ハリー・ポッターと帝国元帥   作:おゆ

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第三十一話 魔術師、出陣

 

 

 ヤンはフィッシャーと共にダームストラング校へ帰りついた。

 さっそく策を練る。

 間を置かずして闇の帝王の勢力が迫っていることが確認できた。予測は当たっていたのだ。

 ヨーロッパの玄関口ブルガリアという戦略的要衝にあるダームストラングを陥とし、そのままなだれ込んで席捲するつもりだろう。

 

 ただし、ヤンでさえ予測できないこともあったのだ。

 攻めてくる軍勢は死喰い人ではなく、それどころか魔法使いですらない。

 

 それは巨人の群れである。

 大きいものは十五メートルもあるだろうか。大小併せて八十体もいる巨人の軍勢が押し寄せようとしている。むろん、これほど巨人が集合しているのを見た者は誰もいない。

 しかも、驚くべきことに全ての巨人は手に槍を持っているとは。

 その槍は巨人の身長を超えるほどの長さであり、おそらく重さもかなりのものだ。人ならば数十人かかっても持ち上げることすらできないだろう。

 

 しかしおかしい。

 

 巨人は昔から知能が低く、武器といえばせいぜい棍棒くらいが関の山のはずなのに。それであればまともな魔法使いなら対処は難しくなく、手や足に注意を怠らなければいいだけだったのだが、今や武器を持っているとは計り知れない脅威になった。

 その破壊力は恐ろしいばかりに高められたと考えていい。昔の巨人のイメージで見てはならない。

 これは何者かが助力しているに違いなく、それはもちろん大帝ルドルフの一味だろう。そもそも巨人がルドルフと協力しているのか、あるいは手下になったのかは分からないが、結果的に尖兵としてこのダームストラングを破壊しに来たのは驚きだ。

 

 

 ここダームストラング校はホグワーツとよく似た立地をしている。

 うっそうとした森が両脇にあり、その中間はゆるやかな谷合になっているが、そこを道と浅い川が通っている。

 下流方向から道を進んで突き当たったところにやや広い平地が開けていて、ダームストラング校はそこにある。敢えて違いを言えば、ホグワーツほど地形に起伏はなく、逆に森の密度が濃い。

 つまり軍勢が通るには道をまっすぐ来るしかない。

 その通り、今も巨人たちは道に隊列を成してダームストラング目指していた。

 

 ヤンはそれに対抗して防備態勢を整える。

 

 本来なら一生徒であるヤンが戦いの指揮をとるはずはない。しかし今は校長カルカロフが行方不明、そしてなによりヤンの姿は立派なビクトール・クラムなのだ。自然と皆が指揮官と仰いでくる。おまけにヤン自身のものではないクラムのクィディッチでの実績が役に立つ。全く身に覚えはないがクィディッチではヒーローだったらしい。

 

「やれやれ、見かけで得をする日がくるとは思わなかったな」

 

 確かに先の世界では見てくれがブレーキになることしかなかったのに。

 ぼさぼさ頭の冴えない指揮官、誰もが見かけと実績のギャップに驚いたものだ。

 

「いいことではありませんか。提督が自由に指揮を執れるのが勝利への必要条件でしょう。ならばこの見かけは僥倖として捉えては」

 

 フィッシャーが生真面目に補足してきた。

 ヤンは頭をかいてそれに応え、ついでにどうでもいいことを考えてしまった。

 

「この見かけならフレデリカとも早く結婚できたんだろうなあ。自分に自信を持って、こうビシっと」

 

 フレデリカへの告白が遅れたのは、見かけが原因ではなく性格の故なのだが、そこには思い至らない。

 

 

 

 巨人を迎え撃つ戦いの直前、ヤンにとって意外なプレゼントが届けられた。

 ラインハルトからの手紙を持って、三人の人物がダームストラングまでやってきたのだ。手紙にはこう書かれてある。

 

「ヤン・ウェンリーよ、この手紙を携えて卿のところに来た三人は、闇払いのリーマス・ルーピン、ニンファドーラ・トンクス、シリウス・ブラックである。しかし、その実は元の世界の人間でもある。しかも卿には知った者だろう。最近見つかったのだが、卿の方が使いこなせると思い、至急送る。

 ラインハルト・フォン・ローエングラム」

 

 その三人が元の世界でどういう人物だったかは書かれていない。

 ラインハルトは粋なプレゼントとして考えているらしかった。その場で直接聞いた方がいいと思ったのだろう。

 

 その三人の中の一人がさっそくヤンに話しかける。

 

「ビクトール・クラム、いやヤン提督、久しぶりだ。こうして一緒に戦えるのは帝国領侵攻以来になる」

「それはどうも」

 

 ヤンにはまだ相手が誰だか分かっていない。

 それを承知の上で、一呼吸置いてその人物が答え合わせをする。

 

「今はシリウス・ブラックという名だが、これからはウランフと呼んでくれ」

「あっ、これはウランフ中将!」

 

 つい反射的にヤンは敬礼してしまう。帝国領侵攻時点ではウランフの方が先任で上官である。

 それだけではなく、ヤンには恐縮する理由があった。帝国領侵攻では各艦隊が各個撃破される運命にあったが、ウランフと同盟軍第十艦隊はヤンの第十三艦隊の援軍を待ち望みながら、間に合わず戦死している。ヤンは最善を尽くしたのであってそれは止むをえないことだったのだが、若干の後悔を残している。

 

 そんな心の動きを感じてウランフは敢えて優しい笑顔を作った。

 

「最終階級は君の方が上だよ、同盟軍ヤン元帥。それに先のことなら忘れてくれ。いやそれ以上に尊敬している。民主主義を最後まで守ってくれたんだな。ローエングラム元帥からその後を聞いたよ。胸が熱くなった」

 

 

 それに対して恐縮しながら返答を考えていたら、横から声をかけられた。

 

「ヤン! また会えるなんて!」

 

 その弾む声の調子から、ヤンはもう誰か想像できていた。

 

「ジェシカかい? そうだろ?」

「分かったの? ああ嬉しい。もう一度こうして会える日が来るなんて」

 

 それはニンファドーラ・トンクス、いやジェシカ・エドワーズだった。

 ヤンは共に若い日々を過ごし、忘れられない人物だ。あの美しいブロンドの髪が派手な赤髪になっているが雰囲気は昔のままであった。

 そのジェシカがさっきまで親しげに手を繋いでいた人物もヤンには言うまでもなく分かっている。

 

「そっちは、きっとラップだな」

「ああ、そうだヤン。また一緒だ。やっとあの頃の士官学校に戻れた気分だ」

 

 ラップもまた手を広げて再会の嬉しさを表現している。ヤンも嬉しいが、別の事も考える。

(ジェシカとラップはアスターテで引き裂かれた。何という悲劇だったろう。その後ジェシカも死んでしまった。しかし今、二人は結ばれたんだ… やっとかなえられたんだな、この世界で)

 ほんのわずか嫉妬に近いものがあった。

 自分はというと、嬉しいことだがフレデリカは向こうで生きている。そのためヤンはフレデリカと会うことはできないのだ。

 

 

 

 ダームストラング校の建物はこれまたホグワーツに似た古城である。しかし、ここに籠って防衛するのは得策ではない。巨人の槍はおそらく建物を突き崩すのに充分であり、守り通せることはない。

 しかもいったん包囲されたら撤退が難かしくなる。

 ヤンは城を枕に討ち死になどする気はなく、最初から戦略的な撤退を視野に入れている。

 

 戦いがすぐそこまで迫る。

 

 巨人たちはダームストラングの城が目に入るやいなや、いっそう喜び勇んで足を速めた。

 城を破壊し、そして逃げ惑う人間たちを捕まえて殺れるではないか。巨人にとって魔法使いは面倒なおもちゃに過ぎない。時に魔法で手痛い逆撃を食らうこともあるが、いったん捕まえることができればしめたもの、思うさま握り潰し、捻り、叩きつける。苦痛の表情と絶望の叫び、断末魔の悲鳴がハーモニーを奏でる。極上の愉悦だ。

 この時巨人たちはそんな邪悪な愉しみを思い描いて他に何も見えない。

 

 だが、突然横撃を受けた。

 一本道に面した森の中から攻撃魔法の斉射を受けたのだ。ヤンは事前に生徒らの一部を森に隠し、伏兵としていた。しかもラインハルトと同じように集団戦法に適した一斉射撃を習得させている。おまけにそれを一歩進め、レンズで光を集めるような一点集中攻撃までやってのけているではないか!

 かつてヤン艦隊の得意とした一点集中砲火、もちろんフィッシャーの隊形調節技術が再びこの世界でもそれを可能としているのだ。

 たまらず巨人の列が乱れる。

 巨人は攻撃の槍を持っているが盾は持っていない。

 湧き上がる原始的な怒りの感情のままに動き、もう集団行動はできなくなった。隊列を自ら乱し、そのまま城に向かう者、怒って森に近付く者に分かれた。

 

 しかしまたしても異変がある。

 城に向かった巨人たちが突如倒れた。

 その原因は足元にあった。何と鋲のような物が撒かれていて、知らずにそれを踏んだ巨人が痛みにたまらず倒れたのだ。

 その鋲は氷で作られたものだった。

 ヤンは事前に凍結魔法でそれを作らせ、まるで艦隊戦の機雷のように伏せておいたのだ。氷で作ったのは後の処理で困ることがないようにという配慮の故である。

 動きの封じられた巨人は良い標的にしかならない。

 城に残った方のダームストラングの生徒はウランフ提督の指揮の下、最大限効率のいい集団戦法を展開する。城壁の上から雨あられと攻撃魔法を撃ちかけていく。

 

 もはや巨人は討たれる一方だ。

 

 一方、森へと向かった巨人もまた目的を達成できない。森は密度が濃く、巨人が自由に動き回れるスペースはない。わざと攻撃を緩めて巨人を森に誘い入れ、頃合いを見てはゲリラ的に四方から攻撃を仕掛ける。ラップは非常に優れたゲリラ戦指揮官だった。

 

 巨人は恐るべき力を持ちながらもあっという間に劣勢に追い込まれてしまう。どちらの方面でも負けている。

 

 

 ところがここで戦法を変えてきた。

 巨人が槍を投げてきたのだ。

 さすがに長大な槍の破壊力は圧倒的で、その投擲は森ごと破壊できる。

 

 このままでは森にいる生徒らが危険だ。飛んでくる槍を受け止めたり浮遊させることは不可能であり、そもそも視認さえできないほど速いものもある。

 ヤンは直ちにラップと生徒らを城に避難させた。そして次の策を打つ。

 

 あちこちに準備しておいた薪木に火炎魔法で火をつける。たちまち巨人の恐れる火が噴き出てくる。それにもまして大量の煙が視界を遮ってきたのだ。ヤンとしては巨人に組織行動をさせず、各個撃破を徹底、殲滅するつもりであった。

 だが、意外にもそれはかなえられない。

 巨人はやみくもに戦いを続けたりせず、速やかに撤退していったからだ。ヤンも包囲を考えてはいたが退路を完全に遮断するのは不可能である。

 

 ダームストラングの生徒らは大喜びだ

 闇の帝王の手先である巨人を見事返り討ちにした。

 それもこれも防衛策があまりに見事に決まったゆえである。

 

「勝ったぞ! ビクトール・クラム万歳! 英雄シーカーの力を思い知れ!」

 

 歓喜する生徒らに声を掛けられながら、逆にヤンは浮かない顔をする。

 

「これはまずい…… 巨人が怒って尚も向かってくると思っていたんだが…… 殲滅する前に撤退とは、誰かが遠くから見て命令をしたせいだ。つまり命令系統と規律が多少なりとも存在する。しかも命令をした人物は一筋縄ではいかないだろうな。巨人に槍を持たせるという戦術な工夫を駆使し、さらにはそれを投げさせるという臨機応変さも兼ね備えている。こいつは厄介なことになるぞ」

 

 この世界では聞き役のアッテンボローはいない。独り言のように言うだけだ。

 

 

 一方、やや離れた所で巨人を叱責しながら統率している人物がいた。

 

「ダームストラング校もなかなかどうしてやるじゃないか。防御の戦術は大したものだ。この世界でも戦争というものを知っている者がいるのか。簡単に蹂躙できると思っていたが、そうはならんとは。こいつは面白くなってきた」

 

 薄笑いを消さないリッテンハイムだ。

 今回、ダームストラングの攻略をルドルフ大帝に命じられ、攻撃を仕掛けた。容易に陥とせるはずだったのに、予想外にも撤退を余儀なくされてしまった。むろん、決定的な敗北をする前に早めに撤退させたものだ。

 

「だが次はない。せいぜい楽しませてくれ」

 

 戦力は充分にある。

 しかも頭にはもう即応した戦術を組み立てている。かつてルドルフ大帝麾下の帝国軍第三艦隊を率いていた身であり、柔軟な戦術を取ることで名を馳せていたものだ。

 

 

 

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