メガネ端正(転生) 作:飯妃旅立
九歳になった。
モーリスの奴が昇級したという、一応それなりに祝った出来事もあったが、それは置いておこう。
そんな事より大事な出来事があったのだ。
即ち。
「……完成、だな」
「うん。……やったね」
エレスポットの完成である。
素材が素材なだけに、未だ量産とはいかないまでも、一個目はしっかりと完成にこぎつける事が出来た。
仕組みとしては、世界に存在する
エレスポットを持って各地を歩く事で、エレスポットの中にゆっくりと
レアなアイテムであればある程、必要な
この時、必要
エレスエナジーはエレスポットを稼働させるに必要な
エレスエナジーの
「イマスタ。契約通り、これは俺の方が販売する、という事でいいんだな?」
「うん。私がやったのは、設計図の保管と仕上げだけ……。それに、私が売ってるってバレたら、危ない。でしょ?」
「……そうだな。だが、利益の六割はそちらに回す。それも契約だからな。
どうする、イマスタ。ユ・リベルテに来ても良いんだぞ」
「ん。でも、セイブル・イゾレにいないと研究が続けられない」
「エレスポットの完成では満足できないのか?」
「ふふん。レイモン、研究にゴールはないんだよ……!」
ドヤ顔で胸を張られた。
お? なんか悔しいぞ。一応研究者の端くれとしてのプライドがあったのかな、俺にも。
「……そうか。そうだな。ゴールはないよな」
「うん。それに……エレスポットを、もっと少ない材料で量産できるようにならないと……便利、って言えない」
「あぁ、それは俺も思っていた。ストラタだけじゃない。ウィンドル、フェンデルの国民全員にエレスポットが行きわたる様になれば……少なくとも、飢餓で死ぬ奴の数は減らせるはずだ」
もっとも、伴って人口も増えるだろうから、いなくなる事だけはないだろうが。
それは、口にしない。
「レイモン、絶対広めてね?」
「安心しろ。既にストラタ軍との伝手は得ている。それも、信用できる奴をな」
「流石」
つくづく良縁に恵まれている。
家族以外な! あ、未来の弟君は別だぞ。
「それじゃあイマスタ。改めて」
「うん。エレスポットの完成を祝って……」
「「乾杯!」」
勿論、果実水である。
「歩いてるとアイテムが出てくる不思議な壺、ねぇ……。
出会った時から思ってたけど、お前俺の事馬鹿にしてねぇ?」
「馬鹿にしているわけがないだろう。ストラタ共和国第一情報統括部国防対策本部中佐殿」
「馬鹿にしてるよなぁ」
早速、モーリスにプレゼントである。
昇任祝い兼テスターと言った所か。
「ま、他ならんレイモンの言葉だ。信じてやるよ」
「助かる。各地のかめにんに言えば、エレスエナジーをチャージしてくれるよう話は通してあるから、活用してくれ。あぁ、ガルドは必要だぞ」
「金取んのかよ。
あぁ、まぁいい。ちょっとは給料も増えたからなぁ」
現状唯一の完成品をモーリスに渡したのは、偏に信頼からである。
その人となりはこの一年で良く理解している。また、中佐という雑……フットワークの軽い地位の彼は、よく遠征に出て行く事が多い。移動距離も多いはずだ。
「で?」
「で、とは」
「とぼけんなよ。天下の神童レイモン・オズウェルサマが、これ一つを渡すためだけに軍の駐屯地くんだりまで来ないだろ。
なんかあったんだろ? 良いから話せよ」
「ふん。それを渡すのはそれなりの一大イベントなんだがな。
まぁ、正解だ。
モーリス、お前の伝手を頼りたい」
「伝手だぁ? ……いいか、軍人に私情は」
「大統領からの許可証も出ている。政治に私情を挟まない大統領からのな」
ピラ、とその紙を見せれば、黙り込むモーリス。
ちなみに私情成分マシマシである。勿論政治的な観点も考慮されての事なので、私情だけで許可証を出したわけではない。そこまで大統領は甘くない。
「……武器開発部か。わーった。わーったよ。どうせお前が前に言ってた弓だろ?
お前の価値が高いとかなんかで、自衛用の武器を造らせる……どうせそんなとこだろ」
「ほう、素晴らしいなモーリス。正解だ。
ついでに言うと、大輝石研究のためにウィンドルに出向く事になった故に、万が一を考えて、という修飾が頭につく。表向きは観光だがな」
そう、此度俺はウィンドルへ出向く次第となった。
国民の何割かが、口には出さないものの狙っている……ウィンドルという資源溢れる国へ。
表向きは観光、裏向きは大輝石の研究、渦巻く陰謀は情報収集で、俺の思惑は全く別のところ。
嫌になる程様々な思いが絡み付いた小旅行である。
「……そうか。じゃあ、適当な武器じゃダメだな」
「なんだ、心配してくれているのか? 安心しろ、護衛は付く」
「当たり前だ、バカ。
どこに九歳の子供を一人で旅に出す奴が……あー、まぁ、あのガリード・オズウェルならやりかねねぇが……」
「ガリードをよく理解しているようで何よりだ。とはいえ、今回の遠征を決めたのは大統領だからな。ガリードも多少は噛んでいるだろうが、薄いだろう」
ガリードが自身の持ち物をたやすく手放すはずがないのだ。
交流があるとはいえ、それも細い。他国に可能性を送り出すなどしたくはなかっただろう。
それでも許可を出したのは、メリットの大きさを考えて、か。
「とにかく、わかった。
腕のいい奴を紹介するさ」
「頼む」
十歳になった。
武器開発に一年かかったのだ。折り畳み式の複合弓程度に何を、と思うかもしれないが、新しい武器を創ると言うのは中々に時間のかかる物で、なんであればかなり早い方だと言えるだろう。
そして今日、俺はウィンドルに旅立つ。
期間は二か月。二カ月の間に大煇石・
もっとも、後ろ二つはそこまで気にしなくても良い事だ。ウィンドル所かエフィネア全土の地図が頭に入っている。シャトル様様だな。
まぁ、
他国での動作を確認するために、エレスポット第二号も持ってきた。
一応お忍び、的な旅行なので見送りは無い。護衛はついているが、接触する事も無い。
「キミ、一人? ママとはぐれちゃったの?」
さぁ船に乗ろう、という所で声を掛けられた。
まぁ確かに十の子供が一人で、というのは珍しいかもしれないが、後一年もすれば彼らと同い年だ。声を掛けてきたのには何か裏がある、と見た方がいい。
振り向くと、ストラタ人女性の基本例、みたいな恰好をした女性が俺を見下ろしていた。
「いえ、私は最初から一人ですよ。
大人に無理を言って、一人で観光に行くんです」
にっこりと笑う。
外交スマーイル。
「へぇ、偉いのね!
ねね、これも何かの縁だと思うし……バロニアまでの船旅、一緒に行かない?」
「お姉さんが良ければ」
「ええ、大歓迎よ!」
怪しい。
これも何かの縁、なんて言葉も怪しいし、一緒に行こうとするのも怪しい。
護衛にだけわかる合図で、警戒を強めるようにサインする。
「私はイライザっていうの。名前、教えてくれる?」
「私はライモンと言います。イライザお姉さん、短い間ですが、よろしくお願いしますね」
フ、レイモン少年は弱冠十歳にして甘いマスクを身に着けているのだ……!
「へぇ、観光と研究……本当にすごいのね、ライモン君」
「研究と言っても植物のスケッチをするだけですけどね」
「ううん、十分凄いよ! 私なんて、もう二十過ぎるのに……独り身でフラフラしてるし」
それを子供に言ってどうするんだ。
ますます怪しい。まさかハニートラップか? 十歳に?
必要以上に褒めてくるのも、おだてているようにしか見えん。
「ところで、背負ってるそれって……弓、だよね? ストラタではあんまり見ないけど……」
「ええ、お気に入りでして。
叶う事なら、ウィンドル軍のアーチャーにご指導願いたいくらいですが、流石にそれは厳しいですよね」
「そうかなぁ、頼めばパパっと教えてくれるんじゃない?」
白々しい。
そんなわけがない事なんて、民間人でもわかるわ。
怪し過ぎて逆に怪しくなくなってきたぞ。まさかそれが狙いか。
「イライザお姉さん。今日はお互い疲れている事ですし、そろそろ休みませんか?」
「あれ、良く私が疲れてるってわかったね。ふぁふ……ん、眠いし……。
あ、ママが恋しかったら、お姉さんのベッドで一緒に寝てもいいのよ?」
「ハハハ、遠慮しておきますよ。眠れなくなってしまいそうですし」
「えっ……」
「私は人が隣にいるとなかなか寝付けないんです。申し訳ありません」
「あ、そ、そうよね。うん、わかった。なら仕方ないわ」
……?
ハニートラップじゃないのか。
「それじゃ、おやすみなさい。良い夢を、ライモン」
「ええ、イライザお姉さんも」
さて、どんなアクションを起こしてくるか……。
起こしてこなかった。
警戒損である。結局眠れなかった。
「ふぁぁ……あ、おはよーライモン君」
「ええ、おはようございます」
対し、イライザはぐっすり眠ったらしい。部下の調べで、彼女はユ・リベルテ出身である事、独身である事くらいはわかっている。船旅故に集められる情報が少ないのだ。身分証明書なんかがあるわけでもないからな。
ちなみに昨日部下と議論した結果、怪しいだけの一般人説が有力である。
その場合俺は、適当なウィンドルの魔物に寝不足のストレスをぶつける事となるだろう。
「お昼にはライオットピークに着くと思うけど……ライモン君、闘技場に挑戦したりする?」
「……あぁ、そういえばそんなものもありましたね」
全く眼中になかった。
そうか、ライオットピークか。
確か、船がライオットピークに寄港してからラント行が出港するまで三時間くらいはあるんだったな。
「ふむ。
非常に興味はそそられますが、やめておきますよ。私はまだ弓兵と名乗れるほどの技量は身に着けておりませんので」
「まぁ、本物の魔物を使うらしいし、危ないよね」
俺の戦闘力を見ておきたい、という話題提起かと思ったが、そうでもないのか。
本当になんなんだ……?
……賭けてみるか。
「イライザお姉さん。
――オズウェルという名前に、聞き覚えは?」
「え? オズウェルさん?
区は違うけど、知ってるよー。広場の北の方におっきな家持ってる人でしょ?」
「……そうですか。ありがとうございます」
知らないフリをするわけでも、詳しく知っているわけでもないか。ウチは広場の東だし。
……狸に囲まれ過ぎて、変な先入観が出来ていたか?
「ふぅ。
……全く、天然には敵いませんね……」
「あ、今馬鹿にされた気がする!」
「なんでそう言う所だけは鋭いんですか……」
メガネを中指で戻しながら、ため息を吐く。
……未来の弟君はこういう女性を……うむ。
頑張れ! レイモン兄さんは応援しているぞ!
外交用口調のレイモンはちょっとイケメンムーブです。