「……眷属、本当にどうしよう?」
コカビエルやヴァーリの撃破の功績からか、主であるゼファードルがデビューしていないという理由で保留になっていた昇格が早まったと知らされ、元主でありグシャラボラス家当主の護衛で外出した帰り道、馬車に揺られながらエルゥは呟いた。
「決定済みなのは交換で眷属になる姉妹以外にヴァイオレットにレオナルド……商品としては十分でないかね? 君は私の眷属の時にも十分なパフォーマンスをした。そんな君とのゲームでの勝利は十分価値があると思うがね?」
彼らが話すのはレーティング・ゲームについて。詳しく言うならば試合で価値を譲る対価をどうやって吊り上げるか、だ。一般的には貴族達が眷属と共に力を競い合う公平な場とされているが、貴族としての評価、実利的な損得が絡む以上はそうはいかない。実際、家の関係で勝ちを譲るなど稀な話でも無いのだ。
二人が今回出かけたのはグレモリー領であり、目的は互いの領地が行っている貿易について。貿易、人材や物資の援助、揉め事の仲裁、等々、貴族にとって他の貴族との関係は重要であり、力関係の上下も生まれる。理想を言うならば試合後はノーサイドの精神で互いに称え合うのが一番だが、ゲームで勝ち取った栄誉は家や個人の名誉や領地に住まう領民の生活に関わってくる。綺麗事では飯は食えないのだ。
「一応僕は魔王を輩出した家の眷属だし、他の成り上がりよりはマシとはいえ、領地のことを思えば純血悪魔の顔色を伺わないとね。事務やら戦闘以外で力を発揮するのは部下として雇えば良いし……」
エルゥの言葉の通り、レーティング・ゲームが貴族としての諸々に関わる以上は割を食うのは転生悪魔の出身や財産やコネの少ない分家の当主など、新しい領地や貧しい領地等の他からの支援が大切な当主達だ。まだエルゥは独立せずにグシャラボラス家の領地の一部のように扱えば良いが、そうでない家の者は本当に大変だった。
「其れにしてもグレモリー家のご令嬢には驚かされた。まさか転生悪魔を婿にしようとはね。次期次期当主君以外を魔王に担ぎ上げたい者共が喜びそうだ。何せ彼を公爵家当主の座に押し込める口実が出来たのだから」
その反面、純血悪魔であり公爵家出身で更に魔王の兄が居るリアスはそんな苦労とは無縁だ。いや、望まなくても相手が勝手に勝利を捧げてくれるかもしれない。何せサーゼクスが妹に甘いのは周知の事実であり、伝説のドラゴンの力で縁談を壊したと噂されるリアスだが、公爵や魔王の耳に入らない場所では魔王である兄の力で~、と陰口を叩かれているのだから。
「その事で一つ提案が。中々決まらない嫁探しだけど、いっその事、純血悪魔以外から探すのはどうかな?」
「ほぅ……」
突然の、それも純血の存続を訴える者の多い貴族社会では常識外とされる提案。普通なら一喝するか一笑に付す所だが、エルゥへの信頼故か彼は興味深そうに目を細めるのであった。
「同盟を結ぶ相手との政略結婚? まあ、最悪の場合は養子って手があるからな。嫁も後継ぎも」
帰宅後、今の今まで大量の仕事を押し付けられていたゼファードルはエルゥの話に直ぐに納得する。同じ純血悪魔且つ政治的な問題がない嫁が見つからないのなら、同じ種族に拘る必要はないと言うことだ。只普通に他種族を嫁にするのでは反発が起きるが、政治的地位のある相手との政略結婚ならば話は別だ。
位の高い武家の家の者でない女が位の高い武家の嫁になる前に何処かの家の養女になっていたように、同盟相手の重鎮の実の娘である必要はなく、家の跡を継ぐのもフォルビウムの子、最悪の場合は体外受精での子でも良いので、その子を養子にすれば解決だ。
「一応商売の関係で悪魔と政治的繋がりが無い種族や神話とも商売的な繋がりは持っているし、フォルビウム様と相談してみるよ」
「他の勢力との繋がり? んなもんが有ったの……有った有ったっ! ちゃんと話は聞いてたぞっ!」
まるで初耳だとばかりに首を傾げそうになったゼファードル。その姿を見たエルゥの瞳は怪しく光り、聞いていなかったのかと無言で訴える。本能的な危機を感じたゼファードルは慌てて誤魔化すが、エルゥの瞳は笑っていなかった。
「……まあ、これから大変だろうから勘弁してあげるよ。何せ想定される相手の所の文化やタブーをしっかり学んで貰うんだからさ、ふふふふふ」
エルゥが指を鳴らすと手押しカートを押しながらスピネアが入ってくる。カートには分厚い本が山のように積まれていた。
「全部覚えろ。テストに合格するまで夏休みだろうと遊ぶ暇は無いと思え」
「では、私は見張りに残ります。エルゥ様はお仕事にお戻りください」
スカートを優雅に摘まんで深々と頭を下げるスピネアに見送られてエルゥも自分の仕事に戻っていく。しぶしぶといった様子ながら直ぐに本を開いたゼファードルを眺めていた彼女だが、ふと首を傾げながら疑問を口にした。
「唐突な提案に思えますが、それについて何故躊躇がないのですか?」
「そんなの彼奴が用意した話だからに決まってるじゃねぇか。それ以外に理由が必要か?」
平然と答えるゼファードル。スピネアは納得したのか彼の監視業務を淡々と続けるのであった。
「あれ? 小猫ちゃん、出掛けたんじゃなかったの?」
折角の夏休みだからとリアスに連れられてグレモリー家にやって来た一誠だったが、夏休みを満喫する暇もなく貴族社会に必要な教養や知識の勉強の日々。彼にも関わることなのにグレモリー家への婿入りなど親共々微塵も聞かされず、自分を置いて遊びに行っている仲間を羨んでいた彼だが、希少な休憩時間中に屋敷に残ってテレビに見入っている小猫を発見した。
「……貴重な映像が見つかったと聞いて慌てて帰ってきました。鬼胡瓜の初の幕内試合の映像です」
一誠の方には視線を向けず食い入るように画面に目を向ける小猫。画面に映し出されているのは相撲の試合、但し力士は妖怪だ。今は普通の熊よりも巨大な黒熊と河童が相撲を取っており、倍以上の体格差にも関わらず熊が押し出されていた。
「……鬼胡瓜、台頭する鬼熊や大入道によって番付下位に追いやられる河童力士が多い中、全戦全勝で横綱に上り詰めた最強の河童力士です。……張り合いが無くなったと電撃引退するまでの間、彼は多くの妖怪相撲ファンを虜にしたものですよ」
相も変わらず視線は画面に向けたままだが、今の彼女の声には今まで聞いた事がないほどの熱意が込められている。彼女自身もファンであったと一誠は直ぐに理解した。
「ふーん。今は何をしてるんだろうな? 親方?」
「……分かりません。親方になって後進を育てるのではなく、世界を見て回りたいとインタビューに答えて旅に出たっきり音沙汰がなくって」
これまた悲しそうに語る小猫。画面が二日目三日目と移り変わる中、鬼胡瓜は土俵際に追い詰められるどころかまわしを掴まれることなく圧倒していた。
「おっし! テメェら準備は良いか? 舐められる真似はすんなよ。特にエルゥ。来月から上級悪魔だからって浮かれるな」
眷属が正装に着替えて集合する中、ゼファードルがネクタイを直しながら見回す。アステリオスのネクタイが歪んでいるとアリエルが直ぐに正し、メルトはエルゥに拝み倒されて仕方なく着たスーツを鬱陶しそうにしていた。
「所でハンカチは持ったのかい? ……ほら、用意したのに置きっぱなしだったよ」
今から出掛けるのは首都ルシファードで開かれる若手悪魔の顔合わせ。家の力が純血貴族の中でも上から数えた方が早い次期当主達が上層部の前に集合する。そんな場所に向かうのに早速ポカをやらかした主に呆れながら机の上に置きっぱなしだったハンカチを手渡した彼はゼファードルに背を向けて皆を見回す。
「さて、今回の顔合わせでの失敗は後々響く……けど気にしなくて大丈夫だ。その程度、僕がカバーする。肩の力を抜いてリラックスしよう」
先程まで緊張を見せていたアステリオスやリップの顔が緩む。形式ばった場が苦手そうな三平は緊張など知らないとばかりに平然とし、他の面々も堂々と立っていた。やがて車が到着し、それぞれが乗り込んで会場に向かっていった。
「……よう。相変わらず身体ばっか鍛えてるみてぇだな。貴族なら少しは魔力を鍛えろよ」
「お前も随分と鍛えたみたいだな。これは再戦が楽しみだ。……魔力はな、うん、言いたいことはわかるが性に合わなくてな」
会場の待合室で最初に出会った因縁の相手であるサイラオーグに対してゼファードルは早速一触即発な空気で話し掛け、サイラオーグは親しそうに話し掛ける。前哨戦はどうやらサイラオーグの勝ちのようで、最後に言葉を濁した彼にゼファードルが苦々しい表情を向けた時、後から入ってきた青年が二人に嘲笑を向けた。
「おや、バアルの出来損ないと、運良く次期当主になっただけのオマケじゃないか。父親から優秀な眷属を貰ったおかげで随分と評価を貰ってるみたいだね」
彼の名はディオドラ・アスタロト。あからさまな挑発に対してサイラオーグが眉を顰め、ゼファードルは背を向けて歩き出した。
「……良いのか?」
「言いたい奴には言わせとけ。エルゥ達三人が親父の眷属だったのは本当だしな。……口じゃなくって結果で認めさせれば良いだけだ。……分かってるだろうがテメェには二度と負けねぇ。今度こそ俺の力で叩きのめすからな」
サイラオーグの問いに背を向けたまま答え、これ以上の言葉は無用だとゼファードルは待合室から出て行く。暫くしたらリアス達も現れ、上層部との面談の時間がやってきた。
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