いずれ刃が届く日を……   作:ケツアゴ

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思ったより長くなった


第十一話

 長い長い堕天使の生涯、コカビエルにとって本当に幸せだったといえる時期は大きく三つに分けられる。それ以外はオマケであり惰性でしかないと唾棄して語るほどに。

 

 一つ目は天使であった頃。今となっては神を盲信し、付き従う事に幸福さえ覚えていたという事実を消し去りたい程に嫌悪するが、幸せだと感じていた事は否定しない。その幸福と神への忠義があったからこそ、今の自分達が存在するのだからと。

 

 二つ目は地上に降り立って出会った人間の女と恋に落ちた頃だ。あれ程までに盲信していた神の言い付けを破ってまでも彼女達と結ばれたかった。愛を語り合い、共にたわいもない事を語り合う安寧の日々。堕天使になり、天界を追放されたのは悲しかったが、悔いはないと、その頃の彼は思っていた。

 

 最後は三竦みの大戦。魔王率いる悪魔、神率いる天界、宿敵である者達と凌ぎを削り、覇を競い合うのは楽しかった。敵も味方も沢山死んで、あれだけ忠義を抱いていた神も死んだ。……絶対に口には出さないが、天界に打ち勝ち自分達こそが至高の存在だと証明することで神に敵だ不要だと切り捨てられた事への悲しみを断ち切ろうとしたのかもしれない。

 

 そしてコカビエルが生きていたと言えるのは此処まで。互いに大きく損害を出し、冷戦状態に陥ってからの日々は退屈で苦痛だった。趣味に生きる同輩達は堕天使の力を証明する事にも死した仲間の無念を晴らす事にも興味が無く、下の者が小競り合いを繰り返すだけの日々。

 

 自分がトップに立って戦争を再開する、それを考えた事もあった。只、彼は堕天使が至高の存在だと主張しても自分が至高の堕天使だとは主張しない。アザゼルだけでなく他の幹部も自らより強いと分かっていたし、仮に勝ち取っても損害は大きい。その状態では無惨な結果となるのは理解していた。

 

 只酒に溺れ、現実から逃避してかつての栄光を思い出すだけの日々。子が、孫が居ればもしかすれば受け入れたかも知れない。だが、現実には彼の血を引く者は存在せず、神に背いてまで愛した女以外の誰かを愛する気にもならない。そんなある日、彼は気付いてしまった。

 

 

 

 

「……否定はせん。俺には生きる理由がもう無いからな」

 

 エルゥの問いに対してコカビエルは静かに答える。神は死に、愛した女も存在しない。堕天使こそ至高の存在であると証明する事、そう自分に言い聞かせるも神が存在した頃の熱意も冷め切った。只、普通に死ぬのは嫌だった。何の意味もなく、惰性に満ちた人生のまま終わるのだけは苦痛だった。

 

「だが、死を甘んじて受け入れる気は毛頭無い。貴様達を殺し、後からやって来る者達にもはや開戦を押さえきれない程の損害を出してから死んでやるっ! そうすれば不抜けた仲間も立ち上がざるを得ないだろうさ!」

 

 久しく忘れていた戦いの痛み、己を殺しうる者を前にした時の緊張感、その全てがコカビエルを歓喜させる。デイビッドによって撃ち抜かれた右手の出血は傷を焼いて止めるも痛みと痺れは残り、聖剣のオーラはドロドロに溶けた鉄を流し込まれたかのように全身を駆け巡っている。もう十全に戦えない状態でなお、コカビエルは戦意を漲らせて笑う。

 

「傍迷惑だよ、君。まあ、敵である悪魔に配慮して動く筈がないけどね。……人を愛して神を裏切ったのに、人を巻き込むのは何故だい?」

 

「今も俺がダメージを受けていると理解しての時間稼ぎか? まあ、簡単だ。俺達は人の女を愛したが、人そのものを愛した訳ではない」

 

 話は終わりだ、と、コカビエルは頭上に左手を掲げて巨大な光の槍を出現させる事によって告げる。全長はビルに匹敵し、それが急速に収縮して普通サイズの槍に変化する。切っ先をエルゥに向け、万全ではない右手を柄に添えて構えれば、エルゥも聖剣を創造する。周囲を六本の普通サイズの剣が舞い、両手で身の丈ほどの大剣を握り締めた。長く分厚く、重量で叩き切る印象を与える剣だが、コカビエルは違うと察する。

 

(力任せに振り回すと思わない事だな。恐らく軽く切れ味も凄まじい。……だが、それだけか?)

 

 敵に能力をペラペラ話す筈もなく、時間はエルゥに味方すると自ら口にしているコカビエルは十枚の羽を羽ばたかせ、一直線にエルゥへと向かう。対するエルゥは剣を大上段に構えて微動だにせず、距離は即座に狭まる。槍の射程に入る寸前、コカビエルは槍を射出し、即座に次の槍を生成、即座に接近して突き出した。

 

「ふんっ!」

 

 投擲と刺突の時間差攻撃、最初の槍を叩き落としても次に突きが襲いかかり、避ければ翼で切り裂く。恐らくダメージが一番少ない回避を選択肢しつつ宙に浮く聖剣で牽制を仕掛ける気だと推測、だが外れだ。エルゥは迷い無く大剣を振り下ろす。投擲された槍の切っ先は刃とぶつかり合い、硬質な音を立てる事もせず、霧散する様に消え去る。コカビエルが咄嗟に突撃の勢いを殺し後ろに飛んだのはその瞬間で、次の瞬間には手に持った槍も消え去り鮮血が飛び散る。

 

「ぐっ! 流石に好きな能力を付与出来るにしても限度があるだろう」

 

「限度? 僕の底を見せた覚えはないけどね」

 

 コカビエルの推測通り、大剣は速く鋭いだけではなくて三つ目の能力を持っていた。付けられた名は『ライトイーター』、能力は光力の吸収、それも最上級堕天使である彼の光力を濃縮した槍を一瞬で消し去る程の力だ。もし後方に避けるのが遅れれば体を切断されていただろうが、コカビエルの判断は間に合い、左手の肘から先を切りとばされるだけで済んだ。思わず悪態を吐きながらも右手で生成した光の玉で傷を焼いて止血する。

 

 度重なる聖剣のダメージと蓄積された疲労、タイムリミットが迫る中、コカビエルは口元が緩むのを抑えきれない。死が迫る緊張感、極限まで研ぎ澄ました集中力で今この時を楽しんでいた。

 

「これだ、これこそが戦い。ああ、楽しいな、小僧っ!! くは、くはははははははっ!!」

 

 手を左右に広げて歓喜を表現し、血走った目で高らかに笑うと同時に十枚の翼が一斉にエルゥに向かって突き出される。毛に覆われた翼だが、コカビエルの翼は下級悪魔の戦車の肉体程度なら容易に切り裂く。それが十枚、僅かにタイミングをずらして反撃に対応出来るようにしながら殺到させる。

 

 翼の陰に隠すように光の玉が放たれ、エルゥが宙を舞う聖剣の投擲や大剣での翼の迎撃を行ったとしても当てることが出来るだろう。この時点でコカビエルはエルゥを倒したとしても残ったゼファードル達に勝てるとは思っていなかった。今は静観しているが、エルゥを倒せば向かってきて自分は負けるだろうと分かっている。

 

(だが、それで良い。その代わり、この勝負は俺が貰うっ!!)

 

 翼全て失う事さえ計算に入れ、残った力を右手に集める。光の玉を当てて作った隙に迎撃覚悟で道連れの一撃を放つのだ。伸ばした指の爪先に光を集中させ、防御を完全に捨て去った構えを取る。予想通り宙に浮く聖剣が動き、エルゥの前に殺到して剣の腹でコカビエルの翼を防いだ。だが、それによって視界が狭まったエルゥへと盾を迂回した光の玉が襲い掛かり、同時にコカビエルの爪がエルゥへと迫る。

 

「取ったっ!」

 

 光の玉は寸前で回避され、切っ先を向けて飛んできた聖剣を甘んじて受ける。気が飛ぶような激痛、浄化されて消え始める肉体。もう朧気な意識のままコカビエルは動き続ける。例え指先だけになったとしても彼は止まらないだろう。エルゥの左腕が体を庇うように構えられるが、コカビエルは構わず爪を突き出す。命が無理でも腕の一本は奪ってやると、他の何も考えられない頭で思いながら。

 

「……ふぅ」

 

 耳に入ったのは断念したかの様な溜め息。構わず迫るコカビエルの爪先が触れる瞬間、エルゥの腕が変容した。膨れ上がり赤い籠手を装着した状態になるエルゥの腕。その籠手を直接見た事がないコカビエルも、それが何かは知っていた。誰がそれを宿して居るのかも。

 

『Boost!!』

 

 鳴り響く無機質な音声、同時に視界から消え去るエルゥの姿。彼は一瞬の内にコカビエルの頭上に居た。

 

「何故、お前がそれを持って……」

 

「持っているんじゃないさ。僕がこれになっただけの話だよ」

 

 真上から突き出される大剣はコカビエルの顔面を貫いて腹部まで達する。刃から放出される聖なるオーラによってコカビエルは魂ごと消え去った。

 

 

 

(ああ、楽しかった。楽しかったなぁ……)

 

完全に消え去る僅かな瞬間、コカビエルは歓喜の絶頂の中にいた。仲間達がどう動くのか、これからどうなるかは分からないが、それが気にならない程に幸福で満足だ。本音を言うなら堕天使が頂点に立つ瞬間を目にしたかった、そう思った時、忘れる事の出来ない声が聞こえた気がした。

 

『コカビエル』

 

「悪い。随分と待たせた」

 

 それは死の直前に見た幻だったのだろうか。コカビエルは名を呼ぶ美しい女性に手を伸ばし、二人の手が堅く結ばれる。惰性で生きていた頃には浮かべなかった笑みを浮かべ、コカビエルは消え去った。

 

 

 

 

 

 

「アレ、使う気ないんじゃ無かったのか?」

 

「予定は予定だよ。僕の予想以上に彼の性能が優れていた、それだけさ」

 

 コカビエルの死亡を確認し、腰を抜かしていたバルパーを捕らえたゼファードルは左腕を元に戻したエルゥを見てニヤニヤ笑いながら語り掛ける。だが安い挑発には乗らないとばかりに彼は平然としているだけだ。そんな背中にゼファードルは打って変わって真剣な声で語り掛けた。

 

 

 

「おい、少なくてもあの三姉妹は何時までもテメェの側に居るって俺でも分かるぞ。ってか、分かってんだろ、実際」

 

「……何の事だい?」

 

「いーや? こーんな時に修羅場になりかねない事しやがった馬鹿に言ってやりたい気になっただけだ。ったく、珍しくポカしやがって。少なくても俺やお前が連れて逃げた奴らはお前を傷付けねぇんだ。抱くにしてもそれを確かめる為にってのは止めとけ」

 

 柄じゃないと言いたそうに頭をガシガシ掻き毟りながらゼファードルは荒い足取りで進んでいく。エルゥの口元には笑みが浮かんでいた。歩を進め、ゼファードルの直ぐ隣を歩く。

 

 

「事後処理が終わったらヴァイオレットに謝らなくちゃね。謝ったことに怒られそうだけど」

 

「あの女なら見抜いてそうだからな。……問題はメルトとリップだろ。まあ、ベタ惚れされてるし、ちゃんと相手を見とけば問題ねぇだろ、リア充が。罰として祝勝会はお前持ちな」

 

「はいはい。ついでに減給と謹慎処分も加えておくよ。ああ、ついでに罰として殴るかい?」

 

「馬ー鹿! テメェが俺を殴るのは必要性があるけど、逆はねぇよ。後少しの付き合いなんだ、ドンと構えとけ」

 

 ケラケラ笑いながらエルゥの背中を平手で叩くゼファードル。向かう先では帰還の準備を始めている仲間達の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅん。三竦みの会談なんて有るのね。実に馬鹿馬鹿しい事です。争い生まれた憎悪は消え去るはずが無いというのに。貴方もそう思うでしょう? ジーク、いえ、ジークフリード」

 

「すまない。俺にはその名前は相応しくないから止めて欲しい、すまない」

 

「はんっ! 知ったことでは無いですね。それよりも準備を進めておきなさいよ。私はもう終えてあるわ」

 

 コカビエルの一件から数日後、世界が大きく動こうとする中でその日を待ちわびる者達が居た。黒い服を着込み黒い旗を掲げた少女の背後からは無数のうなり声が響く。爛々と輝く瞳、鱗に覆われた強靱な肉体、龍の群れが存在した。

 

 

 

 

「さあ! 喝采をっ! 我らの憎悪に喝采をっ!」

 

 旗を掲げて叫べば呼応する様に龍達が一斉に咆哮する。その光景を遠くから見詰める少女が一人。長い髪を指先で弄りながら何かを待ちわびる様に微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それとフリードではなくフリートなんだ、すまない……」

 

「う、うっさい!」




感想お待ちしています  次回は他の更新の後予定

騎士募集は今日二十四時までです

二人がこの二人なのは理由があります。
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