ラグナ達がビーコン・アカデミーに入学してから早いもので1ヶ月が経った。ハンターになるための座学、戦闘訓練、一般教養など、時折、以前のような調理実習などのイベントを交えながら、学園生活は充実したものだったと言えるだろう。
現在も生徒同士の模擬戦が終了したところであり、年末に行われるヴァイタル・フェスティバル・トーナメントの話がグリンダの口からされていた。
「では、午前の授業はこれで終わりです。それと、ラグナ=ザ=ブラッドエッジはお話がありますから残るように」
「あ?」
名前を呼ばれたラグナは要件について思案しながら、他の生徒達がホールから出て行くのを見ていた。ルビーやピュラから「先にご飯食べてるね」などと声をかけられ、手を挙げて了承を伝える。
他の生徒達が全員ホールから去ったのを確認したグリンダはラグナの前へと歩み寄った。
「で?話って?
俺の
「それを聞き出したいのは山々なのですが、今回は別件です。
オズピン教授から貴方が戦ったあの赤黒い棘を持つネヴァーモアについて、進捗があったので夜にでも校長室に来るようにとの事です」
「ああ、了解」
「ブラッドエッジ、敬語に慣れていないのはわかりますが、もう少し敬語を使おうとする努力を見せなさい」
「…へいへい」
「はぁ…話は終わりです。行きなさい」
「まったく…」とでも言いたげなグリンダに促され、食堂へと向かう。食堂に着くと、カーディン・ウィンチェスターを筆頭にチームCRDLのメンバーがウサギのファウナスの少女を嘲笑っていた。リーダーのカーディンに至ってはウサギの耳を引っ張っている。
この世界の獣人であるファウナス達が、その外見上の特徴により差別を受けている事は知っていたし、前の世界でも、ノエルの友達のマコトが、リスの獣人という事で差別やいじめを受けていた事がある。
カーディン達は食堂を広く占領し、醜く嘲笑を浮かべている。少女の「やめてよ…」という言葉には耳を貸さずに。ラグナはカーディンに歩み寄り、その耳を摘んで引っ張った。
「痛だだだ!!
何しやがんだ、テメェ!」
「ああ?何って、今、お前らがやってるのと同じ事に決まってんだろうが」
カーディンは痛みで叫びをあげながら、ラグナへと向き直る。それによって、カーディンから解放された少女は殺伐とした空気にオロオロとしていたが、ラグナが「早く行け」という意味を込めて、シッシッとジェスチャーをすると、一礼を残し、足早に去っていった。
「てめえは耳を引っ張られて、悲鳴をあげたよな?
やるのは良いが、やられるのは嫌とかいう我儘が言える年齢かよ、クソガキが…
あと、食堂を必要以上に占領すんじゃねぇ。邪魔だ」
ラグナはそれだけ言うと、まだ後ろでガミガミと喚くCRDLを無視し、ルビー達のいる席へと着いた。ジョーンは既に居なかったが、他の7人が揃ってサムズアップしており、ラグナはその奇妙な光景に少したじろいだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「人間とファウナスは数多くの争いを繰り広げてきた。
これはファウナス戦争として知られている、ファウナス権利革命の前の話だ。人類はファウナスがメナジェリーの外に出るのを断固として認めなかった。現代において、君達のほとんどはこれを大昔の事だと思っているだろうが、決してそうも言えないということを覚えておいてほしい。何故か?
それはファウナスの反乱の影響が、
その日の最期の授業はバーソロミュー・ウーブレック博士による歴史の授業だった。現在は人間とファウナスの間に起こった戦争をテーマに講義を行っている。講義室を縦横無尽に動き回る様は博士に目を向ける生徒達にはあまりよろしく無い。主に首の筋肉的に。
「君達の中で、ファウナスである事を理由に差別を受けた事のある者は?」
ウーブレックがそう促すと、チラホラと恐る恐る手を挙げる生徒が見られた。その中には先程カーディンによるいじめを受けていた少女の姿もある。
「実に嘆かわしい事だ、覚えておきなさい。まさにこのような無理解が差別や暴力、争いを生んでいるのだ。
いいか、いいかね?ホワイトファングに何が起きたのかを見ればわかるだろう。
よし、ファウナス戦争での転換となったとされている出来事を答えられる者は?
戦争の始まりから3年後の事だ」
その問いに優等生であるワイスがスッと挙手をする。
「ワイス」
「フォート城の戦いです」
「ご名答!さて、ファウナスはある特徴により、人間側に対してあるアドバンテージを持っていた。これが分かる者は?」
「あ゛いっ…」
「アーク君!遂に発言してくれるか!?
素晴らしい!」
問われたタイミングで、ずっと居眠りを通して居たジョーンが声をあげる。後ろに座るカーディンに教室の机から取った木片を当てられた拍子にあげた声だったのだが、ウーブレックはそんな事はいざ知らず、珍しくジョーンが発言しようとしたと勘違いし、目を輝かせ、嬉しそうに詰め寄った。
しかし、ジョーンは答えなど知っている筈もなく、ウーブレックの後ろでピュラが必死に答えを伝えるため、目を表すジェスチャーをしていたが、それも虚しくジョーンは「双眼鏡です!」などと的外れな回答をし、クラスから笑われてしまう結果となった。それに対し、1番の笑い声を放っているのは無論、けしかけたカーディンである。
「面白い冗談だ、アーク君。
カーディン!たまには君にも意見を発表して欲しいのだが?」
「はぁ?そんなの、戦士を育てるよりも動物を訓練する方が簡単って事じゃ無いっすか?」
カーディンの答えにウーブレックは頭を抱えた。先程、ファウナスの差別に対して苦言を述べていた矢先に、このような事を言われているのだから、教師としてこれほど残念な事はない。
見るに耐えかねたピュラがカーディンに対して言葉をぶつける。
「あなたはものを公平に見る事が出来ないようね」
「なんか間違ってるか?」
「いいえ、ウーブレック博士、私が答えます」
「いいや、私はもう1人意見を求めたい人物がいるのだよ」
「え?」
「ラグナ!君にもジョーンやカーディンと同じく、少しは意見を述べてもらいたいのだが…」
「ん?」
ピュラの申し出を断り、ウーブレックが白羽の矢をたてたのはラグナであった。ラグナもジョーンやカーディンと同じように、授業中に発言する事は殆どない。それを憂いた博士は、ラグナを指名したのである。
ジョーンに続いてラグナが指されたことにピュラは慌て、ラグナに向かって答えを伝えようとするが、ラグナはそれを待たずに話しだした。
「はぁ…ファウナスは普通の人間よりも夜目が効く。それこそ完璧と言って良いぐらいにな。
その時の将軍、確か…ラグーンつったか?
そいつはそれを知らずにファウナスの陣営に夜襲を仕掛けた。どうなったかは言うまでもねぇ」
ラグナの答えに周囲の生徒達は驚き、ウーブレックは満足げにうなづいた。ラグナと前者2人の違いはウーブレックも理解していたのである。ただ、しっかりと授業を聞いているが、聞くだけであまり発言はしないラグナに積極的に授業に参加して欲しいという、教師としての思いがあったのである。
「完璧な回答をありがとう、ラグナ。君の成績はクラスでもトップクラスだ。もっと君が意見を述べてくれれば授業がもっと有意義なものになるのだがね」
『え!!?』
「……わあったよ、善処する」
ウーブレックの衝撃発言に、生徒の殆どが更に目を見開いた。オズピンをも驚愕させていた通り、ラグナは勉学が得意そうな
「ラグナが言った通り、結果、人間側はファウナスの反撃を受け、ラグーン将軍は捕らえられた。
ファウナスに対しての正しい理解をしていなかった故に」
「つまり、彼がこの授業をしっかりと聞いていれば、そんな事態は避けられたのでしょうね」
「あ!?何が言いてぇんだよ!?」
ブレイクの皮肉に対して、カーディンは机を叩いて立ち上がったが、それをウーブレックは静かに制した。ジョーンはそれにクククと静かに笑っていたが、その笑みはすぐに消える事になる。
「カーディン、ジョーンの2名は、授業の後で話がある。残りなさい」
その言葉にジョーンはシュンと俯き、カーディンはフンと顎を上げた。
授業が終わり、先程居残りを言い渡された2名以外が自室へ帰るため、講義室を出ていく。
「みんな、先に帰ってて。私はここでジョーンを待つわ」
ピュラがそう言って、講義室の前に残った。心優しいピュラは昼から落ち込んでいる様子のチームメイトを1人には出来なかったのだ。他のメンバーは了承し、皆、各自の部屋へと帰っていく。
そんな中、ラグナは昼前にグリンダに言われた通り、オズピンのいる校長室に向かうのだった。
校長室へ繋がるエレベーターを上がり、ドアが開くと、そこにはオズピンとグリンダの姿があった。
「ああ、ラグナ。よく来てくれた」
「別に良い、あのネヴァーモアについてなんかわかったんだろ?」
ラグナのオズピンに対する口調に、グリンダは眉をひそめるが、オズピンは微笑んで返す。
「とりあえず、あのネヴァーモアが飛ばしていた羽根と棘の一部を採集し、解析したところ、どうやら通常グリムに生える白い棘の約3倍の強度を誇っていた事がわかった。
更に、白でも赤でも今まで棘の生えたネヴァーモアが確認された例はない。何かしらの突然変異か、希少種であると言うのが、研究した全員の見解だ。
それで、君に他に何か気がついたことがないか確認したくてね」
「……そうだな…」
ラグナは少し思案し、ずっと不思議に思っていた事をオズピンに伝える事にした。
「グリムってのは、基本的に戦っている現場に引き寄せられ、乱入する事が多いよな?」
「そうだね。グリムは『敵意』、『不安』、『恐怖』といった負の感情に引き寄せられる。戦いではそういった感情が渦巻くがゆえ、他のグリムが乱入する事例は多いね」
「あいつについて、ずっと考えていた事がある…」
「なんだい?」
「あいつは、俺が見つけてからルビーが通常のジャイアント・ネヴァーモアを倒すまで一定の場所に留まっていた。その時既にルビー達を捕捉していたにも関わらずだ。
グリムなら、何故、普通のネヴァーモアやデスストーカーと一緒にあいつらを襲わなかった?
そうすれば、ルビー達が勝てた可能性は限りなく低くなった筈。俺が間に合った可能性もな。
何故、『人間を殺す為に動くはずのグリムが、同胞が倒されるまで動かなかった』んだ?」
ラグナの疑問に、オズピンとグリンダは「確かに」と首を傾げた。
「そうですね。貴方の言う通り、あのネヴァーモアが生徒達から離れ、沈黙していたからこそ、私達もあのネヴァーモアを確認するのが遅れ、生徒達を危険に晒してしまいました。でも何故…?」
「それで?その疑問に対して、君の見解は?」
オズピンは意見を求める。ラグナは目を閉じ、ある光景を想像しながら話す。
「ずっと考えてた。あの時、『ルビー達が負け、グリム側が生き残っていたら、あいつはどう動いたのか…』ってな」
「っ!?」
「それは…グリム同士で争いを起こしたのではないかって事かね?」
「あんたも見た事ねえ希少種なんだろ?
行動も奇妙かもしれねえぜ」
「ま、待ってください…!
もしそう考えたとすると、あのネヴァーモアは戦いの勝者に襲いかかろうとしていたという事になります。それは、何のために…?」
グリンダの最もな疑問に、3人の間に静寂が満ちた。答えはいくつか思いつかないこともない。しかしながら、それをおいそれと口に出すのは憚られたのである。
「まだグリムには、私達の知らない何かがあるのかもしれないね。ありがとう、ラグナ。次に赤黒い棘を持つグリムが現れたら、可能な限り捕獲を試みるよう、各地のハンターに呼びかけよう」
オズピンの決定に、グリンダとラグナは頷き、話はそれでお開きとなった。自室へと戻ったラグナは、ポートの授業で使うグリムの生態が記された教科書と図書館から借りて来たグリムの専門書を開いたのだった。
今回はオリジナルのグリムについてチラッと話を出しました。
これについての話もいずれやる予定です。
では恒例の謝辞を
今回も読んで頂きありがとうございました。