ラインハルトとキルヒアイス、二人が語り合うことはいくらでもあった。何といっても二人の絆は深く、親友などという言葉では言い表せない。
とりあえずはキルヒアイスの死後、情勢がどのような経過を辿ったかラインハルトが説明する。
リヒテンラーデ侯の粛清、ラグナロッグ作戦、同盟併呑、首都移転、ロイエンタールの謀反、それは長い長い話だ。
最も力を入れて話したのは他でもない好敵手ヤン・ウェンリーとの二度の艦隊戦である。バーミリオンでの戦い、回廊での戦い、いずれもラインハルトはヤンに戦術的には勝つことができなかった。あまりに悔しいものだが素直にそれを認めて話す。
逆にヒルダとの結婚は多少の気恥ずかしさもあって話を濁した。特に結婚のきっかけになったあの一夜など話せるものか。
「ラインハルト様、あの聡明なマリーンドルフ嬢とご結婚なされたのですね。それが一番だと、わたくしも思っておりました」
キルヒアイスはそれだけを言い、納得できることなので深く聞いてくることはなかった。
それよりも話の中で出て来たアンネローゼ襲撃事件とその撃退にはとても心動かされたようだ。
「アンネローゼ様はご無事だったのですか。ご自分で壺をぶつけて賊を撃退とは、まるで昔のアンネローゼ様のようです。少しもお変わりないのですね」
宮廷に召される前は見かけよりはるかに天然で、活発だったアンネローゼ、それを思い起こしたのであろうか。
話が一段落してから、二人が次に話し合うのはもちろん現状の分析と予測である。
「キルヒアイス、先ずはこの世界の話だ。これは単なる俺の夢なのか。願望が出ているだけなのか」
キルヒアイスと会ったからこそ、その疑念が大きく膨らんでいる。
この世界そのものが幻影かもしれない!
高熱によって意識が混濁し、心の奥底にある願望、すなわち夢でもいいからキルヒアイスにもう一度会いたい、という願いが作り出したかりそめのものではないかと。
しかしキルヒアイスは明確にそれを否定してのけた。
「ラインハルト様、それはおそらく違うでしょう。なぜならこの奇妙な世界は見たり聞いたりしたこともなく、更に想像したこともないからです。それを夢に見れるでしょうか」
「確かにそうだ! 言う通りだな。夢なら自分の想像力が及ぶ範疇であるべきだ。箒で空を飛ぶなど考えついたら狂人だろう。おしゃべりなアイゼナッハを考える方がまだマシだ」
「慎重なビッテンフェルト提督、絵の下手なメックリンガー提督、くらいであれば」
二人は笑う。それは納得できる論理であり、即座にラインハルトも理解できた。
この世界は頭の中にある妄想の産物ではない。
「ラインハルト様、ついでに申し上げればヴァルハラでもないでしょう。ここは奇妙ではあっても時間の流れというものがあり、人も変わっていきます」
「だとしたら、いったい何なのだろう」
「わたくしは思ったのですが、この世界に呼ばれたのではないでしょうか。流れ着いたのではなく」
「斬新な考えだ。とすると、俺たちに何か成せることがあり、何かするべきことがある、という結論になる。だがそれは何だ」
「ラインハルト様ができることと言えば、やはり戦いではないでしょうか」
「こいつめ、俺にはそれしかできないか。立派に新帝国を作ったぞ」
おまけに世継ぎまでヒルダと一回の共同作業で作っている。とはもちろん話さない。
「だがキルヒアイス、ここには宇宙艦隊もない。ブリュンヒルトもイゼルローンもない。むしろ平和そのものに見える。戦いなどどこにある。この学校も幼年学校と比べたらぬる過ぎる」
「そのことですが、ラインハルト様、どうも今の姿のハリー・ポッターに関連して考えるべきことがあります」
この世界に来たのは、実はキルヒアイスにとって二年も前のことなのだ。
ある程度の情報収集は進んでいる。ホグワーツという学校や魔法に関してだけは同じ一年生なのでアドバンテージは無いが。
得た情報を共有する。
かつて「名前を呼んではいけないあの人」というずばぬけて強力な魔法使いがいたらしい。それは死をまき散らし、悪の魔法使いを多数手下において思う存分暴れ回った。このハリー・ポッターの両親も殺したとのことだ。ある日突然その姿が掻き消えたが、依然としてその死は確認されていない。今は猛威を振るってはいないが、隠れているだけなのかもしれない。事実、その潜在的な恐怖にこの魔法使いの世界はたいそう怯えている。
「何だその妙な魔法使いは。そんな長たらしい呼び名など不要だろう。別名を付けるなら、せめて鉄壁ミュラーくらいに短くしたらどうだ」
ヴォルデモートに何の恐怖もないラインハルトはそう言う。自然災害ならともかく、相手が人格を持ち人の言葉をしゃべるものなら恐れるに足らない。
少しも変わらぬラインハルトらしさにキルヒアイスも苦笑する。
「そうですね、ラインハルト様。ところでわたくしはここでロナルド・ウィーズリーと呼ばれております。寮はグリフィンドール、あの組み分け帽子が困りに困った挙句、忠誠や知恵が余っている以上勇気のグリフィンドールくらいだということで」
「なるほど、あの組み分け帽子も学習能力はあるようだな。脳がどこにあるのかは分からんが。まあ寮が違うくらいは何でもない。それと人前ではその名で呼ぶことにしよう」
そしてラインハルトは一つの可能性を思いつく。それは当然ともいえる可能性だ。
「しかし、俺とお前がこの世界にいるのならば、他にも誰かいてもおかしくないのではないか。そのような者はいたか」
「まだ出会ったことはありませんが、その可能性はあります。ただし帝国語で皆に呼びかけることも目立ち過ぎますし、どうしたものかと」
「まあそれは後でもいい。他に誰もいなくとも、俺にはキルヒアイス、お前がいれば充分だ」
順調に学校生活を過ごしていれば、よほど偏屈でない限り知古も増える。
キルヒアイスの紹介でラインハルトにグリフィンドール寮生の知り合いが増えた。
先ずはこの世界でキルヒアイスの兄に当たるパーシー・ウィーズリーという者だ。成績は良く、監督生とのことだが、型通りの挨拶の他は話題もなく神経質な性格に感じられた。
「キルヒアイス、あの者は何かシュターデンに似ているのではないか? 確かに成績は良く知識はあるようだが、話に幅がなくせっかくの知識も引き出しが錆びついているようだ。これでは臨機応変さに欠け、戦いなら一定以上の将には必敗となる」
「そうですね。確かにシュターデン中将に似ています。しかし戦いをするのでなければ適材適所ということがあるでしょう。それと確認していますが本当にシュターデン中将ということはなさそうです」
次にハーマイオニー・グレンジャーというやかましい女と知り合った。
同じ新入学の一年生だ。非常に弁が立ち、二人よりはるかに成績も良く、動きも活発だ。
(まるでカイザーリン・ヒルダのようだな。これで料理が下手なら…… いいや、カイザーリンの方が戦略眼があり、しかも美人だった。まあ美人のことは本人の努力の範疇外なので評価すべきことではないが)
その比較は微妙に客観性を欠いている。
ハーマイオニーもヒルダと比べて断言されてしまうのは不当なほどに可愛い。
知り合ったきっかけはハーマイオニーの方が興味を持ってきたことだ。
噂の中心、「生き残りの男の子」、これがハーマイオニーの好奇心に火を付けたのだ。
しかし、決定的に友人になった出来事があった。
他の三つの寮とは異なり、スリザリンという寮にいる者たちは大半が先祖代々の魔法使いの血統を持ち、純血主義者である。
そこの者たちが魔法使いとマグルの混血であるハーマイオニーをからかったのだ。
いや、それははっきりとした悪意に満ちていた。
「あら、成績のいいグリフィンドール生が通るわ。抱えきれないほど大きな本を持って。さすが穢れた血、魔法界にすり寄るため勉強にも必死なのねえ」
廊下でスリザリンの二人の女が挑発してきた。
ハーマイオニーは無視して通ろうとする。
「でもいくら勉強しても魔法が強くなっても無駄よ。穢れた血なんだから」
女たちはけらけら笑う。
そこにたまたまラインハルトとキルヒアイスが通りかかり、その侮蔑の言葉を聞いてしまう。
「穢れた血とは何か? それが生まれ持っての何かだと言うのなら、言うべきことではないだろう」
「ハリー、行きましょう。パンジーやミリセントの言うことなんか聞く必要ないわ」
ハーマイオニーはスリザリン生を完全に無視し、ラインハルトを引っ張って行こうとする。
今までも散々スリザリンの嫌がらせがあり、ハーマイオニーは痛い目を見て、無視が最善だと悟っている結果だ。
なんとなくラインハルトにも想像がついた。
ハーマイオニーはもちろんそれまでに何度も抵抗した。ハーマイオニーは両親とも大好きで、魔法使いとマグルとの結婚だからどうだという強い思いがあったからだ。
しかし、その度に純血主義者と無益な争いになり、悔しい思いを積み重ねてきたのだ。
いくら言い返しても、筋道立てた理論を駆使しても、「穢れた血」、その一言で無意味になる。言い争いはハーマイオニーの努力にも能力にも関係なく常に敗北に終わり、相手には甘い勝利が、自分には更なる屈辱が加わるだけだ。
「今度はハリーを誘惑? 穢れた血さん。有名人と付き合ったら箔が付くなんて甘い考えはやめることね」
「ハリー、穢れた血と結婚したらせっかくの純血が台無しよ。子孫を穢れた血にしたくなかったらこのビッチの誘惑に耐えて頂戴」
この瞬間、スリザリンの二人の女に向かってラインハルトの覇気が爆発的に増大した!
空間を埋め尽くし圧倒する。それは後で判明したことだが、魔法力と非常に近い力だった。
「人を生まれで差別する者がここにもいたのか! 実力もなく、生まればかりを誇りとし、他者を虐げるのがどれほど愚かなことか! そんな者がどのような最後を遂げるか、知っているのか! 知らぬならば今ここで想像させてくれる!」
さすがにラインハルトは今、相手の分からぬ帝国語を使っていない。
(ガイエスブルクの奥底で、あるいは艦で、平民の逆襲にあった帝国貴族のようになってみるがいい! 生きたまま反応炉に放り込まれた貴族どもの後悔が分かるだろうか)
「もうよろしいでしょう。おそらく二度と言うことはないでしょう」
キルヒアイスの言葉を聞き、相手を見ると、スリザリンの女二人は床に縮こまり丸くなっている。
両手で耳を塞いでガタガタ震えているのだ。
騒ぎを聞きつけて集まってきた群衆、ラインハルトは特にグリフィンドール生から盛大な拍手を受けた。
この事件により、ハーマイオニーとラインハルト、キルヒアイスは行動を共にすることが多くなった。またスリザリンを除く寮からのハリーの人気も急上昇したのである。