─中央暦1639年10月6日午前─
ムー アイナンク空港
晴天。
雲はまばらに浮かんでいるだけで、視界は極めて良好である。
技術士官マイラスは、軍を通したムー外務省からの急な呼び出しに困惑していた。
呼び出し先は、空軍基地が併設されている民間空港、アイナンク空港だった。
列強国のムーには、民間空港が存在する。飛行機はまだ富裕層が使用するのみで、しかも晴天の昼間しか飛ぶことができない。
民間の航空輸送はマイラスが知る限り、神聖ミリシアル帝国とムーのみが成り立たせている。これは事実上、列強上位国の証である。
(しかし、わざわざ空軍基地に呼び出すとは、一体何の用だろうか…?)
控え室に通され、外務省から呼び出された意味を考える。
情報通信部という諜報機関所属の人物に用があると言うことは、普通に考えれば諜報活動に類するものだろう。
マイラスが窓辺に立ってぼんやりと考えていると、控え室の扉が開いた。
軍服を着た人間種の男…情報通信部長、マイラスの上司と、外交礼服を着た人間族の男2人が部屋に入ってくる。
「待たせたね、マイラス君…彼が、技術士官のマイラス君です。我が軍1の技術士官で、この若さにして第1種総合技将の資格を持っています」
「技術士官のマイラスです」
マイラスは慣れない笑顔を作って、2人の外交官と握手した。
「かけたまえ」
一同はそこそこ上等そうなソファに腰掛け、上役らしき外交官が切り出す。
「何と説明しようか…今回君を呼び出した用だが、端的に言うと、とある国の技術水準を探ってほしいのだよ」
「とある国…グラ・バルカス帝国のことですか?」
直感で懸念となりそうな存在は、通称『第八帝国』─正式にはグラ・バルカス帝国─だとマイラスは考えた。
「いや、違う。彼らは自分達の国を、『大日本帝国』と名乗っていた。心当たりは?」
そう聞かれて、マイラスは先日のことを思い出す。
ロデニウス大陸に派遣された諜報員からの報告書に、日本に関する情報が含まれていた。
報告書には、とても信じられないような事ばかり書かれていたが、彼の国の軍艦『イセ』を撮った写真を見て、考えが変わった。
前部甲板に 2基の巨大な主砲に、後部甲板に設置された飛行甲板は、ムーの技術士官マイラスから見て異質な存在だった。
だが、少なくとも日本は戦艦を保有し、空母すらも保有しているかもしれない、間違いなく大国だ。
外交官の話によると、日本は機械動力船でやって来て、さらには飛行機械まで実用化しているらしい。その飛行機械の速度は450kmの速さで飛び、先導した空軍機に、空戦したら勝てるか聞いたところ、『負けはしないだろうが、勝てるとも思えない』と答えたらしい。
しかも、日本の飛行機械はムーのものとは全く異なり、未知の飛行機械だと言う。
それの分析をマイラスに頼みたいようだ。
「わかりました、やってみます」
マイラスは逸る気持ちを押さえて、空港東側へと速足で向かった。
「なんという技術だ…!!」
マイラスは先程見た日本の飛行機械、82式ヘリコプター“あきたか1号”を思いだし、冷や汗を流した。
あの飛行機械はかなり高度な科学技術が求められるものだ、おそらくムーで作るのは困難だろう。
空軍詰所の応接室へ向かうマイラスの足取りは重い。
「どうなることやら…」
マイラスは内心不安を抱えたまま、日本国の使節が待つ応接室の扉をノックした。
──コンコン
「どうぞ」
扉をゆっくり開けると、2人の人間種の男性が、ソファから立ち上がって出迎えた。
「初めまして。会議までの1週間、ムーをご紹介させていただきます。マイラスと申します」
「日本国外務省の御園です。今回ムー国をご紹介いただけるとのことで、大変嬉しく思います。こちらは警備科より派遣された護衛の前原です」
文明圏外の国の者とは思えないほど、落ち着いた態度で、丁重な言葉遣いだ。マイラスは少しだけ安堵する。
「それでは、長旅でお疲れでしょうから、本格的にご案内するのは明日からとします。本日はこのアイナンク空港をご案内したあと、首都内のホテルにご案内します」
そう言うとマイラスは御園たちをつれて、アイナンク空港を案内するのだった。
「昨日今日で、既に一生分は驚いた気がする」
マイラスは深い溜め息をついていた。
先日、日本の使節団にムーの誇る最新鋭戦闘機“マリン”を見せたところ、日本では100年以上昔の骨董品らしく、現在第三文明圏外国家群に輸出している戦闘機よりも古いらしい。
参考として写真を見せてもらったが、日本の戦闘機にはプロペラがついておらず、しかも音速の速さで飛行するらしい。
輸出しているという戦闘機の写真も、複翼機ではなく単翼機で、性能もマリンを凌駕するらしい。
自動車も見せてみたが、日本では特別珍しいわけではなく、下層の人間ですら持っているとのこと。
今日もムーの歴史資料館と海軍基地を案内する予定であり、先程歴史資料館を案内してきたところ、なんと日本はムーが転移する前の世界からきた、それもヤムート、友好国であったことがわかったのだ。
この事はすぐさま上層部に伝えるよう部下に指示した。
この後はムーの最新鋭戦艦を見せる予定だ。
「ご覧ください、こちらが我が国の戦艦ラ・カサミとその同型である戦艦ラ・エルドです」
かつて日露戦争が起きる少し前まで主力戦艦として、日本が保有していた戦艦三笠に似ている戦艦が2隻、そこに停泊していた。
一行はさらに進む。
「そしてこちらが、我が国の最新鋭戦艦ルナ・バルコです!」
マイラスが自信を持って紹介した戦艦は、ラ・カサミ級よりも一回り大きく、砲の数も多い。日本側はそれが弩級戦艦であることを見抜いた。
50口径30.5cm連装砲を6基搭載し、20mm機銃をハリネズミのように設置されたその戦艦は、史実の日本海軍が保有した河内型戦艦の強化版のようだが、この世界の日本海軍は弩級戦艦を保有することがなかったために、日本側からは「ほぉ…」と声が漏れた。
余談だが、この世界の日本海軍にも河内型戦艦は存在した。日本海海戦で戦艦インペラートル・アレクサンドル3世を撃沈したのが戦艦河内だったりする。
「やっぱり戦艦はいいですねぇ…ロマンが詰まってますよ」
「やはり日本人にもわかりますか。戦艦は男のロマンです…」
マイラスと前原は興奮しながら戦艦ルナ・バルコを見つめた。
ふと、マイラスが思い出したように尋ねた。
「束のことをお聞きしますが、確か日本にも戦艦があると第3国経由でお聞きしたのですが」
これは嘘だ。実際はムーの諜報員が手に入れた情報である。
「はい、詳しくは言えませんが、少なくとも我が国には伊勢型戦艦と紀伊型戦艦等複数の戦艦が存在します。こちらがその写真になります」
御園は鞄から数枚の資料を取りだし、マイラスへと手渡した。
マイラスは受け取った資料に目を通し、絶句した。
(な…なんだこの化け物戦艦は!?)
資料に載っていた写真はカラーであり、ムーが独自に入手した伊勢型戦艦も写っていた。
大陸共通語で書かれた資料には両戦艦のある程度の詳細が載ってあり、自国の戦艦との性能差は歴然だった。
(この資料が本当なら、ムーの最新鋭戦艦ルナ・バルコでは伊勢型戦艦にすら勝てないのか!!しかもこの紀伊型戦艦はグラ・バルカス帝国のグレード・アトラスターに似ているな…)
「マイラスさん?」
1人深く考え込むマイラスに、御園は声をかけた。
「っ!!…失礼しました…今日はもう遅いのでホテルに戻りましょう」
マイラスの提案により、一行は宿泊先のホテルへと帰っていった。
後日、マイラスの報告を受けムー政府は混乱状態に陥ったが、日本の使節団は非常に礼節を弁えており、かつ前世界の友好国であったこともあって、ムー政府は大日本帝国と友好的に国交を締結することを決めるのだった。
ロデニウス大陸 近海
何時もなら穏やかな波と暖かい風の吹く海域で、ロデニウス大陸国家3カ国(ロウリア王国、クワ・トイネ公国、クイラ王国)の連合艦隊が、合同演習を行っていた。
大日本帝国の支援を受けた各国は、自国の最新鋭艦艇を参加させ、総勢21隻の艦隊が航行していた。
ロデニウス連合艦隊総司令官の海将シャークンは、眩しそうに空を見上げていた。
「今日はいい天気だ。こんな晴天の中演習を行うのは気持ちがいいな…しかし、クワ・トイネ公国海軍の戦艦は、やはり大きいな」
シャークンの視線の先には、先日就役したばかりの戦艦、イナサク級戦艦イナサクがいた。
戦艦イナサクは史実の金剛型戦艦と同等の45口径35.6cm連装砲を4基搭載した超弩級戦艦である。
現在第三文明圏外国家の装備一式は、いざという時に共有できるようにとネジの1本までを、可能な限り統一化していた。もし、クワ・トイネ公国の戦艦イナサクが有力と判断されれば、その他各国にその技術の殆どが伝えられ、各国戦力の均一化が図られる。
要は、戦艦イナサクは実験艦でもあるわけだ。
「…ん?」
シャークンは水平線の向こうから、こちらに向かってくる船団を確認した。その事はすぐさま先頭を航行していた駆逐艦ランスから各艦に伝えられる。
『前方に、多数の所属不明艦を発見!!』
「全艦、第1種戦闘配備!!」
シャークンの指示を受け、すぐさま艦隊は戦闘準備を始める。
その間にも所属不明艦はこちらに近付いてくる。近付いてくるにつれて、その全貌が明らかとなる。
クワ・トイネ公国海軍の最新鋭戦艦イナサク、だが相手はそれ以上の巨大な砲を搭載した巨大戦艦だ。後方には巡洋艦や駆逐艦、更には空母まで引き連れてきている。乗員にも緊張が走る。
「司令!所属不明艦から通信が入りました!」
「なんだと!?どこの国の艦隊だ!?」
「はっ!それが…」
通信担当者が告げた国に、シャークンを始め、全員が驚愕した。
「グラ・バルカス帝国の艦隊とのことです」