こんな敵味方入り乱れる戦いになってもただ一人だけをつけ狙う者がいる。
もちろんシュザンナのことだ。
ラインハルトのみを目的にして、戦いを挑むべく迫る。
「逃げるのかあの女の弟! おとなしく妾に成敗されるのじゃ。ふん、姉と同じように卑怯よの」
「なんだと!」
死喰い人の方が数が多く、戦線を作ろうとしていただけなのに卑怯と言われては心外に過ぎる。ラインハルトは改めてシュザンナに向き直り決着をつけようとする。
「望み通り先に片付けてやる! 姉上の敵!」
互いに望んだ再戦だ。ボルテージが上がり、白熱の魔法力が対峙する。
だが、その二人に割って入った者がいた。
それはシェーンコップだ。
「これはお嬢さん。髪を振り乱すとは嗜みが少々足りませんな。また表情ももっと和らげた方がいい」
「何なのじゃお前は! どいておれ。妾の邪魔をする気か!」
「先にご挨拶を申し上げる。ワルター・フォン・シェーンコップと申す者」
「何じゃ、聞いたことがない名だの。帝国騎士あたりの家の娘か。女だてらに不遜な言いよう、陛下の第一にして唯一の寵姫、このシュザンナの邪魔をしようとは後悔しながら死ね!」
思いがけないいきさつでシュザンナ対シェーンコップの戦いが始まった。
戦いだすと間もなく二人とも同じことを考えた。
これは、相性が悪い!
シュザンナがもどかしいことに、当てさえすれば絶大な威力の魔法を当てることができないでいる。
シュザンナは元々戦士ではなく、何の訓練も受けたことがないからだ。
魔法力は強いがただそれだけのことである。体の予備動作で簡単に動きを見切られてしまうのだ。相手はシェーンコップ、歴戦の猛者はそれを見逃すはずがない。
そのため魔法を撃っても当てるどころかかいくぐられ、逆に接近を許してしまう始末だ。思わず冷や汗が出る。もしも超接近戦に持ち込まれてしまえば終わりであることくらい分かっている。焦ってやたらと撃ったら自滅だ。
逆にシェーンコップの方もやりづらい。魔法力の勝負になれば簡単に押し負けてしまうため、魔法をぶつけあう撃ち合いにできないことは自明だ。
そのため得意の格闘術に持ち込みたいのは山々である。
だが魔法使いに対する格闘術を仕掛けるのは通常と違って不測の事態に陥る可能性を常に考えなくてはならない。何しろ向こうは戦斧ではなく杖で戦っているのだ。しかも厄介なのはシュザンナの体から漏れでる魔法力の微粒子である。これが濃いと弾かれてしまうのだ。いくどか接近しても、危機を感じると躊躇なく飛びすさり、慎重さを保つ。
意外にも決着は容易につかなくなった。
むろん同時並行でいくつも戦いが展開されている。
ルドルフ側の将、ブラウンシュバイクはさすがに強い。初めルッツが対峙したが、人並み外れて的確な攻撃魔法を放っても見透かされたように弾き返されるではないか。そして間髪入れない逆撃にたまらずルッツは転がって避けるしかない。
そこへゆらりと邪魔に入った者がいる。
「ほう、なるほどな。歴史で習ったことがある。ブラウンシュバイクの始祖とリッテンハイムの始祖はルドルフ大帝の時代、帝国軍の双璧と呼ばれていたとか」
「邪魔するのか孺子、死にたいと見える」
「偶然だが双璧には双璧をもって当たるべきだな。語呂がいいことだ」
オスカー・フォン・ロイエンタールが薄笑いを浮かべる。
こちらも帝国の双璧と謳われた者だ。不足はない。
「歴史上の人物ならもう一度歴史に埋もれたらどうだ。手伝おうか」
いにしえの双璧対新しい双璧、すぐさま戦いが始まる。
もう一つの戦いでは、連続攻撃呪文によってあのファーレンハイトが飛ばされてしまっている。直ぐに立ち上がるがややふらつきが残る。ファーレンハイトといえど戦いは明らかに不利であり、このまま続けるのは危険だ。
そこで出てきたのはキルヒアイスだった。ファーレンハイトの代わりに対峙する。
「ファーレンハイト提督、少し休んでいて下さい」
そして戦いの相手はリッテンハイムだった。小馬鹿にしたような顔でにやついている。
「何だ貴様。ずいぶんと優し気な孺子が出て来たものだ。お前は戦場をどれくらい知っている? 修羅場をくぐったことがあるのかな」
「戦いの場でなければ修羅場ではないとでもお考えですか。そしてどんな戦いをしてきたのか分かりませんが、戦いは誇るものではありません」
それはアンネローゼを奪われ、ラインハルトと誓いを立て、文字通り全身全霊をかけて走り抜けたキルヒアイスの丁寧かつ断固とした言葉だった。
リッテンハイムもその声の調子から相手の強さを推し量かる。
「まあいいだろう。先に詮なきことを言ったのは俺だ。忘れてくれ。確かに今の戦いに過去の戦歴など関係ないな」
油断せず身構えた。優し気な雰囲気で見誤ってはいけない。おそらく、これは決して弱敵ではない。
「では次は実力で語ってみろ。かかってくるがいい」
キルヒアイスとリッテンハイムの戦いが始まり、たちまち激闘となる。
その最中、戦場の上空にいくつかの影が飛来してきた!
「何と、ブラウンシュバイクもリッテンハイムも気が早いの。手筈と違い、どうして大帝陛下を待てなんだ。と言うておる場合ではないじゃろう。こうなっている以上、早く鎮めねばならぬ」
その陰の一人はリヒテンラーデだった。
そして素早く降り立って言う。
「皆の者、常に全体の陣形を考えよ! 戦いについていかれぬと思った者は適正な距離を保ちながら全体の包囲に回るのじゃ。側方援護に徹し、敵を圧力をかければよい」
もっとリヒテンラーデには言いたい言葉があったはずだが、素早く誰かが話を遮ってしまった。戦術指揮を妨害したかったのだろう。
「軍師のような立場とお見受けする。さすれば小官が相手をするのが道理」
表情もなく淡々と戦意を伝えた。
今、オーベルシュタインがリヒテンラーデを見据えている。
「何者じゃ! その居住まい、只者ではないな! ふむ、しかし戦士ではあるまい。副官か参謀といったところか」
こちらはお互い直ぐに動くことはしない。
滅多に魔法は撃たず、静かに、冷たく、互いの手を読む。
思考だけを高速に回しての戦いだ。
最後に、これほど派手な戦場にいてもヤンは戦力になっていない。
自分の弱さを自覚して最初から戦いに参加するつもりがない。ただし、下手に足手まといになったりしないよう、移動を続ける。
そうやって俯瞰していると、自分の他にも逃げ回ってばかりの人間がいることに気付いた。
それはフレーゲルだった。そして目が合ってしまう。
互いに戦意がないことが分かったヤンは、そのフレーゲルに手を振ってみせた。
それに対しフレーゲルは慌てた顔をしてあたふたと移動しだす。
「戦わずして一人を撃退した。なんていう大層なことには入らないだろうなあ」
やったことは手を振っただけのことだ。ヤンは実にどうでもいい感想を漏らし、頭を掻くしかない。
だが、さすがにヤン・ウェンリー、頭脳は決して休むことはない。大まかな戦況の把握と分析を試みている。
この場合の最終目標は勝つことではなく、皆が船に戻り、ポートキーを作動させることだ。その目算を付けるのにはどうすればいいか。
「敵勢力をすっかり駆逐するのは困難そうだなあ。とすると取り得る作戦としては陽動になるだろうか」
ヤンの見るところ、敵の主だった戦力は抑えている。こちらに犠牲はまだ出ていない。
比較的弱い死喰い人は打ち倒してさえいるのだが、時折飛来してくる敵の増援がその分を補充している格好だ。これでは一進一退が続くばかりである。