メガネ端正(転生) 作:飯妃旅立
苦渋の決断、というのはこういうものを指すのだろうな、等と思いながら、フェンデル政府塔のエレベーターを上がる。勿論、役員用のものだ。
今頃アスベル・ラント達はアンマルチア族の里に行っている事だろう。
行きたかった。ほんっとうに、行きたかった。
が。
目先の利益に囚われていては、その後得られる全ての利益を失うというもの。
俺がアンマルチアの里に移住するためには、色々と必要な事があるのだ。
その一つが、これである。
「初めまして、フェンデル政府……オイゲン総統閣下」
「ふん。お前が昨日の間者の主か。部下に似て、人を小馬鹿にした態度をとる奴だ」
「はは、性分なもので。
それで、答えをいただけるでしょうか? ――私を、貴方の部下にしてほしい、という願いの」
「これは……!?」
肩を竦めながらその手紙を見せてきた弟に、兄であるアスベルは驚愕の声を上げた。
弟――ヒューバートは、溜息を一つ吐いてから、その文面を声に出して読み始める。
「……『心優しい皆様へ。皆様のおかげで私は無事、フェンデルに辿り着く事が出来ました。帝都ザヴェートへの
「ライモン、いなくなっちゃったの……?」
「そんな、ライモンさん……もしかして、私達を利用して!?」
呆れたような、怒ったような声のヒューバートとは裏腹に、悲しそうな声を出すのはソフィとシェリア。それは当然だ。怪しい怪しいと思いながらも、なんだかんだ協力してくれた――兵士の治癒も行ってくれた旅の同行者が、自分達を利用していただけ、などと。
人の良い面々にとっては、有り得ない事だったのだろう。
反して。
「目に見えていた事ではあるな。常々、奴は怪しい行動をしていた」
「貴方も人の事は言えないと思いますが、そうですね。あの方は明確な目的無く今回の旅に同行し、異様な知識を見せていました。同じストラタ人として考えても、おかしいと感じる程に」
人を疑う事に慣れている二人は、当然。そう言っているような態度だ。
マリクも、ヒューバートも。ライモンが自ら達を利用していた、という事実に何ら疑いを持っていない。むしろそれ以外考えられないとでも言いたげである。
「うーん、もしかしてライモン、フェンデルの大煇石の研究に加わるつもりなのかなぁ。まずいまずいまずいよ~。ライモンは火の
そして特に彼と親交の深かったパスカルは、その行く末を案じていた。
彼女をしてあの弓使いの知識には目を瞠るものがあったが、それでも大煇石を操るには足りない事を知っているのだ。そして、足りない知識であれを扱えば、どうなるのかも。
彼が死ぬ、だけでは済まない。
フェンデル全土が吹き飛び、隣接するウィンドルはもちろん、闘技島やストラタまでもが焦土になる恐れがあるのだ。
彼女が焦るのもわかるというものだろう。
「……とにかく、調査を続行しよう。いつ教官の偽部隊証がバレて、兵士が戻ってくるかもわからない」
「それがいいだろう」
蟠りは残った。
だが、やらねばならない事が他にある。
アスベル達は、その少しもやもやとした心を抱えたまま……大煇石の聞き込み調査に戻るのだった。
「あぁ、それはこういう形でどうでしょう。どうせ近接攻撃はしないのですから、刃を捨てて銃器を増やした方が効率が良いと思いませんか?」
「耐久型……ですか。でしたら、自爆機能を付けましょう。敵が必死の思いで壊したそれが、爆発する。耐久型ですからね、寄ってたかって攻撃してくると思いますよ。あぁ、近接攻撃を弱く設定しましょう。そうすれば……」
「いいですか、弓はこう構え、こうすると飛ぶのです。技術力を謳うなら、私の弓を真似して見せなさい。狙撃ライフル? ええ、それはそれで開発していてください。弓とライフルでは、同じ狙撃でも用途が違います」
あくせく働く。
重厚な機械を作る事は出来ても、実戦経験なんてものをしたことがない研究員・技術者ばかり故に、こういう話を聞けるのはまたとない機会なんだと。確かに、カーツ・ベッセルには聞けないわな。
ウィンドルの騎士、ストラタの軍人。
人間の力だけで戦う、という発想はフェンデル人には無いらしく、新しい風が吹いてきたととても楽しそうだ。これはいずれパワードスーツとか作りそうだな。
「ライモンさん、先程の
「ええ、問題ありませんよ。
ここではなんですから、どこかコルクボードのある場所はありませんか? 大きな紙とペンがあれば尚良いのですが」
「それでしたら、新入役員への説明室が開いています。こちらです」
そして技術省の技術者たちは勤勉で、礼儀正しい。非常に心地良い。
技術や知識を持っている者に対してはとことんその技術を盗んでやろうとするのだ。自身のプライドなど初めからない。あるとすれば、貪欲に知識を吸収する己に対してのみのものだろう。
中には俺よりも二回りは年上だろう技術者もいる。それでも勤勉。
それは、この場にいる全員が全員、過酷な環境を変えたいと。寒さと餓えを耐え凌ぐ家族を救いたいと、そう考えているから……だと、先程教えられた。
家族のために、ね。
俺には……よくわからんが、まぁ。頑張ってくれ、としか。
「あなたがライモン? 初めまして、私はフェルマーというの。技術省の子達が、期待の新人が入ったって大騒ぎしていたわよ」
「これはこれは。どうぞ、お座りになってください。身籠る方を立たせて自分が座っている程常識外れではありませんよ」
「あら、わかるの? ふふ、じゃあお言葉に甘えるわね」
総統閣下から与えられた自室に訪ねてきた女性に、自信が座っていた椅子への着席を促す。
アンマルチア族。腹部に彼女とは違う
「それで、何用でしょうか? 機械工学に関しては専門外故、口出しを咎めに来たのでしょうか」
「そんなことしないわ。みんな、新しい発想だー、これなら家族に少しだけ楽をさせてやれるー、って、盛り上がっているもの。
聞きたい事があってきたのではないの。貴方の顔を見てみたくて」
「はぁ……私の顔、ですか」
なんだろうか。彼女は夫がいるし、腹に子を持つ身。
いくらレイモン・オズウェルが端正な顔立ちをしているからと言って、いやいやまさかそんなそんな。
「……ええ、もうじっくり見させてもらったわ。
初対面でこんなことを言うのは……失礼だって、わかっているけれど。技術省の子達が、それだけは怖い、って言っていたから、聞くわね」
「はぁ」
「貴方……人を何で判断しているの? こうして対面してみてわかる。貴方は、私達と機械、それに魔物の区別がついていない……そう言う風に感じるわ」
……おお。
言われてみれば、確かに。
確かに――区別、ついていないな。全部
「それが気味悪がられていた、ということを、わざわざ教えに来てくださったのですね。ありがとうございます」
「……凄いわね。サングラスで目が見えないのに、見る目を変えた、というのがわかるなんて。貴方、役者に向いているわ」
「それは生来のものですね……」
要は人を
確かに失礼だったかな。
以後、気を付けるとしよう。
「忠告、ありがとうございました」
「こちらこそ失礼な事を聞いてごめんなさいね」
いやいや。
得難い経験、ですよ。