いずれ刃が届く日を……   作:ケツアゴ

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第五話

 エルゥがゼファードルを逆さ吊りにしていた頃、屋敷の一角でメルトとリップ、そしてヴァイオレットがお茶会をしていた。三人並べて比べれば些細な違い(一部に驚異の違い)がよく分かる。顔の造形や髪の色が似通っても性格が表情に影響しているようだ。

 

 ヴァイオレットから感じるのは生真面目さ。無駄や余分を嫌う几帳面で融通が利かない愚直とまで言えそうな性質。

 

 パッションリップからは気弱さ。異形の腕のためか他者からの拒絶を恐怖し、それが他者を求める気持ちに繋がっている。

 

 メルトリリスからは気高さ。傲慢と言って良いほどの絶対的な自信であり、自らが頂点だと信じて疑わない。

 

「ほら、二人共、口を開けなさい」

 

 三者三様に美しさ可憐さを持ち、顔と違って似通わない性格から相性は悪そうだが存外そうでも無さそうだ。ヴァイオレットの両腕は触手、いや、寧ろ繊維の類に変化して器用にフォークとカップを掴んで二人の口に運ぶ。量もタイミングも過不足無く、計算し尽くされて正確無比。普段はエルゥが食べさせることが多い二人だが、この時間はヴァイオレットに食べさせられる事に一切の抵抗を見せない。リップは兎も角、メルトも奉仕されて当然という上から目線の受容には見えなかった。

 

 その理由は直ぐに明らかになる。

 

「あ、あの、姉さん。そのぉ、大丈夫ですか?」

 

「主語が抜けているわ、リップ。何が大丈夫なのか聞きたいのかが伝わらないと時間の無駄よ」

 

「あら、大体分かるでしょ? この子が貴女に心配する事なんて。どっちが無駄なのかしら?」

 

 姉さん、とリップはヴァイオレットに向けて言う。これは年上の知人に親愛を込めての呼称ではなく、実際に血縁関係に有るからこその呼び方。この三人こそ、エルゥが研究所で同じ部屋にいた四姉妹の内の三人であった。

 

 やや厳しい声色を向けられたメルトを庇うにしては挑発する意志が見受けられるメルトの視線はヴァイオレットの目に向けられており、何を意図してか伝わった。

 

「誰かさんだけ悪魔になってないから体が脆いもの。無理は禁物よ。私には大きく劣るけど、ヴァイオレットだって少しは魅力があるのだから」

 

「私の美貌が貴女より劣っているという世迷い言は忘れるとして、必要だからやっている事よ。確かにこの魔眼は負担が大きいわ。私の完成率は七割を超えていたもの」

 

 ヴァイオレットは眼鏡を外し、瞼の上からそっと指先で触れる。彼女の眼鏡も魔眼殺しであり、両目には非情に強力な力が備わっている。それこそ神に匹敵するレベルだ。

 

「……でも、だからって鍛えない訳にはいかないわ。あの時、私がもっと耐えられれば……」

 

 その先は口にしない。言っても無駄であるという事もあるが、珍しく個人的な意志によってヴァイオレットは此処から先を口にしようとしなかった。

 

「話題を変えましょう。そうね、エルゥの事だけど……」

 

 空気が重苦しくなる中、それを取り払ったのはメルトの鶴の一声。沈んでいた二人の表情が少し明るくなったのを見て手間を掛けさせるなと鼻を鳴らし、上位者として語り掛けた。

 

 

 

 

 

 

「アレは私の所有物よ。私が彼に全てを与え、何もさせずに私が与える至高の快楽を享受させてあげるの。エルゥにとってそれが最高の幸せでしょう?」

 

「妙なことを言いますね。彼は私が徹底的に管理し、その行動を決定します。貴女の案では彼の能力が無駄です。能力を無駄なく発揮する。それこそが彼の幸せです」

 

「あ、あの人はわたしの手を握ってくれる人で、二人で一緒に幸せになりたいなぁって……」

 

 恋に酔いしれる乙女のように語るメルト、決定事項を淡々と周知するようなヴァイオレット、気弱ながら精一杯望みを口にするリップ。この三姉妹、やはりバラバラの様だ。

 

 

 

 

 

 

 

「三人の喧嘩……ご飯の予感!」

 

「飯なら食堂で食え。……あのやり取りに何の価値があるというのだ」

 

 その様子を離れた場所から眺める二人組。共通点は仮面を着けていること。一人は水色の髪を膝下まで伸ばして体に張り付かせて服の代わりにしている性別不明。右が白地の笑い顔、左が黒地の泣き顔で、裂けた仮面の口からは舌が生えている。顎の下に鱗があり、どうも人間ではなさそうだ。

 

 もう一人は細身ながら鍛え抜かれた肉体を持ち、顔の右側と右腕に火傷のある二十代後半程度の男性。赤い髪をオールバックにして瞳は翠色だ。

 

 一触即発の空気を何故か嬉しそうに見ているのと、呆れたように見ているのと、この様に二人もチグハグだった。男性は三人に向かって行くのを頭を掴んで阻止するとさっさと歩き出した。

 

 

「行くぞ、シュアン」

 

「分かった、デイビット。今度まで……我慢っ!」

 

 そうではないと言いたそうなデイビットだが、目を輝かせているシュアンには何を言っても無駄かと思ってそれ以上言うのを止める。その間も三姉妹の喧嘩は白熱するも、手は出さないのでギスギスした空気が流れるだけであった。

 

 

 

 

 

「うっ、あっ、よろしく、おねがいします……」

 

「デケェっ!?」

 

「うっ……」

 

 球技大会も特に問題なく終わった数日後、リアス達の所に教会の使者が訪れる事となった。昼間の学園を管理するソーナには後で直ぐに内容を知らせれば良いが、同じく学園に通うエルゥには同じようには行かず、かと言って親交が特にない家の家臣である中級悪魔の彼を今回のようなケースから閉め出すわけにも行かず同席を許可したのだが、生憎用事があると代理として他の眷属がやって来た。

 

 腰を屈めて室内に入ってきたアステリオスの巨体を見た瞬間、一誠は思わず声を上げる。人とは全く違う見た目の種族も存在する悪魔社会ではさほど驚く事でもないが、まだ悪魔になって日が浅い一誠は別だ。思わず出た声にアステリオスがたじろけば、その背後から抗議の声が挙がった。

 

 

「ちょっと! アステリオスはまだ十四歳で傷付きやすい年頃なの。言葉には注意してちょうだい!」

 

「十四っ!? ……あっ、えっと、ごめん」

 

「だい、じょうぶ。なれてる、から……」

 

「アステリオスも慣れてるなら落ち込まないの。男の子でしょ! 今回は私の護衛なんだからしっかりしなさい」

 

 年齢を聞いて更に驚くも慌てて一誠は謝り、気にしていないと言いつつもアステリオスは見るからに沈んでいる。それが情けないと思ったアリエルは未だに憤慨しつつ、リアスに恭しくお辞儀をした。

 

「主ゼファードルのお供として不在の女王に代わりやってきたアイリスよ。宜しくお願いするわね」

 

「あすてりおす、です……」

 

「ウチのイッセーがごめんなさいね。悪魔には転生悪魔じゃなくても色んな見た目の種族が居るんだし、さっきみたいな発言は差別や偏見って騒がれるわよ、イッセー」

 

「うっ、すいません部長」

 

 教会の使者がやってくる時間は後少し。何かあった時のために一誠達はソファーに座るリアスの背後の壁際に立ち、アステリオスとアリエルも同様だ。そして約束の時刻、二人の少女がやってきた。

 

「失礼する。教会からやってきた者だ」

 

 一人は栗色の髪の活発そうな少女で、もう一人は青い髪に緑のメッシュを入れた少女。その姿を見た時、アステリオスの記憶がフラッシュバックする。

 

「うっ、あ……」

 

 地獄のような研究所から逃げ出し、化け物と呼ばれて石を投げられ追い払われた先で出会った集団。神のためと言って切りかかってきた悪魔祓いの中にいた少女、その面影を目の前の少女は持っていた。

 

「……大丈夫よ、私が側にいるわ」

 

 アステリオスの指に柔らかく暖かい手が触れ、優しく囁かれる。込み上がってきた恐怖は消え去りアステリオスは平静を取り戻した。青い髪の少女達は一瞬だけ視線をアステリオスに向けるも巨体など何度も見ているのか直ぐに視線を外す。人違いか、それとも覚えていないのか、アステリオスに特に反応を示さなかった。

 

 

 

 

(エクスカリバーが奪われた、ねぇ。あの子は大丈夫かしら?)

 

 基本的に気まぐれで悪女っぽい所があるアリエルではあるが、基本的にはお姉さん気質でありアステリオスを筆頭に年下のことを気に掛ける性格だ。だからこそ二人、栗色のイリナと青のゼノヴィアから齎された情報、堕天使幹部コカビエルにエクスカリバーを奪われ、コカビエルがこの町に潜伏している、と言う情報を聞いて木場を気にしていた。

 

 自分達を犠牲にしてまで使い手を作り出そうとした聖剣が敵に盗まれた上に今住んでいる町に持ち込まれたのだ。しかも使者達もエクスカリバーを一本ずつ持っている。何か支えになる物がなければ復讐心で暴走しているだろう。

 

(全く面倒な仕事を引き受けたものね。アステリオスがエルゥの力になりたいって立候補したから着いてきたけど、後で文句を言わなきゃだわ)

 

 どう聞いても挑発的な発言を繰り返すゼノヴィアを眺めながらアリエルは肩を竦めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「引き受けるって言ったから任せたけど、アステリオスは大丈夫かな?」

 

「確かに歳も中身も餓鬼だが、悪魔祓いとは何度も遭遇してるし過保護過ぎんだろ、お前。その過保護さを俺に少し向けろ」

 

 アステリオスが心配らしく空を見上げながら呟くエルゥにゼファードルは軽口を叩くように告げる。二人が歩いているのはネオンに照らされた賑やかな街道で、ネオンに照らされた彼方此方の店から賑やかな声が響き、扇状的な服装の女性達が媚びを売って客を引き込む。一目で歓楽街と分かる場所であった。

 

「冷やかしに歩くのが好きだなんて趣味が悪いと思うけどね。婿入り先を探すのは僕の仕事だって分かってるのかい? あれかな? 僕と離れるのが嫌なのかい?」

 

「あっ? 分家として当主に頭下げて生き続けるのは嫌だって前に言っただろが。お前が家の事業に大きく関わっている以上、俺が婿入りで家を出る時は親父と女王の駒を交換する。ちゃんと覚えてんだよ」

 

「なら、もう少し大人しくして貰いたいね。きつい折檻をするのは君に対してだけだよ? 素行不良のせいで婿入り先で肩身の狭い思いをしないようにって思ってだね。……もう其れほど近くに居られる期間が残ってないんだからしっかりしてくれよ」

 

 肩を竦めて小言を続けるエルゥだがゼファードルは聞き流す。

 

「へいへい、悪かったよ。取り敢えずアステリオスとアリエルは着いてきてくれるって約束だし、メルトとリップはテメェが眷属にするから残すとして、兵士は大丈夫だが、聞いちゃいねえが多分騎士が二個、僧侶も一個ずつ空白になるだろうってのは面倒だな。……ちっ」

 

「おや、彼も来ていたのか」

 

 二人の視線の先には数人の貴族に囲まれて歩くサイラオーグの姿。貴族のトップである大王家の次期当主である彼の周囲にいるのは彼の支援者であり、どうも今日は彼らを接待している様子。将来を見込んでの投資として支援をしている彼らだが、今与えられる旨味をある程度は与えていないと離れていく事もある。

 

「……小腹が減った。何か食いに行くぞ」

 

 ゼファードルに気付かず上級貴族御用達の高級娼館に入っていく彼の姿を見たゼファードルは不機嫌そうに踵を返して帰りだした。

 

「帰ったらトレーニングかい? まあ、先に五発殴らせてやる、ってハンデ貰って負けた相手のあんな姿見ちゃったらね」

 

「うっせぇ。実戦形式だ。テメェも相手しろ」

 

 不機嫌なゼファードルに対してエルゥは少し嬉しそうに後に続く。彼にとってゼファードルは恩人に鍛えるように頼まれた恩人の子であり、付き合いの長い友人だ。素行が悪い上に悪魔だから頑丈で折檻の内容もやや乱暴になるが、それなりに大切に思っているのだ。

 

 

 

 

「あっ、どうせならリップとメルトのコンビとタッグマッチでもするかい? ……問題は仕事って言って出かけたから早く帰った事の言い訳だけど」

 

「よし! 頭が良いテメェが考えろ。間違っても歓楽街に行ったなんて知られたらお前は半殺しで俺は全殺しだ」

 

「僕は強引に連れ出されたんだけどね。……殴って止めるべきだったよ」

 

 顔を青ざめさせるゼファードル。この時、二人は自分達を見詰める鳥を特に気にしていなかった。魔獣だとは分からないように念入りに隠蔽能力を持たせて創造されたからだ……。つまり、そういう事である。

 

 

 

 

 

 

「捨てられないだけです。ずっと信じていましたから……」

 

 ゼノヴィア達の要求は聖剣奪還に手を出すなという物だった。リアスはコカビエルと自分達が手を組む可能性を危惧された事に不服そうだが、堕天使と同様に聖剣が弱点である悪魔の、それも魔王の妹達が住む土地に向かったのだから仕方がない話だ。結局リアスは了承するも、帰る間際にイリナがアーシアに気付いてしまった。

 

 無遠慮に言いたいことを言うイリナとゼノヴィア。最後に信仰の匂いを嗅ぎ取ったゼノヴィアに信仰心の有無を聞かれ、アーシアは悲痛な表情で肯定する。

 

 

「そうか。ならば私に斬られると良い。そうすれば主も……っ」

 

 アーシアに向けられそうになった聖剣の切っ先。だが、それは鈴のような声が聞こえると同時に床に落ちる。剣を下げたのではなく、重くて持ち上げられなかったのだ……。

 

 

 その声はこう言った。『貴女は非力で脆弱よ』、と。

 

 

 

「……何のつもりだ?」

 

 ゼノヴィアは必死で剣を持ち上げようとしながら声の主、アリエルを睨み付ける。だが、彼女は澄まし顔のままで自らの首に指先で触れるだけだ。細く白い彼女の首には何時の間にか清廉さを感じさせる装飾が施された首輪が填められていた。

 

 

 




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