第二十九話 政治
ラインハルト達がルドルフの罠にかかった頃、もちろんホグワーツは大騒ぎだ。
ダームストラングの水中船が生徒を飲み込んだまま突如消えたとは!こんな異常事態はない。
次に船は何と半壊状態で帰ってきた。
しかし半壊状態だったのはそう長くない。禁じられた森の上空に転移してきた船はそのまま墜落、全壊に転じた。
これほど巨大なポートキーである、座標が多少乱れるのは仕方がない。それが地面の上ならば問題無かったのだが、なんと上空数十メートルの高さに帰ってきたのだ!
しかもボーバトンの船と違ってダームストラングの船は飛べない。
この危険な高さから落ちるしかない。
しかも悪いことにここには箒もなく、このままでは船ごと生徒は地面に叩きつけられることになる。
ルドルフの罠から逃れても危機は続いているのだ。
「キルヒアイス! 他のみんなも魔法の準備をして待機、墜落直前に浮遊魔法をかける。完璧に同期せよ! でなければ全員死ぬ」
ラインハルトは皆の期待に応え、最適解を直ちに編み出した。
皆は意図が分かり、その通りにしっかり準備する。ヤンも杖を上げている。どのくらい役に立つかは本人が一番疑問に思っているのだが。
ハーマイオニーやラベンダーも杖を上げる。
ここで足場が急激に悪くなる。墜落に応じて船内が急激に無重力状態に変わったからである。体が自然と浮かび上がってくるが、それでもパニックにならずに準備しているのはラインハルトに対する信頼があるからだ。
ラベンダーは戸棚から引き出しが飛び出ているところを見つけ、器用にも左足のつま先をその取っ手に引っ掛けて固定する。右足は宙を泳ぎ、ローブもふわりと開いて中身が丸見えになるがそんなことを気にしてる場合ではない。
ハーマイオニーは灯りのスタンドに絡みついている。
そんな中、シェーンコップは表情も変えずに普通に立っているではないか。無重力でも回転したりぶつかったりしないところはさすがにローゼンリッターである。ヤンが手足どころか頭までぶつけながらも止まっていられないのと対照的だ。
「あちちちっ!」
しかも浮かび上がっていたポットの湯を避けそこなっている始末だ。
じっとタイミングを図っていたラインハルトが、満を持して合図する。
「よし、超極大の浮遊魔法、アルティマ・レヴィオーサ!」
「アルティマ・レヴィオーサ!!」
全員が唱和した。船体の壁に向かって放つ。船を浮かすと同時に呪文の一部が共鳴現象を起こして空間全体を満たし、生徒を保護する。これは互いに呪文を掛け合うより効率的だ。
船はそのまま地面にぶつかり、大きく割けてしまう。
だが浮遊魔法により激突にはならず、生徒らは打撲程度で済む。
ようやく船から全員が這い出て地面に降り立つ。
「あいててて、こんな目に遭ったのはアスターテで第二艦隊のパトロクロスがやられた時以来だよ」
ヤンはその軽口をシェーンコップに言ったつもりだった。
だがそれを聞きつけたのは別の人物だ。
「そうか。アスターテの時の話か。それは失礼した。しかしそのまま爆散していたなら卿は消え、その後の歴史はずいぶんと変わっただろうな」
ラインハルトが皮肉っぽくそう言ってきた。その時の悔しさを思い出したのだろう。アスターテ会戦は完全勝利一歩手前までいきながらヤンにより引っくり返されたのだから。
それは事実なのでヤンは反論しないが心で言う。
(でも、あの時逆にパエッタ司令が最初から聞く耳をもっていたら、第二艦隊が第六艦隊と協調して挟み撃ちにできたんだがなあ。そうすればもちろん勝っていた。そうしたら歴史がもっと大きく変わっただろう。どこでどうなるか分からないものだ)
ここが禁じられた森であれば、素早くオーベルシュタインが蜘蛛の魔法生物アラゴグと話をつける。
アラゴグはオーベルシュタインによる救出補助の要請を聞き入れ、ホグワーツまでの道を示し、また打撲で弱っている生徒を糸で作ったそりで運んだ。
ディメンターを相手にした結界修復の冒険が思わぬ形で役に立つ。
その冒険を知らない生徒はこの事態に驚く他ない。魔法生物の大蜘蛛が助けてくれるのだ。ただし、このために別の意味で青い顔をしている者がいる。
「また蜘蛛か、また蜘蛛なのか?いい加減にしてくれ。これだけは勘弁して欲しいものだ」
ホグワーツに着くまで吐かずにいられるかわからないロイエンタールだった。彼の蜘蛛嫌いは治っていない。
ホグワーツに帰還した生徒らは学園にいた者たちに取り囲まれる。誰もがこの事態の説明を求めているのだ。
むろんラインハルトらは下手に情報を漏らさない。
ただし、一般生徒の中でも一部は船の中にずっと隠れていたため、ラインハルトらが繰り広げていた戦いを見ていた。呪文を仕掛ける死喰い人の群れ、そして何より闇の帝王の復活した姿を。
その驚くべきニュースは瞬く間に広がってしまう。
この時点でせっかく途中まで進行していた三校対抗試合の即刻中止が決まった。
ボーバトン校長マダム・マクシームは残念がった。今年は底知れぬ実力を持つ不敵な美少女フラー・デラクールを擁して来たのだ。絶対に勝つという自信があったのに。
しかし、闇の帝王の復活とはもはや非常事態だ!
試合など行っている場合ではなく、生徒の安全を図ることを一番に考えなくてはならない。
おまけにダームストラング校の校長カルカロフの行方が分からなくなっている。むろんそのカルカロフが死喰い人だったことは公然の秘密となった。公に出されなかったのは政治的に影響が大きいためだ。
アルバス・ダンブルドアもこの一件の詳細を聞き出した。
闇の帝王の勢力はもうダンブルドアの予想した以上の力を持っているらしい。
そして改めて生き残りの男の子ハリー・ポッターが闇の帝王を打倒する鍵になり得ることを確信した。
だがそこに少なくない驚きも存在したのだ。
ダンブルドア自身が上手く導いてポッターへ戦いの心構えをさせようと長年思慮を重ねてきたのに、それが全く必要なかったとは。
なんとハリー・ポッターはあの闇の帝王と対決するというのに少しも怯むことがない。
最初からポッターは戦いへの意欲に満ち溢れている。
まるで戦いが生きている証しだとでも言わんばかりに前向きだった。
「校長、こちらからも言いたいことがある。早急に戦略を定め、備えをするのだ。敵とは決して相容れることはない。戦いになる以上、勝たねばならない」
「ハリー、それでは闇の帝王を恐れてはいないと言うのじゃな。己の過酷な運命と向き合うと」
「当然だ。尻尾を巻いて逃げる術など誰からも教わってはこなかった。勝ちを得ようと最後まで逃げずに戦う者に対し、勝利の女神は微笑むのだ」
ハリー・ポッターの決意を聞いてダンブルドアは安心する。それならば告げることがある。
「ではハリー、その覚悟に対し、教えなくてはならぬことがあるのじゃ。闇の帝王と生き残りの男の子、どちらかしか生きることは許されぬ。今こそ秘密を伝えようぞ。闇の帝王は命を分霊箱という形でいくつもに分けて持っておる。恐ろしいことよの。しかしこれを全て破壊しないかぎり打倒はできんのじゃ」
「ハリー、容易ではない。それは苦難の道のりになるじゃろう」
「だが答えは見えているのではないか。箱も本体も一つ残らず倒す。そうすればいいのだろう、校長」
表情は変わらない。
ラインハルトは揺るがない。
黄金の覇王に恐れるものがあるとすれば己の慢心や怠惰だけであろう。
「面白いではないか。戦うからにはそのくらいでなくてはな」
次にダンブルドアは昔からの友ファッジにこの事態を相談しようとした。
このファッジのことは昔から知っている。優柔不断で事なかれ主義の者だ。だが、基本は善良であり、何よりも魔法省のトップにいる。闇の帝王の勢力と戦えるのは闇払いであり、魔法省の裁可によって動員しなくてはならないが、その立場の者を味方につけることが必要なのだ。
だが、おそらくファッジは闇の帝王が復活したことを決して認めないだろう。良くて集団催眠、悪くすれば狂言と受け取られかねない。
そう考えたダンブルドアは、今回のダームストラング船に関わった生徒をなるべく集めてファッジを待ち構えた。証言は多ければ多いほどいい。これでなんとか認めさせるのだ。
ホグワーツに到着したファッジはそんな大勢の生徒を見ても驚く様子はない。
逆にダンブルドアの方がファッジの落ち着いた態度に驚いたくらいだ。だがこれで安心して説明ができる。
「ファッジよ、恐るべき事態になった。聞いておるじゃろうが、闇の帝王は復活した。そしてあろうことか手始めにホグワーツの生徒を狙ってきよった」
「なるほど、ではそれが事実としよう。その場合どういった対応になるだろうか」
ダンブルドアは彼の言動に多少の異和感を感じた。
ファッジはこんなに冷静沈着な人間だったろうか? もっと底が浅い人間ではなかったろうか。
「否定せんのか。それ以前に驚かんのか。闇の帝王の話なのじゃ、ファッジよ」
「闇の帝王なるものの死亡は確認されておらず、その意味でこの事態は予見されていると言える。脅威が復活したというのなら問題はどこかに妥協点を見つけて和解するか、あるいは徹底抗戦かの選択になるだろうか。政治的には」
「そんなことをお主の口から聞くとは思わなんだ。じゃが嬉しいの。そこまで考えているとは」
「妥協は現実的に不可能だ。戦うしかあり得ない」
ファッジとダンブルドアの話の途中にラインハルトが割って入った。
戦いは不可避、和解を探るなどというプロセスは時間の無駄だと思っている。
「政治的なことは戦いに勝った後の話だ。そして抗戦というのも語弊があるだろう。敢えていうなら討伐だ」
「おお、ハリー、儂もそう思う。そうじゃファッジ、紹介しておこう。これなる者がハリー・ポッター、例の生き残りの男の子じゃ」
魔法省大臣ファッジは不思議なものを見るようにラインハルトを見た。
「討伐とは面白い言葉を聞いたものだ。何か一方的な正義があるようだ」
「当然だ。向こうは叛逆する者なのだから、叛徒ではないか」
ラインハルトの言葉を聞いてファッジは表情をたいそう嫌そうな顔に変えた。
「叛徒、か。嫌な言葉だ。まあ言葉など立場によって変わってくるものだろう。それはいいとして討伐が成功する条件とは」
「だから早めに準備をして戦略と戦術の両面から先手を取り、常に相手を上回ればいいのだ」
ファッジはもうラインハルトから目を逸らしていた。
その思うところは分からないが、何か不快感を感じたようだった。周りからすれば、一介の魔法学校生徒が血気に逸り魔法省大臣に直言し過ぎたように見えた。
そしてファッジは次に別の生徒に目をつける。
目に入った生徒のうち、その者だけは委縮しているわけでもなく虚勢を張るわけでもなく、自然体に思えたからだ。
「君はどうすべきだと思う。戦いになれば、どうやったら勝てる」
意外にもその生徒は即答してきたではないか。
今考えたというようなものではない。その生徒には当たり前のことのように染み付いている考えなのかもしれない。
「それは、敵の六倍の兵力を揃え、補給を充分にした上で戦いを始めればよいのです」
ここでファッジは今日一番驚いた顔をした。
しかしその答えには何も言わず、ダンブルドアとまた協議をする約束をして退室していった。
残された生徒にダンブルドアは解散を命じる。
生徒の一人、あの最後に答えた生徒に別の者が話しかける。
「ヤン提督、どうしました。柄にもなく深刻そうですな。まあ、あそこで話したことはあなたらしい正論ですが、六倍の兵力を集められるのかどうか」
「シェーンコップ、それについては反省しているよ。そう言ったのは簡単に勝てると思ってほしくなかったからさ。意気込みや精神論を語るべきじゃないと思ったんでね。しかし今考えてるのは別のことなんだ」
「何ですかな。別のことというのは」
そして次にヤンが発した言葉にシェーンコップも咄嗟に声が出ないほど驚くこととなる。
「シェーンコップ、あの魔法省大臣というのは間違いなくヨブ・トリューニヒトだ。もちろん、我らの議長様だよ」