駒王協定が結ばれてから数日、とあるビラが悪魔の領地を騒がした。堕天使総督のアザゼルが会談の場に連れて来た護衛が謀反を起こし、魔王達が危機に晒された、というもの。その後、堕天使への賠償請求が行われないとして貴族の不満を煽る内容だ。
「同盟反対派か、テロリストの仕業だよね。なまじ虚偽じゃないから質が悪いや。さて、愛しのプリマ。今日の髪形は何をご所望かな?」
ヴァーリを拘束に留めて公開処刑にしていない事等もつらつらと記されているビラを眺めながら、中庭に設置された椅子に座るエルゥは膝に座ったメルトの髪形を櫛で整える。その脇腹に不機嫌そうな表情をした彼女の肘が撃ち込まれた。腕力は然程有る訳でもないのでダメージは低いのか苦笑しながらビラを机に置くエルゥ。どうやらビラを眺めながら、というのがお気に召さなかった様子。
「そう、それで良いのよ。貴方は今日一日私だけに意識を向けるの。最高の名誉を罰として与えるなんて、私の深い慈悲に感謝しなさい。まあ、言うまでもないのだけど。そうね、偶にはお下げも良いかしら?」
命じる様に囁きながらエルゥに体重を預ける彼女はご満悦の様子。先日、夜の誘いを掛けたにも関わらずBBに連れ去られ相手が出来なかった事で不機嫌になったメルトだが、こうして一日彼女とベッタリして過ごす事で話がついてある。多忙な身だが、この日の為に急ぎの仕事は終わらせ、ゼファードルの分担に残りを上乗せして一日暇な時間を作り出していた。
「ほら、完成。君は何でも似合うね」
「当り前よ。私の美は完成されたもの。故に、こうして別の形での美を示すなんて楽な話だわ」
手際良く髪形を整えたエルゥが差し出した手鏡に映る自らの姿にご機嫌な様子のメルトは歌まで口遊む。それに聞き入るかのように目を閉じるエルゥの手は彼女を抱きしめる様に前で合わさっていた。一瞬驚いた様子のメルトだが、特に何も言う事はなく歌を続ける。
「……良いなぁ」
その姿を物陰から見つめる巨大な人影、リップである。巨大な爪のせいで姿が隠せておらず、覗き込む為につかんだ壁に爪の先が突き刺さって皹が広がっている。その肩に手が置かれ、思わず振り向くと伸ばされていた人差し指が頬に当たった。
「ほら、邪魔しないの。貴女も今度一緒にいて貰ったら良いじゃない。あの子ならその為に時間を作ってくれるし、同じように邪魔されたら嫌でしょう? ほら、あっちでお茶にしましょ?」
リップの肘に自分の肘の内側を持ったアリエルは優しく言い聞かせる様にしてリップを引っ張って行く。名残惜しそうに何度も視線を送るリップだが誘われるままについて行き、チラリと視線を送ったメルトは腕の中から抜け出して立ち上がったかと思うと向かい合うようにして膝の上に乗り直す。
「ほら、早く抱き締めなさい。今日一日、私だけの物になるって約束よ。……今から何をすべきか分かっているわね?」
数センチまで迫った互いの唇。後少しの所で動きを止めたメルトは甘く囁き、エルゥは言われるがままに彼女の背に腕を回す。二人が聞いている高鳴る鼓動はどちらの、或いは両者の物なのか。そのままエルゥはメルトの唇に自らの唇を重ね、至近距離で二人の顔を覗き込みながらスピネアが口を開いた。
「お取り込み中失礼いたします。元堕天使総督のアザゼル様が訪問し、ゼファードル様が面談に応じています。本日は休日との事ですのでご報告にだけ参りました」
それでは、と無表情のままお辞儀をした彼女は足の裏から魔力を放出して無音飛行で去っていく。途中、スカートの中が見えそうになったが本人に気にする様子はなかったのでメルトが両手でエルゥの目を塞ぐのであった。
「あの子、人形っぽくって可愛いのは好みだけど、どうも好きになれないわ」
「人格を形成中だから……止めておこう。今日は君だけを見る約束だ」
「……そう。少し疲れたし、夏だからか汗ばんじゃった。シャワーを浴びてベッドで休むわ。早く連れて行きなさい」
少し恥ずかしいのか耳まで赤く染めながらメルトは顔を背ける。先日出来なかった事を今からしようということで、エルゥも察しているがあえて表情を変えない。そのままメルトをお姫様抱っこすると彼女の部屋まで運んでいった……。
「いやー! 急に来て悪いな。総督辞めてから時間が余っててよ。お陰で研究に没頭できるぜ、はっはっは」
「……いえ、お気になさらずに」
急にやって来たアザゼルに対し、ゼファードルは書類作業をこれ幸いと部下に任せて応接間での応対に回った。ビラの影響か冥界内でアザゼルへの批判が高まり、サーゼクス達にも飛び火しそうにまで発展した為に総督の座を辞任した彼は趣味である研究に没頭する日々を送っていた。
そんな彼の脳天気な様子に少々選択を誤ったと後悔しつつも相手を続けるゼファードルだが、出来ればエルゥに任せたかった。女王は王の側でサポートするのが役目であり、怖くなかったらアザゼルの目的であろう内容からも彼に任せるのが最適だ。
「でよ、今日来たのはお前の眷属や、家が保護してる奴の神器を研究させて欲しいんだ。リアス達の話からしてアリエルって嬢ちゃんはレア神器の『天使の唄|ゴスペルチョーカー』だろうし、女王の聖剣創造が何処まで鍛えられてるのかとか、欠落の棘舌も興味深いし、何より聞いた話じゃ上級神滅具の魔獣創造の所有者まで居るそうじゃねぇか!」
子供のように目を輝かせて興奮するアザゼル。思わず身を乗り出す彼に対してゼファードルは少し引きながら手の平を突き出して落ち着くようにジェスチャーで指示する。堕天使との協定で情報が交換されるのも善し悪しだなと思うゼファードルであった。ガギラの件には触れないが、抜き取った神器の売買は公に行っていないから情報がまだ入っていないだろうと思いつつ入ったら協力要請が来そうだと心配した。
(あの爺さん有給取りまくり、残業は絶対にしない、って感じだからな……)
「当然タダとは言わねえ。俺の個人資産からタンマリ礼を……何だよ、こんな時に……」
突如鳴り響く着信音。鬱陶しそうにしながら電話に出たアザゼルだが、どうも様子がおかしい。非常に慌てた様子で狼狽していた。
「悪いっ! 緊急事態だ。話は今度続きをしようぜっ!」
大慌てで去っていくアザゼル。嵐の様な騒がしさに辟易していたゼファードルが安堵の溜息を吐き出した時、物陰からこっちを見詰めるレオナルドと目があった。
「かくれんぼか? 応接間に入ったらエルゥが五月蠅いぞ? ……何だ、どうかしたか?」
アザゼルを案内する際に遊んでいる子供達を見かけた事から彼が此処にいる理由を察する。隠れていたら人が入ってきて出られなくなったのだろう。エルゥに見つかる前に部屋を出るように軽い口調で注意したゼファードルだったが、レオナルドが何か不安そうに言い淀んでいるのを見て、頭を掻きながら近付くと腰を下ろして目線を合わせた。
「……僕、研究に使われるの? あの人、偉いんだよね?」
「余計な心配すんな。テメェは暴走防止のための検査と訓練だけ受けてれば良い。されたくもない研究の心配なんざしてねぇで遊んでろ」
不安そうな少年の頭をやや乱暴に撫で回せば整えた髪型がグシャグシャになる。レオナルドは少し驚きながらも頷いて駆け出して行った。それを見送ったゼファードルは立ち上がると顎に手を当て少し悩んで直ぐに考えるのを止めた。
「よしっ! エルゥに任しとくか。彼奴なら何とかするだろ」
元とは言え相手は堕天使の総督で、未だに部下から忠誠を向けられている。そんな相手の頼みをどう断るか悩んだゼファードルだが、信頼故か押し付けか、全部エルゥに投げ出すという結論に達した。
「……あっ、そういや俺が成人するまで保留になっていた上級悪魔昇格が早まったって言うの忘れてた。連絡受けたの四日前だからな……どうすっか」
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