メガネ端正(転生) 作:飯妃旅立
覚醒と同時に、未だ治されていないらしい指に
同時、不足した体中の
あまりにも。
余りにも――恐ろしい程に潤沢な
ここが。ここが。ここが!
ここがアンマルチアの里か!
「目を覚ましたと聞いて駆けつけてみれば、なんですかこの……惨状は」
「あ、弟君。
いや~、あたしも流石に今はまだ安静にしといた方がいいんじゃないかなーって思うんだけどね。ライモンが、目覚めてすぐの第一声が『何か書き留めるものをください、パスカルさん』だったから仕方なかったんだよ」
「……まぁ、昔から……何かを思いついたかと思えば、周囲の目も気にせずに、一心不乱に怪し気な研究をしている人ではありましたが」
「うん? 昔からって?」
「っ、い、いえ。なんでもありません。
それよりパスカルさん。ライモンさんは食事をとったのでしょうか……?」
「え? ううん、まだだと思うよ? 起きてからずっとコレだもん」
「っ! ……あなたという人は!
僕だけじゃなく、兄さんやソフィ達にまで心配をかけていた事を自覚してください!」
「うん? あぁ、ヒューバート。おはようございます。心配をかけてしまったことは謝りましょう。素直に。申し訳ございません。ですが、今の私を止める事は例え大統領でも不可能でしょう。お願いします。今は研究させてください」
「うっ! この人が素直な気持ちを言うなんて恐ろしいッ……」
「流石にそれはヒドくないですか」
そんな朝の一幕があって。
アンマルチアの里の各地に散らばって待機していたらしいアスベル達も集合し、無理矢理食事をさせられた俺は、かといって解放されるわけでなく、尋問タイムである。
早く研究がしたい。いや、話ている間にも脳内で考えは纏めてあるのだが、手元に書き残したいというのは研究者の正当欲求である。
「はじめに聞かせてください……ライモンさん。
貴方が私達の旅に同行した理由は、フェンデルに潜入するためだったんですか?」
「いえ? そんなことはありませんよ。そもそも私が貴方たちの旅に同行することになったのは、大統領の言が由来です。あの時点で私にとってフェンデルは敵国、ないしは興味の対象ではなかったでしょうね」
「でも……それならどうして、ザウェートであんな手紙を」
シェリア・バーンズが不安気な瞳で、少しだけ責めるような口調で問うてくる。
まぁ、シェリア・バーンズの言う通りだ。フェンデルに、ひいてはザウェート政府に取り入るためにこの一行についてきた。正確な目的を言うなら――、
「ベラニックでこの国の実態を知りました。ウィンドルのような豊かさも、ストラタのような潤いも持たぬ、荒れた土地。
未来に、近い破滅か、遠い破滅しか残っていない。そんな国を前にして心が痛まない程、私は冷酷な人間にはなれなかったのです」
どの口が言ってるんですか? という目線がごく一部から飛んでくるが、完全に無視。
「そんな折、ザウェートの街にいた研究者と知り合いになりまして、研究者として迎え入れていただけることになりました。……しかしストラタ出身者という身の上では正面から政府塔に行くことは出来ず、あのような……夜逃げの様な形で皆さんの元を離れざるを得なかった、という次第です」
「そんな取ってつけたような理由で僕たちが納得すると、」
「いや、この際オレ達の元を離れた理由はどうでもいい。
ライモン。一つだけ聞かせてくれ。あの場で……あの、暴走する
今度はマリク・シザースだ。
取ってつけた動機で「そうだったのか……」みたいな顔をしているのはアスベルとソフィだけで、パスカルは読み取れない、シェリア・バーンズ、ヒューバート、マリク・シザースは一切信じていない様子だった。
シェリア・バーンズに疑われすぎなきらいがあるな。気を付けないと。
そんな中で、マリク・シザースのこの問い。
「何の義理もありませんよ。強いて言えば、一時の上司でしょうか」
「だが、お前は自らの身も省みずに奴を守った。何故だ」
「……あの場でも言いましたが。
私はこれでも夢追い人でしてね。あんな、国民全体が夢を追っているような国で、その夢を一身に受けて邁進する人間を……みすみす死なせるなんて事は出来ないんですよ。それをするのは、それを見捨てるのは、私自身の夢を諦める事と同義です。
何より、あの場であの現象をどうにかする技術と知識が私にはありましたから。適材適所ですよ」
「……そうか。わかった」
納得したのか、それとも諦めたのか。
マリク・シザースはそれ以上言う事がないらしく、その口を閉じた。
「それで、どうするの?」
「どうする、って、何がだ?」
「ライモンの事。
パスカルがその言葉を発した瞬間、沈黙が降りたのを感じた。
俺が
そしてその内容は、まぁ想像はつく。
「……僕は、連れて行ってもいいと思いますよ」
口火を切ったのは意外にもヒューバート。
他の面々にとっても意外だったようで、それぞれが一斉にヒューバートを見る。
「な、なんですか。戦力面や知識面を鑑みれば妥当な線でしょう? 確かにパスカルさんの知識や技術力は目を見張るものがありますが、僕たちとの知識差がありすぎます。パスカルさんの天才性と僕たちを繋ぐ橋渡しのような役目は必要かと」
「……ふむ。まぁ、オレも異存はないぞ。アスベル、どうだ?」
「俺も、ライモンにはついて来てほしいと思う。だが、約束してくれ。今回の事みたいに……一人で背負い込んで、最後に大けがをするようなことはもうしないと」
「そう、ね……私からもお願いします。ライモンさん」
「あ、ちなみにあたしはおーるおっけ~! ライモンと話すのは楽しいし、結構発見もあるからね~」
特に反対意見はなく――最早誰が、「
一人を除いて。
「……」
「ソフィ?」
意外や意外。
彼女は――ソフィは、俺をまっすぐに見つめて、無言。
「……――ライモン」
長い沈黙を破って、その小さな口が開く。
「あなたは――リチャードの、敵?」
吸い込まれるような、
リチャード国王の、敵か味方か。
「私は、ラムダの敵です。リチャード国王の敵ではありませんよ」
ラムダの完全な覚醒が近いからだろう。
ひどく煩い。ラムダを殺せと、ラムダを滅せと。
ラムダ必滅なんてワードを使った自分が悪いのだが、もうこうなってしまっては実行するに他ないだろう。
「……そう」
ソフィは一つ頷くと、アスベルへもう一度頷いた。
許可はとれたのかね?
「それじゃあ私は研究に、」
「よし、じゃあパスカル。英知の蔵に向かおう。
「ほいさ!」
それじゃあ私は研究に――向かいません。
向かいませんとも。
「英知の蔵。入れるのですか」
「うん、婆様から許可はもらってあるよ~」
「? 待ってください、どうしてライモンさんが英知の蔵の存在を知っているのですか? 僕たちが英知の蔵の存在を知ったのは貴方と別行動中だったはずですが……」
「そんな……私を誰だと思ってるんですか! 無類のアンマルチア族フリークですよ!? 英知の蔵の存在なんて初めから知っていましたよ!」
興奮気味に話す。
知っていたさ。知っていたに決まってる。
だってそこに、求めていた全てがある!
「そ、そうですか……」
「話はまとまった?
じゃあ、れっつらごー!」
てってれー!
「あ、姉さま。水を差すようで悪いのですが、彼にはばばさまの方から話があるそうなので、お借りしていきますね」
……テンションがガタ落ちしたのは、言うまでもない事である。
「ポアソンさん、と言いましたか。はじめまして、ではありませんね。アスベル達の件ではお世話になりました。改めまして、私はライモン。
「これはご丁寧にありがとうございます。ただ、この場におけるわたしは長ガウスの口ですので、今は長の話をきいてくださると助かります」
通された長の間。
仕切られた空間の向こうにいるだろうガウスが、俺に何の用なのか。
「長はこう申しております――まずは、
「事前にパスカルさんから直線状に火の
「――それが予測できるという点だけで、そなたは
「勿体なきお言葉です」
引っかかる言い方ではあったが、そこに引っかかるのは相手の思う壺だ。
しかし、なんでこんな遠方くんだりにまできて腹の探り合いをせにゃならんのか。英知の蔵ヤッホーイウェイウェイさせてくれよ。
「――故に、問いたい。そなたは何者か。
エレスポットの製造は、たとえ設計書を持っていたとしても、エフィネアの人間であれば――エフィネアの知識だけでは、造り得ぬはずだ。作ろうとも思えぬはずだ。そなたが所持する書きかけの魔導書も同じ。それは、アンマルチア族でさえ既に読み書きできる者の少なくなった言語で書かれている。
こう言ってはなんだが、たかだか一
「……エレスポットの製造、とは? それに魔導書とは……」
「――既に調べはついている。しらばっくれる必要はない。ライモン。否、レイモン・オズウェル。この場には私とポアソン以外の人間は来ない」
……怖い怖い。
どうやって調べを付けたのか。伊達に長ではない、ということか。はたまた、俺のように私兵を持っているか……って、ああ。
そういえばあいつら今何してるんだろうな。もしや探されてる? 流石にアンマルチア族の里へ入れてないだろうし……。
……まぁ、いいか。
「……はぁ。いや、いや。いやはや。
恐ろしいですね、アンマルチア族の長ガウス。それで、私が何者か、でしたか……。
しかし、その答えを私は持ち合わせていないのですよ。長ガウス。ただ一つ言えることは、私はここに――アンマルチア族の里に移住するために、世界各地の痕跡を集めてきました。それが思考と視点の理由になりますか?」
俺が何者か、など。
今となっては答えを持たない。レイモン・オズウェルではない誰か――そんな曖昧な答えしか、出せない。
だからこそ、俺はライモンだ。もう、レイモン・オズウェルはどこにもいない。
「――そうか。承知した。
「――……ありがとうございます」
下がっていたテンションが急上昇しすぎて、一瞬言葉が出なかった。
こんなにあっさりと。
サラっと。夢が叶ってしまった。
おい、夢追い人とはいったい。
「――もう下がっても良い。追って、住居の件は知らせよう……との事です。ライモン様、ばば様からのお話は以上となります」
「……え、あ、ああ。はい。ええと、ありがとうございます……」
とりあえず里の住民全員から信用を得て、そこからポアソンとガウスの信頼を得て、いっぱしの技術者になって認められて、ようやく……くらいの気持ちでいたんだが……。
本当にいいのか?
促されるままに里の方へ戻る。
……いいのか。
……いいのか?
「孤島へ向かおう」
異存はない。アンマルチア族の里の移住権を手に入れた今、無理に英知の蔵に入る必要もなくなったしな。
一行は闘技島横の孤島へ向かう――。
GC 「ここはどこ?」
「なぁ、パスカル。ここってどこなんだ?」
「ん~? アンマルチア族の里だよ?」
「あ、いや、そうじゃなくて……ここはどこにあるんだ?」
「パスカルさん。おそらく兄さんは、このアンマルチア族の里という場所そのものがどこにあるのかを問いたいのだと思います」
「なるほどー! でも、考えた事もなかったなぁ。見渡す限り真っ白だし。ライモンはどう思う?」
「クルメンの地下だと思いますよ。アンマルチア族のテレポーターは噴出する光子の向きから見ても、水平移動というよりは垂直移動を行うものがほとんどのようですから、クルメンの地下か上空、ですが基本上空にはこれほど高密度な
「……ライモン、活き活きしてる」
「何を言っているかはさっぱりわかりませんが、本人が楽しそうなので放っておきましょう」
「は、ははは……研究者ってすごいんだな……」
GC 「機を見て」
「……」
「どうした、ヒューバート。ライモンをじっとみつめているようだが」
「なっ、み、見つめてなどいません! ただ……」
「ただ、なんだ?」
「……彼の弓は、
「取り出す瞬間?」
「これ以上はストラタの軍事機密になりますので」
「ふむ? つまり、折り畳み可能な弓というワケか。それもかなり小型……展開時は大きな弓になるということか?」
「……何も言いませんっ」
「ふ、本当にお前はわかりやすいな。しかし、わからんな。それを何故見張っていたんだ?」
「……何故でしょうね。まぁ、気になったからです」
「そうか。オレも気になるから、ここで見ている事としよう」
「……激しく邪魔なのですが」
「問題ない」
「ぼ・く・が! 問題あるといっているんです!」
「騒ぐとバレるぞ」
「……ま、仲が良いのは良い事だろう。ふん、ちゃんと楽しそうじゃあないか、ヒューバート。リベンジマッチは、また今度だな」
GC 「夢以上の」
「ねーねーライモン」
「なんですか、パスカルさん」
「ちょっとそのレポート見せてほしいんだけどさ」
「ええ、どうぞ。交換条件ではないですが、私にその工具見せてもらっても?」
「え? いいよいいよー。じゃんじゃん見て~。で、どれどれ~? あぁ、なるほどー、確かにそこをそうすれば励起状態は……熱を制御できないなら、使ってしまえばいい、かぁ。でもあの莫大なエネルギーを使う方法となると、限られてきそうだね~」
「効率のいい装置ではなく、効率の悪い装置を作るという手段も考えましたが、それではあまりに勿体ない。お、おお、ここがそう動く、おおっ!? 伸びた……いえ、これはっ!」
「だよねー。でも、熱ってエネルギーとしては行き止まりなんだよねぇ。あれ、こっちの資料は……精霊? ブラドフランム……なるほど、火の
「はい、それには長い道のりが必要ですが……
「いいよー。で、自己管理かぁ。うーん、それで言うと、お姉ちゃんの生物学も絡められるかもしれないなぁ」
「魔物の研究ですか……魔物自体は
「「閃いた!」」
「火の
「火の
「えー、植物の品種改良の方がいいよー。この辺り、緑豊かになったほうが良いじゃん?」
「魔物なら飼いならせますが、植物だと思わぬところへ生えてしまうかもしれません。基本植物は制御できないものです。一度増えたら絶滅はなかなか難しいですし。その点、魔物であれば制御はしやすいかと」
「……お姉ちゃんが許可してくれるかなぁ」
「ふむ……なら、トレント系の魔物でどうでしょうか。魔物であり植物。お姉さんも、新しいジャンルの魔物の研究ならば少しは譲歩もくださるのでは?」
「うーん……うん、うん。なんか出来そうな気がしてきた!
火の
「付き合いますよ。私も生物学は苦手ですが、
「うんうん、一緒に頑張ろう!」
「はい」
「夢は叶ったが、まだ半分。
それ以上に……楽しい時間だな。本当に」
ライモンは基本、苦労せずに手に入るものに対して懐疑から入るタイプです。
あんまりにもあっさりと叶ってしまうと、全く受け入れようとしません。ひねくれものですね。