メガネ端正(転生) 作:飯妃旅立
そいでは。
二十四歳になった。
アンマルチアの鍵が無いので開く事が無い遺跡の扉に少々モヤモヤしながら、レベル60帯の砂漠で戦う事一年。勿論帰らなかったわけではないので失踪扱い、とかにはなっていないが、研究に明け暮れていたかと思えばチームを辞め、ふらふら姿を消すようになったとして、ガリード含むユ・リベルテ国民にはあまりよく思われていないようだ。
まぁそんなことはどうだっていいのだが。
モーリスとイライザは俺を理解してくれているし、プロトス1に似てきた事で(俺の中で)有名な二人の娘は俺を慕ってくれている。イマスタとイマスタの母親も同じく。
所長と施設長は会ってないからわからないが、二人とも悪口を言うタマではない……と、思っている。
やることはやった。
俺が準備出来る物はすべて準備した。奴を改心させる事は、恐らく俺にできる事ではない。
俺のやるべきは、少しでも被害を減らす事だ。
だから――。
「で、なんだってんだ? こんな夜更けに呼び出しやがって……」
「アドルフ。お前に聞いておきたい事が合ってな」
コイツを呼び出した。
「聞いておきたい事? ……ラントの話か」
「ああ。だが、お前が思っているような戦略的な話じゃない。
――ラント領に……お前の弟に、もう会わなくてもいいのかと、聞きたいんだ」
それは、もしかしたら、罪悪感と呼ばれるものだったのかもしれない。
知っている事を言わない、隠しておくことへの罪悪感ではない。
アドルフという、既に身内の存在が、負い目を追ってしまう可能性をみすみすと見過ごす……裏切りという行為への罪悪感。
「……俺を捨てたラントに、今更戻りたいと思うわけねぇだろ。アイツの息子……ヒューバートもアイツを恨んでる。親父もアイツも、人の心がわからねぇのさ」
「そうか。
わかった」
なら、問題は無い。
「……なんで、今なんだ?」
「フェンデルの動きが怪しい。今までにない程にな。
近々……一年以内には、一悶着あるかもしれない。だから、意思確認をしておきたかったんだ」
「なるほどね……。
だが、もう俺はラントの民じゃねえ。俺の愛したラントは消えてなくなっちまったからな」
「ああ、そうだったな。
俺はもうラントに対してどうする、という事は無い。俺はな」
「……含みがあるように聞こえるんだが?」
「どうとるかはお前次第だ。お前が考えろ。俺も義理とはいえ兄になったからな。これはヒューバートに対する誠意だ。お前にでも、お前の弟にでもない」
「……」
話は終わりだ。
もう、俺は知らん。
「ヒューバート」
「……義兄さん」
ヒューバートが軍学校から帰ってくる日にちと、俺が未踏の砂漠から帰ってくる日が中々噛み合わなかったため、最近会えていなかった。
大凡四か月ぶりに見るヒューバートは、特に変わっていなかった。が、正式に軍入りしてから精悍な顔立ちになっていて、若干、疲れが増したようにも見える。若き尉官。オズウェル大尉。やっかみも多いんだろうな。
「義兄さん」
「なんですか?」
改めて、というように。
ヒューバートは、佇まいを直して、俺に向き合った。ちなみに秘書という立場は解かれていないので、こうして家に居る時は丁寧語が基本である。
「手合せを、お願いしたい」
「……若き士官、ヒューバート・オズウェル大尉の的になれと? やれやれ、酷い事を考え付く物ですね」
「お願いします、義兄さん」
「……」
わからない。
ヒューバートが何を考えているのかわからない。折角の休日なのだから、彼女とでも過ごせばいいのに。
ヒューバートがそれを抜く。
不思議な形状をした、金属の塊。
「これに弓の機構を取り付ける時、兄弟揃って無茶な注文をすると、呆れたように笑われました。義兄さんは、その木の弓以外に……折り畳み式の弓をもっているそうですね。僕との訓練や弓の指導では、使わなかったそれを」
「……顧客の情報を漏らすとは、どうかしているな。開発部は」
「僕は身内ですし、何より開発部は商業施設ではありませんので」
メガネを外す。
そう、このメガネこそが改良・小型化の末に実現した複合弓――なんてことはない。
ただ、自己暗示を切っただけだ。
背中に忍ばせてあった全長30cm程の楕円形の鉄筒を取り出し……展開。
一応ボタン一つで展開できるとかいうロマンあふれる機構だったのだが、誤作動を考えてそれは出来ないようにしてある。開発部は遊びが多すぎると思うんだ。
「いいだろう。砂漠へ出るぞ」
どこか、ワクワクしている自分もいるしな。
「初めに言っておく。ヒューバート」
「はい」
「見ての通り、俺は弓兵だ。故に、遠距離からの一方的な狙撃を得意としている。対してお前は両刃剣、双剣、双銃と、中近距離の戦闘が得意だ」
「そうですね」
「よって、戦闘と呼べるそれではない……
「無論です」
俺が距離を取るのが早いか、ヒューバートが距離を詰めるのが早いか。
その勝負だ。
「もう一つ」
「……なんですか」
「佐官への昇任おめでとう。
それでは、試合、開始だ」
暑い風が、吹き荒れる。
「陽炎」
「ッ!」
バックステップを選択する。義兄さんの得意技。危険すぎると言って原理すら教えてくれなかった、解明する事の敵わなかった不可思議な跳躍術。
遠距離からの戦いを得意としている、など、ブラフにしか聞こえなかった。
だから即座に反応できた。
今まで僕の頭のあった位置を、義兄さんの突き蹴りが通り過ぎる。
「ハッ!」
基本の一。弧月。
どのような状況にも対応できる、両剣技の基礎の基礎。
「落葉」
だがそれは、宙に舞う砂を切るように残像を切り捨てただけで、義兄さんには一切のダメージを与えていない。
だが、遠距離のアドバンテージをわざわざ捨ててくれたのだ。攻め時だろう。
「断雷牙!」
左にステップを行いながらの斬撃。風と火の
斬撃、雷共に直撃。やはり高速の近接攻撃に弱い!
「それは悪手だ、ヒューバート。痛みに怯む魔物ばかりではないぞ」
義兄さんは、それらすべてをものともせず、弓を番えている!
「龍炎閃!」
「くっ、スカーレット! グゥッ!」
左に避けつつ射撃。肩を龍の形をした炎が突き抜ける。
一瞬、義兄さんが弓を天へ向けているのが見えた。
「残念、フェイクだよ。三叉槍!」
地を這う風と火の刃。
あれは確か、着弾と同時に火の
ならば、手前で着弾させてしまえばいい!
「ミスティアーク! ガァッ!?」
頭上からの、衝撃――!?
こちらもフェイクか!
「星観……超高空に集めた砂や岩石なんかを纏めて落とす武技だ。火の
「随分……余裕ですね……クラックビースト!」
「何ッ!」
義兄さんがわざわざ時間稼ぎをしてくれていたので、その間に詠唱を完了する。
どこまでも追いすがる氷の猟犬。義兄さんが落葉で逃げようとも関係ない。
その間に次の詠唱をする。
「陽炎!」
「ティルトビート!」
来ると思っていた。逃げ切れないのなら逃げなければいいと、詠唱をしている此方を狙ってくると。
案の定僕の目の前に出現した義兄さんに、連射を見舞う。
「ハ――ブラフか……虚空閃!」
だが、義兄さんも返す刀で真空の刃を放ってきた。
さらに上空へ風塊を放つ。
「させません! リヴグラヴィティ!」
「落葉!」
重力場から離脱する義兄さん。そこへ、未だに残留していた氷の猟犬が喰らい付く!
まだ残っているとは思っていなかったのだろう、諸にダメージを食らって膝を突く義兄さんに、しかし油断する事は無い。
「鷲羽……」
「やはり、ですか」
降り注ぐ三つの風塊を両剣で叩き落す。
まただ。
「……俺の負けだ、ヒューバート。戦術負け。本当に強く、」
「義兄さん。嘘を吐かないでください」
「……」
「義兄さんはまだ、一度も矢を使っていない……。そのような状態の義兄さんを倒しても、勝ったとは言えません」
「何を言うかと思えば……確かに俺はアーツ技……
「違います」
断言する。
「先程義兄さんは、痛みに怯む魔物ばかりではないと、そう言いました。それは実戦を想定しての事でしょう? ですが、実戦で実矢を一切使用しない、という選択肢を取る事はありません。それは、数年前の義兄さんとの稽古の際に教えられた事です。
つまり貴方は、僕にだけ実戦形式を強いて、自分は手心を加え、稽古でもするような腹積もりで矢を抜かなかった。この時点で対等ではありません。ですから、まだ試合は始まってすらいない。試合というのは対等な立場で行うものです」
「……恵み雨」
何を思ったか、義兄さんが矢を一つ、天に向かって射放つ。
それは僕と義兄さん、双方に降り注ぎ……傷やダメージが、全て回復した。
「ふん。
身内だからと、甘えていたようだな。俺は。
わかった。手を抜いていた事を謝ろう。そして、本気を出そう。いずれお前は、
背負っていた矢筒から矢を取り出し、番える義兄さん。
静かにそれを引いていく。
「大牙」
放たれたそれは――瞬間、
「なッ」
「屠龍!」
さらに放たれる四本の矢。僕のクラックビーストと同じく追尾するらしい矢は、極太の矢を避けようとした足を狙撃する。
不味い――。
だが、まだだ!
「空破、絶掌撃!」
僕なりに、義兄さんの陽炎を取り込んだ、一瞬だけこの世から消える武技。
それは突きから始まり、二段目の突きを放つ瞬間、一瞬で敵の後方に移動する。敵とは即ち、この矢!
躱した!
「――絶影」
その声は、背後から聞こえて。
二十五歳になった。
さぁ、全てが始まるぞ。
ヒューバート単独イベント
レイモン・オズウェル討伐 Lv62