メガネ端正(転生)   作:飯妃旅立

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オリジナル展開アリ



26.わかい

「……父さん」

 

 義兄(本来は従兄と言うべき)に言われなければ、そこに来ることは無かっただろうと、ヒューバートは眉間に皺を寄せた。

 ラント領主邸、最奥。

 この家の悉くを破壊でもされない限り、戦火の届く事の無いだろう部屋。

 

 ヒューバートが一歩踏み出せずに佇んでいる扉の向こうに、彼の父親が眠っている。

 

 シェリアの治癒を受けて尚、安静と睡眠を多く必要とする重傷を負ったという父親。

 領主としての責任能力を果たす事は出来ないと判断されたが故に、ヒューバートが今ここにいる。

 義兄は話してみろと言った。

 なんでも、義兄は過去、この家に立ち寄った事があるらしいのだ。その時、幼いヒューバート達も見ていると。

 

 フレデリックらにライモンと名乗る旅人の正体がヒューバートの義兄である事は知られていない。言う必要性も感じられないし、義兄が言わない事を自分が言ってしまうのは憚られるような気がして、ヒューバートはその事には口を噤んでいた。

 

「……全く、女々しい事この上ない。

 義兄さんの言葉を真に受ける必要なんてないのですから、わざわざ……僕を捨てたあの人に話を聞きに行くことなど、そもそも僕は忙しいのですから、これほど無駄な事は……」

 

『ヒューバート?』

 

 ぶつぶつと扉の前で呟いていたヒューバートに、内から声がかかった。

 母、ケリーの声だ。

 特に高い防音性があるというわけでもない扉は、なんということもなく、ヒューバートの迷いをそのまま部屋の中に流していたのだろう。

 事実に赤面しながらも、ここまで来たのならば引き下がる事は出来ないと、軍部を昇り詰めるまでに培ってきた矜持が後背を押す。

 

「……失礼します」

 

 そして扉を、開いた。

 

 最奥の部屋であるが、中は通気性に富み、少々高い位置にある窓から光も差している。

 幼い頃は終ぞ、この部屋に入った事は無かったな、などと思いながら、父親のベッドにゆっくりと近づいていくヒューバート。

 母ケリーは父親の枕横で果物を剥いているようだ。

 

「来てくれたのですね」

 

「……特に用件があったわけではありません。ただ、この地の守護を任された者として、前領主の監視をする事は義務ですから」

 

「ええ、それで構いません。

 ふふ、丁度良かった。あなた、ヒューバートが来てくれましたよ」

 

「……あぁ」

 

 ヒューバートの肩がビクと跳ねる。

 起きているとは思っていなかったのだ。寝顔を確認するくらいで、それで終わると思っていた。

 

「……寝ていなくて大丈夫なのですか?」

 

「先程までぐっすり眠っていたのですよ。あなたが部屋の外に立つ少し前くらいに目を覚まして……」

 

「…………夢を、見ていた」

 

 ヒューバートとケリーの話を遮って、父親――アストンがぽつりと呟いた。

 今にも消え行ってしまいそうな声に、反射的に彼の顔をみるヒューバート。

 

「……私がフェンデルの凶刃に……倒れ、息を引き取り……おまえたち、兄弟が仲を違え、対立し……ケリー、とも、決別し……家族が、バラバラとなってしまう……夢だった」

 

「それは……」

 

 有り得た未来だ、と。

 ヒューバートはメガネの奥で想定する。

 今でさえ、ほとんどそこに近い現状だ。

 兄との対立。兄アスベルがあそこまで甘くなければ、例えばそう、話に聞く叔父のように全面対立をしてこようものなら、最悪ヒューバートは兄をその手にかけていたかもしれない。

 母ケリーとも、今の機会が無ければ……足を運ぶことすらなかっただろう。

 

 針の上に立つようなバランスで、ギリギリラント家の縁は繋がれている。

 

「……ヒューバート。これは、私の言い訳でしかない。だが……兄に、よく似た人に……素直になれと、言われてしまった。もっと馬鹿になれ、と。

 上手く……纏められる、自信は無いが……私の想いを、聞いてはくれないだろうか……」

 

 父は笑っていた。

 苦笑していた。腕を動かす事もままならないから顔だけだが、もし腕が動くのならば、その手で目を隠して笑っていた事だろう。

 

 笑いながら、泣いていた。

 

 アストンはぼそぼそと、ポツポツと話し始める。

 

 自分にはアドルフという兄がいたこと。跡継ぎであった兄と自分は仲が良かった事。

 だが、父親の意向と兄の考えがぶつかり、兄は跡継ぎから外された挙句、自分との対立の末にラントを追われ、行方をくらましてしまった事。

 旅人のおかげで兄が生きている事こそ知ったが、連絡は無く、後悔だけが募っていた事。

 自分の子供達も同じ末路を辿るかもしれないと思うと恐ろしくて、兄は必ず跡継ぎに、そして弟は自由に勉強をさせてやれる場で、伸び伸びと育って欲しいと考えていた事。

 

 もっと兄と、父親と話し合えばよかった。

 私兵をストラタへ出し、兄を探しに行けばよかった。待っているだけだった。

 恐ろしさに身を震わせるだけでなく、しっかりと……お前達の意見も、聞いてやるべきだった。

 

 訥々と語る父の目からは涙が溢れ、口元は自嘲にゆがみ、時折苦しそうに咳き込む。

 言い訳でしかない。そう思う自分も確かに居ると、ヒューバートは歯を噛みしめる。

 

 同時に、初めて見た父の人間らしさに、こんなにも脆い人だったのかと、鋼鉄のようなイメージのあった父親像に罅が入って行くのを感じた。

 ともすれば、兄よりも脆い。脆くて、弱くて……人の上に立つ事に、余りにも向いていない。それは領主にも、父親という役割にも言える事だ。

 

「お前の気持ちを、アスベルの気持ちを……何も考えていなかった。私は、ただ、私が恐ろしかった。あの時の父親のように、お前達と意見がぶつかりあって……何もかも失ってしまうのではないかと、恐ろしかった。

 すまない。何を言っても、もう遅い……。だが、すまなかった。ヒューバート。怖かっただろう。辛かっただろう。心細かっただろう。

 恨んでくれ。恨まれなければいけない。父親とすら呼べない。私は、私は……」

 

 熱に浮かされたように謝り続ける父。

 ヒューバートは、眼鏡を上げる。

 

「自惚れないでください。

 僕は別に、あなたを恨んでなどいません。今の地位があるのはあなたのおかげのようなものですからね。僕はこの地位に、満足している。

 ですから、謝る必要はありません。そんなものに意味は無いし、これ以上の言い訳は聞きたくありません」

 

 冷たい言葉だと、ヒューバートは自嘲する。

 だが、この父親の在り方がようやく見えた。

 

「ヒュー、バート……」

 

「忘れないでください。貴方は僕の、兄さんと僕の父親です。父親と呼べない? 

 簡単に責任を放棄しないでください。貴方には、僕と兄さんの父親であると言う責務がある。辞める事も、ましてや勝手に死ぬことも許されません。何故なら、今まで貴方は父親としての責務を放棄してきたのだから。これからの人生で、それを償う必要があります」

 

 思い出すのは義父と義兄。

 この二存在はとても冷酷だったが、しっかりとヒューバートの意見を聞き入れ、その上で導きを出した。父親として、先に生まれた者として。子に、弟に、その役割を全うしていた。

 父親らしさという面で見れば、よっぽどあちらの義父の方が”らしい”。性格面、人間性にややどころではない難があるが、父親という括りでならば、彼の方が目の前で泣く男より数段上であると言えるだろう。

 

「理解しました。

 僕は捨てられてなど、いなかった。捨てられる以前の問題ですね。

 貴方がしっかりと父親が出来ていなかった。それだけです。寡黙と言えば聞こえはいいですが、多くを語らずして人の上に立つことなど出来るはずがありません。そんなものについていく存在は、ただ狂信しているに過ぎない。

 ……その怪我が治ったら、父親になってください。母さんを、兄さんをしっかり愛してあげてください。

 僕は良いです。僕はもう、この家の子供ではありませんから」

 

 自身はヒューバート・オズウェル。

 ヒューバート・ラントはもういないのだと。

 

「――それは……違う。

 ヒューバート。お前は、確かに、私の息子だ……それだけは、そこだけは……譲れない」

 

 だが、今の今まで弱々しかった父親の、その確固たる声に引き戻された。

 泣きはらした目で、しかし非常に強い視線でヒューバートを見ている。絶対に逃してなるものか、と。

 その気勢に、たじろいだ。

 

「と、とにかく!

 今は安静にしてください。責務を全うするのも、今までの清算をするのも、全ては完治してからです。死んでしまっては元も子もありませんから」

 

「……あぁ。

 ありがとう、ヒューバート」

 

 そう言って。

 カク、と首を脱力させ、父は意識を手放した。

 一瞬冷たいものがヒューバートの背筋を走るが、すぐに布団が上下をし始めたのを見て……安堵のため息を吐く。

 

「ヒューバート」

 

「……なんですか」

 

 母ケリーが、優しい声で言う。

 父の汗を拭きながら、剥き終った果物を皿において。

 

「私も、この人の意見に合せるばかりで……あなたたちと、しっかり話す事ができていませんでした。ごめんなさい。

 私がこの家に来た時は、しっかりと言葉を発せていたはずなのに……利発な貴方達に、甘えていたようですね。ヒューバート。私の事も……母と、認めてくれますか?」

 

「……無論です。母さん。

 僕が認めずとも……貴女は、僕と兄さんの母親ですよ」

 

「ええ……ありがとう」

 

 にこりと笑うケリー。

 ヒューバートは、なんだかいたたまれなくなって後ろを向く。

 

「そ、それでは僕はこれで。まだまだ処理しなければならない仕事が溜まっていますので」

 

「ヒューバート」

 

「まだ何かあるんですか……?」

 

「後で、差し入れを持って行きますね。何かリクエストはありますか?」

 

「……では、母さんの得意な物でお願いします」

 

「まぁ……難しい、ですね……でも、わかりました。楽しみに待っていてください」

 

「……はい」

 

 ヒューバートは扉を開け、その部屋を出た。

 無言で廊下を渡り、執務室へと戻って、椅子に深く座る。

 そして、大きく深呼吸をする。

 

「……ふぅ」

 

 ふと、机に置かれた花束が目に入った。

 

 ――あなたが誰かに捨てられたと思っているのならば、それは全て間違いです。

 

「……?」

 

 その花束が妙に()()気がして、ヒューバートはその花束を解く。

 中から、十数枚程の丸められた紙が出てきた。

 

 それは、アスベルからヒューバートへ向けて贈られた、手紙。

 

「……やはり不気味な人だ」

 

 不気味というか、不器用というか。

 気付かなかったらどうするつもりだったんだ、と思わざるを得ないその”誕生日祝い”に苦笑と苦言を漏らしながら……いつの間にか消えていた胸の”しこり”に気付く事も無く、ヒューバートはその手紙を丁寧に読み始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オル・レイユ行きの船に乗船した。

 

「ちょっといいか」

 

「はい、なんでしょうかマリクさん」

 

 俺も教官と呼ぶことも吝かではなかったのだが、それはもう少し先に取っておく事にした。

 潮風が心地よい。

 

「ライモン。お前はストラタの出身だったな。オレ達は誰もストラタに行ったことが無い。何か注意事項はあるか?」

 

「ふむ。まず、暑い事ですかね。それはもう暑いです。しかし水ばかり飲んでいると、必要以上の発汗が促され、逆に水分不足になります。水分補給は適度に行ってください」

 

「なるほど。まぁ、気候の事は大体想像が付いている。国風に関して何かないか?」

 

「それでしたらまず、砂漠では助け合いが基本です。盗賊に関してはその限りではありませんが、研究員の格好をしている人間や旅人が困っていたら、積極的に助けてあげてください。大いなる自然の前では人間は等しく無力ですからね。

 それと、これはストラタ全体に言える事なのですが……少々、他国の人間を見下しているきらいがあります。無意識程度のものがほとんどですがね。オル・レイユは貿易街なだけあって、その性質は非常に薄いですが……首都ユ・リベルテは選民思想の強い所があります。

 他国からの旅人と言うだけで足元を見られる可能性がありますので、お気を付けを」

 

「豊かな国だからこそ、か……」

 

 フェンデルの出身者としては思う所があるのだろう。

 あそこもあそこで、貧しいが故に足元を見て来る場所だからな。貧しくても、富んでいても、商人はそうなってしまう。ウィンドルが特異なんだ。本当は。

 

「ところで、ライモン。

 一つ聞きたい事があるのだが」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「ヴィクトリア。この名前に聞き覚えはないか」

 

 ……。

 

「あり、ますが……ええと……」

 

「オレの教え子……同僚に、ヴィクトリアという女傑がいる。ソイツは幼い頃、ライモンと名乗るストラタ人に屈辱的な敗北を喫したそうだ。次に会ったら泣いて謝るまでボコボコにすると意気込んでいたが、そのライモンと相違はないか」

 

「いえ、違いますね。私は女性に屈辱的なコトをするほど野蛮ではないので。

 多分違うライモンですね。ライモンって多分結構いますよストラタには。私ではないですねーやっぱり聞き覚えもないですねー」

 

「弓を扱うストラタ人のライモンはそんなにいるのか」

 

「ええ沢山いますよ。五人居たらその内の三人はライモンですよ」

 

「ヴィクトリアを負かす使い手が、そんなにいるのか。恐ろしい場所だな、ストラタ」

 

「ええ、本当に」

 

 ……騎士学校周辺には寄らないようにしよう。

 

 船はオル・レイユ港へと寄港する――。

 

 

 

 

GC「料理出来るの?」

 

 ラントの港にて。

 

「船内の食堂は少々値段が張りますからね、港で腹ごしらえをしておくことをおすすめしますよ」

「そうなのか。うーん、と、言われてもな……」

「ライモン、何をしているの?」

「料理の準備です。折角食材を持っているのですから、港で購入する必要もないですしね」

「ライモンさん、お料理できるんですか?」

「旅人ですからね。野宿をする事もしばしばありますから、必要最低限は出来ないと。慣れてくると味の向上を求めるもので……はは、一種の趣味ですよ」

「じゃあさー、シェリア達のご飯作ってあげてよ! あたしは今あんまりお腹空いてないからさー」

「それは構いませんが……後でお腹が空いても、何もありませんよ? 流石に船内で調理となると難しいですし……」

「そうよ、パスカル。食べられるときに食べておいた方がいいわ。ね、アスベル」

「え? あ、あぁ。いつ食べられなくなるかわからないから、食べられるときに食べておくのが旅の基本……でしたよね、教官」

「そうだ。騎士は遠征をする事も多いからな。もっとも、オレは既に騎士じゃないが」

「え~、一食くらい抜いたって大丈夫だって~」

「とりあえず焼き鳥丼でいいですかね。パスカルさんは脂っこいもの苦手そうなので、塩で」

「ム。オレも塩で頼む」

「塩? ……シェリア、焼き鳥丼は塩がいいの?」

「私は普通にタレが好きだけど……アスベルはどうする?」

「俺もタレが好きかな。ソフィ、甘いのとしょっぱいの、どっちがいい?」

「ん……甘いの」

「アスベル、シェリアさん、ソフィがタレで、パスカルさんとマリクさんが塩ですね。丁度いいので私も塩にします」

「お腹空いてないんだけどなぁ~~」

 

 

 




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