第1話「勇気を継いだ少女!」
ーバトルスピリッツ!
世界各国で人気を集めるこのカードゲームは今や娯楽の領域を遥かに超えていた。
その中でも特に希少だったスピリットカード、【デジタルスピリット】はこの10年で大きく発展した科学技術により、大量に生産されていた。
そして、世界各国では新たにプロのバトラーを育成する教育機関、【バトスピ学園】を9年前に高等学校に建設、今ではプロへの道の登竜門的存在となってる。
ーこれは1人の少女がその学園生活の中で仲間や好敵手と共に切磋琢磨しながら成長していき、ある英雄を越えるまでの物語。
******
「む、う〜〜ん…………ぐげっ!」
ある朝、1人の少女が寝ていたベッドから寝ぼけてその身に毛布を巻きながら床に落っこちる。そのアパートの一室からは目覚まし時計の無機質な音が部屋の空間の隙間を埋めるように鳴り響いていた。少女は起き上がると直ぐにその目覚まし時計を眠そうな目を手で擦りながら叩くように止める。
「……よし!学校だ!」
少女は気持ちを切り替え、一瞬のうちにぼさついた寝癖を直し、寝間着から学校の制服に着替えた。そして小さめのレザー製の手提げ鞄を持ち、年季の入ったゴーグルを首からさげ、アパートの一室を飛び出していった。
彼女の名は【芽座椎名(めざしいな)】現在15歳、今年で16、この春に【バトスピ学園ジークフリード校】に入学したばかりだ。とある遠い島出身の彼女は古ぼけた小さなアパートを借りて1人で暮らしていた。
パッチリとした二重に加えて白い肌、髪の色はオレンジに近い茶髪、腰までしなやかに伸びており、やや癖毛気味、特徴的に飛び跳ねた音符のような毛がある。そしていつも年季の入った砂塵ゴーグルを首から下げていた。
【バトスピ学園】とは、その名の通りバトスピについて専門的に学ぶ学園のことである。今から9年前に世界各国で建設された。この日本の都市においてはその学校は6つに区分され、それぞれバトスピの代表的なスピリットの名前を刻まれている。椎名が通う学園は赤属性の初代エックスレアカード、龍皇ジークフリードだ。各々の学園が呼称される場合はその名前で呼ばれる場合が多い。
「おはよう!真夏!」
「おお!おはようさん、今日も朝っから元気やね〜」
学校のクラスルームに入った椎名が友達らしき関西弁の訛りが強い女の子と会話する。彼女の名は【緑坂真夏(みどりざかまな)】関西出身のバトラーで黒髪の背中まで伸びたポニーテールがよく似合う女の子だ。椎名とは入学試験からの中で、何かと縁があり、今こうして友としての間柄となっている。
「あっ!そや!椎名!ちょっと頼みごとあんねんけど、」
「ん?なに?」
「今日、近くのショップよらへん?あのカードもう学校の購買には売ってないんよ〜〜買えたらデッキの組み方見てくれへんかな?」
合掌して頼みごとをする真夏、この学校でできた初めての友達の頼みを、椎名は断るわけもなく承諾した。
「いいよ!ショップは通り道だしね〜」
「……さぁ、席につけー!朝のホームルームだ!」
意気揚々と教室へ入ってきたのは学級担任の先生。入学してから1週間は経つが、こんな感じの普通の学生のような生活がすっかり椎名の日常となっていた。
そしてその日の放課後、椎名と真夏はチャイムの鳴り響く学園を後にし、街のショップへと向かう。
この街、『界放市』はいたって平凡な街だが、街の人々の人口の約9割がカードバトラー、及び、それに関係した職を持つ人たちである。日本にあるバトスピ学園の中でも特に優れた6つの学園を街中に有している。
「どう?真夏、あった?」
「……おっ!あったあった!これが欲しかったんや〜〜よし!私はこれ持ってレジに行っとくわ、椎名はベンチで待っときやー」
「オッケー!」
店に物販として置かれているカードの中から目的のカードを見つけだした真夏はそのままレジへ、椎名は店内のベンチで真夏が戻るまで一息つく。するとすぐ横のバトル場で混み合った声が聞こえてきた。椎名は少しきになり、すぐさま立ち上がると、その混み合った方へと赴く。
バトル場とは簡単に言ってしまえばバトルスピリッツを行う広場のことだ。昔はそんなものは不必要なものだったが、今の時代の関係上、どうしてもそのスペースが必要不可欠だった。その理由はこの後すぐに明かすとしよう。
椎名が向かったそこには柄の悪い男と、気弱そうな幼い少年がバトルしていた。その盤面は圧倒的に柄の悪い男が優勢であり、
「……おらぁ!いけ!ドクグモンでアタック!」
11年前は画面での映像化が精一杯であったが、今のバトルは科学技術の発展によって、スピリットをより立体的に見ることができるようになっていた。タブレット状の携帯機、バトルパッド、通称【Bパッド】を展開させ、どこでもそのバトルを味わうことができる。よりリアルで臨場感たっぷりのバトルを楽しむことができるため、バトルスピリッツをここまで押し上げた要因の1つとなっていた。
「ラ、ライフで受ける、……う、うわぁ!」
ライフ1⇨0
椎名と同じ学園の制服を着ているため、おそらく椎名と同じ学園の生徒であろう、柄の悪い男の操る、背中にドクロマークが描かれている蜘蛛のようなスピリット、ドクグモンが中学生にも満たないくらいの少年の最後のライフを無慈悲に噛み砕いた。このアタックでライフが尽きた少年の負けとなる。
バトルスピリッツをここまで押し上げたもう1つの要因は、【デジタルスピリットの多様化】だ。【デジタルスピリット】とはこの世界とは違う異空間に存在する特別なスピリットカードのこと。11年前までは滅多にお目にかかれない超レアカードだったが、科学技術の発展により、これらのカードが大量生産され、今では様々なバトラーが愛用する人気デッキのテーマの1つと化していた。
この柄の悪い男が操っていたドクグモンもデジタルスピリットの1種だ。
「ガハハハ!俺様の勝ちだな!大人しくデッキを渡しな!」
「………ッ」
「……よこせっつてんだろぉぉぉおが!」
「わっ!」
デッキを丸ごと賭けていたのだろうか、柄の悪い男は小さな少年が大事そうに両手で握っていたデッキを強引に取り上げた。
「僕のデッキ……」
「僕のデッキ!?……違うな、俺様のデッキだよ!!ガハハハ!」
勝ち誇ったようにその少年のデッキを天に掲げ、その図太い声で笑い飛ばす柄の悪い男。モラルが欠落した行いだが、それを誰も止めるものはいなかった。バトルを挑んでも勝てる保証がなかったからだ。悔しいが、彼は強い。
ーだが、
「……よっと!」
「……へっ!?」
一瞬だった。一瞬で椎名はその掲げられたデッキをその男から通り過ぎるついでのように取り上げた。柄の悪い男は急に手持ち無沙汰になった自分の手を見て驚く。
「はい!君のでしょ!」
「え!?……あっ、はい、ありがとう、ございます…」
嘸かし当たり前のように、椎名はその少年にデッキを返してあげた。いや、元々はその少年のものであるため、返すのは当然のことなのだが、少年はその椎名の奇行に戸惑いながらも自分のデッキを受け取った。
これに対して柄の悪い男は椎名に対して怒りを露わにした。
「なんだ!!てめぇ!なにしやがる!」
「なにって、それはこっちの台詞だよ、人の作ったデッキを勝手に取るって犯罪じゃん」
「俺らは正式にちゃんと賭けてバトルしたんだよ、それのなにが悪い」
「………いやいや、そもそもアンティルールも禁止だし」
互いになかなか引き下がろうとしない。男は椎名の制服や胸元にあるバッジを見て、自分と同じ学校の生徒だと気付き、ある提案を差し出す。
「お前、ジークフリード校の生徒だな、しかも1年」
「それがどうした」
「よし、だったら俺に従え、先輩命令だ、今から俺とバトルしろ、アンティルールでな、賭けるのはお互いのデッキ、どうだ」
「…………んー、別の条件付きならいいよ、私が負けたらデッキはあげてもいいけど、逆に私が勝ったらあなたはもう金輪際アンティルールはせずに、この子にちょっかいを出さない……それならね」
「あぁ!?色々とやけに多くないか!?……まぁ、いいか」
持ちかけられたアンティルールにサクッと乗っかる椎名。椎名に助けられた少年は椎名の方へ行き、謝罪の言葉を並べる。
「あ、あのう、本当にすみません!僕なんかのために、こんな」
「ん?、あぁ、いいのいいの、…………好きなカードって取られると嫌だよね」
「………え!?」
椎名は少年の目線に立ち、その丸っこい頭を優しく撫でながら言った。彼女のその目は何かを思い出すかのような遠い目、ほんの数秒くらいそのことを考えた椎名は直ぐに柄の悪い男とそのバトル場で肩を並べる。バトル場の大きさやスペースは大体バスケットコートの半分くらいと言えばわかりやすいだろうか。そこでスピリットやネクサスが並べられ、より間近で、臨場感溢れるバトルが楽しめるのだ。
それぞれの立ち位置に着いた時くらいに店のレジから真夏が帰って来た。帰って来たと言うよりかは椎名を探してここまで来たになるのか、そしてこの状況を見た真夏はとても驚いた。
「ちょ!椎名!あんたなにやってんの!?」
「おっ!真夏!おかえり〜〜」
「おかえり〜〜ちゃうわ!………あんた、今から戦おうとしている相手わからんか?」
どこまでも能天気な椎名に呆れる真夏、椎名がバトルしようとしている相手は意外にも有名人なようである。
「知らない、教えてー」
「はぁー、……あいつは3年の【毒島富雄(ぶすじまとみお)】この学園の札付きの悪で、自分より弱い奴にアンティ仕掛けてくるクズや」
「へぇー」
「誰がクズだ!この関西女!このアホ毛女倒したら次はお前だからな!覚えてろよ!」
「いや、そこまでそれっぽいこと言うんやったらもう悪でええやん、」
毒島は見た目からもまさしく一昔前の不良といった感じだった。紫のドクロTシャツに着こなされた短い学ラン。少し太めの体型。どれをとっても悪だ。3年生用の胸元のバッジが妙に浮いて見える。
真夏を椎名の友達と思った少年は真夏に震える声で話しかけに行った。一応申し訳ないと思っているのだろう。
「あのう、あのお姉さん、僕を庇って、………大丈夫なんでしょうか」
「ははっ!なるほどな!そう言う事やったんやな!………まぁ、任せとったらええよお!あいつは負けへんでぇ!」
全ての状況を理解した真夏は腕を組み、ガッツポーズを少年に見せ、元気づけようとする。余程椎名のことを信頼しているのが伺える。そして、そのすぐ横では椎名と毒島のバトルが始まろうとしていた。
椎名は鞄の中に入っているBパッドを取り出し、展開させる。Bパッドは折りたたみ式に開き、脚立が飛び出し、自立する。椎名はその上に自身のデッキを置いた。毒島も同様にそれを行う。互いにデッキを置いた瞬間、デジタルコアと呼ばれる物体がBパッドから浮き出て来る。それがこのバトルで使用するコアだ。自動で出て来るため非常に便利な代物だ。運用の仕方は普通のコアとなんら変わりはない。
準備は万端、バトスピ特有の掛け声で開始が宣言される。
「「ゲートオープン!界放!」」
椎名と毒島は2人同時に叫ぶ。これこそ、バトルスピリッツの最初の掛け声、サッカーで言うところのキックオフ、野球で言うところのプレイボールとほぼ同じような意味で捉えられても問題ない。
ーバトルが始まる。先行は椎名だ。
[ターン01]椎名
《スタートステップ》
《ドローステップ》手札4⇨5
「メインステップ!ブイモンを召喚!」
手札5⇨4
リザーブ4⇨0
トラッシュ0⇨3
椎名の足元から彼女の腰ぐらいまでしかいかない程の小さな青い小竜型のスピリット、額には金色のブイの字が刻まれている、ブイモンが姿を見せる。このスピリットもデジタルスピリットの一種だ。
「ほぉ、青のデジタルスピリットじゃねぇか、いいねぇ」
毒島はブイモンを物欲しそうに狙う目で見ている。デジタルスピリットはある程度は手に入るようになったものの、その希少性が完全に消滅したわけではない。珍しいものは珍しいのだ。昔からこっちの世界に流れ着いていたカードをバトスピの一族が継承していくケースも存在する。ブイモンもその中でもなかなかのレアカードに数えられていた。
「ターンエンド、どうぞー」
ブイモンLV1(1)BP2000(回復)
バースト無
先行の最初のターンなどやれることは限られている。椎名はブイモンを召喚しただけでターンを終えた。次は後攻の毒島のターン。
[ターン02]毒島
《スタートステップ》
《コアステップ》リザーブ4⇨5
《ドローステップ》手札4⇨5
「メインステップ!俺はクリスタニードルを2体!LV2ずつで召喚!」
手札5⇨3
リザーブ5⇨1
毒島のフィールドには蛇のような龍のような小さい紫のスピリットが現れる。そのスピリット達は今にも猛毒を吐きつけそうな奇声をあげていた。
「アタックステップ!2体のクリスタニードルでアタックだ!」
クリスタニードル達はフィールドを泳ぐように体をくねらせながら進む。彼らのBPはいずれも2000、椎名のブイモンも2000、椎名が選んだ選択は、
「ライフで受ける」
ライフ5⇨3
ライフの破壊を選択。椎名の目の前にバリアが展開され、クリスタニードル達はそれらを1つずつ体当たりで破壊した。椎名はライフのコアを2つリザーブに置く。
「ガハハハ!だろうな、そいつが破壊されちゃあ、【進化】できないもんな!」
【進化】とは、デジタルスピリットが行う独特の召喚方法。アタックステップの開始時、またはアタック時等に発揮し、デジタルスピリットを1つ上のランクへと成長させることができる。デジタルスピリットを代表するキーワード能力だ。毒島はこの効果を知った上で、椎名がバトルで破壊されるブイモンをブロッカーに使うわけがないと考え、2体でフルアタックを決めたのだ。
「ターンエンドだ!」
クリスタニードルLV2(2)BP2000(疲労)
クリスタニードルLV2(2)BP2000(疲労)
バースト無
毒島はターンを終える。椎名のライフを2つ削っただけでもう既に勝ちを誇ったような表情をしている。
[ターン03]椎名
《スタートステップ》
《コアステップ》リザーブ2⇨3
《ドローステップ》手札4⇨5
《リフレッシュステップ》
リザーブ3⇨6
トラッシュ3⇨0
「よし、メインステップ、ガンナー・ハスキーを2体召喚!」
手札5⇨3
リザーブ6⇨3
トラッシュ0⇨1
現れたのは犬のような姿に加えて拳銃を持つための青い筋肉質な腕が生えている緑のスピリット、ガンナー・ハスキー、それが2体、ブイモンの両隣に居座る。
「緑のスピリット!?お前は青と緑の使い手なのか?」
「うーん……だいたいはそんな感じかな?」
毒島の言っていることは半分正解、椎名は青に加えて緑も扱えるデッキを組んでいる。
ーそして、半分は不正解。
「ブイモンをLV2へ!」
リザーブ3⇨1
ブイモン(1⇨3)LV1⇨2
ブイモンはレベルアップに伴い、力を増幅させた。普通のデジタルスピリットならここでアタックステップの開始時のタイミングで【進化】を発揮させるが、
「ブイモンの効果は使わない!そのまま、アタックステップ!ブイモンとガンナー・ハスキー1体でアタック!」
「はあ!?LVまで上げといて【進化】させないだと!?」
ブイモンとガンナー・ハスキー1体がフィールドを走り出す。狙うのは2体とも毒島のライフ。前のターン、フルアタックを仕掛けた毒島はこのアタックを無条件で受けなければならなかった。
ブイモンは成長期のデジタルスピリット、成長期は他の形態と比べても比較的進化しやすい部類なのだが、椎名はそのブイモンの進化の効果を発揮させずにアタックステップを行なった。
「ライフで受ける」
ライフ5⇨3
ブイモンは頭突きで、ガンナー・ハスキーは青い腕に所持している拳銃の乱射で、それぞれ1つずつ毒島のライフを破壊した。
「よし!ターンエンド!」
ブイモンLV2(3)BP4000(疲労)
ガンナー・ハスキーLV1(1)BP2000(疲労)
ガンナー・ハスキーLV1(1)BP2000(回復)
バースト無
椎名は自陣に帰ってくるブイモンとガンナー・ハスキーを見届けながらターンエンドの宣言をした。
「とんでもねぇハズレくじ引いたもんだぜ、俺は、……まさかお前、成長期しか持ってねぇんじゃないだろうな?」
「へへ、それはどうだろうね!」
本当にハズレくじを引いたかはいささか早とちりな気もするが、少なくとも毒島は今、心の中で椎名がレアカードをあまり持ってないことを察してがっかりしている。
デジタルスピリットは主に成長期から順番よく成熟期、完全体、と言うふうに進化していく。完全体クラスにまでなるとデッキのエースを任される事が多いが、中間の成熟期がいなければ基本的には完全体など入れる必要がない。つまり椎名がここで成熟期に進化させなかったと言うことは、椎名のデッキに完全体がいない事を同時に表していた。
あくまで可能性の話ではあるが、
[ターン04]毒島
《スタートステップ》
《コアステップ》リザーブ3⇨4
《ドローステップ》手札3⇨4
《リフレッシュステップ》
クリスタニードル(疲労⇨回復)
クリスタニードル(疲労⇨回復)
「メインステップ!このターンで終わりだ!!来い!ドクグモン!こいつを2体召喚!LVはいずれも1!」
手札4⇨2
リザーブ4⇨0
クリスタニードル(2⇨1)LV2⇨1
トラッシュ0⇨3
さっきの少年とのバトルでも召喚されていたスピリット、成熟期のドクグモンが同時に2体召喚される。ドクグモンは緑のスピリットだが、その軽減シンボルの内2つは紫、紫のスピリットのクリスタニードルでも十分に軽減ができるのだ。
毒島は緑と紫の混色デッキの使い手だった。
「おぉ!さっきのデジタルスピリットかぁ!燃えてきたぁ!!」
「なに喜んでんねん!しっかりせんかい!!」
強そうなドクグモンの登場に歓喜する椎名。だがこれは、アンティルールでも心の底からバトルスピリッツを楽しんでいる証拠でもある。
「アタックステップ!ドクグモンでアタック!アタック時効果!相手のスピリット1体を強制的に疲労させる!!巻かれな!ガンナー・ハスキー!!」
「………ッ!…ガンナー・ハスキー!」
ガンナー・ハスキー(回復⇨疲労)
ドクグモンのアタック時効果は相手のスピリット1体を強制的に疲労させるという、如何にも緑のスピリットらしい効果だ。
ドクグモンの口内から吐き出された糸が絡まり、ガンナー・ハスキーの1体は身動きが取れなくなる。これで椎名のブロッカーはゼロ。
「おら!アタック中だ!」
「よし、それはライフだ!」
ライフ3⇨2
ドクグモンは椎名のライフを噛みちぎるように破壊した。これで残りライフは2、いよいよ危ない状況になってきた。
「あぁ、お姉さんのスピリットが全て疲労、僕の時と同じだ。……どうしよう」
自分のせいでバトルさせてしまった少年は椎名に対して罪悪感を覚えていた。そして今のこの状況は自分のバトル展開とほぼ同様。完全に椎名が負けると悟っていたのだ。
ーだが、
「あんた、本当に椎名が負ける思とるんか?」
「……え!?でも……」
ブロッカーのいないフィールド、ライフは2、迫り来るスピリットの対数は4体、周りからして見れば間違いなく積みに近いこの状況だが、椎名は諦めたりはしない。寧ろ彼女はワクワクしている。この状況を、バトルを楽しんでいる。
「……よっしゃああ!これで終わりだ!2体のクリスタニードルでアタック!」
毒島はクリスタニードル達でアタックする。再びフィールドを泳ぐように飛翔するクリスタニードルが目指すのは、もちろん椎名の残った2つのライフだ。
「……へへ、」
「なにがおかしい!やられすぎて頭がいかれたか!」
「……いや〜楽しいなと思ってさ、ワクワクしてきたよ!バトルスピリッツはそうでなくちゃ!」
「はぁ!?勝ちが全てのバトルの世界で楽しいだと!?笑わせるな!」
「人間皆んな楽しんだもん勝ちだよ!………さっき、あなたは進化がどうととか言ってたね、だったら見せてやるよ、ブイモンの進化の可能性、…その1つを!」
「なに!?」
椎名が毒島に見せたカードは進化の効果を持っている。だがそれは通常の進化ではない。特別な進化方法を持つカード。
「フラッシュタイミング!手札のフレイドラモンの【アーマー進化】の効果発揮!成長期のスピリット1体を手札に戻して、1コスト支払うことで召喚できる!…………効果対象はブイモン!!」
リザーブ2⇨1
トラッシュ1⇨2
「なに!?【アーマー進化】だと!?」
【アーマー進化】、それは通常の進化とは異なる進化方法、通常の進化とは異なる最大の特徴はフラッシュタイミングならいつでも進化できること。
ブイモンは頭上から落下してくる謎の形をした赤い卵のような物と衝突し、混ざり合い、その姿を変えていく。
「……フレイドラモンを召喚!」
フレイドラモンLV2(3)BP9000
「な!?今度は赤のスピリットだと!?」
ブイモンは燃えたぎる炎の武装を纏い、進化する。赤属性のアーマー体スピリット、燃え滾る炎を連想させるような
スマートな竜人型のフレイドラモンが召喚された。
「か、かっこいい!」
「せやろ!……あいつのエースや!」
フレイドラモンの勇猛たる姿に見惚れる少年や、周りの人たち、フレイドラモンこそ、椎名のエーススピリットだ。進化元のブイモンが疲労状態であったが、進化の効果は新たなる召喚扱い、故に今のフレイドラモンは回復状態であり、すぐさまブロックができる。
「だ、だが!1体増えたところで戦況は変わらねぇ!このターンのフルアタックでお前はおしまいだ!」
確かに今からブロッカーが1体増えたところで椎名のライフはまだ差し引いても丁度ゼロにされる。だが、召喚されたのがフレイドラモンなら別だ。
「フレイドラモンの召喚時効果、相手のBP7000以下のスピリット1体を破壊!」
「なにぃぃい!!!?!」
「いけ!フレイドラモン!クリスタニードルを1体破壊!!……爆炎の拳!ナックルファイア!!」
フレイドラモンはその拳に炎を灯し、殴りつけるように投げ飛ばす。その炎は一直線にクリスタニードルを捕らえ、命中する。クリスタニードルはその炎に焼き尽くされて破裂するように爆発した。
「へへ!破壊に成功したらカードを1枚ドローする。……さらに、残ったクリスタニードルのアタックはフレイドラモンでブロックだ!!」
手札3⇨4
「……ぐっ!」
フレイドラモンは向かって来るクリスタニードルを炎の回し蹴りで迎撃、クリスタニードルを撃ち落とし、破壊した。
「す、すごい……!」
椎名とフレイドラモンのコンビネーションに只々ひたすらに感嘆の声を漏らす少年。これで椎名の残りライフは2、対して、毒島の回復状態のスピリット対数は1、どう足掻いても椎名のライフをゼロにすることはできなくなった。
「た、ターン、エンド」
ドクグモンLV1(1)BP3000(疲労)
ドクグモンLV1(1)BP3000(回復)
バースト無
毒島はターンエンドせざるを得なかった。自分の残りライフは3、対して椎名の総スピリット対数は3、無理にドクグモンでアタックするよりはブロッカーに回したほうが良いと判断したのだ。
[ターン05]椎名
《スタートステップ》
《コアステップ》リザーブ1⇨2
《ドローステップ》手札4⇨5
《リフレッシュステップ》
フレイドラモン(疲労⇨回復)
ガンナー・ハスキー(疲労⇨回復)
ガンナー・ハスキー(疲労⇨回復)
リザーブ2⇨4
トラッシュ2⇨0
ガンナー・ハスキー1体に取り巻かれていたドクグモンの糸がようやく解ける。
「メインステップ、ブイモンを再び召喚!」
手札5⇨4
リザーブ4⇨0
トラッシュ0⇨1
椎名はアーマー進化の効果で手札に戻っていたブイモンのカードを再び召喚した。ブイモンは青と緑の軽減シンボルを1つずつを持っているスピリットだが、ガンナー・ハスキーの効果で青のシンボルがメインステップ中のみ追加されるため、フル軽減での召喚が可能になっていたのだ。
またブイモンが元気にフィールドに飛び出して来る。
「アタックステップ!いけ!フレイドラモン!アタック時効果でドクグモンを1体破壊!」
「なにぃぃい!?!またか!」
「あ、言い忘れてたね、フレイドラモンのこの効果は召喚時とアタック時にそれぞれ発揮できるんだ」
再びフレイドラモンの熱き炎の鉄拳が、今度はドクグモンを襲う。ドクグモンは散り散りになり、破裂するように大爆発を起こした。
「そしてカードをドロー……!」
手札4⇨5
召喚時同様の効果であるのでおまけのようなドロー効果も発揮する椎名、この効果は彼女にとってとてつもないアドバンテージを与えていた。さらにフレイドラモンの効果はまだ残っている。このタイミングで第2の効果が発揮される。
「さらにフレイドラモンはLV2の時、相手のスピリットを指定してアタックができる……!」
「な!?!どんだけ効果もってんだよぉぉぉお!」
「残ったドクグモンに指定アタック!いけ!フレイドラモン!……渾身の爆炎!ファイアロケット!!!」
フレイドラモンはその脚力を活かし、天高く飛び上がる。そのまま炎を纏い、残った最後のドクグモンに向けて落下するように飛び立つ。そしてドクグモンと衝突。ドクグモンだけが破壊されて大爆発を起こした。
「う、嘘だ……!…この俺様のスピリットがたった1体のスピリットで全滅するなんて……!」
よく考えてみれば圧倒的だった。椎名はフレイドラモンを召喚しただけで、防御、妨害、ドロー、などバトスピにおいて必要なことのほとんどをやってのけたのだ。この速攻に対する強さこそがフレイドラモンの最大の強味。
片や毒島のフィールドはなにも無し、手札もたったの2、椎名のフィールドと手札と比べたらその差は圧倒的に開いていると言える。
「さぁ〜て、いきますか!」
「ヒィぃぃい!」
「ガンナー・ハスキー2体でアタック!」
「ら、ライフだ、……うわぁぁぁぁあ!!」
ライフ3⇨1
椎名の命令でガンナー・ハスキーはそれぞれの拳銃の乱射で毒島のライフを破壊した。残りは僅か1つ。決め手になるのはもちろん、
「ブイモンでアタック!」
ブイモンは待ってましたと言っているかのように走り出す。ブイモンの推進をもう止める術を毒島は保有していない。
「ら、ライフだぁぁぁぁあ!!」
ライフ1⇨0
ブイモンの渾身の頭突きが毒島の最後のライフを砕いた。毒島のライフがゼロになった事でこのバトルの勝者は椎名となる。
「よっしゃああ!!私の勝ち!!」
椎名は勝利のVサインを掲げると、ブイモン、フレイドラモン、2体のガンナー・ハスキーもそれに応えるかの如く一斉にガッツポーズをとった。
バトル終了に伴い、それらのスピリット達はゆっくりと消滅していった。
「へへ!どうだ毒島先輩!約束は守ってもらうよ!今度はデッキなんか賭けないで楽しくバトルしようね!」
「ぐっ!………覚えてやがれぇぇえ!!」
それだけ吐き捨ててその店を逃げるように後にした毒島。真夏は「捨て言葉が古い」とツッコミを入れるように一言入れた。
毒島が消えた途端に店内で椎名を讃える拍手が送られる。乱暴していた悪者を追っ払ったのだ。それは誰だって賞賛したくなるのだろう。椎名は少々照れ気味に頭をかいていた。
「いやぁ、それほどでもぉ」
そしてその光景を大勢の人混みの中で見届けていた2つの影がいた。1人はギザギザの白髪が特徴的な少年。もう1人は栗色の短髪の少年。椎名達と同じ学生服を着用している。バッジの色からして椎名とは同級生であることが示唆される。
「あれが例の赤のアーマー体を持ってる子だよ、どう?」
短髪の少年が言う。すると白髪の少年はその仏頂面を少し歪ませて硬い口を開いた。
「どうって、まぁ、欲しいに決まってんだろ」
白髪の少年がそう言うと、2人はその店内を後にした。
ー椎名の波乱万丈なバトスピ生活が幕を開けた。
〈本日のハイライトカード!!〉
「はい!椎名です!今回はこいつ!【フレイドラモン】!」
「フレイドラモンはデジタルスピリットの新たなる効果、【アーマー進化】を持ってる赤のスピリット、召喚時とアタック時で破壊効果を発揮して一気に勝負を決めよう!」
最後までお読みいただきありがとうございます!
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