ヤン・ウェンリー現る!
ロイエンタールから知らされた事実にラインハルトらは衝撃を受けた。
「なるほど。余を含めた新帝国の将だけではなくルドルフらの敵もこの世界に来ているのならば、ノイエ・ラントのヤン・ウェンリーが来ていて何も不思議なことはない。もしそうならフェザーンの人間まで来ているのだろうか。これは考えねばならないな、キルヒアイス」
「そうなのでしょうか、ラインハルト様。しかし当面考えるべきはヤン・ウェンリーとどういう関係を保つか、でしょう。もっと他にいたとしてもこれほど重要な人物はいないでしょうから」
その通り、ヤン・ウェンリーこそラインハルトらにとって唯一のライバルと言える存在だ。
あのラインハルトが最後まで勝つことのかなわなかった相手である。ヤンの突出した能力は言うまでもない。そしてこれからどうするといってもラインハルトとヤン・ウェンリーの関係は微妙だ。
「ラインハルト様、ヤン・ウェンリーは信頼するに足る人物とわたくしは思います」
「確かにそうだ。ヤン・ウェンリーの人となりは分かっている。不幸なことに先の世界で敵同士だったが、この世界には銀河帝国もノイエ・ラントもない。ここに来た以上、敵対する意味はなく、先の決着などつけなくていいのは分かっている。しかし、いきさつはいきさつ、厳然として存在する過去だ」
ラインハルトとヤンの思想は異なり、専制君主側と民主共和制側、これまでは文字通り命をかけた戦いを繰り広げていたのだ。バーミリオンでも回廊でも激闘を演じている。
先の世界から来た者同士、仲良くすべきという単純なわけにはいかない。
ラインハルトはヤンと対面し通り一遍の挨拶をした。
こちらに来ているラインハルト側の人間の数や名前を全て言うことはなく、ロイエンタールとキルヒアイスに留めている。ディー・エーやルドルフについても言及していない。ラインハルトはそういった警戒は怠っていない。
「再びお目にかかります、ヤン・ウェンリーです。お互いこの世界に来たのは奇遇ですね」
もちろんヤン・ウェンリーの方も充分に警戒している。会見の場所も他の生徒から見えるように学校の中庭を選んだのもその一環だ。ヤンとしても先の戦いの意趣返しをされないとも限らない。他の生徒の目があれば先ずは安心、三校の親睦に見えるだろう。
「ヤン・ウェンリー、卿にはバーミリオンで会ったきりだな。そのとき卿をスカウトしようと持ち掛けたが断られ、そして再びイゼルローン回廊で戦うことになった。本当ならそこでも会談をすることになっていたが…… そちらが地球教徒の凶弾に倒れ、実現できなかった。それはとても残念に思ったものだ。だがそのおかげで後継者と戦うことになったのだが」
「ユリアンですね。結局苦労を背負わせたダメな保護者になってしまいました」
ヤンは自分の死後のことは知るはずがないが、シェーンコップからその後のユリアンの活躍を聞いている。
ユリアンは回廊に帝国軍ワーレン艦隊とヴァーゲンザイル艦隊を引き込んで叩きのめすことに成功した。そして続くシヴァ星域会戦ではヤンでさえできなかった帝国軍旗艦ブリュンヒルトに侵入することに成功し、何とそこで白兵戦をするほど善戦したのだ。
「ヤン・ウェンリー、単刀直入に言おう。目下の問題は、今後どうするかだ」
「それについて、選択肢はいくつかあるでしょう。大きく分けて三つあります」
「分かる気もするが、今一度確認しておきたい」
「一つは先の世界を引きずり、帝国側と民主共和制側で争いつづけること。しかし、それにはもはや何も建設的な意味がありません。もう一つは、この世界には魔法省という行政・司法組織が存在します。その統治に従い、互いに無関係に生きていくことです。最後にもう一つ、この世界に我々が来たという現象の謎を探りつつ、かつこの世界を改善するために手を取りあい協力することです。私としては、むろん最後の選択肢が望ましいと考えています。この世界も人間が生きていることは確かであり、我々の知識が役に立つこともあるでしょうから」
「確かにその通りだ。だが、三番目の選択肢を取るには互いの信頼が充分とは言えないのではあるまいか」
結局ラインハルトはすぐに協力関係とは言わなかった。しかし、最低限ヤンらと敵対することはないと約束した。
ヤンの方としてはとりあえずそれで充分だ。
そしてラインハルトの傍にキルヒアイスがいることを考え、ラインハルトにとって良かったと思うと同時に、いずれ二つの陣営の懸け橋になってくれるのではないかと期待する。
ついでにラインハルトは知る限りの歴史をヤンに教えている。それはシェーンコップでさえ知らないことだ。
ユリアンらがついにハイネセンで民主共和制の自治政府を樹立し、おそらく帝国側はカイザーリンが約束を守り続け、監視はすれど潰すことはないという話だ。
これを聞いてもちろんヤンは喜ぶ。
「民主共和制の灯は消えずに残された。それこそ、我々もビュコック爺さんも頑張ったかいがある。ユリアンはよくやってくれた。フレデリカも」
会談の最後、ヤンの護衛を兼ねて来ていたシェーンコップが皆にウィンクを投げる。
かろうじて魔法使いと言えなくもないがなぜか魔法力が極度に弱く、戦いになればひとたまりもないヤンに代わっての軽い牽制だ。
当初、ラインハルトらはシェーンコップがルドルフの尖兵ではないかと疑っていたが、結果としてそれは杞憂に過ぎなかった。しかし余裕のウィンクを見たロイエンタールは多少ぞっとすることがある。先のトリスタンでの格闘戦は、シェーンコップにとって敵艦内であり時間制限が厳しいという悪条件にあった。だからなんとかロイエンタールは凌げただけで、対等の条件なら負けていた。ロイエンタールはそれまで格闘術ではオフレッサーとリューネブルク以外が相手ならそこそこやれる自信があったのに。
個人技が物をいう魔法界にあって、格闘術で敵わない相手がいるということについてラインハルトも懸念を残さざるを得ない。
そんな事情とは関係なくホグワーツにおける三校対抗の課題は進んでいく。
最初の課題は火を吐くドラゴンの守る卵を奪えるかどうかである。
大方の予想に反し、魔法力が弱いと判明したヤンことビクトール・クラムがすぐさま脱落するかと思いきや、そうでもなく乗り切っている。
ドラゴンとの戦いでは、まるでスクリーンに投影したかのようにもう一体のドラゴンを空中に映し出すという奇策をとってみせた!!
弱い魔法力でもできることを選んだのだ。
そしてドラゴンが虚像に気を取られて飛び掛かった隙に卵を盗み取った。
ちなみにシェーンコップことフラー・デラクールはドラゴン相手に巧みな体術を見せつける。
軽くステップを踏んで下がりながらドラゴンの攻撃を紙一重で躱し続け、余裕の表情だ。
時折しなやかな脚を振りかざしての背面飛びなどを混ぜ込んだ。観客へのサービスのつもりなのだろう。もちろんこの激しく美しいダンスに観客の男子生徒は魂を抜かれたように魅入られている。
そしてフラーはドラゴンを充分翻弄したとみるとあっさり卵を手に入れた。
本人はこっそり呟く。
「ローゼンリッターの装甲服が無いのはハンデにもならん」
セドリック・ディゴリーもドラゴンに目潰しをしてなんとか卵を取り、ホグワーツも一安心だ。
二つ目の課題は、学校の前にある湖に住む水中人と闘い、捕らえられた人質を奪い返すというものだった。
当然のごとくフラーは難なく水中人を撃退し、人質を解放した。
これもまた見事過ぎる。まるで陸上と変わらない戦闘能力を発揮し、水中人も驚きのあまり何ら有効な手を打てなかった。それは呆れるほど無駄のない流れるような動きだ。
そして人質というのはフラーの妹らしい美人だった。
フラーが「美人を奪うというのは嬉しいものだ。イゼルローンを帝国から奪った時よりも気分がいい」などと言っているのは皆に聞こえていない。
その次にビクトール・クラムが水中人の群れに到着した。慎重に期を伺い、水中人に似た偽装を施し近付いた。そして気づかれた瞬間、いきなり煙幕を張る。水中人が右往左往する中で人質を奪いとった。
またしてもペテンのような課題遂行である。
「あの宇宙一の魔術師、いや詐欺師がしでかしたか」
遂行の顛末を聞いたラインハルトはそう感想を漏らす。むろん、褒め言葉だ。
セドリック・ディゴリーは、クラムと同じような作戦を選択した。ボガート『まね妖怪』を水中に放して、それが水中人の怖がる大イカに変身し、混乱を招く。その隙に課題をクリアした。
これで三人とも脱落はなく、揃って三つ目の試練に挑む。
しかしその前に親善のクリスマスパーティーが開かれることになっている。三校の親善をはかるための大パーティ、ほとんどの生徒がこれに出る。
そしてこれは男女のペアで参加しなければならない。
ラインハルトはキルヒアイスと組むわけにいかないのだ。
結論から言えば、キルヒアイスは同じグリフィンドールのパーバティ・パチルと組んだ。むろん、参加しないという選択肢もあったのだが、ラインハルトの護衛という意味からも参加の必要があった。
パーティでキルヒアイスはそつのない会話を交わし、パーバティとそれなりに楽しく過ごしている。
問題は他のメンバーだった。