ハリー・ポッターと帝国元帥   作:おゆ

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第十三話 降臨

 

 

 そのターバンを巻いた男は左手に杖を持ち、その先を石に押し当てている。何かを念じ始めた。やがて石から青い雫が垂れてきたではないか。

 雫が落ちてくる下には台と大きなワイングラスが置かれていて、手の平から溢れた液体をひたひたと受け止めている。

 ワイングラスの半分が満たされた時、男はようやく杖を外し石をポケットに戻した。

 

 次にワイングラスへ他にも粉のようなものを何種類も加えている。

 最後に杖で液体をかき回すと色が血のような赤に変わった。周囲の死喰い人たちは息を止めてそれを見ている。

 

「タリタ、甦れ!」

 

 ワイングラスを顔の位置まで持ち上げ、不気味な液体を一気に飲み干す。

 だがそれを飲み終わると同時に倒れた。急に全ての力を失ったような倒れ方だ。

 

 そして何と黒い煙のようなものが全身から立ち昇り、空中で人の何倍もの大きさになる。どんどん大きくなったが、やがて動きが止まり、ついには一瞬で収縮を始めた。

 あっという間に煙は濃くなり人の大きさとなった。

 やがてその状態から安定し、変わらなくなる。ぱっと目には人の形、人の姿だ。黒いマントを着ている。ただし、顔は微妙にわからない。ディメンターよりはよほどしっかりしているが、縁全体がかすかにぼやけていて、完全に煙の性質がなくなったというわけではないらしい。

 

「余は復活した! 再び甦ったのだ!」

 

 その人型の煙から声が聞こえた。

 

「闇の帝王、お待ちしておりました!!」

「必ず復活されると信じていました」

「アズカバンから逃げた甲斐があったというもの」

「闇の帝王、我が君、忠節をお分かり頂きましたか?」

 

 周囲は口々に感嘆の声を漏らし、どよめいた。

 そして狡猾にも我先にと自分を認知されたがる。これからは闇の帝王の世だという確信があるからだ。死喰い人たちはうまく隠して普通に生活できていた者ばかりではない。闇の帝王が甦る、まさにこの時のために辛酸を舐めながら逃亡生活をしていた者も多いのだ。

 

 だが期待に反し、返ってきたのは意外な声だった。

 

「余は復活したが、闇の帝王? 何だそれは。確かに帝王には違いないが、余は大帝である。全てを統括し、全てを握るものだ」

「我が君、それはいっそうあなた様に相応しい呼び名」「これより大帝とお呼びしたらよろしいので?」

 

 媚びたような声を出す者がほとんどだ。

 

 

 逆にここで堂々と歩み出た者がいた。

 

「何じゃと? 大帝? ふざけたことを申すな! 全てを握る皇帝とはただ一人、銀河帝国に一人しかおらぬわ。たわけ者、フリードリッヒ四世陛下の名を聞いたことがないと申すか!」

 

 皆は魂を消し飛ばした。

 狂女レストレンジは何を言っている。あろうことか闇の帝王に向かって。

 もしも闇の帝王の怒りが燃え上がったらどういうことになるか。

 甦ったばかりでもその魔法力はとてつもないものだろう。レストレンジどころかこの場の全員巻き添えをくらったらたまらない。ただでは済まず、死人がいくら出るかわからない。

 皆はいつでも逃げられるように後ずさりを始めた。

 

「何を言う。銀河帝国の皇帝とは余しかおらぬ。血迷ったか女、名は何と言う」

「煙の化け物に皇帝の寵姫たる妾が名乗る義理などないわ! だが言うてやる。妾はシュザンナ・フォン・ベーネミュンデじゃ。ようく憶えておくがいい!」

「この女、寵姫を自称するとは何たること、余自ら刑に処す、と言いたいところだが………… ベーネミュンデ、ベーネミュンデとな?」

 

 闇の帝王は少し考え込んでいる。激高して爆発するのでないところは、さすがに大器である。やろうと思えば潰すのは簡単という強者の自信がそうさせるのかもしれない。

 

「よもや女、シュルツ・フォン・ベーネミュンデとゆかりのある者なのか。余の忠実な部下にして帝国軍第四艦隊提督シュルツと」

「当たり前じゃ。シュルツ・フォン・ベーネミュンデとは、我がベーネミュンデ侯爵家の初代にして父祖である。もう五百年も前じゃがな。しかしそれを部下などと呼び捨てにするとは許せん。痴れ者め、そっちこそ名を名乗れ!」

「…… ふはは、これは面白い! 面白いことになった! よいか女、名乗ってやる。我こそはルドルフ、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムである!」

「な、なんじゃと…… 」

 

 

 圧倒的な魔法力の暴風がその場に吹き荒れた。

 死喰い人たちはうずくまり、空中に巻き上げられないために必死だ。いや、物理的な圧力ばかりでなく、それ以上に精神的な力が渦巻き、意識の方こそ先に飛ばされそうになる。

 立っている地面が無くなって自分が嵐の日に舞う木の葉になり、そして無残にちぎられるような感覚に襲われる。火山や隕石を目の当たりにしたかのように何もできない。ひたすら自分が矮小でとるに足らないものだと突き付けられる。

 まごうことなき闇の帝王の力だ!

 いや、以前よりも格段に強くなったのではないか。

 杖も持たず、意識を向けるだけでこの威力とは。もはや魔法の範疇を超えている。

 

 対抗して平然とした顔でいられるのはベラトリックス・レストレンジただ一人だった。

 狂女レストレンジ、どれだけ精神力が強いのか!

 

「こけ脅しか、化け物! 妾はシュザンナ、フリードリッヒ四世陛下の寵愛を一身に受け、女として位人身を極めた身なるぞ。化け物など何ほどのものじゃ!」

 

 皆は闇の帝王と狂女レストレンジのわけのわからない会話など忘れ、闇の帝王を待ち望んでいたのにも関わらず恐れを感じるばかりだ。圧倒的な大滝を前にした人間のように、この信じられないほど莫大な魔法力に対し本能的な恐怖に染め上げられる。

 初めは、おののく中にもわずか喜びがあった。

 この力をもってすれば、魔法界をこんどこそ支配できると。闇祓いなど敵ではないと。

 しかし、途中から本物の恐怖がとってかわる。

 まさかこれは魔法力の試運転ではなく、闇の帝王の意図は違うのではないか。この場の全員を消し去る、つまり闇の帝王は古い者を一掃し、新たに手下を見つけようとしているのではないか。ついに叫び声を上げ、精神が崩壊寸前になる者が続出する。

 

 そんな中、フレーゲルだけがのけぞって泡を吹きながらも地を這いつくばり、進み出た。

 

「な、何と、ルドルフ大帝がここに! これはまことのことか!」

 

 ようやくレストレンジに並ぶところまで来ると、這ったまま震えながらも声を絞り出した。

 

「ぎょ、御意を得ます。フレーゲル男爵と申します。ルドルフ大帝陛下!」

 

 ふいに魔法力の暴風が止んだ。

 着飾った女には効力がないのも分かり、今は小男が声を出してきたのでその方へ意識を向けたからだ。

 

 

「何、フレーゲルとな? 聞いたことがあるような、無いような」

 

 首をかしげる。しかし全く覚えが無いわけでもないのだろう。

 

「そうか分かった! 余の給仕係にペーター・フレーゲルという粗忽者がいたような気がする。いつもテーブルに置く時スープをこぼすのだ。いくら言っても最後まで直らなかった。それだけならまだしも、いつぞやは肉料理なのにナツメグではなくシナモンを添えてきたことがあったな。そして余が怒鳴るといつも涙目になった。しかし結局それが面白くて給仕係りから外さなかったようなものだ。今思えばそれが策略として泣いていたなら大したものだ。まあ、芸人としての姑息な策だが」

 

 フレーゲルは顔を赤くして伏した。

 自分のことではないが大いに恥をかいたような気がする。

 

「そ、その節はどうも、大帝陛下に父祖がとんだことを」

「まあよい。しかし、子孫が何と爵位を得て貴族に連なったのか。不思議なものだ」

 

 一方のルドルフはさすがに事態の把握が進んでいた。

(なるほど、この者どもは我が時代からずいぶん後の者らなのだな。五百年ともいったか。だから話が食い違うのだ。まあ、この世界に後の時代の者がいても別におかしくはない。最初から不思議な現象なのだから)

 

 そしてシュザンナとフレーゲル以外の者たちを眺め渡した。

(しかし、他の者どもはいったい何だ。しかも余を闇の帝王と呼んでいたとは。それは逆だろう。余は海賊退治の指揮官時代に太陽提督と言われたものだがな)

 

「闇の帝王、いえ大帝、復活されてこれほど喜ばしいことはありません。なれどそのお体は?」

 

 死喰い人の一人がおずおずと切り出した。

 暴風が止んだことで命の危険が無くなったからだ。そこで疑問の解消を図る。

 他の全員も思っている。

 確かに人の形を取り、話もできる。しかし完全な人体ではなく、未だ固まった煙のようなものだ。

 

「そんなこと、余にも分からん。完全に人となるのは、時間がかかるものかも知れんな。まあそれよりも、我を我として認識し、考えることができる。これが何よりも重要なことだ」

 

 自分を認識する自分があればいい。

 それは奇しくもラインハルトが考えたことと全く同じである。

 

「甦ったこの世界がどういうものであるのか、何をなせるのか、それは今から考える。ただし我ルドルフは甦った」

 

 死喰い人たちはこれから闇の帝王を別の名、大帝ルドルフと呼ぶことになるだろうことだけ理解した。

 別に変ではない。

 どのみちヴォルデモートというのが闇の帝王の生まれながらの名ではないことくらい知っている。長く隠れていて復活したのだから、別の名に変えるのもあり得るだろう。そのまま受け入れるだけだ。

 

「まことに喜ばしき知らせ、この場に集っていない者どもにも知らせましょうぞ」

「そうすべきと存じます、大帝」

「逆に我が君の復活を疑い、馳せ参じなかった者には相応の罰がふさわしく。ここにはマルフォイの一家も、カルカロフも来ておりません」

「復活を知らせる闇のしるしを打ち上げましょう。それでも逃げる裏切り者にはなにとぞ死を」

 

 ルドルフ大帝は更に理解が進んだ。

 ここにいる者どもは秘密結社のようなものだ。何かの地下組織であろうか。かつて人類社会の全て、あまねく銀河に燦然と輝いた自分としては余りに矮小な信奉者の集まりだ。

 

 

 だが、考えを変えたらそれも面白いではないか。

 

 自分も最初から大帝であったのではない。

 どこにでもいるただの青年士官から階段を駆け上がるように昇りつめたのだ。それをまた繰り返せると思えばむしろ楽しみだ。

 もう一つの世界で再び覇を唱える喜びを味わえるだろう!

 

 魔法界はこれより激震の時代へと入る。

 

 

 

 

 

 

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