メガネ端正(転生) 作:飯妃旅立
中盤悩み
後半ギャグ
の構成でお送りいたします。
十九歳になった。
ヒューバートは十二歳になり、軍学校の扉を叩く事の出来る歳である。
が、同年代の子供達と同じ知識水準かと問われれば、まだまだ、という所。
元来の性格から図鑑などを見るのが好きなようで、ストラタにいる魔物や生物に関する知識は教えずとも吸収して行った。懸念していた天候に関しても、スポンジが水を吸う様にどんどん覚えて行く。
体力作りにも果敢に励み、最近は恐らくサンオイルスターのものであろう、珍妙な……もとい、所々実用よりかっこよさを求めてるよな感のある術技を編み出している。
それでも、まだまだ。
だが。
「……本気ですか? 現在の貴方程度の実力では、知識も、戦闘能力も、全てが皆に劣ります。ヒューバート。貴方が個人であれば、どうぞ御勝手にと、どうぞ馬鹿にされてきてくださいと送った事でしょう。
ですが、貴方はオズウェル家の顔。オズウェル家という格に泥を塗ってはならない存在。
故に、劣っていようとも追い付かなかろうとも、常にトップを走る必要があります。
残念ですが、私には貴方程度がそれを行えるようには……到底見えませんね」
本当はオズウェル家の格なんざどうでもいい。
家出するつもりマンマンで、既に堕ちた神童なんて呼ばれている俺の方が泥を塗りたくっているのだが、立場上言わなければならない事だ。
この歳でもう、軍に入りたいなどという義弟には。
「そ、れは……レイモン、あなたの……目が、僕を見誤っているだけです……!」
「……ほう」
だが、ヒューバートは十二歳にして。
たかだか一年、未だに仲良くなったとは言い切れない俺に対して、ここまでの啖呵を切った。
片鱗、という奴か。そうだよなぁ、未来ではどんな相手にも「覚悟を決めろ!」とか「派手に踊れ!」とか言えちゃう子だもんなぁ。
俺程度じゃ、歯牙にもかけないか。
「
なれば、なればこそだ。
この子が、果たしてどこまでやれるか。
見届けるのもまた、一興だろう。史実に於いてどの歳で軍に入ったのか分からない以上、博打に近い行為だが――ふん、オズウェル家の命運なんざ知った事か。
そこで潰れるのなら、そこまでだ。別に彼がいなかろうと、プロトス1と未来のラント領主は世界を救う事だろう。
いつもの甲高い外交用の声を辞めて、素に戻る。
メガネを外す。
「しかし、そこまで言うのだったら、好きにするといい。
止めはせん。ガリードは俺が説得してやろう。
だが、何も為し得ずに帰ってきたのならば、その時は――」
「……」
俺の雰囲気の変化に驚いている様子のヒューバートだったが、しかし戸惑う事無く、しっかりと俺の言葉を聞いている。
良い子だ。偉い。これがイライザだったら「えぇーっ!? なんで!? さっきの綺麗なレイモン君は!?」とかなんとか喚いている。アイツもうそろそろ三十路なんだがな。
「その時は、お前に許された自由はすべて消えると思え。ガリードの傀儡となり、金を増やすためだけの政治の道具――いや、落ちこぼれにはそんな地位すらも与えられんだろうな。
まぁ、ゴミを押し付けられたとして、ガリードがアストン・ラントに文句を付ける事は想像に難くない。はは、そうすれば奴らの元に帰る事が出来るやもしれんぞ?
使い道のないゴミとして、だがな」
うーん、いや。
丁寧に喋らないと口が回る舌が回る。
喋りやすい……。ついつい饒舌になってしまうな。
「一度言った言葉は取り消せん。書類は自分で調べ、自分で書け。
寮制度を使用するかどうかは自分で決めろ。いいな?」
ストラタ軍学校には寮制度が存在している。
群を主とするストラタは、普段の生活から群れる事を良しとし、それゆえの団結力も期待しているのだ。ウィンドルの騎士学校にも寮はあるようだが、そちらはなんと個室らしい。まぁ、騎士故に最悪の状況に陥った時、一人でも生きていけるようにするためのものだろうな。
話が逸れた。
改めてヒューバートを見る。
そこには、強い意志を持った……未来の少佐殿の姿があった。
「はい。レイモン、貴方の手は煩わせません」
「そうか。
では、お前にこれをやろう」
懐からソレを取り出す。
本当は誕生日プレゼント、的なノリで持ってきたものだが、良い機会だ。
毒として使わせてもらおう。
「……これは」
「神珠ウォライズ。
装備するだけで、手軽に、簡単に、苦労する事無く強さを得られる宝石だ。
どうしても追い付けない相手や、自身の才の無さに嘆いた時は使うといい」
「……いりません」
「いや、持って行け。
お前がどれほど意地をはろうと、お前がオズウェル家の顔である事に変わりは無い。
泥を塗りそうになったら使え。使わなければならん。それは気持ちの問題ではなく、義務だ」
押し付ける。
攻撃・防御+40、下限CC+3のお手軽強化宝石。
さてはて、これを使う魅力に勝てるか、それとも使う必要が無いくらい強くなるか……。
「……わかりました」
神珠を受け取るヒューバート。
ちなみに現状俺が研磨した中で最高クラスの宝石である。元は誕生日プレゼントだからね。そりゃ今あげられるもので一番良い物を上げるよね。
「ふん、せいぜい気張る事だな」
「はい!」
「良い返事だ。軍では声を張り上げて行け」
ならば、教える事はもうない。
勝手に覚えろ。俺は……ガリードの説得手段でも考えるかね……。
「……頑張れよ」
既に頑張っているのだろうが――まぁ、応援はしておくぞ。
「そうか」
ガリードにヒューバートが軍門を叩いた事を話した直後の反応がこれだ。
もっと怒る、怒り狂うと思っていただけに、拍子抜けである。
「ふん、お前でもそのような顔をするのか。これは気分が良いな。
大方、あの子が軍に入る事に、私が反対しないのが疑問なのだろう?」
「……はい。
理由を聞いてもよろしいですか?」
「ク、お前にわからんことがあって、私がわかっているというのは……愉快だな。
教える義理も無い。自身で考えろ。尤も、お前には教えてこなかったものだ。お前では理解できんだろうが、な」
こんな上機嫌のガリードは初めてだ。
いつも爪を噛み、気難しい顔で何かを考えているガリードが、今だけは微かにではあるものの、口元に笑みを浮かべている。
俺の不明がそんなに嬉しいのか? いや……普段から粗忽者なんて言っているのだから、俺を見下しているはず。そんな俺に勝った所でここまで喜ぶはずもない。
「本当にわからない、という顔だな、レイモン。
実に愉快だ。もう下がって良いぞ。お前に言う事は何もない」
やはり答えはくれないか。
なんだ、俺に教えてこなかったものって。そこまで多くを教わった覚えがそもそもないんだが?
……ヒューバートを怒らない理由? が、俺に教えなかったもの……?
結局答えは出る事無く、多少のモヤモヤを残したまま……ヒューバートは軍の門を通り抜けて行った。
「あ、それは多分だけどー」
「イライザ、やめとけ。こういうのは自分で気付く方がいいんだ」
ガリードとの話をイライザとモーリスにしたところ、こういう反応が帰ってきた。
どうやら二人は一瞬で気付いたらしい。なんだ、天然とかか? 馬鹿さ加減とか?」
「声に出てるぞ」
「おぉ、気付かなかった」
しかし、自分で気付く方がいい、と来たか。
なら緊急性は無いな。誰かに指摘される必要があるものならば、すぐにでもと来たのだが……だったら、別に気付かなくても良い。
疑問は残るが、それだけだ。
ヒューバートは無事に軍学校に入った。ガリードは上機嫌で、俺もヒューバートに期待している。
誰も損をしない。素晴らしいじゃないか。
「ま、アレだな。
お前もそろそろいい歳だろ? 好きな奴でも出来れば、自ずと気付くだろ」
「あ、そういえばレイモン君って恋愛はどうなの? 好きな子とか、いないのー?」
既に眠ったらしい娘の居る部屋を見て、柔らかく笑う二人。
見せつけやがるぜ。
「……いないな。今のところ結婚する予定も無い」
特に思い当たる女性は見つからない。
そもそも俺は六年後には家を、国を出て、アンマルチアの里に移住するつもりなのだ。
結婚なんか欠片も考えていない。あの里で、英知と技術に溺れて死ぬ、くらいの未来設計だった。
「イマスタちゃんは?」
「イマスタは妹のようなものだな。そこに恋愛感情は無い。強いて言えば、共同開発者……つまりは仲間だ」
「じゃあ……って、ありゃ?」
「レイモン、お前……女ッ気無えなぁ。研究ばっかしてるからだぞ」
「無くても問題は無い。
あったら面倒だろう。お前らのように最初から関係性があるならともかく、今から互いの人となりを知って好き合う、なんか面倒でたまらない。俺の恋人は技術だ。残念ながら、お前達の期待するような話は欠片も無いぞ」
アンマルチアの技術こそが、恋人である。
憧れてやまない。もし結婚するならアンマルチアの人々が良い。する気はないが。
「寂しい奴だな……あぁ、だが、お前の面倒見てやれる女なんて早々いないだろうな……」
「あー……」
「そう言う事にしておこう。
実は得られなかったが、問題は解消した。礼を言うぞ」
「おう。たまにゃ昼に来い。歓迎するからよ」
「ふふん、私の料理を振る舞ってあげるよ!」
そう言えば料理はイライザがやってるのか。
……大丈夫なのか?
「む! 声に出さなくても、その目は『お前、料理作れるのか?』っていう目だね! ふふん、残念でした! 私、料理だけは得意なんだから!」
「あまり大声を出すと娘が起きるぞ」
「あっ……ホントだからね?」
「あぁ、コイツの飯は美味いぞ。飯は」
そうか。
なら、いつか食べさせて貰おう。
いつになるかはわからないが。
「じゃあ、今日の所は帰る。
夜分遅くに、助かった」
「おう」
「気を付けてねー」
会釈を一つし、家を出る。
時刻は夜。満天の星空が広がっている。
「……俺に無いもの、ね……」
まぁ、大体の見当はついたが。
それを欲しいとも、思えなかった。
二十歳になった。
ヒューバートが軍に行ってから早一年。ちなみに寮制度を選択していて、休日たまに帰ってくる以外はずっと寮か学校にいるらしい。
史実でもそうだったのかは定かではないが、果たして十二十三の子供がいきなり自身の身の回りの世話を行えるものなのだろうか。
……まぁ、何とかなっているから――ヒューバートが努力しているという話を、風のうわさで聞くのだろうが。
「ですから、この辺りには余り来たくないと……」
「でも、この辺りにあるらしいのよ~、噂のクレープ屋さん!」
ん?
聞き覚えのあり過ぎる声と……聞いた事の無い少女の声。
……ニヤリ。
物陰に隠れる。
「いいですか、軍人たるもの、例え休日でも気を抜いては……」
「何言ってるのよ、休日だからこそ羽を伸ばすんでしょ。羽を休めて、学校ではバリバリ勉強する。そっちの方が軍人として正しいと思うんだけど、どう?」
「ぐ……。
ま、まぁ良いでしょう。確かに休養は必要ですからね。
……ただ、出来る事ならこちらの区画には来たくなかったのですが……」
「さっきから何を嫌がってるの? あ、もしかして実家があるから?」
「……それがわかっているのでしたら、そのクレープとやらを購入した後、即刻にでもこの場を離れたいですね」
「えー、なんで? そりゃ私なんかと一緒にいるのを見られたら……困るかもしれないけど」
「どうしてそうなるのですか。別に、貴女と一緒にいる事が僕のマイナスになる、なんてことはありませんよ」
「……ありがと。
あ、クレープ屋さん発見! こっちこっち!」
「わわ、引っ張らないでください!」
……おいおいおいおい、なんだかいい雰囲気じゃないか!
え? 春? ヒューバートに春到来?
義兄を差し置いて、やるな! 頑張れヒューバート!
「ん~、美味しい!
はい、あーん」
「いえ、自分で食べられますから……」
「あ~ん」
「……はぁ」
学生時代の青春は、得てして長続きはしないものだ。ましてや軍人同士ならば。
だが、それはそれ、これはこれ。
大いに楽しむといい。オズウェル家での鬱屈とした環境より、そういう甘酸っぱいイベントが多くなれば彼にとってもプラスだろうしな。
「それにしても、これ……本当に貰ってよかったの?」
「何度目ですか、その質問。
……良いんですよ。僕にはもう、必要ありませんから」
「でも、去年はヒューバート、『義兄さんに貰った数少ない物だから……』とか言って、大切そうにメンテナンスしてたじゃない」
「うっ……その、去年の口調を真似るのはやめてください。
……確かに、去年までは……それを手放すなどという考えはありませんでした。ですが、僕はもう道を決めたんです。その道に於いて、宝石を練磨している暇はありませんから」
へぇ。
俺が買って上げた練磨道具を譲ったのか。
という事は、彼女が……。
「……ねぇ、ヒューバート。
よく話に出てくるお義兄さんって、どんな人なの?」
「貴女も噂くらいは耳にした事があるのでは?
容姿端麗、頭脳明晰。非の打ちどころの無い好青年ですよ」
「そういうのじゃなくて、ヒューバートから見たお義兄さんの話が聞きたいなって」
……さてはて。
俺はどう思われているのか。
「……不気味な人です」
「不気味?」
「ええ――何を考えているのか、まるでわからない。丁寧な言葉の裏腹に、こちらを見下しているような冷たい印象と、何かを期待しているような、羨望のような眼差しと……。
大凡、僕のような子供に……当主の座を奪った僕に向ける視線としては、些か複雑すぎるそれを向けてくる、怖い人」
……あーらら。
「それが、軍学校に入る直前までの印象でしたね」
「今は違うの?」
「……わかりません。
ただ、僕が軍に入る前に見せた素の義兄さんは……口調こそ此方を見下すものでしたが、声色に込められていたのは純粋な期待だった。恐ろしい程に純粋な期待。まるで僕が辿り着く果てを知っているかのような、今まで見た事の無い表情で。
……義兄さんはエレスポットの開発を行った、紛れもない天才です。幼くは
砂漠で遭難した佐官を救出したり、大統領と直接の繋がりが有ったり……とにかく、信じられないような逸話ばかりを持つ人だ。
……だというのに、何故でしょうね。あの人が僕に期待をするのは。
僕はあの人に、何を求められているのか……よく、わからなくて。だから、不気味なんです」
ヒューバートの長い独白が終わった。
そうか。俺の期待……なまじ未来をしっているからこそ生じていた期待は、彼を追い詰めていたのか。
これは申し訳のない事をした。
「……ヒューバート、お義兄さんが……怖いのかしら?」
「いいえ。
怖くはありません。恐ろしいと思う事も、不気味と思う事もありますが、怖くはありません」
「どうして?」
「……陳腐な表現なので、あまり使いたくはないのですが……。
家族愛、とでもいうのでしょうか。義父さんも義兄さんも、全く表には出しませんが……ちゃんと僕を愛してくれている。それだけは、わかるんです」
……盗み聞きなんてするもんじゃないなぁ。
いやぁ……そんなもの、俺にあったかね。
「さて、そろそろ行きますよ。
貴女であるから、ではなく、僕が女性と一緒にいる所を見られたら……間違いなく義兄さんはネチネチと分かりづらくからかってくるので」
「あ、そういう……」
うむ。
からかうつもりはあった。認めよう。
「……いつかお義兄さんにも会ってみたいな」
「やめておいた方がいい。
……いえ、本当に。悪い事はいいませんから」
「えー、尚更会ってみたいなぁ。
ストラタに来たばっかりの頃のヒューバートの話とか聞きたい!」
「やめてください!」
二人が去っていく。
いやぁ……青春だぁね。
ちなみに誰かに声を掛けられたら顔を見られる前に陽炎か絶影で離脱するつもりだったようです。