ここは紫治一族が住まう館。その広さはもはや館よりかは豪邸と言った方がいいくらいだ。その中の一室で、ある男は興奮し、高揚していた。まるで遠足やクリスマス前の眠れない子供みたいに、
だが、望んでいることはそんなかわいいものじゃない。もっと邪悪で、禍々しい。その先にあるのは確かに人間らしい願いであるといえばそうなのだが、
「あぁ、ようやくだ、ようやく……………お前に会えるよ、【亜槌】………このDr.Aが作り出した水晶…………そして後はオーバーエヴォリューションに覚醒した者達の力があれば……………」
その男の正体はデスペラード校の理事長かつ紫治一族の現頭領である【紫治城門】だ。
彼の願いはただ一つ。それはどんなに人智を超えていても、化け物と忌まわされても一向に構わないほど叶えたい欲望なのだ。
それが今日、今日叶う。そう思うと居ても立っても居られない程の気持ちになり、今の感情が露わになったのだろう。
ー何年も待ち望んでいた彼の野望が今、始まる。
******
椎名は走っていた。誘拐された夜宵のために。犯人と思われる者からメールで指定された場所まで、
その指定場所は界放市の離れにある【ジャンクゾーン】と呼ばれる無法地帯だ。その名の通り廃墟や粗大ゴミなど、使えなくなり、役に立たなくなった物が集められた場所であり、通称【灰色の街】とも言われている。
完全に国から見放された場所であるためか、そこにはならず者で溢れかえっている。椎名はそこに来ていた。本来は一般人は立ち入りができないはずだが、なぜかその大きな門をくぐることができた。
「はぁっ、はぁっ、……夜宵ちゃぁぁあん!!」
そこが危ない場所とも知らずに、息を切らしながらも叫びながら駆け上がる椎名。そう興奮するのも無理はない。このあたりなのだ。犯人からのメールで指定された場所と言うのは。
椎名は必死にあたりを捜索する。
ーそして、
「……あっ!……夜宵ちゃん!!」
椎名は倒れている夜宵を見つけた。
すぐさま駆け寄る。椎名はその頭を抱え、何度も呼びかけた。
「夜宵ちゃん!!……夜宵ちゃん!!」
「………ん、……し、椎名ちゃん…………っ」
「夜宵ちゃん!よかったぁ」
椎名に抱えられたままその瞳をゆっくりと開眼させる夜宵。どうやら無事のようだ。一安心する椎名。
少し落ち着いたところで夜宵に何が起こったか聞くことにした。
「ねぇ、夜宵ちゃん、いったい何があったの?」
「………それがわからないの、私も知らないうちに連れていかれて…………でも椎名ちゃんが来てくれるって信じてたよ………ありがとう」
「あっはは、いや〜どういたしまして〜〜……」
身の危険をも惜しまずに自分をこんなところまで助けに来た椎名に感謝する夜宵。これで一件落着、
ーだが、その微笑ましいエピソードは終わりを告げることになる。
次の瞬間、夜宵から発せられたその思いもよらない言葉は椎名を一瞬で凍りつかせる。
「これで……………これで、お父様の悲願の願いが叶うっっ!!」
「…………え!?どういうこと!?」
突然糸が切れたようにそう叫ぶ夜宵。その目の瞳は細かく揺れ動き、狂気に走っている。
突然発せられたその言葉の意味を飲み込めない椎名。だが、その言葉の裏に何かとてつもなく冷たいものを感じた。簡単に言えば嫌な予感だ。
椎名の手を離れ、立ち上がる夜宵。そしてその不気味な笑みを浮かべながら、不思議そうな目で自分を見つめる椎名に話した。
「ふふ、言葉の通りよ、椎名ちゃん………………あなたは選ばれたの、【儀式の生贄】にね」
「……………な、何言ってるの?夜宵ちゃん【儀式の生贄】?意味がわからないよ」
より話がわからなくなり、困惑する椎名。今現状何が起こってるのかも全く理解できなかった。
ただ理解できたことは、いや、本当はそれを理解したくないのだが、……………【夜宵が敵】であると言うこと。
「じゃあ、先ずはその発生間近のオーバーエヴォリューションから覚醒させないとね〜〜」
「?!オーバーエヴォリューション?……………って、司が前にやったやつ?」
「そう、先ずはそれを目醒めさせないといけないの……………………」
夜宵はここである人物を呼び出した。それは椎名を驚愕させる人物。知っている人だ。
いや、この界放市中でその男の存在を認知していないのは生まれたての赤ん坊くらいだろう。それくらい認知性と知名度が高い人物だ。
「おいで〜〜、……………ヘラクレスさん!」
「……………え?」
少し離れた廃墟からゆっくりと2人のとこまで歩んで来たのは真夏の実兄であり、初となる界放リーグ三連覇を成し遂げた、もはや生きる伝説と言っても過言ではない男。
ーヘラクレスこと、緑坂冬真だ。ただその様子はいつもとは違っていて、
「!?!……真夏の兄ちゃん!?……なんでこんなとこに!!」
「メ、芽座、椎名、オ、俺ト、バ、バトルシロ…………」
「!?!」
明らかにおかしかった。片言だし、歩き方も普通じゃない。まるで誰かの操り人形みたいだ。
「ふふ、ヘラクレスさんは私たち紫治一族の忠実なる奴隷となったの〜〜この人ったら単純で、お姉様が少しだけ誘惑したらまんまと乗っかって簡単に洗脳されるんですもの、おかしいよね〜〜」
「………ま、真夏の兄ちゃん」
実際にはヘラクレスを操っているのは【Dr.A】と呼ばれる者が作り上げたある装置なのだが、
ヘラクレスはその女好きで軽い性格ゆえに夜宵の姉、【紫治明日香】に誘惑され、まんまと乗せられて、捕まり、この通り洗脳されてしまったのだ。
「真夏の兄ちゃん!落ち着いて!」
「バトルシロォォ、芽座、椎名ァァ!!」
「ふふ、無駄よ、これはバトルで勝たないと解けない」
「なんで!?なんでこんなことするの!?夜宵ちゃんっ!!」
「…………だからお父様のためだって」
「お父様って、……………あの人?」
全く言葉と態度を変えようとしないヘラクレス。本当に洗脳されてるのだ。椎名はもうなにがなんだかわからなくなった。
だが、1つだけわかったことがある。それは今ここで自分がヘラクレスとバトルをしなければならないということ。
ー椎名は意を決した。
「…………わかったよ、真夏の兄ちゃん、いや、ヘラクレスっ!私があなたに勝って目醒めさせるっ!だから少しだけ我慢してよね!」
(ふふ、………それでいいのよ椎名ちゃん)
椎名はBパッドを展開する。それに合わせて洗脳されて狂ってしまったヘラクレスもBパッドを展開した。
ーそして始まる。椎名とヘラクレス。この2人のバトルが、
「「ゲートオープン!!界放!!」」
******
場所は戻ってジークフリード校、今は文化祭の真っ只中であったが、
「え!?紫治夜宵が誘拐された!?」
「あぁ」
「まだ信じられないけどね」
話しているのは真夏、司、雅治の3人。未だにミスコンで騒がしい体育館の外のすぐ裏でその夜宵の誘拐について話していた。
何故、司と雅治、2人がこのことを知っているかというと、椎名と同じメールが彼女より少し遅れて届いたからだ。
「……………多分めざしの奴も同じメールが送られたんだろうな、」
「!?!だから急に走ってどっか行ったんやな!?」
「多分ね」
「厄介なのはその場所だ、めざしは何も知らないだろうが、犯人が送って来た位置情報の場所は【ジャンクゾーン】だ」
「!?!………国が見放した完全な無法地帯やないか!」
「どっちにしろ椎名は放っては置けないよ、夜宵ちゃんも助けないと」
「あぁ、警察なんて呼んだら一般人立ち入り禁止の【ジャンクゾーン】に入れてくれねぇだろうな…………俺らで行くしかないだろ」
「……………せやな」
3人は決心を固めた。そして3人も椎名と同じく学園をこっそりと抜け出した。目指すは界放市離れの無法地帯、【ジャンクゾーン】だ。
******
「ヘラクルカブテリモン、デ、アタック!!」
「…………ライフで受けるっ!……………う、うわぁっ!」
ライフ2⇨1
黄金の甲殻を持つ昆虫型の究極体スピリット、ヘラクルカブテリモンがその輝く4本のツノで椎名のライフを1つ破壊した。
椎名にまるで力が抜けたような感覚が襲ってくる。このようなバトルはアイドルバトラーの最手模輝夫の時以来か、Bパッドでのバトルでこんなダメージを感じるなどこれまで聞いたこともなかった。
そして、これで椎名のライフはたったの1。追い込まれてしまった。流石は界放リーグを三連覇した男と言ったところか、やはりその実力は圧倒的だった。
今の椎名で敵うかどうか、いや、敵わなければならない。ここで椎名が負けてしまうのは苦しいのはヘラクレスだけではない。真夏まで苦しむことだろう。
その想いが椎名にいくらでも力を与えていた。
「ターン……エンド」
テントモンLV1(1)BP2000(疲労)
ヘラクルカブテリモンLV1(1)BP12000(疲労)
バースト無
やれることを全て終え、そのターンを終えたヘラクレス。これまでの彼のバトルからは考えられないほどに冷徹だった。まるで強力な機械兵とでもバトルしているかのような気分である。
椎名とて、こんな形でヘラクレスとのバトルを望んではいなかっただろう。だが仕方ない。彼の洗脳を解くためにはこのバトルに勝つしかないのだから。
「わ、私のターンっ!」
「ふふ、頑張るわね、椎名ちゃん」
その椎名の頑張りを嘲笑うかのように見つめる夜宵。これまでの彼女からは予想できないほどに冷たい目をしていた。椎名はそれが信じられなかった。
今までの夜宵が演技なのか、はたまた変わってしまったのかは定かではないが、どちらにせよ椎名は信じたくなかった。元に、元の夜宵に戻って欲しかった。あのにこやかで明るい夜宵に。
******
再び視点は変わり、司、雅治、真夏の3人は【ジャンクフィールド】の門前まで既に赴いていた。
そこで司と雅治はある違和感に気づく。
それは門前の警備の警官が1人もいないことだ。通常では一般市民が入ってはならない領域であるため、この唯一のゲートである門は厳重に見張られているのだ。
それが今日はどうしたことか、警官どころか人はいないし、おまけに門も既に開口しているではないか、明らかに何かが変だ。
3人はそれでも椎名と夜宵のためにその門をくぐり、【ジャンクゾーン】へと足を踏み入れた。
「………こ、ここが【ジャンクゾーン】、……噂通りおっかなさそうなとこやな」
「………こっちだ、行くぞ」
兎に角その足を進めた。椎名と同じ、指定された場所へと行くために。【ジャンクゾーン】は学園からは遠かったので、既に足も限界だったが、それでも助けたいと言う気持ちが彼らを奮い立たせる。
ーそして歩いて約20分が経つ頃だ。
「「……………?」」
「…………誰だ?」
3人の前に現れたのは黒いフードを被った人物。背は高いが、その細身の体と豊満なバストから女性であることが示唆される。
「ふふ、ここから先には行かせないわよ」
その女性はそう笑いながらも懐からBパッドを取り出し、展開した。まるでここを通りたければバトルをしろと言わんばかりに、
「夜宵を誘拐した奴の仲間か?」
「ふふ、さぁ、どうでしょうね?」
ただ明らかに怪しい。司たちからすれば、どこからどう見ても彼女は危ない人物にしか見えない。
ここまで1人で来たと言うことは、別の場所にまだ誰かいるのだろうか。司たちはそう考えさせられていた。
そしてここで問題になるのは、誰がバトルに行くか、だが、
「………2人ともここは僕に任せて先に行って」
「「!?!」」
そう言いだしたのは雅治だった。雅治は1人でこのフードの女性に挑もうと言うのだ。
「この先、何が起こるかわからないし、他にあの人みたいに敵がいるかもしれない、だから2人は先に行って椎名と夜宵ちゃんの安全を早く確認して」
「で、でも長峰…………」
「…………わかった」
「え!?いいんか!?」
司は雅治の言葉に即答して、その場から彼を置いてさっさと早歩きで先を進んだ。真夏はその司の即答の判断に困惑しながらも司の後をついていく。
「…………頼んだよ」
「ふふ、私の相手はあなたみたいね、まぁ、最初からそのつもりで来たのだけれど」
「え!?」
司と真夏が見えなくなる頃、フードの女性はそれを脱が捨てた。その人物の正体は………………夜宵の姉、紫治明日香だ。
ー2人のバトルが始まろうとしている。
******
「ちょい待ち!」
「あ?なんだよ」
もう雅治とその相手をしたフードの女性との距離が幾分か離れたところで真夏はようやく司に追いつき、その右手を司の肩に置いてその足を止めた。
「なんだよ、ちゃうわ!なんで置いていくん?あいつが何者なのかわからないんやで!?」
「バトスピは基本的に1on1だ、複数はいらない」
「でもなぁ、」
「文句言うな、あいつが任せろって言ったんだ、任せておけ」
「!!?!」
意を放つかのような司のオーラが真夏を黙らせる。真夏は司が心の底から雅治を信頼しているのをその身に感じた。
自分としては納得はしたくない、正直置いて行くというのはむしゃくしゃするが、椎名のためだ、自分もその想いを、雅治を信じることにした。
そしてそこから10分歩いたところだ。ようやく、ようやく目的地が見えてきた。だが、そこでは意外すぎる出来事が2人を待ち受けており、
「ブイモンを召喚!」
椎名はいつものキーカード、青い体の小竜、ブイモンを召喚した。
「あっ!椎名おったでぇ!」
「………バトルしているのか?」
椎名がバトルしているのが2人の目に飛び飛んできた。だが、驚いたのはそのバトルをしていた相手だ。
「に、兄さん…………!?」
「ヘラクレス、何故ここに!?」
椎名とバトルしているヘラクレスを見て驚く2人。
「兄さん!!!どないしたん!?」
真夏は思わず大きな声で叫んでしまった。その声で椎名も夜宵も2人の存在に気づいた。
司と真夏も2人に走って近づく。
「!?……真夏………司?…なんで?」
「それはこっちのセリフだ、なんでヘラクレスとお前がこんなところでバトルなんかしているんだ」
「あら、司ちゃん、私を助けに来てくれたの?嬉しい…………多分雅治君も来てるよね」
「…………夜宵」
司と真夏はその場に近づくと少しだけ直感で理解した。椎名が今どういう状況に侵されているのか、夜宵がなんなのか、その彼女の雰囲気と態度で少なくとも味方じゃないことは直ぐに理解できてしまった。
「兄さん!私や!真夏やで!なんでこんなとこにおるん!?」
「マ、真夏?………シ、知ラナイ………ソンナヤツ」
「…………え!?」
真夏がいくらヘラクレスに語りかけても彼は全く意に介さない。まるで本当に全てを忘れ去ったかのように。信じられなかったことだろう。何せ実の妹のことすら忘れているのだから。それほど強く洗脳されていると言える。
「真夏、今のヘラクレスは夜宵ちゃんに操られているんだ、元に戻すためにはこのバトルに勝つしかない」
「…………そ、そんな!?」
椎名を助けに来たつもりがまさか実の兄がこんなことになっているなど真夏としては思ってもいなかったことだろう。
「夜宵、」
「ん?なぁに?司ちゃん」
「このバトルにはなんの意味がある?なんのためにヘラクレスを洗脳までしてめざしとバトルさせている?」
「あぁ、またそれ、何回も言ったけどね〜〜、……………全てはお父様のためよ」
「!!………紫治城門か…………っ!」
「信じられないよ…………あの人がこんなこと」
紫治一族がここまで大胆に行動しているのはその現頭領、紫治城門に理由がある。夜宵と明日香、城門の2人の娘たちはどうしても彼の願いを叶えさせたかったのだ。
ただそれは自分たちの願いでもあると言うこともあるが、
椎名からは信じられなかった。赤羽家に行った時に会った時はあんなに優しそうな顔の人だったのに、本当はこんな酷いことを平気でするような人物だったことがショックであった。
「まぁでも、司ちゃんはもうオーバーエヴォリューションに目覚めてるんだし、椎名ちゃんとヘラクレスさんのバトルをただ傍観してればいいよ」
「………………(オーバーエヴォリューション?………あれが何か関係しているのか?)」
夜宵の言葉でオーバーエヴォリューションの事を思い出す司。あの時は偶然起きたが、今回はそれを偶発的に発揮させようとしているのを理解した。
残念なことに、今の司ではこの状況はどうしようもできない。今はとにかく椎名にヘラクレスを任せる他ない。
「…………真夏、待ってて、…………今兄ちゃんを助けるからっ!」
「………し、椎名」
より強く意気込む椎名。真夏は弱々しく頷く。信頼している。勝ってほしい。だが、相手は仮にもあのヘラクレス。椎名が負けてしまうのではないかと思わず頭の中をよぎってしまうのだ。
バトルは続く。椎名のメインステップからだ。そして早々に動き出す。
「【アーマー進化】発揮!対象はブイモン!1コストを支払い、黄金の守護竜、マグナモンを召喚っ!」
マグナモンLV3(4)BP10000
ブイモンの頭上に黄金の鎧を着た卵のようなものが投下される。ブイモンはそれを受け入れるように衝突し、混ざり合い、進化する。
新たに現れたのは黄金のボディを光輝かせる守護竜、ロイヤルナイツの1体、マグナモンだ。
「マグナモンの召喚時効果!相手の最もコストの低いスピリット1体を破壊するっ!今のあなたの場はヘラクルカブテリモンとテントモン、その中でもコストが低いテントモンを破壊するっ!」
「……………」
「黄金の波動!!エクストリーム・ジハード!!」
マグナモンは黄金の波動で作り上げられた障壁を解き放つ。ヘラクレスの場にいたテントモンはそれに包まれ、いとも容易く消しとばされてしまった。
マグナモンの召喚時をここで使うのはもったいない気もするが、致し方ない。このままヘラクルカブテリモンに対して何か早々に手を打たなければ間違いなく椎名が負けるからだ。
「さらにバーストを伏せて、………アタックステップ!………マグナモンでアタックだっ!」
バーストが伏せられると同時にアタックステップへと移行する椎名。そしてその開始と共に肩のブースターを器用に使いこなし、低空飛行で飛び行くマグナモン。
ヘラクレスの場は疲労状態のヘラクルカブテリモンのみ。ブロックできない。つまり何もなければライフで受けることになる。
「…………ライフデ受ケル」
ライフ3⇨2
マグナモンの強烈な蹴りが、ヘラクレスのライフを破壊した。
残りたったの2つだ。後2つ破壊すれば、勝てる、真夏の兄ちゃんを取り戻すことができる。
「…………ターンエンド」
マグナモンLV3(4)BP10000(疲労)
バースト有
やれることを全て失い、そのターンを終える椎名。
やはりBPが高く、連続アタックまでも可能にしてくるヘラクルカブテリモンが厄介極まりないのだが、椎名にはそれさえをも超える作戦があって、
(………私が伏せたバーストカードは風刃結界…………これで真夏の兄ちゃんがアタックしてきたらマグナモンのBPを上げて返り討ちにできる…………そして手札にはワイルドライドもある……………いける…………勝てるぞ)
そう思っていた。バーストは風刃結界。このカードはアタック後のバーストで発動でき、自分のスピリット1体を回復し、BPプラス10000する効果を持つ。そして手札にはワイルドライド、これによりマグナモンをBP23000のブロッカーとして立たせることができる。
これで次のヘラクレスのターンのヘラクルカブテリモンのアタックを防ぐことができる……………と考えていた。
「オ、俺ノターン…………スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ」
ターンシークエンスを物静かに進めていくヘラクレス。
ーそして、その椎名を超える一手を引き抜く。
「ブ、ブレイブカード、黒蟲ノ妖刀ウスバカゲロウヲ召喚!!」
「!!」
天より舞い降りてきたのは緑の妖刀、ウスバカゲロウだ。それは緑の強力なブレイブのひとつであり、
今回はヘラクルカブテリモンと合体する。
「ヘラクルカブテリモンノLVヲ上ゲ、ウスバカゲロウト合体!!」
ヘラクルカブテリモン+黒蟲の妖刀ウスバカゲロウLV1⇨2(1⇨4)BP18000⇨23000
その地面に突き刺さった妖刀を引き抜くヘラクルカブテリモン。合体スピリットとなった。このBPプラスにより、このターンのマグナモンの最高BPと並んだ。
だが、相打ちだったらまだ椎名の方が部がある。椎名はまだ可能性はある。ただただそれだけを考えていた。
「アタックステップ…………ヘラクルカブテリモンデ、アタック!!」
その羽根を広げ、場から飛び立つヘラクルカブテリモン。とてつもないスピードで椎名を襲おうとする。ここで椎名のバーストカード、風刃結界が使えるはずなのだが、
「アタック後のバースト発動!風刃結界!!………………え!?」
だが、それは一向に反転する気配を見せない。何故だ、何故だと頭を抱えて考える椎名。
それはヘラクルカブテリモンと合体したウスバカゲロウにあった。
「残念ね、椎名ちゃん、黒蟲の妖刀ウスバカゲロウは合体時、そのスピリットのバトルでは相手はバーストを発動できないの」
「!?!」
そう呟く夜宵、椎名は再び自分の場に伏せられたバーストカードを確認する。
それをよく見てみると謎の念力のようなもので固定されている。それはヘラクルカブテリモンのバトル中は絶対に解けないようになっており、決して開くことはない。
「く、くそっ!マグナモンでブロックだ!」
椎名は苦し紛れにマグナモンにアタックを止めさせる。マグナモンはヘラクルカブテリモンに果敢に立ち向かう。が、そのBP差は歴然。
ヘラクルカブテリモンのウスバカゲロウでの一太刀を止められず、上空へとかちあげられてしまう。
(……………だ、だめだ、ワイルドライドだけじゃどうにもできない……………負ける)
なんとか上空で体勢を立て直すマグナモン。そしてそのまま黄金のエネルギーを溜めて、放出するも、ヘラクルカブテリモンはウスバカゲロウを使い、それをいとも容易く切り刻んでマグナモンのいる上空へと近づいていく。
もうだめだ、もうだめだと椎名が思った次の瞬間だった。
「……………止めて、兄さんっっ!!」
「!?!」
「……ま、真夏」
真夏の悲痛な叫びがこだました。思わず叫んだ、これ以上2人が、兄と親友が傷つくのを見たくなかった。その一心で心から叫んだ。透き通ったその声色は近くにいた椎名を通り越してヘラクレスの元へと届く。
ーそして
ーそして
ーそしてその一言はヘラクレスの意識を少しずつ覚醒させる。
「あ、アあア、オ、お前………………さっきかラ、人の体勝手ニつこうて何してクれとんねんンんんんンっっ!!……………う、うぉぉぉぉお!!」
「……………え!?まさかこの人、自力で洗脳を解こうとしているの!?!」
洗脳によって閉じ込められていたヘラクレスの自我が真夏の声に反応するかのように目覚めて行く、
ヘラクレスの体から目に見えないくらいの闇の瘴気のようなものがどんどん溢れ出して逃げていく。だが、その瘴気も負けじとヘラクレスの体に絡みついていく。
目の前にいた椎名はただそれを心の中で応援し、傍観することしかできなかった。
ヘラクレスは朦朧とする意識の中で、なんとか手札を1枚引き抜き、闇に抗いながらそれをBパッドへと押し込んでいく。それは椎名を助ける奇跡の一枚。
「あア、……フ、フラッシュ……マジック………ら、ライフ、チャージ…………ヘラクルカブテリモンを破壊し、コアを3つリザーブにお、送る……………」
「…………え!?」
距離を完全に詰め、ヘラクルカブテリモンがマグナモンをウスバカゲロウで切り裂こうと振りかぶった直後、突如として緑色の光と共に大爆発するヘラクルカブテリモン。その合体していたウスバカゲロウごと巻き込み、マグナモンだけを残して場から消え去った。
ライフチャージ、緑のマジック、自分のコスト3以上のスピリット1体を破壊することで、コアを3つも増やす効果を待っている。ただ普通、この勝てそうなタイミングでは使わない。今回が特別なだけだ。
ーヘラクレスは咄嗟に自らの敗北を選択したのだ。
「に、兄さん、」
「へ、ヘラクレス」
「なんて人なの?………じ、自力でDr.Aの洗脳を解くだなんて…………」
信じられないような目でそれを見る夜宵。Dr.Aの洗脳は毎度完璧だった。なんの力かは知らないが、その悍ましい力を制御できる人間など存在するとは思っていなかった。
ただ、今回はいた、このヘラクレスが、その果てしない精神力で、この闇の瘴気を乗り越えたのだ。
「た、ターン、エンド…………コ、来いやぁあ!!!………オ、俺ヲ、倒せぇぇえ!!」
「!?!!」
ヘラクレスに喝を入れられたかのように再び動き出す椎名。全てはヘラクレスを、真夏の兄ちゃんを助けるためだ。
「う、うぉぉぉぉお!!スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ、ブイモンを召喚して、アタックステップ!!………………………2体でアタックだっ!」
ブイモンが呼び出された直後に走り出す。そしてマグナモンも、そしてその2体の拳は、ガラ空きのヘラクレスのライフへと……
「………オ、俺ラの勝ちやぁぁ!!ライフで受けるっ!」
ライフ2⇨1⇨0
ー届いた。その拳はたしかにヘラクレスのライフを全て破壊すると同時に、彼にまとわりついていた闇を全て取り払って見せた。
これにより、勝者は椎名だ。おこぼれで掴んでしまった勝利だが、勝ちは勝ちだ。ヘラクレスの洗脳も戻って結果としては万々歳だろう。
ヘラクレスは疲れ切ったのか、その場で仰向けになって倒れる。
「はぁっ、はぁっ……………」
流石に息が荒れてきた椎名。本当は負けていた。ヘラクレスがあの瞬間に息を吹き返していなければ間違いなくマグナモンごとライフを八つ裂きにされていたことだろう。
「兄さんっ!」
真夏は力尽きてその場で仰向けになって倒れたヘラクレスの側に駆け寄った。
「ま、真夏ちゃん、…………はは、どう?俺かっこよかった?」
「…………かっこよくないわ………アホ」
辛辣な言葉をヘラクレスに浴びせる真夏。だが、その表情に怒りはない。喜びと安心感が混ざった表情、その目には仄かに涙を浮かべていた。ヘラクレスもどうやらなんとかふざける余裕があるくらいには無事のようだ。ただもはや立ち上がるほどの力も残ってはなさそうだが、
そして、この結果に不甲斐ない顔を見せる人物が1人、夜宵だ。
「…………これでもあなたのオーバーエヴォリューションは目覚めないのね……………なら今度は私がやってあげる…………賭けになるけどね」
「………………夜宵ちゃん」
夜宵はデッキとBパッドを取り出した。狙いはもちろん椎名だ。
ついに本性を見せ始める紫治一族の者達。椎名達はこれからどうなってしまうのか、
〈本日のハイライトカード!!〉
「はい!椎名です!今回はこいつ!【ブイモン】!!」
「ブイモンは言わずと知れた私のキーカード!これからもよろしくね!」
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
来週からはまともなバトル回が続きます、お見逃しなく!