ホグワーツ魔法学校の新学期が始まり、授業もまた開始される。
どんなに奇妙で、階段を昇るのにも寮に行くのにも一苦労する学校であっても、一応学校というのだから授業があるのは当たり前だ。
しかしこれが授業と言えるのだろうか?
自分はかつて劣等生ではなく、いくつかの惑星の動物や植物を知っている。だがその自分でさえ知らない珍妙な動物を説明されたり、植物にはとても見えない物体を植木鉢に植えたりする。挙句の果てには変身させたりもするのだ。
まるでこの世のこととは思えない。
やはりここはヴァルハラなのか……
とにかく授業についていこうとしたが、これが大変に困難なのだ。
もちろん一年生のクラスメートは誰も言われた課題を最初からできやしない。だが皆は四苦八苦しながらも少しずつ上達していくのに比べて、自分はちっとも上手くならない。
「曲がれ! 光れ!」
魔法の入門も入門、魔法使いなら簡単なことらしいが、皆と同じように唱えても自分だけは何もできないのだ。
これはなんとも屈辱的である。
帝国幼年学校では大して苦労することもなく成績は常に上位だったのに。
(くそ、なぜこの学校では戦術も戦史も教えないのだ? 単純な個人技ばかりだ。これでは指揮官は養成できないではないか!)
やがて、同じハッフルパフ生からも「ちょっと、まさか、魔法力が無いの?」「なんてことだ! あのハリー・ポッターがスクイブだったなんて!」と陰口まで言われる。
スクイブとは知らない言葉だが、大変に悪い意味なのだろうと推察する。
ついに成績不良により、ラインハルトのせいでハッフルパフが罰点をもらうことすら出てきた。
しかし、そうなると逆にハッフルパフ生は皆優しい人間たちばかりで、それを咎めることはなく、慰めの言葉をかけてくれる。
だが、そんな陰口も慰めの言葉も飛行術の授業までのことだった。
クラスメートの中で、なぜか自分だけは最初から自由に飛行が可能だった。
皆が地上から蹴ってせいぜい五秒浮くだけなのに対し、自分は箒に命ずるだけでどんな高度でもどんな速度でも出せた。慌てて教官マダム・フーチが全力で追いかけてくるほどだ。
(なるほど、箒に強く念じれば、その通りに動くのか)
実際のところ、箒はラインハルトの放つ覇気のため極度に怯えていた。魔法ではなく箒が恐怖によって言うことを聞かざるを得なかっただけなのだが。
(ふん、そういえば空戦術ではそんなに良い成績をとったことがなかったな。ワルキューレではなくこの箒であれば、ケンプにも遅れはとるまい)
ケンプが箒にまたがるところを想像し、ついつい笑い声を漏らしてしまう。ワルキューレのコックピットでさえ狭苦しいだろう大きなケンプが箒で飛べるのか。
そして別のことにも思い至ったのだ。
(箒がこうであれば、なるほど杖とやらにも強く命じればよいのかも知れない。今まで自分が魔法を使おうと思っていたからできないのだ。そうではなく杖にさせればよい)
杖にラインハルトの覇気を叩き付けるようにした。杖は悲鳴を上げ、精一杯の仕事をしようとする。
(それでいい杖よ、怠惰など大神オーディンが罰し給うのを待たず、俺が罰する)
この方法をとってからは、他の教科も目に見えて上達してきた。
「さすがはハリー・ポッター、今までは様子をうかがっていただけか?」
ラインハルトが今までとは逆にハッフルパフの得点を稼ぎだすようになれば、周りの扱いはまた変わり、一目置かれるようになる。
「吾輩の目はごまかされん。ポッター、その正体は分かっている」
突然その日が来た!
(何だと…… この者は分かっていたのか、余は新銀河帝国皇帝であり、ハリー・ポッターなどという者ではないことが)
それは魔法薬学の授業だった。
なぜかじめじめとした地下室で行われている。窓もなく、永久ロウソクだけが灯る薄暗い部屋だった。授業の性質上安全のためという説明を受けたが、皆は教官の趣味で地下室にしたと噂していた。
その教官は半端な長さの黒髪をべったり着け、黒っぽくはあるが全く端正ではない服を着ている。古ぼけて擦り切れた短いマントだ。まとった雰囲気は一言で言い表せば気味が悪い。
比較すればまだフレーゲルの方が能力はともかく清潔感がある。
その教官が授業を始める前にラインハルトへ真っ向から向かって断言したのだ。
(まあよい。別に自分から望んでハリーなる者になったわけではなく、こちらが委縮する必要は何もない。ここで露見しても構わないのではないか)
ハリー・ポッターとして過ごすことに面倒を感じ始めていたラインハルトはそう思った。
だが、次の言葉に心底落胆してしまった。
「ポッター、その正体はお前の父親と同じだ! 父親はグリフィンドールの英雄と言われていたが、その中身は貧弱で、自惚れだけが詰まっていたのだ。皆は見かけの闊達さにまんまと騙されてしまった。残念なことに吾輩以外は誰もその傲慢と欲望に最後まで気が付かなかった」
(何だ、ポッターではなく余であることが分かったのではないのか。この小物はつまらぬ喧嘩を吹っかけているだけらしい)
ラインハルトは失笑して受け流そうとした。
しかし、このわずかな失笑が相手の感情を逆なでし、余計に苛立たせてしまう。
そしてラインハルトには絶対に言ってはならないことを言ってしまった。
「ポッター、きっと父親のそんなところを受け継いでいるに違いない。勇気のグリフィンドールが聞いてあきれる姑息さと卑怯さを、今度はハッフルパフの寮生になったお前が」
これを聞いてラインハルトはつい激昂してしまった。どういう状況であっても卑怯とまで言われて黙っていられようか。
「何!! 何を言うか! いつ余が卑怯な振る舞いをした! 旧帝国ならいざ知らず、新帝国では常に皇帝は陣頭に立ち、敵に顔を向けて進むのだ!」
言っている意味などその教官、セブルス・スネイプには分からない。おまけに言葉そのものも分からないのは、ラインハルトが思わず途中から帝国語で話してしまっているからだ。
しかし、スネイプはラインハルトのあふれ出る覇気の奔流をまともに浴びてしまった!
新銀河帝国四百億人を束ねる皇帝ラインハルト、黄金の獅子、常勝の提督の覇気だ。
セブルス・スネイプはもう言える言葉もなく、魂を飛ばす。たちまち尻餅をつき後ずさりしようと無様に足掻く。
「それが余と余の軍である! 卑怯者が最後の勝利者になるなど誰からも学んだことはない。承知してもらおう」
そこまで言って一息つく。誰からも何も返事がないのは当然だ。
いや違った。
別の方向から返事が返ってきたではないか。
「ヤー」
何だと?
返事が帝国語で返ってくるとは? そちらを直ぐに振り向く。
「それで充分でございましょう。その者は過去の恨みをつい出してしまっただけで、筋違いなことは自分でも承知しているようです。ラインハルト様」
目が合ったのは生徒の一人、長身で赤毛、しかしラインハルトの知っている誰の顔でもない。
だがその口ぶり、落ち着き、そして深い優しさは間違えるはずもない。
「な、何! お前は…… いや、まさかそんな、キルヒアイスなのか?」
「お久しぶりです。ガイエスブルクの広間以来ですね、ラインハルト様」
ラインハルトにはもはやどうでもよかった。
ここがヴァルハラでも、あるいは地獄でも。
決して失ってはならなかった半身、だが自分のミスで失ってしまった半身、自分を守るために斃れた半身、それにまた会うことができたのだ!
茫然と立ちすくむ。
この二人を見ても成り行きが分からず、きょとんとしている周りの目など気にもならない。
「もう、決して置いて行くな、キルヒアイス…… 」
ラインハルトはかけがえのない友に再び会えた喜びをかみしめていた。
幾度これを夢見たことだろう。
キルヒアイスを失ったあの時から、どれほど後悔し、どれほど満たされない心を抱えてきたことか。
何ということだ。ここで、今、キルヒアイスに会い失った心を取り戻せたとは。
「俺は宇宙を手に入れた。お前との約束を守ったんだ。だから今度は俺に約束してもらおう。どこへも行くな、キルヒアイス」