すべてはこの日から始まった。
─西暦1905年5月27日─
日本海
ロシア海軍バルチック艦隊が日本海を北上していると、付近に多数の水柱が上がった。
指揮官のジノヴィー・ロジェストヴェンスキー中将は日本海軍による攻撃と判断し付近を捜索するよう命じたが、近くにはバルチック艦隊所属の軍艦しか見当たらなかった。
敵の姿が見えたのは、艦隊の半数以上が沈められてからだった。
その軍艦は目測で200mを超えており、今の時代では最大とされる戦艦の30.5cm砲を上回る巨大な連装砲を4基も搭載した化け物のような戦艦だった。
史実の現代人が見たらそれは金剛型戦艦に酷似していると考えるだろう。
日本海軍の戦艦の砲弾がロシア海軍戦艦インペラートル・アレクサンドル3世に突き刺さり、バイタルパートを貫通して大爆発を起こした。後方から続く巡洋艦も太平洋戦争時の重巡洋艦並みの性能で砲撃を行う。
それだけでは終わらない。上空から轟音が聞こえ、見上げるとそこには空を埋め尽くすほどの航空機…戦闘機や爆撃機…低空からは攻撃機がバルチック艦隊へと殺到した。対空装備のないこの時代の軍艦に航空攻撃を防ぐすべはなかった。
結果は巡洋艦数隻を残してバルチック艦隊は全滅、日本艦隊側には1隻の沈没もないと言う完勝であった。
ここまででわかる通り、日本海軍は既に前弩級戦艦を上回る超弩級戦艦を建造し、更に航空母艦の実用化までしていた。それにはとある理由が存在した。
日露戦争が始まる前、1903年に大日本帝国総理大臣である桂太郎の前に1人の
少年は何処から取り出したかわからないがカレンダーと世界地図を広げとある日時と場所を指差した。
6月10日 セルビア
少年は話せないのか身ぶり手振りで桂に何かを伝えようとしていたが、桂に伝わることはなく少年は消えてしまった。
目の前で消えたことにより夢だったかと思った桂であったが、その年の6月10日、セルビア王国で国王アレクサンダル1世・オブレノヴィチと王妃ドラガがクーデターにより暗殺される事件が発生した。
この事件を知った桂は驚いたことだろう。
そしてその少年は度々現れ、またしてもカレンダーの日時と世界地図のとある場所を指差した。少年の示した日時、場所では必ず大小様々な事件が起きていた。
次第に範囲は狭まっていき、何時しか少年は世界地図でなく日本地図で各地で起こった事件や事故を正確に当てていった。
1903年10月、少年は再び現れた。
少年は1904年のカレンダーと、今回は世界地図を取り出した。桂が不思議そうに眺めていると、少年はカレンダーのとある日時と、そして二つの国を交互に指差した。
2月8日 日本国とロシア
桂は瞬時に察した。この日、この時に、日本とロシアの間で戦争が起こるのでは?
桂はすぐさま閣僚を集め、資源の確保や軍備の拡張を行った。だが予言の期限は4ヶ月しかなく、間に合うとは思えない。
するとまたしても少年が現れた。桂はまた何かを伝えてくれるのかと思い見ていると、少年はいくつかの本や紙を渡してくれた。
桂がその本や紙に目を通すと、それに載っていたものに目を見開いた。
これは
その日から少年は様々なものを持ってきてくれるようになった。軍事の設計図や工事の本、更に何故かわからないが料理のレシピまで、とにかく多彩なものを持ってきてくれた。
更に外務省に対露交渉の延期を頼み込み、日露開戦を来年の2月まで伸ばすことに成功した。
この時点で少年の予言?を大幅にずらしてしまったわけだが、少年はニコニコしていたので問題はないようだ。
結果としては大日本帝国は日露戦争が始まる頃には文明水準を史実の太平洋戦争時並みにまでに引き上げることに成功した。
これには流石の少年も苦笑していたのが印象的だった。いや、若干引いていたかもしれない。
日本海海戦では最強と言われたバルチック艦隊相手に完勝し、旅順攻囲戦でも史実より被害を押さえることができた。
日露戦争終結後も少年は何度も現れた。
ある時は防災訓練や避難訓練関連の本等を持ってきてくれて、関東大震災では死者の数を大幅に減らすことに成功した。
太平洋戦争でも少年にもたらされた様々な最新兵器や技術によって史実よりも圧倒的に少ない犠牲でアメリカを交渉の席につかせる等の活躍を見せた。
何時しかその存在は国民にも知れわたり、少年は国民から太陽に導かれた奇跡の少年として慕われるようになり、名前がないと不便と天皇陛下自ら
時は進み西暦2012年、内閣総理大臣である今村正義の前に少年…イズルが現れた。今村内閣では初なので今村も緊張した表情でイズルを見つめた。
イズルはカレンダーを持っていたが地図のようなものは持っておらず、丸が2つ描かれた紙を持っていた。
2015年1月20日
イズルは日時を示した後に丸と丸を交互に指差した。よく見ると片方の丸には
「この日本が…何処かへいく?」
今村総理の言葉を聞いてイズルはにっこりと微笑み首を縦に振った。
それを知った今村総理はすぐさま閣僚会議を開き、資源等の確保に努め、全国各地にいる在日外国人の国外退去や国外に出ている日本人に帰国の指示を出した。
初めは世界各国も非難を浴びせたが、事情を説明すると様々な面での支援を行ってくれた。
そのお陰もあって2014年8月には国内にいるのは日本人か日本と共に生きたいと言う外国人のみとなり、各種資源も少ないものでも2年は持つほどは集めることができた。
そして2015年1月20日、大日本帝国の空が一瞬明るく光り、そしてまた元の空へと戻った。
各国と通信がとれず、そして衛星との通信もとれない。大日本帝国は異世界へと転移した。
すべてはこの日から始まったのだ。