いずれ刃が届く日を……   作:ケツアゴ

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第一話

「休憩して良いと……誰か言ったかい?」

 

 冥界の悪魔領、グラシャラボラス家の屋敷の庭の一角に冷徹な声が響く。決して怒りに任せた怒鳴り声ではなく、寧ろ静かで冷たい印象を与えるが聞いた者の耳に印象強く残り他の音にかき消されない何かが込められていた。

 

 それに続いて何かを振り回す音が聞こえてくる。バッドの素振りが一番印象に近いが規模が違う。砲撃の如く否が応でも耳に入り鼓膜を痺れさせる轟音。最後に慌てたように肉体が軋む音が聞こえたが、轟音にかき消されていた。

 

「糞っ! ここまでする意味あるのかよ!」

 

「はいはい、後五千回。休んだ秒数回数を追加するから頑張って。あと、逃げたら逃亡歩数と同じ回数叩く。安心してくれ、刃は潰してあるから大丈夫」

 

 振り回している剣は悪魔の致命的弱点である聖剣であり、分厚い刀身だけで身の丈を越える。仮に鎧で切られるのを防いだとしても重量による衝撃で重傷を負うのは想像に容易い。

 

「だいじょうばねぇよっ! 悪魔がそんなので殴られたらすげぇ痛ぇだろうがっ!」

 

 痛いで済む時点で異常なのだが、その事の自覚が無い彼の名はゼファードル。グラシャラボラス家の継承権第二位であり、一位に何かあった時のスペアなので権力で好き勝手もそれ程出来ず、かと言って下手に婿入り先も決められないと宙ぶらりんな立場ですっかりグレてしまった男だ。全身に入れ墨をして凶児とまで呼ばれる反骨精神旺盛な彼は今……腕立て伏せをしていた。

 

 無数の刺が生えたマットを下に敷き、直ぐ隣でプレッシャーを掛けてくる眷属、エルゥに心を折られそうになりながら必死でこなす。本来純血悪魔は下級悪魔との間に隔絶した実力を持っており、それ故に死に物狂いで鍛錬などしないのだが、訓練自体に文句を言わない彼や、訓練風景を見ても平然としているメイドを見る限り日常風景らしい。

 

「この冷血の人でなしっ!」

 

 必死に腕立て伏せを続ける彼は汗だくで何度も崩れかけるが必死にこらえ、せめてもの意趣返しにと罵倒する。だが、相手が悪かった。

 

「ああ、悪魔だからね。体温も低めだし血も冷たいかも。それはそうと、叫ぶ元気があるなら三千回追加しても大丈夫かな?」

 

 拒否すれば殴る。目の前に差し出された聖剣とエルゥの瞳を見たゼファードルはそう告げられていると確信した。

 

 

 

 

 

「ぐっ、何時かぶっ飛ばす……」

 

「ならもっと頑張らなくてはね。でないとバアル家の彼へのリベンジも叶わないよ?」

 

「チッ!」

 

 あの後で合計七千回腕立て伏せを追加させられたゼファードルは疲労困憊、汗だくでゼェゼェ息を切らして悪態をつくが弱音は吐かない。一族の特性を持って生まれず、禄な魔力を持たないにも関わらず若手最強と賞されるサイラオーグ・バアル、エルゥがセッティングした彼との一対一の戦闘で負けたのが余程悔しかったらしい。

 

「あの時、君の心が折れる寸前で止めに入れて良かったよ。プライドはベッキベキに叩き折れたしね」

 

「……前から思ってたんだがテメェは俺に恨みでもあんのか?」

 

 幼少期に出会い、すっかり成長した(相変わらず中性的で筋肉が着いていない)眷属を見ながら文句を言うが彼とて本気で思っている訳ではない。日に二~三度思う程度だ。実際、あっけらかんとした口調で返答があった。

 

「いや、無いよ? 君のお父さんには大恩があるし、駒を交換して君の女王に成る際に”泣いても良いから鍛え抜いてくれ”って言われたからね。他人を鍛えるのは楽しいし……おや?」

 

 ふと見れば数人の使用人、執事やコック長や現当主の秘書などが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「エルゥ君、新人メイドの配属先なんだが……」

 

「エルゥ! 今日の会食のメニューが決まらなくてよ……」

 

「エルゥさん、本日来るお客様について何か注意点は……」

 

「新人の子は上級使用人のお世話で仕事を学ばせよう。急にゼファードル様達のお世話は無理だからね。コースは珍しいドラゴン肉が手に入ったし、C案で行こうか。シトリー家の奥様は確か……」

 

 次々になされる相談と、それを即座に解決していく手腕にゼファードルは脱帽するしかなく、三人が去った後で呟いた。

 

 

 

「お前、実は影の支配者なんじゃね?」

 

「ははは、まさか。僕は僕の仕事をこなしているだけさ。当主は当主の、眷属は眷属の、君は君の仕事をこなす。当然だろ? それに僕は君の眷属だ。僕の手柄は君の手柄でもあるって忘れずに、僕を上手く使ってくれよ」

 

「へいへい、分かったよ。それよりも飯にするぞ、飯に。テメェが作れ。寿司が食いてぇ」

 

「昨日は肉って言ってたから牛肉を仕入れたのに……仕方ない。炙りを中心にして冷蔵庫にサーモンや海老が……」

 

 特訓時はスパルタで普段から口うるさく恐ろしいエルゥだが、付き合いの長さから何だかんだ言いつつも気に入られており、ゼファードルも我が儘や無茶な頼みをする程度に信頼している。今も直前になってメニューの変更を受け入れてくれる程度に従ってくれていた。

 

 

 

 

 

「あっ、バラ寿司と牛の炙り握りにするけど、箸をちゃんと使えなかったら……行こうか」

 

「おいっ!? せめてどうなるか教えろっ!」

 

 ただ、やっぱり怖いと思うゼファードルであった……。

 

 

 

 

 

「おい、此奴には注意しないのかよ」

 

 折角だから眷属の交流も兼ねてと庭に用意されたテーブルでの食事会が開かれた。サーモンやエビにイクラがふんだんに乗ったバラ寿司と脂が滴る牛の炙りのにぎり寿司。趣味の一つが料理のエルゥが用意した物だ。ただ、参加者は急な仕事が入っていた数名が不在で少なく、命じた後でエルゥに伝達していなかったゼファードルは殴られた。

 

 結局、エルゥとゼファードル以外に参加したのは三名のみ。その内二人は成長したアステリオスとパッションリップだ。

 

  まずアステリオスだが身長が三メートル近くまで成長し、より逞しい体つきになっている。相変わらず気が小さく子供っぽさが残っているが、屋敷の悪魔達は彼を怖がらないので居心地が良いらしい。駒は戦車であり、普段は開拓等の力仕事を請け負っている。

 

 パッションリップ、仲間内でリップと呼ばれている彼女も成長しており、腕はより巨大で恐ろしい凶器となっており、胸は腕に合わせたように更に巨大になっている。間違いなく初対面の者やそれ以外の者も先ずは胸に視線が行くだろう。アステリオス同様に戦車であり、成長に伴ってやや物臭な部分が出てきたが根は素直なので悪いとは思っているらしい。

 

 

「あら、だって此処は私の特等席よ?」

 

 最後の一人はアステリオスの肩の上で微笑む妖艶さと幼さを併せ持った少女。紫色の髪に緑の瞳をしており、身長はアステリオスの半分程度と完全に子供だ。

 

「いや、だってゼファードル様と違ってアリエルさんの顔面を殴り飛ばす訳にはいかないじゃないか」

 

 彼女の名前はアリエル。見た目同様にか弱い体を持つ僧侶の駒で転生した、この場の最年長である。

 

「うん。私もアリエルさんは殴っちゃ駄目な人だと思います」

 

 エルゥは真顔で言い、リップも共感するように頷くが、ゼファードルは主である。普通は殴らない。

 

「うっ。えるぅ、ぜふぁーどる、さま、も、なぐっちゃ、だめ、なんじゃ……」

 

 辿々しい言葉でゼファードルを庇うアステリオスの腕を感動したように軽く叩いたゼファードルはエルゥに向かって指を突きだして叫んだ。

 

「……うんうん。お前は唯一の味方だよ、アステリオス。おらっ! お前もアステリオスを見習ってだなっ!」

 

「口に物が入ってる時に喋らないっ!」

 

「ぶへぇ!?」

 

 ゼファードルの顔面に拳が叩き込まれる。本日五度目であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、放置して大丈夫……ですか?」

 

「無駄に頑丈に鍛えたから大丈夫だよ。ほら、口開けて」

 

 リップは腕の構造の問題で自力でご飯を食べるのも一苦労だ。だから今のように仲間がご飯を食べさせる。エルゥも慣れた手つきでリップに寿司を食べさせていたが、ふと思い出した事を口にした。

 

 

 

 

「あっ! 彼から聞いてると思うけど、来月から僕は留学するし、不在時の訓練は頼んだよ。一切の弁明も懇願も聞く必要が……聞いてない? 絶対に伝えておけって言ったのに」

 

 エルゥは白目をむいて気絶しているゼファードルを見て呟いた。

 

 

 

 

 

 

「よし。後でシメよう」




ゼファードル君サイドの小説が無いと思って

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