バトルスピリッツ オーバーエヴォリューションズ   作:バナナ 

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第81話「エニーズの生まれた日、椎名の生まれた日」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時、遡ること約55年前。ある3人の若者は殺風景でレトロな雰囲気漂う公園の草原にて、目を向けあい、ある誓いを立てていた。

 

その3人とは、当時16歳である後に界放市の市長となる男、木戸相落と、後に椎名の育て親となる男、芽座六月と………後にDr.Aとなる男、徳川暗利だ。

 

3人は同学年であり、共に日本のバトスピ最強と言われる界放市で育った盟友だ。

 

 

「いいか、私達は自分の夢を絶対に叶えるぞ!!……私、相落はこの界放市を治める市長に、暗利、お前はなんだ?」

「……俺は世界から戦争を無くす……この街のように穏やかに佇む海、鳥だけが飛ぶ空を作る事だ……」

 

 

相落がそう言うと、暗利は物静かな口調でそう言った。具体的にどうしたいかまでは言っていないが、この彼の大きな思想が後に世界を大きく揺るがすことになるとはこの時思ってもいないことであって………

 

 

「うむ、良い心がけだ!!…最後六月!!お前はどうだ?」

「あぁ?そうじゃなわしは……可愛い女の子と余生を過ごしたい………うん、孫じゃな、可愛い女の子の孫娘とそれはそれは幸せな余生を過ごすんじゃ」

「戯けが!!そんな腑抜けた夢があるか!!考え直せっ!!……と言うかまだお前既婚してすらないだろう!?」

「えぇ!?いいじゃろ!?…孫娘が生まれた時には絶対に名前を決めるんじゃ!!」

 

 

55年前から、喋り方や何から何までもが変わらない芽座六月。そんななんともパッとしないし、抽象的な夢に、相落も暗利も呆れており………

 

 

「………バカだな」

「バカとはなんだ暗利!!しっかりとした夢じゃろがい!!いいだろう聞かせてやる!!その子の名前は…………」

 

 

 

芽座椎名。

 

六月が適当につけた名前だった。代々、彼ら芽座一族には皆【月】の名が刻まれるのだが、六月はその古い習わしを押し切って、それ以外の名を直感で考えた。女の子が生まれたら必ずこの名をつけようと決めていた。

 

だが、後に彼の元に生まれた孫は男の子。名は【葉月】と【月】の名が刻まれた。その名を名付けたのは六月の息子だ。それでも六月は孫である葉月の事を可愛いがった。

 

しかし、結局その椎名の名は使われなかった事になるのだが………

 

 

後にその名はこの物語を大きく動かす事になるとは、彼自身も思ってはいなかっただろう。

 

 

******

 

 

 

そしてそこから時は経ち、37年後、今の時代から考えると、約18年前に起こった出来事だ。何もかも、全てはここから始まった。

 

あの日の夜から………

 

 

「……まさか、お前が本当に市長になるとはの……相落」

「フッ、お互い様だ、まさかお前が今では1人の祖父とはな……」

「孫は男の子じゃったがな……まぁ、かわいいからいいけど」

 

 

大方、木戸相落と芽座六月は自分の夢を叶えていた。相落は歴代でも最も信頼される界放市の市長へと成長し、六月も流浪の旅をしているうちに、愛するべき者と出会い、子を成して、家族ができていた。

 

ただ、不憫な事に、既に孫以外は不慮な事故で他界してしまったが…………

 

……そして、この2人は今、とある研究所を訪れていたのだ。それは徳川暗利の物であって………

 

 

「にしても暗利の奴、科学者になったのは知ってたが、なんのつもりで俺たちを呼びつけたんだ?」

「む〜〜…奴のことだ。きっと素晴らしい研究をし、人類の役に立つなにかを作り上げたに違いない」

「それで親友の俺らに見せたいってか?……かぁぁっ、あいつもあの年で青春かね、これだからわしぁ男の友情ってヤツぁ苦手なのよ」

 

 

そう言いながらもエレベーターに乗り込み、地下へと降りていく相落と六月。地下は1回だ。そう大して時間はかからなかった。

 

……そして、到着すると、2人を歓迎するように出向いていた1人の男性がいて………その人物は2人もよく知る人物だ。

 

 

「やぁ、久しぶりだね、相落、六月……ヌフフフフ」

「おい暗利、お前いつからそんな気持ち悪い喋り方になった?…ちょっと怖ぇんだけど」

「久しいな、暗利」

 

 

すっかりやつれた徳川暗利の姿だった。久しぶりの再会に喜ぶ3人。しかし、この時はまだ知る由もなかった。暗利がいったいなにを研究しているのかを……

 

……たんにやつれたのは研究熱心なだけではなかったこと………そして、後にこれは世界を大きく揺るがしてしまうこと。

 

 

「見せたいものとはなんだ?」

「……あぁ、付いてきたまえ」

 

 

そう聞き、言われるがままに暗利の研究室を案内される相落と六月。

 

この研究室には暗利以外の科学者はいない。彼専用のラボなのだ。しかし、彼以外と言っても、如何にも科学者ではないであろう人物が1人いた。というか、見つけた。六月が。

 

 

「……おい、黙ってないでこっちに来いよ」

「…………」

 

 

六月が見つけたのは部屋の片隅で縮こまっていたメガネを掛けた少年。若干6歳くらいか、孫の葉月と同じくらいの背格好である。

 

そのメガネを掛けた少年は、その当時の【銃魔】。銃魔は無表情のまま黙って六月に近づいた。

 

 

「お前の孫か?…暗利」

「いや、違う。色々あって受け持った子だ……面倒を見ていてね………そんなことより見せたいものはこの奥だ……入りたまえ……」

 

 

歩いている途中、ようやくその見せたいという物がある場所に到着したようだ。暗利はその鉄でできた重たいドアをゆっくりと開けて、彼らを通した。

 

暗がりだが、一見普通の研究所に見える。しかし、その中央にはとんでもないものが設置されており………

 

 

「……お、おい…暗利……な、なんじゃ、なんじゃこの…………」

 

 

 

赤ん坊は………

 

 

 

六月と相落は驚愕した。中央にある巨大なビーカーの中に入っていたのは生まれたてのような赤ん坊だった。ツノのような大きなアホ毛が際立っている。眠っているのか、目を開けてはおらず、不思議な液体の中で静かに浮いていた。

 

暗利に家族はいない。

 

六月のように自分で作ってもいない。

 

が故に、この赤ん坊の存在はよりおかしな事であって………2人はこの時点でその子からは何か邪悪ななにかを感じ取っていた。見た目はなんの変哲も無いただの赤子だと言うのに………

 

 

「あ、暗利………なんだこの子は……」

「ヌフフフフ、その子の名は【エニーズ】……世界を進化させる存在だ………君らも鬼は知っているだろう?その鬼の化石からDNAを採取し、それを人の細胞と混ぜて生み出した人造人間さ」

「「っ!?」」

 

 

そんな事が倫理的に許されるのだろうか。人が人工的に人を生み出すなどと………

 

 

「な、なんのために……」

「だから世界を進化させるためだと言っているだろう?………このエニーズには鬼同様オーバーエヴォリューションを繰り返す事ができる!!私はこの力を物にし、今を生きる者達を蹂躙してみせる!!」

「っ!?んだと暗利!?お前世界をぶっ壊そうってか!?」

 

 

気が狂ったように自分の思想を叫ぶ暗利。2人はようやく気づいた。今の暗利は昔から知るあの暗利では無い。自らの思想に心を酔い潰れさせられたただのイカれたマッドサイエンティストになっていたことを………

 

 

「世界平和はどうした?…人々の蹂躙などお前が望むものとは真逆じゃないか!!矛盾している!!」

 

 

相落が言った。

 

その通り、暗利は昔からよく夢は世界の争いをなくす事だと掲げていた。しかし、今のそのエニーズと呼ばれる赤ん坊を使い、世界を蹂躙するなど、明らかに矛盾している。自分から争いを起こしているのだから………

 

 

「分かったのだよ……相落、六月………この世はどうやっても争いはなくならない………何故なら、この世には国と、それを治める支配者というものがあるからだ」

「「っ!?」」

「国を支配する者は、己の欲に負け、富や資源を欲し、それを守るため、又は奪うために軍備を増強する。それに使われるのは国民だ。その間、支配者がいる限り、どうやっても戦争という道を踏み外すことなど不可能なのだよ………だからこそ、この無限に続くサイクルを壊すべく、一度全ての人間を消すべきなのだ!!退化の一途を辿る…この猿共を!!……そして私が神となり、新たな世界へと進化させる!!」

 

 

彼の暗利の言うことは確かに……

 

正しいのかもしれない。争いをなくすなど、綺麗事だけでは実践できないのかもしれない。本当に止めたいのであれば、世界ごと消し炭にしないといけないのかもしれない。

 

が、やはり……こんな事は……

 

 

「間違ってるじゃろ!!暗利ぃィィ!!目を覚ませぇ!!お前は何の罪もない子供に世界の破壊の片棒を担がせるつもりかぁ!!」

 

 

そう叫ぶ六月。だが、もはや暗利は聞く耳など立てやしない。せっかく親友だからと言う理由だけで新たなる進化した世界に連れて行ってやろうと思っていたのに………

 

………理解しあえないのであれば………

 

 

「………ならばお前達も退化の一途を辿る猿共と共に朽ち果てるがいい!!………私は今からこのエニーズに最後の力を注ぎ込む!!」

「っ!!そ、それは!?」

 

 

そう強く言いながら、暗利が懐から取り出したのは………

 

……伝説のデジタルスピリット、【ロイヤルナイツ】の1枚。【デュークモン】

 

 

「な、何故お前がそのカードを!?」

「ヌフフフフ、必死こいて探したんだよ……エニーズの力の覚醒には必須だからね〜〜」

 

 

大昔は六月が属している芽座一族のカードだったが、今は殆どが世界中に散らばり、消えている。暗利はそんなカードを世界の果てまで歩き回り、獲得したのだろう。

 

そして、その長旅の途中、多くの戦争や紛争を見てきたに違いない。でなければここまでの大きな思想は持てない。

 

 

「ロイヤルナイツには絶えず進化の力が流れている!!時代によって使い手を選ぶと言うのはその力を使いこなせる者を選んでいるからだろう!!……そして、この【デュークモン】のカードはこのエニーズと共鳴している!!この2つの力が合わさる時、エニーズは真に完成と言えるのだ!!」

「……何を訳の分からない事を………」

 

 

暗利は今まで、多くの人間のDNAを採取し、多くの赤ん坊を造り上げていた。さらにそこに鬼のDNAまでもを流したのが、エニーズ。

 

しかし、それだけでは完成とは言えない事は今までの実験からも理解できる。暗利はそこからさらにロイヤルナイツのカードを混ぜこもうと言うのだ。

 

 

「さぁ!!実験と行こうじゃないかぁ!!」

「っ!?やめろ暗利っ!!」

 

 

もう遅い、暗利はデュークモンのカードを機械にセットし、送信。エニーズとの融合を始めた。エニーズの入っている水が沸騰する。そしてその液体は真紅の色を灯し、どんどんエニーズに………赤ん坊に流れ込んでいく。

 

ここまでは順調だった。ここからは暗利も想像がつかなかったある現象が発生する。

 

突如として赤ん坊が真紅の光を強く解き放ち、爆発と共に衝撃波を発生させたのだ。その威力にビーカーのようなものは一瞬にしてひび割れ、中の液体は辺りに飛び散り、周りにいた六月達も壁に叩きつけられるように吹き飛ばされる。

 

 

「っ!?うわぁっ!!」

「ぐ、ぐぅっ!!」

「……す、素晴らしい!!ここまでとは!!」

 

 

そんな中、暗利はただ1人、背中を見て壁に打ち付けられながらも笑顔を見せていた。その予想以上の力の強さに……実験は成功だ。後はこのエニーズの幼体を成長させるだけ………

 

………かと思っていた。その爆風と爆煙が完全に晴れるまでは…………

 

 

「………グ、グルルルルルルッ!!」

「!?なんだこいつは!?」

 

 

最初にそれを見つけたのは相落。黄色い眼光を輝かせるその真紅の竜を見た。それはデジタルスピリットのように見える。ただ、研究はされてはいたものの、この時代はまだBパッドさえも存在しない時代。

 

目の前の現実に存在しているのかをスピリットに、六月と相落はただただ怯えることしかできなくて………

 

 

「ヌフフフフ、これは真紅の魔竜……その始まりの姿。デュークモンの進化前と呼ばれるスピリットだ………素晴らしい!!エニーズの力がここまで逸脱しているとは!!生まれただけで新たなカードを生み出しただけでなく、それを無意識のうちに実体化させるなど!!」

「……真紅の魔竜……デュークモンの進化前……だと!?」

 

 

ロイヤルナイツのカードを所有していた一族である六月でさえもその真紅の魔竜と呼ばれる存在は知らなかった。暗利はいったいどこまでこの事を調べているのだろうか。

 

だが、そんな事を考えている暇を与えられるわけがない。後にギルモンと呼ばれるそのスピリットは瞳孔を縮ませ、戦闘態勢に入る。

 

……そして……

 

 

「ッガォァ!!」

「っ!?…う、うあわっ!?」

 

 

六月に飛びかかってきた。六月は間一髪で交わすも、ギルモンは人1人よりも小柄ながら、その鋭い爪の一撃で鉄の壁、即ち塊を紙切れのように引き裂いた。

 

その後、直ぐに避けた六月の方を振り向き、大きな咆哮を張り上げて………

 

 

「っ!?」

 

 

デジタルコードに包まれた。進化しているのだ。もっと強大な存在になるために………目に映るものを全てを薙ぎ払うために……

 

やがてそのコードは解き放たれ………中からはさらにサイズアップした真紅の魔竜が姿を見せる。そのスピリットは後にグラウモンも名付けられる存在だ。

 

 

「っ!!進化した……」

「おぉ!!……真紅の魔竜よ!!」

「っ!!よせ!!暗利っ!!」

 

 

進化を遂げた真紅の魔竜を見て、居ても立っても居られなくなったか、暗利は相落の制止も聞かずに、その凶悪な存在の目の前へと飛び出してしまう。

 

 

「私は徳川暗利!!君の生みの親だ!!私とエニーズと共にこの世の全てを破壊する気はないか?」

「…………」

 

 

真紅の魔竜、その成熟期の姿は、暗利の方を振り向く。だが、見つめた時間、僅か2秒………

 

 

「ッガァァァァア!!」

「っぶっ!!?」

 

 

暗利はグラウモンの大きな腕に薙ぎ払われてしまう。当然だ。今の真紅の魔竜は獣も同然、話など聞くわけがない。暗利は壁に打ち付けられ、頭から血を流し、倒れ込んでしまった。

 

 

「暗利いっ!!」

 

 

叫んだのは六月。変わってはしまったが、親友であった暗利の身を案じていた。あんなになっても、死んで欲しくはなかった気の表れでもあって………

 

……そして、真紅の魔竜は、ゆっくりと別のところに歩み寄っていく。そこは六月や相落のところでもなければ、先程吹き飛ばした暗利の元でもない。

 

 

「………」

「っ!!まずい……赤ん坊のところだ!!…おい!!やめろっっ!!」

「むえ〜〜?」

 

 

グラウモンは赤ん坊のエニーズのところへと歩いていた。赤ん坊は目を覚まし、キョトンとした表情でただただ可愛げな瞳で真っ直ぐ前だけを見ており………

 

六月の言葉などに耳を貸すわけもなく、止まらない真紅の魔竜、成熟期の姿。だが……その後真紅の魔竜がとった行動は………

 

 

「っ!?」

「…………」

「……むえぇ〜〜♪」

 

 

その赤ん坊を殺害する事なく、手で拾い上げた。しかも大事そうに持っているではないか、まるでその赤ん坊をあやしているかのよう。

 

赤ん坊はその掌の上で真紅の魔竜の感触を肌で感じ取っていた。その表情は幼ささながらに喜んでおり、可愛いらしい産声を上げながらゴロゴロとその上で転がっていた。その様子はとても愛らしいのだが、魔竜の掌の上であることから、ミスマッチも良いところだ。

 

……そんな魔竜の奇行に、六月と相落はただただ口を開けて、凝視することしかできず…………

 

 

「………グルルルルルルッ……」

 

 

しかし、そんな不思議な時間も束の間……真紅の魔竜は再び目の前の六月と相落に敵対するような目を向ける。そして口内を開け、そこから高熱の熱線を放出した。

 

 

「ぬ、ぬぉっ!!」

 

 

また間一髪でそれを交わす六月。熱線により壁が溶解してしまう。まともに受け手仕舞えばひとたまりもないのが一目でわかる。このままでは打つ手がない。確実に全員この魔竜に殺害されることだろう。

 

しかし、微かな希望を、六月はこの部屋の片隅で偶然見つける。それは………

 

 

「こ、これは………【スピリットプロテクター】!!」

 

 

【スピリットプロテクター】とは、一見普通のカードプロテクターだが、スピリットカードを本当に実体化させるという代物。そのサンプル品がこの部屋に置かれていたのだ。その思考は悪道に染まったとはいえ、暗利も科学者の1人。そのアイテムを研究していたのだろう。

 

これは後に余りにも危険視され、販売は禁止、【スピリットアイランド】でのみの使用が許されることとなるのだが、今はまだそんな事など予知できたものではない。

 

六月も相落を通してこのアイテムを知っていた。しのごのと言ってられない。この絶望的な状況を脱すべく、咄嗟にそれを払い上げ………

 

……自分の持つカードをその中へと投入した。

 

 

「……召喚!!」

 

 

そのスピリットは自分のオーバーエヴォリューションで獲得した最も信頼できるデジタルスピリット。

 

 

 

「……インペリアルドラモン ドラゴンモードッ!!」

 

 

六月の叫びと共に現れたのは赤くて大きな翼を持つドラゴン。その余りにも巨大なサイズはこの部屋を圧迫する。

 

 

「頼むドラゴンモード!!」

 

 

ドラゴンモードと対峙するグラウモン。エニーズを抱えたままでの戦闘は危険とみたか、エニーズを今にも壊れそうなデスクの上に一旦置き、ドラゴンモードへと走り出した。

 

だが、グラウモンではドラゴンモードには全く通用しない。グラウモンはドラゴンモードの片手で押さえられ、壁に向かってぶん投げられてしまう。その衝撃で壁に大きな穴が開いてしまい、研究所に多大な損害を与えてしまう。

 

六月は隙を見て赤ん坊の方へと走り出し、救助を試みる。デスクの上に置かれた赤ん坊をタオルで包み上げ、抱きかかえた。

 

 

「よしよし、もう安心じゃぞ……」

「むえ〜〜?」

 

 

なんとも可愛らしい赤ん坊。本当にこの子が世界を破滅に導く存在だったのかと思ってしまうほどだ。

 

そうだ。この子には罪がない。勝手に造られて、勝手に兵器にされかけただけだ。生きて行かさねばならない。

 

一方、真紅の魔竜とドラゴンモードの戦闘は続く。グラウモンはこのままでは勝てないと見て、さらにデジタルコードをその身に包ませる。今一度進化しようとしているのだ。

 

そして、コードを消しとばし、中から新たに現れたのはさらに巨大になり、上半身に多大な武装を施した真紅の魔竜、完全体の姿。後にメガログラウモンと呼ばれる存在だ。

 

メガログラウモンは咆哮を張り上げながら胸部の武装から放射線を発射した。それはドラゴンモードさえもたじろぐ程の威力を有しており、研究所に大きな穴を開け、爆発させた。

 

そしてそれが連鎖するように次々と爆発を起こしていき、次第に辺り一帯は火事場となってしまう。

 

 

「まずいぞ六月!!早く脱出するぞ!!」

「暗利はどうする!?…」

「ほっとけそんな奴!!奴を放っておけば暴走した思想を元に、この世界を破壊する!!」

「……ぐっ!!」

 

 

早く脱出しなければ命はない。しかし、暗利を助けてしまうと、彼は必ずこの世界を破滅に追い込んでしまう。親友を助けられないもどかしさはあるものの、六月は赤ん坊を抱き抱え、相落と共に出口に向けて走り出した。

 

その時、六月の目には別の誰かが映る。それはこの部屋に入る前に見た、あの男の子………メガネを掛けていて、無表情なあの子だ。

 

 

「おいっ!!お前も早く来い!!…何をやっている!死にたいのか!?」

「…………」

 

 

六月の言葉を全く耳に入れず、ただただ爆発の場所をまじまじと見つめる、後に銃魔だと判明する少年。

 

六月が無理矢理にでも助けようと銃魔の元に駆けつけようとした瞬間、上からの落石がそれを妨げるかのように落下。行先を途絶えさせた。

 

 

「……っ!?」

「やめろ六月!!もう助からん!!それに今なら分かる!!あの子もおそらくその赤ん坊と同じ、暗利の実験体だったんだ!!……それとも何かぁ!?このまま2人とも火の海の中で心中するか!?」

「…………くっ……」

 

 

相落と六月は再び脱出するべく火事場となった研究所を駆け出した。そしてしばらくした時、またもや悲劇が彼らを襲う。

 

 

「…うわぁっ!!」

「っ!!相落ぅ!!」

 

 

相落と六月の間に突如として炎の壁が立ち塞がった。六月は運良く背後からだったが、相落は突然目の前に現れたそれに驚き、腰を抜かしてしまう。相落は脱出ルートを完全に閉ざされてしまう。

 

ここは一旦、六月とは別で行動した方が良いと考えた相落は……

 

 

「早くいけぇ!六月!!私も後から追いつく!!」

「っ!?…何言ってんだぁ!!…おいて行けるわけねぇだろ!!」

 

 

炎の壁越しでそう会話する両者。おいて行けるわけがないだろう。たった2人の親友なのだ。一気に2人も失ってたまるか………

 

 

「お前、私を誰だと思っている!!界放市の市長、木戸相落だ!!この街最強のバトラーは死んだりはせん!!」

「……ぬ、ぬぅ!……相落……!!……わかった!!じゃが、必ず生きて戻ってこい!!」

 

 

六月は腹をくくり、相落を置いて走った。歯を食いしばりながら、ただひたすらに、研究所の出口まで………

 

一方、業火の海の中、未だに戦いを繰り広げるメガログラウモンとインペリアルドラモン ドラゴンモード。メガログラウモンはドラゴンモードの顔に飛びつき、鋭利な爪の武器で何度も攻撃する。ドラゴンモードは頭を振りまし、メガログラウモンを引き離そうと必死だ。

 

 

……そして、そんな中、炎を纏った落石が2体の上に落下していき…………

 

……2体のドラゴンは大きな咆哮を張り上げ、激しくぶつかり合いながら、業火の炎の中へと姿を消していった。

 

 

******

 

 

界放市から少しだけ離れた研究所、警察や消防などやって来るわけもない殺風景な場所。六月は赤ん坊と共に火事場を脱出していた。

 

 

「………相落………暗利………」

 

 

2人の身を案じる六月。後悔はない。ないはずなのだ。自分で下した決断。たとえそれが間違っていたとしても、胸を張って生きると誓っていた。

 

が、やはり、今、ひょっとしたら生きているのではないか………と言った可能性があるこの時間がその心をより苦しくさせており……

 

だが、その心配は少しだけ解放されることとなる。

 

 

「……おぉ〜〜い!!」

「っ!!……相落!!」

 

 

木戸相落が手を振りながらこっちの方へ走って来る。六月は内心、たいへん喜んだ。良かった生きていて、本当に。

 

 

「……終わったんだな……」

「あぁ、そうじゃな………」

 

 

2人は未だに消えることのない爆炎をまじまじと見つめながらそう言った。これもそのうち可燃物が完全に消え去り、消えることとなるだろう。だが、その前に六月はまた決断しなければならない事があって…………

 

 

「六月…その赤ん坊……どうする気だ?」

「…………」

 

 

そう、その場で思わず体が動いて助けだしてしまった赤ん坊、暗利がエニーズと呼称していたものだ。しかも知らないうちにその小さな小さな手にはバトスピカードが握られている。

 

 

「むえぇぇぇ♪」

 

 

それは【真紅の魔竜】のカードと、【デュークモン】のカードだ。何もわかっていないのか、赤ん坊はそれを小さな両手で持ち、無邪気に口に咥えていた。その表情はたいへん幸せそうであって………

 

正直………正直だ。この赤ん坊はただ者ではない。うちにはおそらくまだ自分達も知らない何かが眠っているに違いない。それならば………

 

 

「殺してしまうのが得策だと思う………」

 

 

相落が言った。六月は少しだけ考えているのか、赤ん坊の方を見つめた。

 

そうだ。その方がいい、いっそここで殺して仕舞えば、世界は何かに怯えることはなくなるのかもしれない。

 

だが、さっきも考えた通り、この子自体に罪はない。勝手に造られて、勝手に兵器にされかけただけなのだ。

 

しかも……

 

 

「むえぇぇぇ♪」

 

 

笑っている。生きてている。ひょっとしたら今から自分を殺すかもしれない相手に対して………

 

……そう思うと……六月は自然と落ち着きを取り戻し…………ある決断を下した。

 

 

「……相落……この子はわしが育てる………世界を壊す鬼ではなくて、立派な人間に育てあげる………」

「………そうか、わかった……それがお前の判断ならば………」

「むえぇぇぇ!!」

 

 

これがいったいどれだけ重たい決断かは計り知れない。ゆくゆくは別の何かに、もっと言えば世界を破滅させるかもしれない化け物を育てる事になるのだから。

 

それでも六月は決めた。このエニーズを……赤ん坊を立派な人間として育て上げることを………

 

相落も特にその六月の判断を咎めたりはしなかった。

 

 

「………名はどうする気だ?……エニーズなんて名前じゃだめだろ」

「名か………そうじゃな〜〜」

「むえぇぇぇ!!」

 

 

この子の名前。不思議と、六月にはふと1つのネーミングが頭を過ぎった。

 

それは………

 

 

ー『バカとはなんじゃ暗利!!しっかりとした夢じゃろがい!!いいだろう聞かせてやる!!その子の名前は…………』

 

 

……芽座椎名………

 

 

そう名付けられ、その女の子は六月の元ですくすくと元気に育った。その子の持っていた真紅の魔竜とデュークモンのカードは芽座一族の祠に収められた。【いつかその子に返却できる日を信じて】………

 

そしてさらに時は流れ、現在……今の芽座椎名はここに存在しているのだ。

 

だが、椎名を造った暗利は生きていた。Dr.Aと名を改めて、世界のどこかでひっそりと………あの時のメガネの少年と共に……まさかこんな事になるなど、六月は思ってもいなかった事だろう。

 

 

******

 

 

ここは椎名の育った離島にある故郷。椎名は大勢の子供達が住まうハウスにて、15年の時を過ごしていた。そして界放市へと旅立ち、今の17歳の椎名が成り立っている。

 

六月は約束通り、椎名に真実の過去を全てを洗いざらい暴露していた。

 

 

「そして、時は経ち、椎名……お前にギルモンやデュークモンのカードを託しても良いと思った……それがあの日、葉月にバトルで負け、ここに戻ってきた時じゃ」

 

 

あの日、あの時、椎名が六月から【真紅の魔竜】と【デュークモン】のカード達を託された日。六月は確信した。決して椎名は暗利の言うように、世界を破滅しはしないと。

 

だが、椎名は鬼化し、結果、世界も彼女自身も無事ではあるが、流れは全て徳川暗利に向いてしまっている。

 

 

 

ーーわしの責任だ。

 

 

「………これが、わしの知る全てじゃ、椎名………今までお前を騙してて……悪かった……許せとは言わん……」

 

 

六月は謝罪の念を込めて、椎名に対し頭を下深々と下げた。今まで何も教えなかった事、隠していた事、全部。

 

しかし、椎名はそれに対して怒る事はなく………

 

 

「……アッハハ!!まぁ、隠したい事って誰にでもあるよね〜〜……全然いいよじっちゃん!!そんなことより、私にはしっかりとじっちゃんの愛情が注がれていた……それが事実だったんだ!!」

「っ!!」

「こんな嬉しい事はないって!!」

「………し、椎名……」

 

 

椎名の言葉を聞いて、涙ながらに顔を上げた六月。その一言だけでどれだけ自分の心は救われたことか………正直、椎名に殺されても文句は言えないほどの事だだというのに………

 

……やはり、自分の育て方は間違ってはいなかった。この子はエニーズではなく、しっかりと【芽座椎名】として育てられていた事を、彼は改めて自覚した。

 

 

「……それに、今の話ではっきりわかったよ!!私の力は世界を壊すためのものじゃない!!Dr.Aみたいな奴らから、大事な人達を守るためのものだって!!」

「……あぁ、共に暗利を倒そう……」

 

 

この力は決して破滅のものではない。何かを守るために神様が与えた力なのだと自覚した椎名。六月と共にDr.Aを倒す事を誓った。

 

が、突如として、その決戦の火蓋は切って落とされる。いや、既に落とされていた。というのが妥当か………

 

 

「椎名!!おじ様!!」

「!…シスター……」

 

 

黒いシスターの正装を着こなす若い女性は、シスターマリア。椎名を幼少の頃より見てきた人物だ。この物語にも既になんとか顔を見せている。

 

そんな彼女が慌てて、ハウスの前の広場から息を切らせ、走ってきた。その理由はただ一つ。目にしてしまったのだ。テレビの速報で………

 

 

「ど、どうしたマリアちゃん……」

「……ハァッ、ハァッ、か、界放市が……界放市がDr.Aに支配されました!!」

「「っ!?」」

 

 

既に始まっていた。Dr.A一派による、世界の進化が………だが、2人も界放市から侵攻するとは考えてもいない事だった事だろう。

 

しかし、界放市からの侵攻は、Dr.Aにとって好都合だった。その理由も後に判明する事だろう。

 

……そして、時はまた少しだけ遡り、約2日前、界放市にいったい何が起こったのかが語られることとなる。

 

 

 




〈本日のハイライトカード!!〉


椎名「やったぁ!!ひっさしぶりの私のコォォナァァ!!本日のハイライトカードは【インペリアルドラモン ドラゴンモード】!!」

椎名「インペリアルドラモン ドラゴンモードはじっちゃんの使う究極体デジタルスピリット!!他にも色んな形態があるとか、ないとか?……とにかくすっゴォックカッコいいドラゴンだよ!!」


******


〈次回予告!!〉


時期は春休み、桜舞い上がるこの季節の界放市。真夏は帰郷していていないはずの椎名を見かけ………次回、バトルスピリッツ オーバーエヴォリューションズ 「戦慄のデジタルスピリットキラー!!」……今、バトスピが進化を超える!!


******


最後までお読みくださり、ありがとうございました!!

本日登場の界放市市長、木戸相落は、【第39話】でも登場しております。

最近バトル無し回ばかりですみません。本当に大事な回だったんで、気合いは入れましたけど………この回だけで今までの謎がだいたい解けるかと思います。

それはともかく、【赤ちゃん椎名】を描写できて、私個人としては自己満足です笑

次回からはいつものように怒涛の連続バトル回です!!サブタイトルの【デジタルスピリットキラー】とは……

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