするつもりだが、この授業が終わった後、筆記具が欲しいと言い出すかどうかで見限りはつけるつもりである。
「あ、あの!」
「家の中ですから、あまり大きな声を出さないように。
それで、なんですか?」
「ぅ、ごめんなさい……。
……その、何か、紙……とか、書く物……とか、もらえ、ますか……?」
「……いいでしょう。
ただし、これからはオズウェル家の子として、家族として、『貰えますか』ではなく『欲しい』と言ってください。今でこそ教育の立場としてこうして話していますが、本来貴方の方が私に指示を出す立場。上に立つ者は上に立つ者なりの目線というものがあります。
そして、一々謝らないでください。オズウェル家の品位が落ちますよ?」
謝ろうとしたヒューバートに釘を刺す。
謝るべき場面で謝る事が出来るのは良い事だ。美徳であるし、人間関係も円滑になる。
だが、謝り過ぎればそれは毒だ。謝罪の重みが軽くなって行き、「言葉だけ謝れば良いと思っている」などと誹りを受けかねない。
「ご……ぅ、は、はい!」
「大声を出さないこと」
「うぅ……」
だが、まぁ。
初めから筆記具を欲したのは、評価に値する。
「では、出かけましょうか」
「えっ……?」
「貴方の筆記具を買いに行くのですよ。
私の使い古した物では、少々耐久性に難がありますからね。あぁ、お金に関して貴方が気を揉む事は一切ありません。私は貴方の秘書ですから、貴方の欲す物の代金は私が支払う事になります。
ですから、ええ。
購入した物は、大切に扱ってくださいね?」
これは本音。
元から物は大切にする方だとは思うのだが、流石に買い与えた物を一週間二週間で壊されたらたまったものではない。よくペンだの靴だのを一週間二週間でボロボロにし、「努力の証」だのと言われる事例があるが、そんなのは嘘である。
自身のスキルを高める事に集中するあまり、「物を大切にする」という常識以前の問題を無視した結果の成れの果て。
俺はヒューバートに、そんな身勝手で傲慢な言葉を吐くような子供になって欲しくは無い。
「……はい!」
「大声を出さないように」
「ぁぅぅ……」
では、出かけよう。
半年が経った。
「ふむ……筆記は満点ですね。
……嬉しそうな顔をしていますが、ストラタの子供であればこれは出来て当然の問題です。この程度に達成感を覚えているようでは、先が思いやられますね」
「ぅ……」
「ですが、まぁ……行いに対しての報酬はあげましょう。
ストラタの子供であっても、一つ二つの我儘は言いますからね」
「……報酬、です……か?」
「はい。報酬です。
何か欲しい物はありませんか? オズウェル家の資金力を以てすれば、早々購入できない物はありませんよ。あぁ、ガリードからの愛、などという存在しない物に付いては別ですが」
「……ぼくは、その……義兄さんの持ってる、それ……が欲しい……です」
それ。
ヒューバートの指が指し示す先にあるのは、流石に経年劣化で使い古された(今でも現役だが)、宝石の練磨道具。大統領から貰ったヤツである。
「……こんなものでいいのですか? 確かに子供が欲すには値が張りますが……もう少し高級な物でも良いのですよ?」
「あれが、いい……です」
「ふむ。
わかりました。流石にこれについては大統領から直々に頂いた物ですから差し上げる、というわけにはいきませんが、新しい練磨道具を買ってあげましょう」
「大統領から~」のくだりでヒューバートが目を剥く。
まぁ、今思えば確かに……大統領と個人的なつながりがあるって、それなりに凄い事だよな。
「さて、では座学に関しては一区切りです。
これからは、武術に関する授業も行おうと思っています。
が、私は弓兵。貴方は双剣を使うということでしたね。そちらの技術に関しては、軍学校に入学してから自身で研鑽してください。
私から教えられるのは弓の技術だけ。学ぶ必要が無いと思うのであれば、この授業に関しては体力作りだけとなりますが……」
「い、いいえ……教えて、ください。
義兄さんの弓の技術は凄いって……聞きました」
「おや、もう友達が出来たのですか?
いえ、それにしても私の弓を見た事のある子供がいるとは……」
「あの、その……ダイランさんに……」
……?
だいらん??
「あ、私の名前ですね。レイモン様は滅多に呼んで下さりませんが、ダイランといいます」
「……なるほど。
ヒューバート。この男の言葉は九割方嘘ですので、真に受けないように」
「えっ……は、はい……」
流石に「えーひどいなー」などというふざけ方はしないコイツであるが、一応監視役としてここにいる。報告などはしっかり行っているので、ガリードにも信用されているのだ。意外な事に。
もっとも、
「こほん。
まぁ、いいでしょう。私の弓の技術、全てとは言いませんが……貴方に授けますよ」
「お、お願いします!」
「大声を出さないように」
「うぅう……」
そんな感じで、十八歳。
ちなみに描写はしませんでしたが、授業中のレイモンはメガネを黒縁に変えています。
あと匿名解除しました。