メガネ端正(転生) 作:飯妃旅立
増量版
「……」
「どうかされましたか?」
「……
「おぉ、そんなことまでわかるのですか!? えぇ、そうです。
「循環させる? 火の
「はい! 今は火の
――国が吹き飛ぶ未来しか見えんが。
やっぱりか、と心の中で溜め息を吐く。
パスカルの未完成の研究を持ち出して作られた
だが、この機構には明らかな欠陥がある。
一定以上の
「火の
「はぁ。ええと、火の
「放熱は留まる所を知らず、です。
……親指の先程の大きさの、励起状態の火の輝石をハンマーで叩き割ったとして、半径何mに放熱するか。わかりますか?」
「うーん、5mくらい……でしょうかね?」
「いいえ。その、凡そ10倍――半径50mを更地に変え、周囲に炎を巻き散らすでしょうね」
だから、武器などに使う火の
地面に埋まっているような、鎮静状態にあるものなら叩き割る事もできる。その場合熱は大して生まれないがな。ああ、ただ叩き割ればいいってわけじゃないぞ。壊点を
なお、暖房器具などに使われる
ついでにいうなら、
逃げ場のない圧力をかけ続けると、励起状態から臨界に達し、暴走を制御できなくなる。
「……それは」
「では、親指の先程の大きさの、励起状態の火の輝石……これを砕ける勢いでぶつけた場合、どれほどの
「……政府塔がすべて吹き飛ぶくらい……ですか?」
「自身の常識を捨て、予測を修正した事は褒められるべきでしょう。
ですが、あまりにも楽観的過ぎる。
指先大の、励起状態にある二つの火の輝石。これらが双方砕ける勢いでぶつかり合えば――」
そんなものを。
この機構プロセスではどうやっても励起状態から鎮静化出来ない――あるいは、アンマルチア族きっての天才たるパスカルが”カチャコチャ”やればどうにかなるのかもしれないが、少なくとも俺では技術力が足りない。
「……ですが、この研究を中止にする事はもう……」
「この研究のために国民に苦難を敷いてきて……他国へも攻撃を仕掛けている。政府塔に務めているものでさえ、裕福な生活をしている者はいない。
……その点は……ストラタやウィンドルより優れているといえるでしょう。誰もが国をよくするために心血を注いでいる。楽をする事を考える者は一人としていない。
――その代償に、必滅の未来が待っているとしても」
「……ライモンさんの知識で、どうにかすることは……」
「時間と資金があれば。
ですが、ないのでしょう?」
「うっ……」
「……この話は胸にしまっておいてください。誰もがあなたと同じ心境でしょうから。
『そんなことを言われたってもうどうしようもない。やらないで後悔するよりやって後悔した方がいい』――そんなところですか」
やって後悔した後の後味を知らないヤツのセリフだが……ま、失敗したら全てが吹き飛ぶからな。後悔する間も与えられん。
あるいは、それを利用して”空に穴をあける”事が出来れば、話は別なのかもしれないがな。
「さて、と。
私はそろそろ、行きますね。……カーツ様に呼ばれていますので」
「……っ」
こぶしを握り締める音か、歯を食いしばる音か。
はて、俺にはさっぱり、わからんな。
見えている破滅を選ぶ道と、見えない暗闇を選ぶ道と――どちらも、国を捨ててしまえばいい話だと思うんだが。
「それではこれより、大煇石から
「……」
流氷の中にある、氷窟――そのさらに奥。
吹き抜けになっているそこに、それ――
そこにいる人間は数少ない。
フェンデル帝国軍総統――オイゲン。
フェンデル軍事技術省将校――カーツ・ベッセル。
フェンデル兵が一人に、研究員が一人。
そして、短期間も短期間でこの場に居合わせる事の適った――旅の
この、たった五人が今――フェンデルという国の命運を決める、輝かしい実験を始めようとしていた。
カーツの指示で、研究員が装置を稼働させる。
ゆるやかに……そして、段々早く。
圧力を与える装置が動き始める。
仄かに光る
「これだけか? 期待していた光ではないな。もっと圧力を上げよ!」
「……」
一瞬だけ。
心配そうに……研究員の男がライモンを見るが、ライモンは何も言わない。
この氷窟にあってなお、そのサングラスを取らないまま、実験を眺めているだけだ。
研究員の男は意を決して、圧力を高めていく。
段々と。
段々と。
その場に、闖入者が現れた。
「マリク……!? お前、何故ここに」
「カーツ! 今すぐに実験をやめろ!」
マリク・シザース……及び、アスベル・ラント一行である。
彼らの視線は一度カーツを向き――そして、そのすぐ手前にいる男に集まった。
「ライモン……?」
サングラスをかけた、旅の装束の男。
背中に木弓を背負い、アスベル達を射るように見つめる。
「これは、これは……みなさん。お早い到着ですね」
「何……? 知り合いか。いや、お前が手引きしたのか?」
「いいえ。それは、苦労してこの場を探り当てた彼らに失礼ですよ。
私はただ――」
男――ライモンは立ち上がり、背中の木弓を引き抜く。
「
何の躊躇いもなく、ライモンはアスベル達へ
「斬風牙!」
その
不意打ち気味に放たれたそれだというのに、タイミングは完璧だった。
「何ぼさっとしてるんですか、兄さん! 彼の戦闘スタイルは知っているでしょう! 呆けていると、殺されますよ!」
「だ、だが、俺達にはライモンと戦う理由がない!」
「あります! 僕たちは早く彼を倒して、実験を中止させなければならない!」
数拍遅れて地を這う三叉の
「流星、雷牙、詔来!」
だが、それすらもかろやかに――流れるように防ぎきるヒューバート。
見切っている――誰もがそう思った。
「ヒューバート! ここは任せてもいい、」
「兄さん! 伏せてください!」
だからライモンの相手をヒューバートに任せ、自分たちはカーツ達を止める――その判断は恐らく間違っていなかったのだろう。少なくとも”やらなければならない事”をやるためには必要な判断だった。
だが、その油断が――話すときは相手の目を見る、普段は長所であるはずのアスベルのその行動は、致命的な隙。
「陽炎」
その声は、アスベルの後ろから聞こえてきた。
ゆっくりと流れていく時間の中で、先ほどまでライモンのいた場所に視線を向けるアスベル。だが、当然のように……彼はいない。
そして自身の首筋へ迫ってくる、斬撃の空圧。
それが、首に、触れ。
「空破、絶掌撃!」
瞬間。
自身の身体を
アスベルの身体にある間は再構成をせず、ライモンの斬撃――虚空閃とぶつかる瞬間から武器の構成を行う、その技術は、紛れもなく。
「……驚いたな」
ぼそ、と。
ライモンに素を出させてしまう程の再現度。
まさしく、ライモンの扱う陽炎と全く同じ原理の攻撃だった。
「最後に貴方と戦ったあの日から……研鑽は惜しみませんでしたから」
それは多分、アスベルにだけは聞こえてしまったのだろう。
自身の身体に何が起きたのかわからず、弟がすり抜けていった体をマジマジと見つめる彼が、「え?」と二人を向いたのだから。
「ハ――大口を叩く様になったようですね。それは重畳。
気が変わりました。アスベル達は狙わずに、貴方だけと踊りましょう」
「兄さん! 気をつけてください! 彼の言葉は一切信用してはいけません!」
その言葉の通りだった。
フ、と消失したライモンが、シェリアの背後に表れる。
ヒューバートの射程外。
「ッ、シェリ――」
アスベルの時と同じく、首を狙った一撃。
だが。
「ガッ!?」
大きく……ライモンの身体が吹き飛ばされた。
シェリアは何もしていない。ヒューバートは何もできなかった。
マリクでも、ソフィでも、パスカルでもない。
それは、ヒューバートの背後から放たれた――斬撃による一撃だ。
葬刃。距離も時間も障害もすべて無視する、神速の居合術。
「に、い……さん……」
「……ヒューバート。ライモンの相手は俺とお前でやる。背中は任せていいか?」
「……まったく」
数刻前、パスカルとフーリエ……なんでも軽々と熟してしまう妹と、どれほど努力しても妹を追い越す事の出来ない姉を見てきた。
本当に。
貴方と言う人は。
「……わかりました。ですが、僕の背中も任せますので……絶対に油断しないでください。彼は僕よりも……兄さんよりも、いいえ、もしかしたらリチャード国王よりも……強い」
「ああ、わかった! みんな、装置を頼む!」
自身の領域を軽々と超えていく――もしくは、自身が辿り着いてすらいなかったのかもしれない兄の”位置”に、ヒューバートはそれでもと足をかけた。
同じく――足元の全く見えない義兄を、倒すために。
葬刃。
原理はわかる。要は
だからといってただ素振りをしたくらいで地面が割れるわけがないし、どれほど力強く空間を強打したという所で遠くの建物が凹むわけではない。まぁ
だが、切断となれば話は違う。
切断――より正確に言うなら割断か。
必要なのは速さ。
文字通り神速――目に見えないレベルの、どころか音すらも超える程の超速で振るわれた刀は空気中の
最も、それだけでは圧倒的に速さが足りない。
ここに補助を加えているのが光子だ。
光子は互いが互いを引き寄せる性質を持っており、その結合速度は
一部の光子が先行して対象をマーキングし、そこへ向かって振るわれた刀によって押し出された
簡略化した原理はこんな所かね。
なお、稀に即死する。恐ろしい勢いの斬撃が零距離で放たれているようなものだからな。
真っ二つになるのは仕方のないことだろう。
光子の引き合う性質が無ければ出来ない事だ。
だが――既にモノにしている。恐ろしい成長速度だと思う。彼が光子の存在を知覚したのは、つい最近の事だというのに。
脅威を覚えるとも。
「いやぁ……流石はアスベル。強いですね」
「ライモン! お前の目的はなんだ! お前なら、
世間話のようなトーンと共に、殺意以外の何物も籠っていない矢が飛来する。
「勿論。上手くいけば、などとは言いません。アレは確実に失敗する。直接装置と、子供が弄ったような改良とやらを見ましたよ。アレで失敗しないほうが不思議なくらいだ」
アスベルとヒューバートは回避に専念しつつ、どうにかして距離をつめようとする。
だが、そこは弓の本領。空から、地から、まっすぐに、湾曲して。
四方八方から飛来する、全てが致命傷を狙った矢に、思うように進むことが出来ない。
しかしながらアスベルの葬刃、ヒューバートの銃撃は多少なりともライモンにダメージを与えているし、ライモンの弓矢とて限りがあるはずだ。ならば、必ず勝機はある。
「それがわかっていて、お前は……!」
と、思っているんだろうなぁ。
俺の矢はエレスポットで複製しているから、限りはないに等しいんだが。
「それがわかっていて尚――諦めきれない夢です。私にも命をとしてでもやり遂げたい事がある。それだけの話ですよ」
今、一つ嘘を吐いた。
私にも、ではなく、私には、が本音だ。
カーツ・ベッセルの夢にも、オイゲン総統の夢にも、全く興味はない。
だが――確かに俺には、夢があるから。
万が一にでも、装置を止めさせるようなことがあってはならない。
そして、万が一にでも。
俺の夢のために。
「あぁ、大煇石が!」
カーツ・ベッセルを――死なせてはならないのだ。
最大にされた圧力は容易く臨界を突破し、緊急停止機構などという子供の玩具の制御をものともしない。
残る手段は、
フーリエの努力を、世界の滅びという結果にしたくないパスカルが止めようとするが、それをカーツ・ベッセルが制止した。
自身に、その責務があると。
そしてそのパイプへ、自らの武器を――、
「それを止めるために、このクソ寒い中ついてきたんですよ!」
全くの意識外からの蹴撃。
絶影――陽炎よりも遠く、速く、そして正確な移動を可能にするその長距離移動術からの、何の変哲もない蹴り。
それがカーツ・ベッセルの左側頭部へと突き刺さった。
「ガッ!?」
先の戦闘――マリク・シザース、シェリア・バーンズ、ソフィ、パスカルと対峙していた疲労は、カーツ・ベッセルが普段なら取る事の出来る受け身を阻害する。
誰も止められない。
アスベルの葬刃も、放つにはあまりにも危険すぎる。
「ライモン、無茶だよ!」
「パスカルさん。
何のために、直線状に放出する際の余剰
それは、ライモンがアスベル達の元を離れる前の話だ。
余剰
今の状況に置き換えて言うなら――余波の減少。
「そんなの、
「そんなもの――とうに」
俺が何年大煇石を研究していると思っている。
何のために技術将校へ取り入り、そこの研究資料――装置の方ではなく、
時間はあった。知識を得た。
そして、
パイプ――ではなく、
その代わり手元……弓を引いている手が火傷、どころか溶解を始めるが、ポトフ、そしてマーボーナスの効果発動。火傷を防止し、HPを継続回復。無論、溶かされた皮膚は治癒しないが、そんなものは後でいい。
「アンタディッドォォォ、プレェイス――ッ!」
本来は状態異常を引き起こす
ちなみに叫ぶ必要はなかった。
これはあくまで、「必死でカーツ・ベッセルを守る」というポーズだ。結構厳しい状況だったのは間違いないがな。
そしてその高温の塊はエフィネアを覆う水膜に着弾し――カッ、と。
眩い光を放ち、消えた。
「今なら装置は止まります。早く!」
「は、はい!」
ガコン、と緊急停止機構、及び出力調整レバーが下げられる。
まぁ、エフィネアを覆う水膜はストラタ、フェンデル両国にある熱線照射装置を重ね合わせなければ穴を開けられない程の強度だからな。この程度ではああなると目に見えていたが……少しだけ、期待した。
「……ふぅ」
「ライモン!」
「大丈夫か!?」
ソフィとアスベルが駆け寄ってくる。
なんだ、どう見ても大丈夫だろう。
この状況はほぼ理想に等しい。
フェンデル政府側に、さも同情したかのような動機でついて、カーツ・ベッセル及びオイゲン総統を守り、アスベル・ラント達も守る。
アスベル・ラント達にも、フェンデル政府にも信用されるための、ガラにもない大芝居。
拍手喝采モノだろう?
「今治しますから、ヒューバート! 手伝って!」
「っ、わかりました! 全く、無茶にも程がある!」
……あぁ。
手、溶けてたな。そういえば。
「……君は……何故、こんな真似を……全く無関係の、我が国……」
「理由はありませんよ。ただ、まぁ。強いて言うのならば
ここで貴方に死なれるわけにはいかなかった、というだけです。貴方は色々なものを背負っているのですから」
ザヴェートが吹き飛んだら、クルメン*1も被害を受ける。そうなったらアンマルチア族の里へ通じる転送装置も被害を受けかねない、というのも理由の一つ。
オイゲン総統とカーツ・ベッセル技術将校を死守した、という証人が――当人が必要なのも一つ。
そして、誰よりも俺を疑っていたマリク・シザースを、完全に信用させるため、という理由が、一番かね。
「……そうか……ライモン。そして、パスカルさんと言ったか……貴方達ならば、研究を完成させることは可能だろうか?」
「私が役に立つかはわかりません。でも、パスカルさん、出来ますよね」
「大煇石の制御。大変な仕事だけど……うん、任されたよ。ライモンも協力してほしいかな」
「私にできる事があれば」
「……頼もしいな」
ただ、と。
手の治癒がある程度終わった事を見てから……、長年使った――最早愛用と言っても過言ではなかった、火の
「ライモンさん……?」
「あなた方がここへ来た、本来の目的……思い出してください」
「……まさかッ!」
ヒューバートが――空を見上げる。
そこに。
「ようやく見つけたぞ……これで、三つ目だ……!」
暴星魔物に乗った、リチャード国王が現れた。
「絶影」
「フンッ!」
「……ラムダか」
完全に不意を突けたと思ったんだがな。
足をしっかり掴まれてしまった。リチャード国王の顔が嗜虐的に歪む。
「しかし残念」
絶影。
そしてアスベル達の元に戻り――膝をついた。
足の再構築のために他から寄せ集めを行ったが……これは、不味いな。
既に料理の効果は発動しない。先ほど使い切った。
体感、残りHPは15%もない。
トカゲの尻尾切……多用は無理だな。いつか死ぬぞ。
「ふん、逃げタか……まぁいい」
そうして。
アスベルの突貫、そしてカーツとマリクの必死の攻撃もものともせず、リチャード国王は
これに憤慨したオイゲン総統がアスベル達に手をかけようとするが、そこへポアソン*2が長の代理として登場。
長に逆らえぬオイゲンは、渋々と帰投することとなった。
痛む体を武器で支えながら、カーツ・ベッセルも後を追う。
「カーツ!」
「……マリク。俺は諦めんぞ。俺は俺のやる事をする。お前は、お前が出来ることをしてくれ。……
「……ああ!」
そんな事があって。
俺は瀕死のまま――アンマルチア族の里へと運ばれるのだった。
何故か、マリク・シザースに俵抱きにされて。
何故かっていうか教官が一番体格いいからなんですけどね。