こんな教師同士で諍いをしている場合ではない!
さすがにスネイプもホグワーツの教師、すぐさま決断し、ロックハートに向けて構えた杖を別のものへ向けた。
「先ずはディメンターを退けなければ。エクスペクト・パトローナム! 守護霊よ来たれ!」
守護霊を呼び出す呪文、スネイプの持つ杖の先から青白い牡鹿の姿が飛び出てきた。淡い輪郭を持つが、輝きはしっかりしたものだ。スネイプは牡鹿を認めるとわずかばかり嬉しい表情になる。牡鹿が何か愛おしいものかのようだ。
その瞬間から、思った通りディメンターたちの動きが止まり、後ずさりを始める。
スネイプがほっとして、ロックハートの方を見た。
不思議なことに守護霊は自分の作ったものだけでロックハートは作っていない。
だが、ロックハートはスネイプもディメンターも見てはいなかった。どこか遠くに視線を投げている。
「伏兵がいる。油断するな、レダクト!」
ロックハートの杖先から出てきた細い光が、薄明の中どこかに飛ぶ。
当たったところから何かが弾け飛んだ。それを凝視した時、スネイプは驚愕せざるを得ない。
「何、なんだそれは!」
それは大きな蜘蛛だ。ロックハートの魔法によって半ば潰され、ひっくり返っている。しかし八本の足はまだせわしなく動いていて命が消えていないことを示していた。はっきりいって気持ちが悪い。
驚くのはその大きさだった。
体長五十センチを超え、明らかに普通の蜘蛛ではなく魔法生物であることが分かる。
何も害がないならいいが、おそらくそれは違う。人を襲うつもりで寄ってきたのだ。スネイプがぞっとしながら慎重に周囲を見渡すと、大小あわせて数十匹の蜘蛛が忍び寄っているではないか。大きいものは一メートルを超えそうなものまでいる。
蜘蛛の方は気付かれたと知ったのだろうか。一斉に寄ってきた。そんな判断をするとは、少しは知能のある魔法生物だ。
「セクタムセンプラ!」
やむを得ずスネイプも蜘蛛を撃退するため攻撃魔法を仕掛ける。
だが、そうすると守護霊もまたゆっくり消え始める。一度に二つの魔法は使えない。
ディメンターに対しては守護霊しか対処の方法はなく、通常の攻撃魔法では効き目がない。
つまりディメンターと蜘蛛の組み合わせは最悪だ!
とても一人の魔法使いでは戦えはしない。
「お前は守護霊を作り続けろ。もうディメンターが戻ってきたぞ。蜘蛛の方は俺がなんとかする」
ロックハートがそう言いながら、攻撃魔法の速射を続けている。その命令口調はスネイプの気に入らない。
「貴様などと組めるか!」
「では勝手にしろ。ただし言っておくが包囲されてからでは遅いぞ」
いったん共闘を拒んだスネイプだが、それしか切り抜ける方法がないのも分かっている。仕方なしに言われた通り守護霊を作ることに専念する。
それをおそらく予期していたのだろう。ロックハートは口に笑いを浮かべた。
スネイプは足元を見透かされたようで腹立たしいことこの上ない。
「だがロックハート、森のこの先に生徒たちがいる。その危険を無視し、教官二人がそれを置いて逃げるわけにはいかない」
「何、自分の心配ではなくそっちか。任務に忠実なのはいいことだ。少しは見直したぞ、褒めてやろう。だが現実的にその心配は無用だ。俺たちなどいなくとも蜘蛛やディメンターにやられるような面子じゃない」
そう、その面子は艦隊ならば数万を率いる将たちなのだ!
なんといっても宇宙の人類社会全てを手にする黄金の覇王ラインハルト、その永遠の友キルヒアイス、烈将ファーレンハイト、堅将ルッツがいる。
かくも豪華なメンバーに何が対抗できようか!
この銀河丸ごとぶつけでもしない限り倒せるものなど存在しない。
(惜しむらくは、ミッターマイヤーと俺の双璧がいれば完全なのだがな。いや、これは他の各将をないがしろにし過ぎたか)
「俺たちは撤退しておこう。そろそろ限界だ。魔法というより気持ちの問題で。正直に言うが、俺は少しばかり蜘蛛が苦手だ」
それと同じ時、ラインハルトら森の偵察隊も蜘蛛とディメンターの連合に遭遇していた。
まだ薄明が残っていたのが幸い、まだしも戦闘が行いやすい。
偵察隊には余裕すらあった。ロイエンタールの言った通りだ。
寄ってきた大勢の蜘蛛など、キルヒアイスが一挙に薙ぎ払う。冷静に間合いも魔法力もコントロールしながら。
キルヒアイスの視界の外は素早くファーレンハイトが片付けていく。
それでも撃ち漏らした蜘蛛がいれば、ルッツが一番大きな蜘蛛から確実に仕留めていく。一発で必ず一匹以上倒す、非常に的確な射撃だ。
「ペトリフィカス、トタルス!」
ルッツが使っている呪文は石化呪文のたった一つしかない。多くの呪文はマスターせず、むしろ一つの呪文だけを習熟する道を選んでいるからだ。それもまた、射撃の達人らしい見事な選択と集中である。
一方、蜘蛛だけではなくディメンターもまた音もなく忍び寄る。
いち早く気付いたキルヒアイスが叫ぶ。
「ラインハルト様! ディメンターがすぐ近くに!」
ラインハルトは何も慌てる様子もない。むしろ退屈しないので喜んでいるほどだ。
「なるほどこれが吸魂鬼というものか、見た目もぞっとするものだな。確かこの魔物は楽しいとか喜びとかの感情を吸い取るのだろう」
ここでラインハルトの覇気が増す。
それを美味しいエサだと思ったのだろうか。その場に五体ほどもいたディメンターが全て誘われ、ラインハルト目がけて近付く。
ラインハルトは充分引き付けてから、一気に覇気を輝かせた。
それには心の内で思うだけでいい。
「余が新銀河帝国皇帝、ラインハルト・フォン・ローエングラムである! 魔物風情が何ほどのものか。余と対等に戦いたければヤン・ウェンリーでも連れてくるがいい。余が恐れるものは怠惰と卑怯、それとカイザーリンの料理だけだ!」
ディメンターの感情など分からないが、喜んでその獲物にむしゃぶりつこうとしたように見える。
だがラインハルトのところに辿り着く直前、異変が起きた。
ディメンターたちの姿が透明になっていくではないか!
最初から影のようなものであり半透明に近かったが、更に透き通っていくのだ。苦悶するように身をよじり、最後は宙に浮かび上がって消えていく。
その不思議な現象を見てルッツとファーレンハイトが言う。
「陛下! ご無事でしたか。しかし、ディメンターどもはどうしてあのように」「なるほど、分かった気がする。ディメンターは人の感情を吸い取るもの。陛下の覇気に食らいついたはいいがあまりの奔流に消化不良を起こしたのだろう。人間だって二人前なら食えるが十人前は食えない」
ファーレンハイトが言う例えはともかく、ディメンターはラインハルトの覇気の量を見誤ったあげく、吸い取るどころかその輝きに自滅したのだ。銀河に広がる人類社会、その全てを破竹の勢いで征服したラインハルトの覇気など想像もできなかったに違いない。
それだけではなく、注意力に優れたキルヒアイスはもう一つのことに気付いた。
最後の最後、消える前のディメンターたちに人の顔のような表情があったのだ。それぞれ苦笑、後悔、安堵、様々な感じで。
「ラインハルト様、あのディメンターというのは、ただの化け物ではなく元は人間だったのでは。人間が何かの理由であのような魔物に」
「そうだキルヒアイス。おそらく世の中を恨み続けて死んだ者なのだろう。覇気を吸われている時、そんな感じがした」
「最後、ディメンターたちも救済されたのでしょうか」
この奇妙なディメンターの事実にラインハルトとキルヒアイスは粛然とする。
「と、ともかく陛下、ディメンターと蜘蛛の組み合わせ、その様子が分かりました。だいたいの力と対処法も」
ルッツがそう言った。確かにそうだ。キルヒアイスも進言する。
「ラインハルト様、偵察はこれで充分でしょう。」
「よし、戻るか。学校に着いたらオーベルシュタインとロイエンタールも交えて討議しよう」
偵察隊は学校の敷地に向かい、歩き始めた。
だがその時、すぐ近くの木陰でのけぞって倒れた者がいる!
その者はラインハルトら偵察隊の尋常ではない戦いにも充分驚いていたが、それが原因ではない。
今のキルヒアイスの言葉が耳に入ったからだ。
「な、なんと、今のがラインハルト!? 金髪の孺子だというのか、あの者は! 奴までこの世界に来ていたとは!」
泡を吹き、腰を抜かしてしまっている。
それはピーター・ペティグリューことフレーゲルだった。
かつて向こうの世界では最後まで蛮勇を振り絞り、ラインハルトに艦隊戦を挑んだフレーゲル。貴族の美学を胸に抱いていたフレーゲル。
しかし今はラインハルトを恐れる心でいっぱいだ。
以前は勢いに任せて艦同士の一騎打ちまで主張したことすらあるが、今となっては実力違いの無謀なことだったと理解している。貴族の血統など戦いの場では何の意味もなく、もっと自分の実力を弁えていれば無様なことをしなくて済んだものを。
ラインハルトの一行は隠れたフレーゲルに気付いていない。それを幸いに隠れ、やり過ごすことに決めた。
だが、隠れるどころか目を爛々と輝かせ、これを好機と見たものがいる。
フレーゲルの隣から出てラインハルトらの前に立ちふさがる。
「なんとなんと、ここで会えたのか! あの女の弟! 天祐じゃ! ここで八つ裂きにしてくれようぞ!」
それは美しい顔に深紅の豪華なドレス、しかし髪を振り乱した女、ベラトリックス・レストレンジことシュザンナ・フォン・ベーネミュンデだった。
かつての復讐を遂げようと躍り出た。