ハリー・ポッターと帝国元帥   作:おゆ

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第三十四話 忠臣の本懐

 

 

「公よ、危ない!」

 

 アンスバッハはもちろんイゼルローン要塞のトゥールハンマーを知っている。ブラウンシュバイク家専属になる前は帝国軍将兵の一端としてイゼルローン回廊の戦いに参加していたことがあるからだ。そのトゥールハンマーにも似た要塞砲は危険、この認識を反射的に理解した。

 

 狼の群れと近い所にいたブラウンシュバイクをかばいつつ、辛くもトゥールハンマーの範囲から逃れる。

 ここに至って狼の大半は消滅した。

 ようやく狼たちは怒りよりも恐怖が上回り、統率もとれないまま文字通り尻尾を巻いて逃げ帰る。

 

 巨砲トゥールハンマー、その絶大な威力によって形勢は一気に傾いた!

 敵のとっておきの兵力を粉砕し、流れはこちらにある。

 

 ボーバトンとダームストラングの生徒は大歓声を上げている。

 今まで城を執拗に攻められ、疲労と不安が増していたがこれで立ち直る。もう勝利の予感に沸き立ち大騒ぎだ。

 

「ヤン提督、勝機ではありますまいか。出撃の許可を」

 

 さっそく、ウランフ提督が機を見てそう言ってきた。

 

「お任せします。よろしくお願いします」

 

 ヤンがそう返す。未だにヤンの中ではウランフ提督が上官なのだ。なんとも言葉を選ぶのに困るヤンを見て、苦笑しながらウランフが出ていく。

 そしてウランフの指揮は昔と同じ、鮮やかで鋭い攻勢が持ち味である。

 

「全艦隊出撃せよ! 最大戦速で敵巨人たちの右翼に回り込め! 敵が反応できない速度を保つんだ。可能な者は横撃しつつ、全体で半包囲態勢をとれ!」

 

 ウランフも昔の癖をあえて直そうとしていない。

 敵も、戦い方もまるで違うのに宇宙の艦隊戦のような言い回しで指示している。

 

「しかるのち押し包んで殲滅するぞ!」

 

 その心は誇りある自由惑星同盟軍、そして第十艦隊司令官のままなのだろう。

 側にいて同じことを考えたシェーンコップが言う。

 

 

「もはやどう見ても同盟軍でしょう。いっそのこと箒に乗った部隊をスパルタニアンと命名してみては」

「それはどうかな。どうせこの世界にはポプラン中佐はいないよ。そして君のカーテローゼ・フォン・クロイツェル少尉もね」

 

 ついでに言えばアッテンボローもキャゼルヌ先輩もいない。そして何よりフレデリカがいない。

 ヤン・ファミリーの再現はできない。

 もちろん、それは向こうの世界で生きているわけで、嬉しいことなのだが。

 

「ヤン提督、うかうかしていると金髪の皇帝にワルキューレと名付けられてしまいますぞ。早いうちにイワン・コーネフを探すべきですな」

 

 ヤンのわずかに陰った表情から寂しい気持ちを察したのか、シェーンコップが冗談の続きを言った。

 しかしその時ヤンは既に別のことを考えていた。

(そういえばカーテローゼ嬢とユリアンはよろしくやっているのだろうか。どう考えてもユリアンが振り回される未来しか見えないんだが……)

 

 

 戦いはボーバトンの勝利に終わりそうだ。

 さすがに闘将ウランフ提督の指揮は敵に立ち直る隙を与えない。

 もちろんラップやジェシカも奮戦した。

 

 逆にブラウンシュバイクとリッテンハイムの二人は声を枯らして叫ぶ。さすがに一時の驚きから覚め、状況に即応している。

 

「後退しながら戦線をもう一度組み直せ! 戦列に隙を作るな!」

「盾を有効に使え! 吸血鬼は上空から撹乱に徹しろ! 一撃離脱でいい」

 

 しかし、それでも魔物に損害が増えるとともに破綻していく。陣形は乱れ、ついに突破された。そうなると巨人さえパニックに陥り、いくらブラウンシュバイクらが策を考えようと従わず意味を成さない。

 二人は形勢をどうにもできないのが分かると大幅な撤退の決断をした。

 この城を巡る戦いはもう現状では続行できず、攻略の見込みが立たない。

 

「うぬう、こんなことになるとは」

「悔しいのは分かる。俺も悔しい。だがブラウンシュバイク、ルドルフ大帝に申し開きもできんが、敗戦でもしっかりまとめて次に備える方が大事だろう」

「そうだ。お前の言う通りだ。我らとて生涯全勝ではなかったが、最後に勝てばそれでよかったのだ」

 

 リッテンハイムに諭され、ブラウンシュバイクは地団駄を踏むのをやめた。

 冷静に撤退戦の指揮をとる。

 

「奴らが調子に乗るのも今のうち、我らにはルドルフ大帝がおわす。その戦略はどんな敵でも打ち砕く。この世界を手にするのはもはや決まっていることだ。そうではないか、ブラウンシュバイク」

「その通りだリッテンハイム。早いか遅いかの違いしかない」

 

 最終的に自分たちが勝利するのを疑っていない。

 ルドルフ大帝が敗北する未来など想像もできない。

 

「さて、巨砲にはすぐに対抗策が思いつかない。正直度肝を抜かされた。あの城を短期で攻略するのは無理である以上、取り敢えず地味だが周辺の魔物をまとめて力の増強に努めるとしようか」

 

 

 だがそのリッテンハイムの言葉には返事が返ってこなかった。

 おや、と思いリッテンハイムはブラウンシュバイクを見やった。

 

 撤退直前でばたりと倒れた者がいる。

 何とブラウンシュバイクはそちらに走り寄り、肩を引き寄せ声を掛けていた。

 

「どうした! さっきの攻撃を受けていたのか。アンスバッハ!」

「実はかすっていました。不覚を取りました。申し訳ございません」

「何を言う! 我を助けるためであろうが!」

「なんと優しいお言葉。ブラウンシュバイク公よ、そんな顔をなさいますな。私はただの従者一人にございます。戦いによるほんの一部の犠牲にございますれば」

「犠牲になどさせるか! 大丈夫だ。今回復魔法をかけてやる!」

「いいえ、もはや助かることはありますまい。自分のことは分かっておりまする」

「そんなことを申すな! アンスバッハ、これからも副官でいるのだ!」

 

 ブラウンシュバイクはこの世界で忠臣と認めたアンスバッハを抱き寄せ、元気つけようと試みている。

 だが、アンスバッハはもう血の気が失せていた。

 しかしながら顔の表情には透明な微笑みが浮かんでいる。

 

「もったいないお言葉、感謝の極み。このアンスバッハ、ようやく本懐を遂げられたような気がします。尊敬すべき主君に仕え、その主君のために死ねるのですから」

「おい、しっかりしろ! 死ぬのは許さん!」

「先の世界では何もなしえなかった自分が、この世界に呼ばれてきたのは本当に幸せでした。公よ、ブラウンシュバイク家が勝利することを、心より、願って……」

 

 それきりアンスバッハは息絶えた。

 

 まさに本懐を遂げることができたのだ。忠臣としての満足と共にアンスバッハは今度こそヴァルハラへと旅立った。

 

 

 

 このボーバトン攻防戦でヤンらが勝利を収めつつあったその頃、ルドルフはリヒテンラーデと共に戦略構想を固めていた。

 それは恐ろしいほど壮大なものだったのだ。

 

「なるほど、リヒテンラーデ、その方の戦略眼に衰えはないな」

「ほっほ、大帝陛下こそ、以前にも増して切れ味が良くなっているのではありますまいか」

 

 二人は相談し、これ以上ない勝利への道筋を確定した。

 

「まあ、この通りになるか。だが本当はうまくいかない方が面白い」

「それはなんと贅沢な悩み。大帝陛下、勝利はもはや実った穂を収穫する作業のようなものですぞ」

 

 

 なぜかその二人に声を掛けてきた死喰い人がいた。

 

「どのようなお考えでしょう。お聞かせ願えますか」

 

 それだけでもこの者の胆力が並外れて大きいものであることが分かる。ルドルフに対しこの世界の者は恐れおののくばかりなのが普通であり、特別な必要がない限り近付きさえしないものなのに。

 

「今は戦略の話をしていたところだ」

 

 ルドルフもこの大胆不敵な死喰い人を無碍にはしない。

 そういう堂々とした態度はむしろ好ましい。

 おまけにこの者はルシウス・マルフォイという名を持ち、魔法界では名門の家柄である。すなわち死喰い人と魔法省のどちらにも聞こえた人物であり、そこそこの影響力もある。

 

 そのルシウスは先日、なんと自分からルドルフに売り込んできていたのだ。

 

「闇の帝王、できれば私めを魔法界との折衝役に使ってみては。不敬ながら見るところ、戦力になる将帥や参謀はいても機敏に交渉できる者はお側に無い気がいたします」

「確かに不敬、即座に首を飛ばしてやっても構わないところだが、言うところはその通りだ。否定はできん。ではその方ができるとでも申すか」

「その面でお役に立てることは保証いたします。闇の帝王が軍事力のみで事を行なうおつもりなら必要ないものでしょうが」

 

 ルドルフはその者を気に入った。

 

「挑戦的な態度だな。しかし気に入った。余の思うところも正にそうだからだ。世の中を動かすのは軍事力だけではなく、群衆をコントロールする力、すなわち政治力だ。最後にものをいうのは政治力、これを欠いたものは大成せずかならず挫折する。軍事力と政治力、すなわち剛と柔を使い分けることは必須である。ルシウス・マルフォイとやら、余に貢献し、恩賞を得たいならばその面で助力いたすがよい」

 

 それ以来、こうしてルシウス・マルフォイが近付く機会が与えられたのだ。

 ルドルフの考えではこの世界の者どもへのパイプ役になる者が最低一人は必要になる。魔法省と折衝して揺さぶりをかけるための手駒がいるのだ。そのためにはいくら魔法力が優れていようと単純な頭脳の持ち主では務まらない。もちろんシュザンナなどは論外だ。

 胆力と感情をコントロールする力、冷静な観察力といったものが必要になる。そして周囲が納得する家柄なら更に都合がいい。ルシウスは正にうってつけの人材に見えた。

 

 ルドルフから戦略の一端を聞いたルシウスは、さっそく魔法省へのパイプ構築を命じられた。

 

 そして充分離れたところでほくそ笑む。

 

「よし、闇の帝王と魔法省、この二大勢力のあらましが分かってきた。この争いがどうなるか、俺の動きが重要ということだ。先の世界ではあっという間に実力でしてやられたが、今度はそうなるまい。俺の手の平でどちらも躍らせてやる。最後まで舞台に立っているのはこの俺だ」

 

 ルシウス・マルフォイ、いやアドリアン・ルビンスキーは自分の利益のために暗躍することを決めている。

 

 

 

 

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