夜も大分更けてきた頃、ルビーと見張りを交代したラグナは、まだ眠たくないとでも言いたげに見張りの場所に残ったツヴァイを撫でながら、グリムが闊歩する街並みを眺めていた。
先程の会話以降は誰かが声を発する事もなく、皆横になって身体を休めている。ツヴァイもそろそろ眠くなってきたのか、時々大きく口を開けて欠伸をするようになっていた。
「ほら、お前ももう寝ろ」
ラグナの言葉に、ツヴァイもトテトテとルビーの元へと戻っていき、膝を折って丸くなった。
1人になったラグナが見上げると、恐らく球形であったものの一部が粉々になっている「月」が、廃都となった街を照らしている。オズピンから「光と闇の創造神」の話が現実にあった事であると聞かされた手前、月がああなってしまった原因が、おとぎ話上で語られている、「闇の神がレムナントを離れる際に衝突し、一部が粉々になった」というのも、あながち本当の事なのかもしれないとぼんやりと考えていた。
「ラグナ」
そんなラグナへ声が掛けられる。ラグナが振り向くと、飲み物の入ったカップを2つ手に持ったヤンが歩み寄って来ていた。
「まだ交代の時間じゃねえぞ?」
「そうなんだけど、なんか眠れなくてさ…」
ヤンはカップを1つラグナに渡すと、ラグナの隣に腰掛けた。ラグナが礼を言いながら月明かりに照らされたヤンの顔をよく見ると、目の下に薄くだが、隈が出来始めているのが見える。
ヤンは一口、カップに口をつけるとラグナへ問いかけた。
「ねぇ、ラグナはさっき私達が話してたの聞いてた?」
「まぁ、寝耳に入る範囲ではな」
「さっき、ワイスは『ハンターは人命を守るのが仕事、個人の夢や理想は二の次』って言ってた。それがなんか、上手く説明出来ないけど妙にモヤモヤしちゃって…
勿論、ハンターが困ってる人を助ける仕事なのは分かってるし、私もそうありたいとは思うよ。でも…」
ヤンは言葉に出来ない胸のつっかえを、なんとか吐き出そうと試みる。その
ワイスは「一族の名誉を守る」と述べた事を本心だとしながらも、自身の実家であるシュニー家とシュニー・ダスト・カンパニーが、倫理を外れた経営方針に舵を切っている現状を憂いていた。
またブレイクは、「大義」を掲げ行動してきた過去を思い返しながら、かつての相棒である「アダム」という人物と自身が信じてきた「理想」が、自身の行動によって生まれた「現実」とかけ離れていると苦悩を抱えていた。
しかしヤンは、2人に対して語った「冒険が好き」という思い以外にもう一つだけ、一生を賭けてでも叶えたい願いがある。
「お前は『母親を探す』のを二の次だと言われたみたいで嫌なんだろ?」
「…………」
ラグナの言葉に、ヤンは押し黙る。その後しばらく、カップの中にある飲み物の水面に映る自分を見つめると、今度は目を瞑り、顎を上げて、1つ長い嘆息を漏らした。
「そうね。頭ではワイスの言う通り『人命』を優先しなきゃいけないって分かってるけど、私の願いが軽んじられてるみたいで、拗ねちゃった。
私、もしかしたらハンター向いてないのかもね…はは…」
ヤンの自嘲めいた笑いが、夜の闇に飲み込まれる。子供染みた想いを抱いてしまったという自己嫌悪に苛まれながら肩を落とすヤンの頭に、ポンと大きな掌が置かれた。「え?」と戸惑いを抱くヤンに構わないまま、ラグナは頭に置いた手でグリグリとヤンをかき撫でる。
「ちょっ、ちょっと!?」
「お前はハンターに向いてるよ。俺が保証してやる」
頭をひとしきり撫でたラグナは、フッと笑いながら言い切った。ヤンは撫でられた頭に手を当てながら、ラグナを見上げる。
「博士が俺達にあんな事を聞いてきたのは、ハンターが何のためにいるのか、その根幹にあるものを見つめ直させたかったんだと思う。お前が博士に戦わない事に不満を漏らした時に、ハンターとして何が重要かを見失ってると思ったんだろう」
「うっ…今になってそれを言われると、耳が痛いわね」
「もちろん、個人の夢や理想もあっても良い。でも、ハンターになる理由がそれだけしかない場合、心が挫けて、諦めそうになった時に立ち上がらなくなるかもしれない。さっき博士が話していたが、人はグリムと戦う中で、『意志の力』と『団結』でこれまでの歴史を生き抜いてきた。これは、『人は誰かの為になら、自分1人の為の時以上の力を出せる』っていう事の証明なんだと思う。だから、博士は『ハンターは自分1人のためじゃなく、多くの人々の為に自分の持てる力を尽くす者だ』っていうハンターとしての責務とか、心意気を俺達に再認識してもらいたかったんじゃねえかな?
この力がただ戦う力の事だけじゃないってのは、お前もわかるだろ?」
「う、うん。ただ戦うだけじゃ、グリムや敵は倒せても、困ってる人を助けたり、貴方を守る事は出来ないもんね。私はあの時、それを履き違えてた」
「お前が博士に話していたみたいに『冒険がしたい』と思うのも、以前話してた『母親を見つけたい』と思うのもお前の大切な想いだ。今、自分が抱える理由に対して、無理に心の中で優先順位を付ける必要はないと、俺は思う」
「でも、ワイスは『人命を守る』のが第一って…」
「まあ表向きはそうだろうがな。だが『人命を守る事』と『冒険する事』と『母親を見つける事』は必ずしも相反するものじゃないだろ?
人も助けるし、冒険するし、母親も見つける。全部同じぐらい大事で良いんじゃねえか?
全部叶えたいと本気で願えば、その分、その想いは強くなれる力をくれるはずだ」
ラグナの言葉に、曇りがちだったヤンの顔が徐々に晴れていく。
「それに心配しなくとも、お前にもハンターの素質はちゃんと備わってると思うぜ。ダンスの時に『無理に大人になろうとしなくて良い』って言ったみたいに、お前は見てるこっちが心配になるぐらい、困ってる人や辛い思いをしてる人がいれば、自分よりも優先してそれに手を差し伸べようとする奴だからな」
「………」
ラグナの言葉にヤンは少しキョトンとして、彼の顔を見つめた。そして、ヤンの口から笑い声が漏れ出す。
「ふ、ふふ…そっか。あんたが言うんなら、それを信じてみても良いかもしれないわね」
「ああ、もしお前にハンターの素質が無いってんなら、ほとんどの人間がハンターになる資格無しだろうよ」
「そんな事はないと思うけど?
でも、うん、ありがとう、ラグナ」
「本心だ。礼はいらねえ」
「それにしても、昨日のダンスで言われてから早速、あんたに甘えちゃったわね」
「気にすんな。俺もお前を頼りにしてっからよ」
「うん!よーし!今日からまた頑張りますかー!
ラグナ、ほら、カンパーイ!」
手に持つカップをラグナの方へと掲げるヤンに、ラグナもコツンとカップを当ててやる。乾杯の後、豪快に中身を飲み干したヤンは「プハー」と大仰なリアクションを取り、ラグナに太陽のような笑顔を向けた。
「よし、じゃあ時間もそろそろだし、見張り変わるよ。そりゃ!お疲れ!」
「うお!?」
労いの言葉と共に、ヤンは立ち上がると座っているラグナの頭を、さっきのお返しと言わんばかりにわしゃわしゃと撫で回した。
ラグナは諦めたように少しの間、されるがままに受け入れる。その後立ち上がると身長差から、自然と頭から手が離れた。
「じゃあ、よろしくな」
「まっかせなさ〜い」
すっかり上機嫌になったヤンを横目に見ながら、ヤンの信頼を嬉しく思うラグナ。彼も自然と笑みを溢しながら、寝る前に焚き火の薪を追加し、自分用のマットの上に寝そべるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ちょっと、ルビーはどこ!?」
「なに!?」
緊迫したその声でラグナは眠りから引き上げられた。他の皆も同じのようで、上の階からウーブレックも降りてきている。
そんな時、コンクリートが固い物と擦れるような音が近づいてきたかと思えば、その音の主であるツヴァイが部屋へと駆け込んで来た。
「ツヴァイ?」
「何かあったの?」
ツヴァイはヤンの足元で、彼女のブーツをペシペシと叩く。ツヴァイの知能が高い事は日中の行動からも周知の事実であるため、何かを伝えようとしているのは明白であった。
「武器を携行しなさい。ルビーに何かあったようだ」
ウーブレックのその言葉に全員が頷き、先導するように走り出したツヴァイを追う。しばらく走ったところで、ヤンが前方のある物を指差した。
「あ、あれ!ルビーの武器!」
夜営を行なっていたビルから少し離れた道の真ん中でルビーの武器である、「クレセント・ローズ」が取り残されていた。その近くには大きな穴があり、それに落ちたのだろうと推測出来た。
「穴か…なんとも深いな…
……ああ!そうか、そうかそうかそうか!」
ウーブレックが興奮気味に言葉を繰り返す。生徒は全員、頭上に?を浮かべるが、すぐさまウーブレックが息を荒くして言い立てる。
「マウンテン・グレン!このヴェイル郊外の街はグリムによって破壊されたが、かつては既に数千人が暮らしていた。そして大勢がヴェイル都市部へ通勤するため、専用の地下鉄が作られた。
グリムの攻撃で危機を迎えた住民は逃げ場を探し、地下鉄のトンネルで発見したんだ」
「博士、どういうこと?」
「ヴェイルの南東部における地形的な特徴、それは原生林と深い洞窟だ。我々が追っていたのは地下犯罪組織ってだけじゃない。地下を拠点にした犯罪組織だ!」
「洞窟で活動してるの?」
「恐らくは。マウンテン・グレンはヴェイル初の開発地だった。短期間のうちに消滅してしまったが、積極的な防衛システム、独自の交通手段を開発し、住民は複雑な地下鉄システムで王国の中心地へと移動出来た。しかしヴェイルと違って、このマウンテン・グレンにはグリムの侵入を抑える自然の防壁は無かった。
破滅が近づいている事を察した住民は、生き残りを賭けて最後の賭けに出た。地下鉄用に整備された広大な洞窟をシェルターとして、この地中に身を潜め、地上と決別したんだ」
「地下にもう一つの街を作っちまったって事か」
「ある意味でその通りだ。いわば住民にとっての最後の防衛ラインだった。しかし…不慮の事故による爆発が起きて、別の洞窟と繋がってしまい、地中性のグリムに蹂躙されてしまった。その後、王国は正式にトンネルを封鎖し、世界最大の霊廟が生まれた…
ルビーが今、そこにいるとしたら…」
ウーブレックは自身の武装でもある魔法瓶を松明の形へと変形させた。
「助けなければ!」
ウーブレックの言葉に全員が武器を手に取る。そして、ツヴァイが穴を通り越した先の大きな扉に前脚でガリガリと爪を立てていた。
「その先が地下へ繋がっているんだな?」
ラグナの問いに、ツヴァイは大きく吠えて応える。大好きな主人の元へ向かおうと、堅牢なドアに爪を立て続けるツヴァイを、ラグナが
「あいつを助けたいのは皆同じだ。あいつを追うために、鼻が効くお前の力は絶対に必要になる。俺達を信じて、お前はお前の出来ることをやれ」
ツヴァイはラグナの言葉に呼応するように、もう一度短く吠える。ラグナは頷きながらツヴァイを地面へ下ろした。
「しかし、どうしますの?
この扉、抜け目なく鍵が掛かっているのと、シェルター用に作られているためなのか、かなり頑丈な造りのようですが…」
「お前ら、ちょっと下がってな」
ラグナの覇気を纏った声色に、全員が従う。全員が後ろに下がったのを確認したラグナはアラマサを抜き放ち、大鎌へと変形させた。
「ブラッドサイズ!!」
赤黒い波動が迸る鎌を大きく振りかぶり、扉へ向けて跳躍、そのまま縦に振り下ろすと扉が金属音と共にひしゃげる。着地したラグナはそのまま鎌から伝わる遠心力を利用し、体を横に回転させた。
「おおぉぉぉおおお!!!」
咆哮と共に放たれた、遠心力と身体強化を最大まで乗せた薙ぎ払いによって、ひしゃげた扉が破られ、奥へと抜けた扉の残骸が、地下で反響し爆発音にも似た大きな音を響かせる。
「あんまり時間をかけるわけにもいかねえだろ、急いだ方が良い」
「そ、そうだな。では、突入だ!」
対グリム用であろう防壁を単独で破壊してしまうラグナに慄きながらも、ウーブレックの号令で地下への突入を開始するのだった。
原作動画を観ながら、ハンターとして、「人命を守る仕事」のみを考えるというのは高校生ぐらいの子達には中々酷だなと思っていました。そのぐらいの覚悟が必要な職業だって事なんでしょうけどね。
それと同時に、ただ教えるんじゃなく、生徒自身に気付かせようとするウーブレックも好きなんですよね。
Discordにて、RWBY氷雪帝国第3話の私の感想を書きます。
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では恒例の謝辞を
今回もお読みいただきありがとうございました。
また次回。