屋敷の訓練所に不機嫌そうな声と共に銃声が響く。声と銃声の主の名はパツシイ。エルゥが連れて逃げ出した『魔人計画』の被験者の一人であり、特に人間離れした姿の持ち主だ。例えるなら狼の獣人であり、先程から飛び出してくるタイミングも大きさも速度も軌道も全てバラバラの的の中央を猟銃に似た特性の武器によって撃ち抜いていた。
「行儀稽古? 大王っつったら貴族で一番偉いんじゃねぇのか? 何でわざわざ派閥が違う家の、しかも上級悪魔になるって言っても元人間のエルゥに頼むんだよ?」
「ンー? 難しい話は分からんのだナ。アタシは何時もの通り飯を作るだけだ。まあ、もしもの場合は全力を出して手加減した状態で迎え撃つが良いぞ?」
「どっちだよっ!?」
魔獣討伐部隊の所属であるパツシイはグシャラボラス家の家臣ではあるが家同士の小難しい話は断片的にしか入ってこないし、詳しく無いので理解もできない。この話も同じ被験者だった少女、タマモキャットから聞かされただけだ。只でさえ理解に苦しむ話が要領を得ない伝え方で伝えられたので殆ど理解出来なかった。
「……まあ、俺は俺の仕事をするだけだ。彼奴が仕事に集中出来るようにな」
大王家が言ってきた理由は伝達する相手の問題を抜きにしても彼には分からない。只、エルゥが何か巻き込まれようとしているのは理解できるし、自分の役目も理解している。なら、何一つ迷う必要はない。信頼する相手に任せれば良いだけだと。
「あっ、でもエルゥは修羅場が怖いって言ってたゾ? 力になってやらんのカ? 因みにキャット危うきに近寄らず、間近で距離を置いて観察する所存である」
「何で修羅場って言葉が出るのか知らねぇが、俺も巻き込まれるのは勘弁だ……」
それについては、どうにかなる、ではなく、どうにかしてくれ、そんな風に思うパツシイであった。
「魔王? 止めとけ止めとけ。操り人形がオチだ。それにテメェが居ないと俺が困る」
若手同士の試合に向けての修行期間の最中に開催された魔王主催のパーティーに向かう道中、ゼクラムとの会話について話すのを聞いたゼファードルの言葉にエルゥは共感する。敬意等払って貰えないし、払って欲しくもない。相手も堂々と意見が言える相手の方が都合が良いからと提案したのだろう。後は既に実績があるので、新しい実績を捏造しても不自然ではない、そんな所だろう。
「だから僕もなりたいとは思わないって。魔王になったら一人としか結婚出来ないしさ。それより目下の問題は例の子だよ。非常に面倒だ」
数日前、バアル家からの要請で行儀稽古として面倒を見ることになった少女がいるのだが、問題児だったゼファードルを支え、手柄を多く立てているエルゥの側で色々と学ばせて欲しい、そんな頼みという名の貴族派トップからの命令を受けたのだ。
少女の父親は現当主やリアスの母の腹違いの弟だが、末端の使用人に手を出した結果産まれた子であった為に認知はされず、万が一の際の保険や、部下をより密接な関係とする為に婿に出す予定だったのだが、混血の下級悪魔と駆け落ちし、見付かった時には両親を失った少女一人しか居なかった。
事故や病気、最初から居なかった事にするのが大王家にとって一番望ましかったのだが、普段から虐げられて不平不満が溜まっていた家臣が話を広め、弱みを見せないために処分は保留となった。最近まで半監禁状態でサイラオーグも会ったことさえなかった彼女を自分達に預ける理由、それについては予想がついている。
「……このまま使える様であれば将来的に縁を理由に婚姻を結び、身内として干渉する予定だろうな。使えなかった場合でも、どうせ不要な存在だ、惜しくはない。まあ、大王家の者を差し置いて転生悪魔を正室には出来んだろうが……どうせ書類上の違いだ。別に構うまい?」
大王家には知られたくない方法で集めた資料を一瞥の後に燃やしながらデイビットは何でもなさそうに呟く。彼からすれば婚姻関係の有無で悩む事や正室側室に拘る事は馬鹿馬鹿しい様だ。当事者達からすればそうでもなさそうだが。
姉妹に負けるのは悔しいが一億歩譲って納得しないでもないが、ポッと出に政治的目的でかっ浚われるのは気に食わない。無言ながらそんな空気を醸し出す三人。因みにヴァイオレットとリップがエルゥを挟んで座り、素早く座ったことで今の位置にいるメルトが膝の上だ。当然、視線を向けられるエルゥは気が気でなかった。
「はいはい。寝ているとはいえ子供も居るんだからそんな話はお終いにして」
その空気を取っ払ったのはアリエルだ。手を叩いて注目を集め、背もたれに体を預けて眠るアステリオスとレオナルドを指差す。パーティー用に誂えた子供用のタキシードに涎が付かないようにハンカチでレオナルドの口元を拭い、アステリオスの腕を軽く叩いて起こした。
「もう直ぐ着くから起きなさい。ほら、ネクタイ曲がってる。全く手間が掛かるんだから」
「う…。ありがとう、ありえる」
「どういたしまして。ほら、レオナルドも起きなさい。エルゥの眷属になるから色々挨拶して回る予定でしょう? 寝ぼけてたら失敗しちゃうわ」
文句を言いながらも甲斐甲斐しく、そして楽しそうに二人の世話を焼いていくアリエル。そうこうしている内に会場が見えてきた。少し離れた場所に森があり、会場には大きなドラゴンが降り立つ為の場所もある。
「おっし! じゃあ行くぜ」
タキシードで身を包み、髪も珍しく整えたゼファードルを先頭に一行は会場へと入っていく。中に入ればテーブルの上のご馳走や飲み物を配る給仕、絢爛豪華な調度品や着飾った紳士淑女。思わず目を奪われる光景で、レオナルドも落ち着かない様子で見回し、テーブルの一角に目を向けた。
「……ケーキ。エルゥ、あれ食べて良い?」
「うん。でも先にゼファードル様と一緒に挨拶周りだよ。領地に何かあった時には他の貴族の支援が必要だからね……今の所は異常は無いかい?」
レオナルドが目を付けたのは巨大なチョコレートケーキ。四段重ねの巨大なケーキに様々な果物や砂糖の人形が乗ってあり、既に数人の子供が集まっていた。エルゥは人が大勢いるので少し落ち着かない様子の彼の手を優しく握り、視線を入り口に向ける。入場者が来る度に開く扉の向こうで警備をするのは黒い全身鎧の者達だ。
「うん。感知能力を重視して創ったし、森の方は数と情報共有能力を重視したからルチルに指揮を任せた。……ケーキ、残るかな?」
今回、フォルビウムはエルゥを通してレオナルドに警備用の魔獣の創造を依頼していた。眷属になる前の実績作りである。ケーキがどんどん切り分けられるのを気にするレオナルドだが、背後から頭にアリエルの手が置かれた。
「大丈夫よ。ちゃんと取っておいてあげるから。果物は何が良いかしら?」
幼さの残る顔立ちながらドレス姿の彼女の美しさは会場の美姫達に負けていない。声を掛けようと機会を伺っている男性達の牽制や下心が入り混じった視線に気付いてもその様子を見せず、子供相手の時にだけ慈愛の籠もった笑みを浮かべ、レオナルドが去っていくと妖艶な笑みを浮かべる。
(……ああ言うのを魔性の女って言うのかね?)
サラダの胡瓜を山盛りに取りつつ視線を向けていた三平はそんな感想を浮かべる。ケーキを取りに行ったアリエルに声を掛けようとするも子供達が邪魔で近付けずやきもきする男達に見えないように笑うアリエルの姿があった。
「いやいや、これからも期待しているよ。困ったことが有れば相談しなさい」
「随分とご活躍だが若いのだから無茶はしないように。他の若手に任せることも検討してみてはどうかね?」
「今後もよろしく頼むよ。より一層の繋がりを期待しよう」
今回の挨拶周りでは今もお世話になっている貴族を中心に今後の付き合いをお願いし、エルゥが独立しない旨を伝えて回っていた。普通に挨拶を返す者、取り入ろうとする者、付き合いの薄い貴族の中には遠回しに手柄を他に譲れと言ってくる者も居た。
そんな挨拶周りでレオナルドが疲れを見せ始めた頃にだいたい終わり、そろそろ休憩しようとした時、同じく一誠を連れて挨拶周りをしていたリアスと鉢合わせした。一誠の視線は直ぐ様ドレス姿のヴァイオレットの胸や脚に向かうもエルゥがさり気なく間に割って入る。ゼファードルはそれをスルーしつつ気軽に話しかけた。
「よう。聞いたぜ。堕天使幹部の師事を受けているんだってな」
「ええ、そうよ。でも、朱乃がアザゼルの代理で来たバラキエルに反発しちゃって」
「いや、ちゃんと敬称付けろよ。前総督も求心力や影響力は残ってるし、今呼び捨てにした相手は副総督だからな?」
悪魔と堕天使は協定によって手を結び友好関係にある。当然、関係は対等で堕天使は悪魔の傘下ではない。その同盟相手の幹部が幹部の立場として来ているのなら、個人的な関係が有っても礼儀を払うのが貴族やその眷属の義務であり常識だ。少なくても次期当主でしかないリアスが対等な口を利いて良い相手ではない。
「わ、分かってるわよ」
「なら別に構わないんだが。……どうした、レオナルド?」
指摘されて流石に拙いと感じた様子のリアス。尚、朱乃はバラキエルと親子であり、少々複雑な関係ではあるが、例えるならば会社の重役の娘が別の会社で働いており、仕事でやって来た父親に反抗的な態度を取れば問題になるだろう。当人の間は良くても、それを周囲で見る者達への印象を考えるならば。
本当に大丈夫か? そんな想いが顔に出ていたゼファードルだが、レオナルドが慌てた様子でエルゥの袖を引っ張っているのを見て何か起きたと察した。
「……会場に入ろうとした使い魔が居たのと……最上級悪魔クラスの二人組が森にいる」
会場近くの森の中、この日は蝶の群れが舞っていた。羽の模様は目玉の様で、事細かく観察すれば僅かに動いて周囲を監視しているのが分かる。当然、普通の蝶ではない。レオナルドが創造した魔獣だ。その指揮を任されたルチルは此方に気付いた様子の無い二人組を物陰から観察していた。
(ヤバいニャー。あの着物を着た痴女っぽいの確かSS級はぐれ悪魔の黒歌ニャ!)
少々パニックに陥ったルチルは猫サイズの可愛いポシェットの中に前足を突っ込んで何かを探す。出てきたのは大きな樽。明らかに体積がオーバーしているその中には神話クラスの龍にさえダメージを与える特性の火薬が大量に詰められ導火線には既に火がついていた。
「死なば諸共、アイルーの意地を見せてやるニャー!!」
原作でのアザゼルへの態度が疑問だった。フランクに接してきても相手は同盟相手のトップなのに
魔王と同列に扱うべきな気がするんだが このせいで他種族を見下して居るみたいに書く作品が有るんだと思う
感想お待ちしています