さあ、ここから先がようやく本題の怪物退治になる。
深夜にディー・エー全員がそれぞれの寮を抜け出し、女子トイレの前に集合した。
怪物の住処に向かい出発する。
それに先立ち、ラインハルトは先隊を編成した。
このディー・エーはただの集団ではなく、小さくとも戦うための軍なのだ。ならばそれは数万の帝国艦隊を率い陣を敷くのと何も変わらない。
ラインハルトは各人の魔法力と適正を考慮し、陣形を整えた。
それは前衛、本隊、後衛の三つの隊による縦陣からなっている。
前衛には対処の柔軟性でキルヒアイスら5人を入れてある。
本隊には4人、その中にラインハルトがいて全体に指示を出す。
後衛に信頼感でディーン・トーマスらの4人だ。
他、斥候として勇敢かつ機敏なシェーマス・フィネガンを使う。連絡係りに責任感でハンナ・アボットを指名してある。最後、遊軍としてファーレンハイト一人を置いている。指示がなくとも機を見て動けるからだ。
「よし、総員、出撃する。ルーモス光よ!」
「ルーモス、光よ!」
出発の合図をした。皆は唱和し、杖の先を光らせ、粛々と下水道を進んだ。これはもう遊びでも軍隊ごっこでもなく緊張が全員を包む。
相手は怪物、どんな姿なのか、どう戦えばいいのだろうか。
だがこの生徒たちの怪しい動きを察知した者がいた。
それは教師だ。
セブルス・スネイプが独自の嗅覚で生徒の動きを察知する。
生徒がそんな真似をするなら必ずそこにハリー・ポッターがいる。規則を破りの常習犯、英雄気取りでハリー・ポッターが。
そう思うのはかつてのジェームス・ポッターがそうだったからだ。それはスネイプにとって言いがかりではなく完璧な根拠である。
その唯一の根拠により、ハリー・ポッターもそうに違いない!
絶対にそうなのだ!
深夜の見回りを買ってでたら、案の定、生徒の密かな動きがあった。
「ようやく尻尾を出したかポッター、吾輩から逃れられると思うな」
現場を捕まえれば問答無用にハリー・ポッターへきつい罰を与えられる。その確かな予感に心が躍り、顔が自然にほころぶ。
教科書千ページ書き写しがいいだろうか。
魔法棚を毎日整頓させるのがいいだろうか。
泣き顔を見せ、這いつくばって赦しを乞うまで余暇を全部潰してやる。その父親の分まで謝罪の言葉を紡ぎ出すがいい。
喜んで生徒たちの影を付けて行こうとした。
だが、ここで思わぬ横やりが入ってしまう。突然に声を掛けられたのだ。
「ほう、ここの学校は教官が夜にこそこそ動き回るのか。興味深い学校だな」
「な、何、そこにいるのは誰だ!?」
「いい質問だ。大いに感謝しよう。時々誰かにそう言われないと俺自身新しい名を忘れそうになる」
「わけの分からないことを言うな! いったい誰だ」
「ギルデロイ・ロックハートという者だ」
それは妙な会話だった。
しかし今のスネイプはそんなことを考えている時間はない。
「ああ、よく見たらそうか、今年から来た新任の教師か。大層人気のある冒険者を学校の教師にしたのだったな」
スネイプは舌打ちする。新年度のセレモニーで新任教師の挨拶など聞いていなかった。もちろんそれはギルデロイ・ロックハートが人気者だからであり、特に女子から人気だということがスネイプにとって腹立たしい。自分が何を努力するわけでなくとも女子から好意を寄せられるという現象が信じられない。そんな者を学校に招いたこと自体が気に入らない。
それは単なる歪んだ嫉妬であり、それこそスネイプが好意を得られない最大の理由なのだが、スネイプはそう自覚したところで恥じる気もなかった。
そして今も冷たく言う。
「吾輩は魔法薬学教師セブルス・スネイプだ。別に好き好んでこんな深夜に動いているのではない。規則違反の生徒を追うという教師の正しい義務を果たしている。今は忙しい。邪魔をしないでもらいたい」
「奇遇だな。では同じような言葉を返してやろう。陛下、いや生徒の邪魔をしないでもらいたい」
「何、何を言う!」
「直ぐに生徒に注意を呼び掛けるでもないとは、罰を重くするために敢えて泳がせているようにしか見えないのは俺の気のせいか。こんな俺が言えた義理ではないが悪辣だな」
「黙れ貴様!」
スネイプは杖を抜いて構えた。脅かしてでも相手を下がらたい。せっかくの好機、こんな邪魔のために生徒を見失ってたまるものか!
だが驚いたことに相手も杖を抜いて、退く様子を見せなかった。
二人は行きがかり上もはや魔法を使うしかない。
「エクスペリアームス!」
ギルデロイ・ロックハートことロイエンタールは身をかがめて横に飛び、スネイプからの攻撃呪文を避け切っている。
「ほう、いきなり先制攻撃か。その早い決断は褒めてやろう。セブルスとやらは指揮官の才能があるのかもしれんぞ」
「エクスペリアームス!!」
「プロデゴ!」
またしてもスネイプが攻撃魔法を撃ってきたが、ロイエンタールは今度は逃げず、防御呪文で受け止める。
「ステューピファイ!」
だが今度は防御呪文に続けてロイエンタールが攻撃に転じた。その失神呪文がスネイプに当たる。攻撃してその効果を見る一瞬の隙を突かれ、防御が間に合わなかったのだ。
スネイプは倒れ、そのまま床にのびる。朝になるまで失神していると思われる。
「しかし攻撃と防御のバランスに課題があるようだ。忠告してやろう。聞こえていればだが」
帝国軍の双璧と呼ばれるオスカー・フォン・ロイエンタール、そのバランスに優れていること余人の及ぶところではないと常に賞賛される用兵家らしい言葉だった。
一方、その時間もラインハルトらは隊列を崩さず進んで行く。
「みんな、痕跡の魔法力が急に強くなった」
斥候のシェーマスが言ってくる。
それを伝え聞いたラインハルトが注意を喚起する。
「これは間違いなく怪物が近い証拠だ。各員いっそう慎重にせよ」
いつの間にか下水道から出ていた。なにか大きな広間のような空間につながっていたのだ。
全体の様子がおぼろげだが見えるのは壁のところどころに永久たいまつが掛けてあるからなのだが、しかし広さに比べて圧倒的に数が少なく、全くの闇ではないという程度にしかなっていない。
逆にその広さときたらまるで神殿のようだ。
丸い柱なども神殿を連想させる。
学校の地下にこんな空洞があったなど想像もしていなかったが、しかも下水道につながるというのが奇妙だ。
皆は見慣れない景色に動揺する。
人は環境が変わると実力を出せないものなのに、指揮官ラインハルトはいつもと同じ声で指示を伝える。
「意外に広い空間だ。ここで隊を編成し直す。斥候シェーマスは戻って前衛の隊に入れ。そして本隊と後衛も合流する。同時に連絡係りも加わるのだ。隊は二つの集約し、かつ見える範囲ぎりぎりまで距離を取れ」
その通りに動く。その行動で皆は緊張しながらも落ち着きを取り戻した。
指示は明確である。
もう自分たちの指揮官は戦いの青写真を描いているようなのだ。
ラインハルトは考える。
敵怪物の速度が不明だ。最悪気付くと同時に攻撃されているかもしれない。絶対に単独行動を避け、全方向に視界を保たなければならない。情報の共有が重要になる。ただし、全てが密集していてはその石化攻撃で全滅の危険がある。防御陣は柔軟さも必要だ。
これまでになく緊張が高まり、その時は一瞬で来た。
前衛の一人、ネビル・ロングボトムがズルズルと床を這うような音に気が付いた。
「怪物だ!」
これでは攻撃などできるものではない。その方向に首を向けた瞬間、もう石に変えられた。
それを前衛の隊にいたキルヒアイスが認め、警報を出す。
「来たようです! 杖を振りかぶって準備を!」
だが前衛は怪物に対し抗しようがない。
接近に気付き、攻撃を仕掛けようにも怪物は動いている。予想以上の速さだった。それを目で追っていけば石に変えられてしまう。石化される前に目を閉じて攻撃しても当てられるわけがない。
次々と倒されていく。
先ずはパドマ・パチル、ロジャー・デイビース、ルーナ・ラブグッドのレイブンクローが壊滅してしまった。