いよいよルドルフ陣営との戦いが迫る中、再びラインハルトとヤンは会談を持った。お互いのスタンスをはっきりさせないと動きがとれないからだ。
「ヤン・ウェンリー、卿も今回身をもって知っただろうがルドルフ大帝とその配下がこの世界に来た。そして勢力を伸ばさんとしている」
「分かっています。そして彼らの最終的に意図するところは」
「言うまでもない。奴はかつてのようにこの世界も征服し、思うがままに支配するつもりだ」
「そうでしょうね。あの銀河帝国を作り上げたルドルフ、また独裁を考えているのであれば阻まなければなりません。もちろん、共和主義者として」
ルドルフを倒すという一点においてラインハルトとヤン・ウェンリーは同じだ。
しかしその動機が異なることも明らかである。
一方は向こうの世界のゴールデンバウム王朝を倒した延長線上のことであり、言うなれば私怨だ。しかし一方はこの世界の政体を独裁から守るため、そこがはっきり違う。
「ローエングラム公、ルドルフに対し我々が共同戦線を張るのは合理的です。しかし一つお答え頂きたいのです。戦いが終わった後、この世界をどうするつもりでしょうか」
ヤンとしてはその懸念が大きい!
ラインハルトがこの世界の政体を「軟弱」であるとして「善意の独裁」を目指したらどうだろう。
そうなればルドルフに勝っても、独裁には違いない。
もちろんラインハルトは暴君ではないが、更に遠い将来はどうなるかわからず、そしていったん壊れた民主主義を立て直すには時間がかかる。それは歴史が証明していることだ。
その答え如何によってはヤンはラインハルトとここでも戦わなくてはならない!
「卿の懸念は分かるつもりだ。またそれが無用のものであるとも言っておく。ここで余がまた帝国を作り上げるつもりはない。正直なところルドルフを倒す以外にここで何をすべきか分からんというのが本当だ」
ラインハルトは諸将、特にキルヒアイスにまた会えたのだ。
戦いを避けないのは性質上もちろんそうだが、闇雲に戦いを引き起こしたいと思うまで心は飢えていない。
ヤンにとってみれば期待した答えとして必要充分、協力を約束した。
元の世界ではついぞ成らなかった二人の協調が実現したのである。
同席していたキルヒアイスも表情を緩ませた。元の世界においてさえ、キルヒアイスは二人の争いを好んでいなかったくらいなのだから。
常勝の英雄、不敗の名将、互いにその実力は知っている。こうなったら頼もしい味方ではないか。
そうと決まれば二人はさっそく戦略的に語り合う。
「ルドルフ大帝の出方だが、電撃戦かあるいは持久戦でくるか、先ずはここからだ」
「もう一つ、局地戦か世界的な全面戦争になるかも重要です。しかしこれを読み解くのは難しくありません」
「それはどういうことだ」
ラインハルトがそう問う。
キルヒアイス以外に戦略を語り合える唯一の存在に対して。
「こちらの利点は体制に立脚した人員を動員できること、つまり闇払いの総数は死喰い人を大幅に上回り、順当に戦力同士のぶつけ合いになれば物量で勝利できることです」
ヤンはラインハルトにそう話しながら複雑な心情を持った。
元の世界では正に帝国軍の物量で苦しめられ、いかに戦術で勝っても覆すことはかなわなかったのだから。
更に続けて分析と戦略を語る。
「その一方でルドルフ側の利点もあります。先ずその本拠地を隠蔽していて、逆にホグワーツなどこちらの拠点の位置が明らかです。すなわち向こうは先制攻撃が容易であり、それに対しこちらは後手に回らざるを得ません。もう一つあります。それは闇の帝王という名が恐怖と結びついているため、おそらく魔法界は少なからず混乱に陥り、完全な防御態勢はとれず、付け込まれる隙が生じるでしょう。向こうもそれが分かっています。つまり物量を発揮させない方法をとるのは確実、そこで導き出される答えが存在します」
「さすがにヤン・ウェンリーだな。見事な解析だ。その答えも聞こう」
「たぶん向こうは早いうちにこちらの重要拠点を攻め、先ずは世界的な混乱を引き起こそうとします。しかしそのまま戦線をむやみに拡大するはずはありません。得た拠点を保持する力はなく、下手をすれば各個撃破されるからです。それよりも混乱が最大限になるタイミングを見計らって逆に一点に集中し、一気にこちらの中枢、おそらくここホグワーツを制圧しようとするでしょう。そうなれば向こうとしては数の不利をあっさりと引っくり返し、勝ちにもっていけます。すなわち純粋な急戦ではなく戦略的な布石を打ちながらの急戦です」
ラインハルトは舌を巻いた。
キルヒアイスも口を挟んでいないが同じ思いだ。
むろん、ラインハルトとしても似たようなことを考えてはいた。しかしここまで根拠と説得力をもってルドルフを分析できたわけではない。
「ヤン・ウェンリーよ、その戦略眼が先の世界で生かされなかったのは不運だな。卿とは戦術的にしか争わなかった。それすらも負けてしまったわけだが。バーミリオンで」
「それは謙遜というものです。自由惑星同盟をそういう状態に追い込み、制圧したのはローエングラム公の戦略が優れていたからで、それに対し戦術を誇るなど無意味なことです」
「だがそれでもバーミリオンでは勝ちたかった。まあそれはいいとして少し補足させてもらおう。ルドルフはおそらく元の世界の体験をなぞろうとするのではないか。すなわちルドルフは純粋に戦いで帝国を作ったのではなく、政治的に勝ったのだ。最後は選挙というもので権力を手に入れている。その体験をなぞるのならば政治的な揺さぶりをかけてくることも考えられよう」
「確かにそういう心理戦に長けているかもしれません」
ここでヤンの顔に苦みが走る。
まさにラインハルトの指摘した通りなのだ。史実では民主共和制の選挙のもとにルドルフは政治の頂点に立った。
市民は熱狂的にルドルフを支持し、民主的に独裁が成立したのだ。他に誰の責任でもなく市民自身が共和制を投げだした。
元の世界で自由惑星同盟がラインハルトの新帝国に武力をもって制圧されたのは逆に良いことだったのかもしれない。腐った政治の末に同盟市民自ら共和制を貶めるよりはマシなのだから。
ヤンとラインハルトの戦略のもと、ルドルフに対して戦う態勢を作らなくてはならない。
しかしそれは手続きの面で案外面倒なことだ。
ヤンもシェーンコップもホグワーツに長くいられない。三校対抗試合が中止された今、それぞれダームストラングとボーバトンに帰らなくてはならない。そうなった後では共闘どころか通信さえ難しい。
ラインハルトもホグワーツの一生徒に過ぎないからにはそう自由ではない。そんな中でディー・エーをもっと組織化して戦力を高め、防備態勢を強固にしながら、政治的にも影響力を行使するというのは難しい。しかも分霊箱の破壊も並行して成し遂げる。それは不可能に近いことと予想された。
そこでダンブルドアに便宜を図ってもらうために会見する。
だが、そこではあまりに予想外なことが起きていた!
会った直後、ダンブルドアに恐ろしい異変があったことが一目瞭然である。
「どうしたのだ校長! その様子では大変に弱っているようだ。何があった! まさか敵が既に攻撃してきたのか」
ダンブルドアはラインハルトの目には瀕死の重体の有様に見えた。
「ハリー、なに、命に別状はない。これは攻撃を受けたものではない。儂の方がちょっとばかりしくじってしもうた結果なのじゃ。闇の帝王の罠にうっかりはまっての。分霊箱の一つは指輪であったが、壊す前に自分の指に通してしまったのじゃ」
「なぜ、そのようなことをしたのか。罠があるのは当然。校長も危険性は充分知っているはずなのでは」
「儂には弱点があるのじゃ。死んだ妹、アリアナのことに関係すると、儂は自分が抑えられなくての」
「亡くなった妹君と油断がどう関係すると?」
「アリアナの死は、儂にとって人生を引き裂くほどの悔恨なのじゃ。そこだけは自分でどうにもならぬ。その指輪はよみがえりの指輪と呼ばれておっての、死者と話ができるという噂があった。儂もアリアナと話ができるかとつい惑わされてしもうた。一縷の希望に縋って、自ら罠に落ちた。情けないことじゃ。笑うてくれ、ハリー」
ラインハルトは詳しいことなど分からないが、ダンブルドアがその妹の死に関係し、大きな後悔と痛みを抱えているだろうことは理解した。
いったい妹と何があり、彼女の死という結果になったのだろうか。
「早う死んでアリアナのところに行くことが儂の真の望みなのじゃが、まだそれはできん。魔法界の今後のため、闇の帝王を倒さねばならん。ハリー、頼み事は分かっておる。儂の力の及ぶ限り、戦いの指揮をハリーがとれるようにしよう。戦いについてなぜかハリーが一番分かっておるようじゃ。分霊箱の方には儂がしばらく動こう」
「感謝する、校長。そこまで言われたからには必ず敵を倒す」
そんな中、驚くべきニュースが舞い込んできた!
電撃的に闇の帝王の勢力が世界各地の魔法学校に侵攻してきたのだ。
魔法省に入ってきたニュースでは、世界に11ある魔法学校のうち少なくとも2つの魔法学校が壊滅した。
「な、何!? 二ホンにあるマホウトコロが消滅だと! そんな馬鹿な! マホウトコロは飛行術で世界最高だぞ。それが陥とされたとは」
「アフリカのワガドゥーが占拠されたのか! そこはホグワーツの倍も生徒や教師がいるはずだ。それがこんな短期間で、なぜだ!」
魔法省は怒号が飛び交い大混乱だ。
闇の帝王の勢力は予想以上のものではないか?
誰もが驚き戸惑い、即時反撃を叫ぶ者、何もできない者など様々だ。少なくとも混乱して有効な手立てを打てないでいる。
中でも戦意を失うものが急速に増えていった。
今度こそ闇の帝王は本気で戦いを仕掛けている。これに対抗などできるものかと思っていたようだ。
闇の帝王が前回敗退したのは、生き残りの男の子を殺そうとしてしくじったからで、いわば偶然ともいえる事故のためである。順当にいけば今頃は魔法界は闇の帝王の支配に置かれていた。
今回、そんな幸運は望めないだろう。
闇の帝王が再び同じような失敗を繰り返すはずがない。であればもう魔法界は風前の灯ではないか。そう遠くないうちに魔法界は闇の帝王とその死喰い人に敗れ、そして彼らの天下になり、従わない者や抵抗する者にどれほど恐ろしいことをするだろう。下手に逆らうほど報復は大きくなる。
今のうちに降伏しようとするのは、情けないようだが最善な手段なのかもしれない。
沈滞した空気が魔法省を覆う。
「諸君、何を慌てている」
「ですがファッジ大臣、これは一大事です! 十三年前、魔法界は滅亡の危機にありました。その時でさえこれほど恐ろしいニュースで始まったわけではありません。闇の帝王はおそらく怒っています。今後どれほどの災厄になるか想像もつきません。まさか皆殺しまで考えているのかと…」
「今諸君の恐れているのは敵の意図かそれとも敵の戦力なのか。だが精神ではあるまい。諸君らの精神、自由と民主を守る精神まで負けてしまったのか!」
魔法省にいた者たちはとまどう。ファッジの言葉を消化するまで少しの時間が必要だった。
「精神ならば自由と民主、これこそが至高であり、何物もこれに及ばないではないか!」
そんな言葉がファッジ大臣の口から出るとは思いもしなかった。
今までの大臣なら戦意とは真逆の態度のはずだ。
人一倍迷い、醜態をさらして当然だと思っていたのに何と皆を鼓舞しようとしている。
魔法省にいた全ての人間が集まり、今や大臣の言うことに耳を傾けている。
「もう一度問う! 諸君らの守るものは何か。それは簡単に手放していい程度のつまらないものなのか! 違うはずだ。思い起こせ。自由と民主、その価値を知る我々が投げ出せるはずがない。守ることの意味を忘れられるはずがない。この先、戦いは容易ではなく、私は犠牲が出ないなどと約束しない。いや、犠牲は出るだろう。しかしそれは悲しみではなく、尊い行為なのだ。こちらの側に生まれた人間として負うべき名誉ある責務である。それは一人一人の双肩にかかっている。これから諸君らの行う行為には、歴史そのものが証人となる。暗黒の思想に対し負けてはならない。抗うことを止めてはならない。どんな力も真実を知る精神を吹き消すことはできないのだ。ここに集い、崇高な精神の光を輝かせ、未来を切り開こうではないか!」
魔法省大臣ファッジ、いやヨブ・トリューニヒトは右手を握りしめ、力強く言い切った。
「今こそ声を大きくするべき時である。共に叫ぼう。自由と民主万歳! 帝国を打倒せよ! 同盟よ永遠なれ!」
その気迫の籠った大演説の中で、最後はよく分からない言葉も混ざっている。
帝国とは何のことだろう。
しかし皆は大臣の言葉をよく噛みしめた。おそらく闇の帝王による独裁を帝国という比喩で言っているのだ。
もしそうなら、同盟というのは各国の魔法省が対等の関係を保つ民主的な状態を指しているのだろうか?
ともあれ彼の演説は間違いなく聞いた者を立ち直らせた!
魔法省の弱気を全て払拭し、少なくとも戦う前から逃げに入る者はいなくなった。
「大臣、我々も決して諦めません!」
「闇の帝王に最後まで屈さぬことを約束します!」
それは後世まで残る名演説であった。
一方、状況を聞いたヤンはラインハルトに会い、戦略的な移動を申し出た。
「ルドルフの侵攻が始まったようです。我々の打つ手としては防衛拠点を一つだけでも守り切り、相手の勢いをいったんせき止め、時間を稼ぐことです」
「なるほどそうだ。それが最善手だな。しかし、どこでどうやって迎え撃つか」
「次に狙われるのは予想がつきますが、おそらくダームストラング校でしょう。なぜならヨーロッパの玄関口に位置し、闇の勢力を結集してホグワーツを狙うには是非とも取っておきたいと思う場所でしょうから」
「確かにそこが要地だ。必ず通らねばならぬ場所だな」
「今のうち私がそこに赴きます」
「卿の手腕に期待する。その戦いぶりを見られないのが残念だ。またかつての魔術を使うのだろうが」
そしてヤンはフィッシャーと共にダームストラング校に戻る。
しかしシェーンコップはその方へ同行させず、ボーバトンに帰らせている。
「シェーンコップ、おそらくダームストラングは守りきれない。次の手は分かるだろう」
「ボーバトンで待ってますよ。おそらく待ちくたびれることはないでしょう、ヤン提督」
「その時間を利用して君に是非やってほしいことがある」
ヤンはシェーンコップに何事かを頼み、そのまま別れた。
魔術師ヤン、不敗の名将はいったんダームストラング校の防衛戦に入り、ラインハルトより先にルドルフの軍勢と激突する。
ここから魔法界は長く苦しい戦いの時代に入る。
その果てに何が待つのか、今はまだ誰も知らない。