「何のつもり……ねぇ。交渉の場で刃を出したお馬鹿さんに言われたくは無いわよね」
殺気すら感じるゼノヴィアの視線もアリエルは受け流し、どこ吹く風と涼やかな笑みを浮かべたままだ。剣の柄を掴むゼノヴィアの腕は力みから震えるも切っ先は床に触れたまま一向に持ち上がらない。
「神器か。主がお作りになった物が悪魔に利用されるとは腹立たしい事だ。今すぐ死んで主にお返しすべきだな」
それは悪魔を癒したアーシアにも向けられているのだろうが、その言葉を聞いたアリエルの瞳が更に冷たくなる。
「そんな状況で言っても迫力がないわ。それと私は欲しいとは思ってなかったのだけどね。その主が誰彼構わず押し付けた結果、危険だからと狙われたり、存在すら知らずにコントロール出来ずに魔女扱いで家を焼かれて家族を失うの。……こんな場合、信仰心が足りないのが悪いって言うのよね、貴女達は。弟も妹も一歳に満たない赤ちゃんだったけど、同じ歳の時に貴女は神に祈ってた?」
家を焼かれて家族を失ったのが誰の事なのか、アリエルの美貌に浮かんだ怒りと悲しみの色を見た全員が察する。アリエルが怒っているのは望まない物を押しつけた神と、それを崇拝する者達、そして自分だ。先程ゼノヴィアと共にアーシアに居心地の悪さを感じたのか居心地の悪そうな顔をイリナが浮かべた時、アステリオスの手がアリエルの頭に乗せられた。
「……何のつもり?」
「ぼくが、おちこんだとき、ありえる、なでてくれた、から……」
「……ふぅ。少し疲れたし帰らせて貰うわ。少し経ったら元に戻るから待っていなさい。……アステリオス、肩に乗せて貰えるかしら? 私を天井にぶつけないようにしなさいね」
先程までの自分に呆れたように、何よりアステリオスの言葉に救われた様な顔でアリエルは帰って行き、ゼノヴィアも力が戻るまで剣をイリナに預けて共に出て行った。
(……行ったか)
祐斗は内心ホッと胸をなで下ろす。再燃していた憎悪の炎は仲間の生存を知って消えかけたが、エクスカリバーが眼前に現れた事で再び燃え始めた。もしアリエルの介入がなければ一誠が怒っていただろうし、それに便乗する形で勝負を挑んでいただろう。憎悪に目を曇らせ、我が身を省みずに。
仲間にもう一度会いたい、その思いが踏みとどまらせたのであった。また仲間に助けられたと、今度は自分だけが生き残った事への負い目とは違う温かい物を感じていた……。
グシャラボラス家からエルゥに分け与えられた領地に存在する研究所に一体のはぐれ悪魔が連れてこられて来た。特に虐待をされた訳でもなく、銃を手にしたチンピラが調子に乗るように駒の力で増強された力に酔いしれ好き勝手した挙げ句の逃亡者だ。
「ふむ。今回は……
そんな彼の額に一人の老紳士が情報を聞きながら近寄っていく。黄金色の瞳に白髪頭、シルクハットにダブルのスーツといったお手本のような老紳士である彼はステッキ片手に拘束されたはぐれ悪魔に近付き、右手の白手袋を外す。彼の右手には埋め込まれた様な宝玉と無数の模様が存在した。
「さて、人生暇を持て余すのは非常に良くない。まあ、只の人間の私の寿命は君達より短く設定されているが……神器も魔力も寿命でさえも死刑になる君には必要あるまい?」
老獪に笑う彼が自分を睨む悪魔の額に手を翳せば拘束された体が激しく振動し、胸部をすり抜けるように幾つもの光る玉が出てくる。やがて淡い光が収まれば一個を除いて全てアクセサリーへと変化した。いや、中にはアクセサリーでない物も存在する。悪魔の駒だ。兵士の駒が二個存在した。
「では、この駒は元の持ち主に返却するとして、神器は競売に掛けたまえ。研究用は既に確保している。寿命は私が貰うがね」
部下に残ったアクセサリーを渡した彼は優雅な足取りで去っていく。残されたはぐれ悪魔、今は無力な人間に戻った彼は体から力が失われたのを感じて暴れるも、悪魔を拘束できる拘束具から人が逃れられる筈が無い。只の犠牲者ではなく、同意の元に悪魔になって加害者になった彼には犯した罪への罰が待っていた……。
「……罪人か。幼い子供を使った実験に、老い先短かった老人が我が身可愛さに協力していたんだ。私も罪人なのだろうね、エルゥ君」
彼の名はガギラ。エルゥ達が居た研究所の実験機材且つモルモットだった男だ。後方で暴れる音を聞きながら彼は黄昏る。手袋を嵌めた右手は埋め込まれた魔術式の爆弾の辺りに当てられていた。
「……うん。昨日は本気で死ぬかと思ったよ」
ゼファードルのお供で出掛けた歓楽街から戻ったエルゥ達を出迎えたのは非常に良い笑顔の三姉妹、そして口元にクリームを付けた申し訳なさそうなレオナルド(お菓子で買収済み)と、その肩に止まった小鳥。二人は即座に全てを察した。あっ、オワタ、と。
「貴方があの程度で死ぬわけがないでしょう。生き残る範囲で最大のお仕置きをやっているのですよ」
公園に設置された木漏れ日が差し込むベンチで昨夜のことを思い出して震えがきたエルゥにヴァイオレットは淡々と告げながら本に顔を向ける。因みに形容しがたい状態になったゼファードルだが蠢いていたので生きているから大丈夫だろう。何をされたかは横に置いておくとして、ヴァイオレットは冷静なようで心中穏やかではなかった。
(……やはり彼も年頃ですし、そういう事に興味が有るのでしょうか?)
顔は本に向けるも視線は隣で本を読むエルゥに注がれ、鼓動は早鐘のように高鳴る。只今公園デート……と言うには並んで本を読むだけと色気がないが、そもそも今この様な状況になっているのはメルトの一言からだった。
「あえて止めなかったって事は貴方も興味があったって事でしょう、エルゥ? 私に好かれていながら他の女に現を抜かすなんて、全く失礼しちゃうわ。この機会に教えてあげるから光栄に思って歓喜に打ち振るえなさい。私と一緒にいる時間がどれほど素晴らしいかって刻み込んであげるわ」
優雅に傲慢にデートのお誘いをするメルト。見下しながら笑みを向け倒れているエルゥに手を差し出す。今すぐその手を取って当然だと信じて疑わない顔が彼女の自信を伺わせた。
「あの、デートならわたしも行きたいな……」
「デート? そんなまどろっこしい事を……いえ、後でするとして、ベッドの上で上下関係を教えてあげるの。当然、抱くのは私。どっちが上か快楽と共に刻み込んであげるわ」
訂正、デートを一足飛びに飛び越えて一気に進む気だ。リップに言われてデートにも意欲を感じているが獲物を狙う獣の目、いや、違う。自分の所有物を愛でるコレクターの視線をエルゥに向けていた。
この後、壮絶な姉妹決戦の結果、エルゥが順番に姉妹の予定に付き合う事が本人の意志を無視して決定された。
(お、思えば財務関連の仕事以外で二人っきりになるのは久し振りな気が……)
ヴァイオレットは四姉妹の次女であり、エルゥの一歳上にして流動的な資産の管理を得意とするバリバリのキャリアウーマンだ。メルトやリップと違って肉体的接触に抵抗があり、デートなどに誘える筈がない堅物。その手の知識はあるが経験は皆無な上に、婚前交渉など論外な潔癖さを持っている。ぶっちゃけ、キスどころか手を繋いで歩いたことさえ幼い頃の記憶にしかない。まあ、メルトも快楽がどうかと言うけど未経験ではあるのだが。
(もう少し露出の多い服の方が喜ばれたのでしょうか? いえ、彼が私にそういった事を望むかどうかは分かりませんが、でも、メルトならその内無理にでも……そう言えば彼の力の元になった存在は六日七晩……)
今回が初デートであり必要以上に意識してしまって本の内容も頭に入ってこない。歓楽街に出かけたという事も合わさって思考が変な方向に向かう中、エルゥが肩にもたれ掛かってきた。
「なっ!? ……エルゥ、外ですので流石に大胆過ぎます。せめて物陰で……私はいったい何を言ってるのでしょうか」
普段は合理的で理知的なヴァイオレットも、こと恋愛が絡むと乱れてしまう。慌てた結果冷静に戻ると同時に自己嫌悪に陥り、隣のエルゥが寝息を立てて居ることに気付いた。
「安心しきった寝顔。疲れていたのでしょうか?」
教会からの使者が間違いなく返り討ちに合うレベルだったと聞き、対策を練りだしたが徹夜したのだろう。何せコカビエルはヴァスコでさえも仕留める事が出来なかった歴戦の戦士で、エクスカリバーを持った程度の若い戦士など逃げ切ることすら出来はしない。反対派を押さえ込んで戦争に発展させる為に殉教させる気かと疑った程だ。
デート中に眠られるのは不満だが、安心できる場所が自分の隣なのかと思えば悪い気もしない。ヴァイオレットは一旦本を横に置くとエルゥの頭をそっと膝の上に置く。その後直ぐに恥ずかしくなった。
「……馬鹿馬鹿しい。たかが膝枕程度、程度……」
ふと周囲を見れば誰も居ない。言い訳するように呟いたヴァイオレットは人差し指の先を自分の唇に当て、それをそっとエルゥの唇に向かって……。
「エルゥ、いい加減起きなさい。余りに時間を浪費しすぎです。私は無駄な時間の使い方には寛容ではありません」
「……膝枕をしてくれていたのかい?」
「見れば分かるでしょう。たかが膝枕、反応する事でも無いでしょうに。……そろそろお昼にしましょう。お弁当を作ってきました」
目を覚ましたエルゥに冷静沈着な態度で接するヴァイオレットはバスケットと水筒を取り出す。今朝早起きして用意したサンドイッチだ。
「彩り、味、栄養、全てが完全です……量以外は」
もう一度言うがヴァイオレットはエルゥとデートした経験は皆無だ。その結果、緊張も合わさってメルトやリップの分も作ってしまった事に今更気付く。誤魔化すように咳払いをし、お先にどうぞと手で示すとエルゥの手が伸びた。
「うん。流石ヴァイオレットだね。僕も偶に凝った物を作るのは得意だけど、こういったのはそれほど得意じゃないんだ」
「当然です。だからこそ貴方の管理を私に一任しろと言っているのですよ、エルゥ。そうすれば……今日は何曜日……」
つい笑みがこぼれそうになるも誇りが邪魔して平静を装うヴァイオレット。顔を直視出来ないと視線を僅かにずらせば手と手が触れてしまい思わず固まる。咄嗟に手をはねのけなかったのが奇跡だろう。だが、流石に限界だったのか顔を逸らしてしまう。
「温いな。せめて冷たい水が飲みたい……」
「我慢して、ゼノヴィア。国によっては飲料に適さない事もあるのだし、これで空腹を誤魔化すしかないのよ……」
向けた視線の先ではゼノヴィアとイリナが水道の水で腹を満たそうとしていた……。
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