さあ、ホグワーツ対ダームストラングの試合が始まった。
ホグワーツが気迫で試合を優勢に進めていく。今度はチェイサーもビーターもうまく機能している。ダームストラングチームは精彩を欠いていた。やはりビクトール・クラム欠場が響いているのか。
だがここで試合が動いた。ビーターのアーニー・マクミランがダームストラングのビーター一人と交錯プレイで衝突してしまい、そのまま落下した。マクミランはなんとか立ち上がってプレイ続行が可能そうだったが、ダームストラングのビーターはよりダメージが大きく、飛行は無理だった。
クィディッチでは基本選手の途中交代はできない。ただし、相手チームとの衝突が原因となった場合だけ例外的に交代が認められている。
ここで何とダームストラングはあのビクトール・クラムを出してきたではないか!
それも本来シーカーであるクラムがビーターとしてである。
ついに、あのクラムが出る!
試合会場は驚きに満たされた。
何かが起きるかもしれないと固唾を飲む。
その通り、試合はここから様変わりする。衝撃的なまでに流れが変わったのだ。
急にクラムが活躍したとかいうことではない。そうではなく、ホグワーツチームの動きがなぜか読まれている。常に先回りされ、数の上で不利な所へ追い込まれるのだ。いつもなら連携プレイを崩さないチェイサー三人娘が今やばらばらにほどかれ意味を成していない。キーパーの守備もありえないほど逆を突かれて易々とゴールを決められる。しかも毎回そうなるのは偶然ではない!
ここで妙に思った観客は多く存在する。
ダームストラングチームは何か心を読む開心術でもかけているのか。しかし試合会場に飛行術以外何も魔法力は流れていなかった。とすればここまで変わった原因は一つしかない。
ようやく出場したビクトール・クラムの策略が見事だからだ。
クラムが細かく指示を出し、それに従ってダームストラングチームが動いているが、その策が的確なのだろう。
しかも、しかもだ。そのクラム自身は全く飛んでいないではないか!
つまりクラムが試合に参加せず、一人少ない状況でも試合をひっくり返している。クラムは策だけの貢献で充分なのだ。
「ダームストラング、余裕を見せつけやがってどういうつもりだ!」
試合会場は大ブーイングだ。ダームストラングの態度は不敵であり過ぎた。
ついにホグワーツが逆転され、徐々に引き離されつつあることに対する焦りが観客を包む。
しかし、観戦しているラインハルトとキルヒアイスは別の感想を持つ。
「実に見事だ。策が次々と決まっていく。相手の心理を読み切って完全に思い通りに操っているとは。たかがスポーツでもこれほど見事だと面白いものだな」
だが結局のところダームストラングの態度は不可解なものに終わった。最後の最後、ロジャーがスニッチを掴み取り、試合は僅差でホグワーツチームが勝てたからだ。スニッチを取った場所はクラムから遠く離れていなかったが、クラムはその邪魔をするどころか飛び立つことすらしなかったとはどういうことだろう。
最終試合はもちろんボーバトン対ダームストラングになる。
審判はむろんホグワーツから出すことになるが、これまでの二つの試合を見て何か思う所のあったロックハートことロイエンタールが買って出ている。
この試合こそある意味クィディッチとして象徴的な試合になった。
個の力、正確に言えばフラー・デラクール個人の力とダームストラングの集団戦法の戦いだ。それは見事なまでに対比をなしている。観客はどちらに応援するということも忘れ、それに魅了されるばかりになる。
ダームストラングチームは試合会場の飛行許可空域の限度スレスレを飛び、ここぞというタイミングで一点に集中する。
ある時は相手の進路を読み、徐々に脇から迫って飛行の選択肢を奪い取って無力化させる。様々な戦術バリエーションでボーバトンを翻弄するのだ。特におびき出しからの分断戦術は巧緻なもので、面白いように決まっていく。乱れを作り出しては楔を打ち込んで孤立させていく。
たちまちダームストラングが点差を広げていった。
この試合では最初からビクトール・クラムが出場している。またもやシーカーではなくビーターとしての登録なのだが、そんなことが小さなことに思えるほど驚きがあった。
またしてもクラムは飛び立ちもせず、試合に参加すらしていない!
策を作っては、連絡役に伝えているようだ。その連絡役が最適なルートでダームストラングチームに伝え、そして見事に動いている。
ボーバトンはフラー・デラクール一人がその局面を打開しようと画策している。
確かにいったん彼女がブラッジャーを確保すれば見事な動きで、ダームストラングの誰もがそれを止めることはできない。しかし、それでも大局として徐々にボーバトンは不利な状況に押し込められている。
ここでフラーは一計を案じたようだ。
巧みにブラッジャーを操りながらビクトール・クラム本人に迫る。
空中からぐんぐん迫るフラーをクラムは呆気にとられて見ていたが、ようやくこれが自分への衝突コースにあると知り、慌てて逃げ出した。背を向けて駆け出す。間に合わないと悟ると箒にまたがるが、足で蹴ってようやく空中に上がり、そこから浮かんでいるだけでしかない。
逃げられなかった。
狙って飛んできたフラーとクラムは接触プレイで落ち、二人とも地面に転がった。完全にフラーのラフプレイだ。しかし反則は取られない。なぜなら、クラムが普通に飛んで逃げれば何も問題なかったプレイだからだ。
ここで観戦していた皆が驚きと共に知ってしまった。
ビクトール・クラムは飛ばなかったのではない。飛べないのだ!
正確に言えば魔法学校の一年生のようなレベルでよたよた空中に上がるのが精一杯だ。
とうていクィディッチなどできるはずがない。
あのブルガリア国家チームの英雄シーカーが何かの原因で飛べなくなっているとは。ホグワーツとの試合で最初に出ていなかったのは余裕ではなく正にその理由だった。
この試合は結局、その後ボーバトンのシーカーがスニッチを取るが、それまでの点差が響いてボーバトンの負けとなってしまう。
だが、これで三校が全て一勝一敗で並んだ。
点差を考慮した結果、ホグワーツは最初の大敗が響き、残念なことに順位がボーバトン、ダームストラング、ホグワーツの順になってしまった。ロジャー・デイビースが嘆くこと半端ではない。
最後の試合でみっともなく昏倒してしまったクラムが試合後ようやく目を覚ます。それを会場から去ろうとしなかったフラー・デラクールが見ている。周りの皆は、フラーが自分がぶつかって倒したクラムを心配して言葉をかけようとしていると思い、近付かない。試合のため司令塔を潰しにかかったが、まさかクラムが飛べないとは思いもよらず怪我をさせたのではないかと自責の念に駆られているのだろう。そうに違いない。勝手にそう決めつけられ、フラーの株が余計に上がる。
だが、近くで見ればフラーの表情が呆れ顔なのが分かったはずだ。
やっと目を開けたクラムが頭に手を当てて、そんなフラーへ恨みがましい目を向ける。
「あいててて、たかがスポーツでぶつかってくるなんてやり過ぎじゃないか、シェーンコップ」
「相変わらず首から下は使えませんな。まあ、あなたらしいといえばあなたらしいが。ヤン提督」
二人には試合をしてみて分かっていたのだ!
フラー・デラクールはこの世界の人間ではない。
大胆不敵な個人技を見せたフラーはあの同盟軍最強白兵戦部隊ローゼンリッターの隊長ワルター・フォン・シェーンコップだった。
そしてビクトール・クラムこそ、あらゆる心理を読み解いては必勝の策を編み出す不敗の魔術師、ヤン・ウェンリーその人だった。
「しかしシェーンコップ、この世界に来たのはいいけれど何で君は女の子なんだい?」
「自分でもよくわかりませんな。陳腐な言い方ですが日頃の行いが良かったんでしょう。美人の気持ちは前から分かるつもりでしたが、より具体的に分かるようになったのも面白い」
答えになっていないが、分からないことを考えても仕方がない。少なくともショックではないようだ。
「そうだシェーンコップ、このダームストラングチームにもう一人いるから後で紹介するよ。フィッシャー提督もいるんだ」
そこで二人が気付いた。足音を忍ばせ、誰かが側に来ている。
それは試合の審判、ホグワーツの教師だ。
「なるほど、身のこなしから格闘戦の経験があると思っていた。その動き、かつて戦った者とやはり同じ人物だったか。叛徒、いや自由惑星同盟の白兵戦指揮官がこの世界に来ていたとはな。そしてヤン・ウェンリーまで。これはカイザーに早く知らせねばならん」
フラー・デラクールの動きに既視感のあったロイエンタールだった。
かつてロイエンタールはイゼルローン攻防戦においてシェーンコップに旗艦トリスタンへの侵入を許し、自ら格闘戦を戦った経験がある。怪しいと思ったからこそ試合の審判になっていたのだ。
「そちらも向こうの世界から来た人間なのかい?」
そのヤンの問いかけに帝国元帥らしく丁寧かつ堂々と答えた。
「先の世界を含めてもお初にお目にかかる。同盟軍最高の智将に会えるとは光栄に思う。オスカー・フォン・ロイエンタールという者だ」