若手同士の試合が知らされてから三日後の事、ゼファードルはグシャラボラス領地に存在する魔術師の学校の施設を訪れていた。基本的に悪魔と契約魔術師の関係は研究者とスポンサーに似ている。悪魔は後ろ盾になり、時に悪魔でしか中々手に入らない物を渡し、魔術師は研究成果を渡す。
なら、孤児院のついでに研究者としての魔術師を育成しよう、そんな考えで作られたのがこの学校であり、卒業後は同じ領地にある研究機関に入る事が出来る。優秀な人材は集めるのではなく育てるもので、出来れば恩や情で縛るのが好ましい。恩人の為、育った場所の為、きっと此処で育った子供達は領地の為に頑張ってくれる事だろう。
「……なあ、修行は我武者羅にすれば良いってもんじゃない、って言ったよな?」
体育の授業で使うのか室内プールも存在し、その中から這々の体で出て来たゼファードルはプールサイドで優雅に読書をしていたアズリィに文句を垂れる。週に一度の講義を終えてゼファードルの訓練監督に戻った彼女は本を閉じると優雅に頷いた。
「ええ、正確には、修行は我武者羅にするのではなく、目的に沿った内容をすべきです。同じ陸上選手でも短距離と長距離ではトレーニング内容が変わるように、同じ逞しい肉体でも格闘家の戦う為の筋肉とボディビルダーの魅せる為の筋肉が違うように、ですね」
プールは至って普通の大きさで、激流だったり魔物が泳いでいるわけでもない。なら悪魔の彼が息を乱すほどに疲れている理由、それは泳ぐように言われた時間だ。所定の時間まで泳ぎ続けろ、そう言われた彼は一切休まずに泳ぎ続けていた。
「さて、午後からはレオナルド君が創った魔獣相手の実戦訓練と座学、ついでに武術の型の訓練も入れるとして、昼食は超高カロリーメニューにしましょう。体づくりの基本は食事です。エルゥ君に頼まれた以上、一切手加減はしませんよ」
「……上等だ。全部やりきってリアスも他の奴も、サイラオーグの野郎も叩きのめしてやるよ」
体は疲労困憊で、午後からのメニューには辟易する。それでも彼の瞳には闘志が宿っていた。
「……謹慎処分? 多忙だと公式発表が有ったけど、矢張り……」
ゼファードルの意地と誇りによってリアスとの試合は欠場する事になったエルゥ。元々公式の場での初となる若手への評価の機会なのだから父親の眷属であった自分は自重する予定だったエルゥだが、ゼファードルから言い出した事については成長を知って嬉しく思った。
それは兎も角、試合関係無しに行っている修行やいつもの業務の合間を縫ってとある貴族の元を訪れていた。本来なら予定などない相手だが、相手の立場や権威から会いたいと言われれば断れなかった。
「この時期に魔王が謹慎など格好が付かないからね。二人揃って執務所で仕事に勤しんで貰っているよ。……やれやれ、魔王にするのを間違えた気分だ。せめてグレイフィア・ルキフグスをレヴィアタンに据えるべきだったかな」
実質的な権力は貴族が握っているとはいえ、トップである魔王に対する不敬な言葉を平然と口にする老人。彼の名はゼクラム・バアル。初代バアルにして貴族派の実質的なトップである。この日、前から会ってみたかったと連絡を受け、急遽予定を詰めて呼び出しを受けたのだ。
セラフォルーが謹慎処分を受けたのは先日の一件について。姉ではなく要職としての立場を忘れて力で上層部を脅す等の醜態を曝したとして膨大な仕事を押し付けらえれている。そしてサーゼクスの謹慎理由だが、それこそが呼び出された理由であった。
「私は君に期待している。堕天使共がまんまと逃亡を許したヴァーリ、いや、ヴァーリ・ルシファーは君を狙って来るだろう。今度は私が許可するから容赦なく始末してくれたまえ。ルシファーの末裔が堕天使に育てられた上に悪魔の敵となるなどあってはならないのだよ」
人間の血を引くなど、とは言わなかったのはエルゥに友好的な態度をとっているつもりなのだろうが、エルゥは彼の言葉の端々から純血主義だと理解している。分かっていた事なので態々口にはしないが。無論、ゼクラムもそれに気付いている。気付かぬ程度なら、不快感を顔に出すなど気付いてくると知らせて来るなら見込みなし、そう思っていた。
「……合格だ。まあ、レーティング・ゲームの際も貴族派相手には程よい割合で苦戦して見せたから分かっていたが。……では、質問だ。ソーナ嬢の夢に対してどう思う?」
「人材時間費用の問題を丸々忘れたとして、下手すれば内乱を引き起こす、かな? 彼女の理想を突き詰めるなら、の話だけど」
「ふむ。監視と制限、かな?」
これが彼の最終問題。満足できる内容でなければ此処までだ、
「身分の低い者に負けた貴族が権威を使って報復しないように監視して、育成が上手く行ったのを見て徴兵紛いの事からの熾烈な訓練の強制をしない様に領地内の政策を制限する、という意味なら。ああ、でも民衆の味方アピールの為に支援する貴族も出る可能性もあるかな?」
正解だ、そう言いたそうにゼクラムは笑顔で拍手を数度。エルゥも無言で頭を下げた。
「いやいや、ゼファードル君も良い眷属を持った。彼が次期当主になる以上は眷属を続けるのだろう?」
「ええ、辞める理由がなくなりましたので」
「なら、彼に伝えてくれたまえ。何かあれば私が力になろう。それと、サイラオーグだが、君が勝とうが負けようが私は特に何も言わない。頑張ってくれたまえ、ともね」
サイラオーグに公の場で勝っても大王家からの報復はない、実質的な大王家の支配者からのお墨付きだ。これでエルゥが抱えていた不安はほぼなくなった。彼に勝つ事で大王家やサイラオーグの支援者の恨みを買うのはゼファードルの将来に響くと心配していたのだ。
「ああ、最後に一つ質問だ。例えばの話だから気にしなくていいし、誰にも話さなくても良い」
去り際、ドアノブに手を掛けたエルゥの背中に問い掛けられる。約するとこの質問について誰にも話すな、という事だ。
「例えばだが、力を十倍にする道具があるとして、それを試合で使う事を君は批判するかね?」
「転生悪魔は駒の種類や数次第ですが力が増強され、神器も力を持つ。例えば赤龍帝の籠手は力を数万倍にしますし、別に良いのでは?」
「……やはり君は良い。魔王になりたくなったら言いなさい。気が向けば支援してあげよう」
魔王は側室を持てないので嫌です、とは態々言わない。ゼクラムにとっては魔王は象徴でしかなく、エルゥにとっては面倒な役職でしかない。軽く会釈するとエルゥはそのまま出て行った。
「……ああ、アリエルさんか」
エルゥが屋敷に戻ると風に乗って歌声が聞こえてくる。澄んだ声による聴く者の心を魅了する美しい歌声。もわず聞き惚れていた彼は歌っているのが誰か直ぐに察し、彼女が何時も歌っている中庭へ誘われる様に向かって行った。
木陰の下、使用人の子供やレオナルド、修行の休憩中らしいアステリオスと、彼の手伝いをしていたリップが地面に座ってアリエルの歌に耳を傾けている。目を閉じて歌に集中し、口元は自然と緩んでいた。
「はい、今日の分はお終い。皆、そろそろお勉強の時間よ」
「えー!? 歌ってよ、アリエル姉ちゃん」
「こら。言う事聞かない悪い子には歌は聞かせないわよ。二人もそろそろ戻りなさい。休憩は大切だけど、過ぎれば毒よ?」
口を尖らせて歌をせがむ子供達だが、アリエルが優しい笑顔を向けて叱ると素直に走って行く。残ったアステリオスやリップも修行に戻った時、屋敷の中で高い力を持つ自分に子供達が気を使わないようにとエルゥが隠れていた木の方を向く。
「かくれんぼはもう良いわよ、エルゥ。ほら、貴方最近ちゃんと休んでないでしょ? 特別にリラックスできる歌を歌ってあげるわ」
「やっぱり敵わないようだね」
「あら、当然じゃない。私は皆のお姉さんだもの」
優しく微笑えみながら手招きするアリエルへと近寄っていくエルゥ。彼女の歌を聴いている内に眠気を感じ、久し振りに深い眠りにつくのであった。
「本当に手が掛かる子ね。ふふふ、参っちゃうわ」
スヤスヤ寝息を立てるエルゥの頭を膝に乗せ、頭を軽く撫でながらアリエルは笑みを溢す。遠い昔、大切で愛しい家族に歌を聞かせていた頃を思い出しながら……。
「い、今何と……?」
新しい天使の誕生という天界にとっての祝い事が起きてから日が経ち、教育係の天使達がヤンチャな子供達に苦労しながらも幸せをかみしめていた時、先程までそれを眺めてほほ笑んでいたガブリエルは顔を蒼白にさせ震えていた。
会話の相手はBB。突如映像を天界のガブリエルの前に映し出した彼女は残酷さを感じさせる笑みを向けていた。エルゥや妹達、研究所から共に抜け出した仲間は勿論、それ以外の路傍の石程度の価値しか感じない大勢には向けない笑みだ。
「えぇ~? ちゃんと聞いていなかったんですか~? じゃあ、もう一度言いますね。次の若手同士のレーティング・ゲームですが、勝敗を全て予想してください。参加賞は新しい大天使をプレゼント。全問正解で二人です。でも、一つでも外したら大天使の誰か一人を串刺し刑に処します」
串座し刑、人類史上でも特に残酷な部類に入る刑罰だ。肛門に杭を刺し、後は自重で杭が徐々に体に食い込んでいく。その苦痛たるや凄まじく、杭が栓になって容易には死ねない。そして、これは魔女狩りで行われていた刑罰の一つだ。
「貴女達は教会が行うのを黙認した。だって、教会が恐怖でもなんでも権威を保つのは都合が良かったから。色々言い訳をして見ない振りをしていたんですよね? ……残念でした。悪い子にはお仕置きです。じゃあ、頑張ってくださいね?」
楽しそうな笑い声だけ残してBBの映像は消える。誰かが気付いて手を貸すまでガブリエルはその場に膝をついて震え、譫言の様に呟き続けた。ごめんなさい、と。
まるで彼女にだけ串刺しにされ死んでいく無辜の人々の姿が見える様に……。
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魔王直々に駒の調整して、数万倍に力を上げる道具使って称賛、でも、サイラオーグは使ったんだろって批判 いや、なんでさ!?