さっそくルビンスキーは魔法省トップ、コルネリウス・ファッジと非公式に会見を持つ。
「闇の帝王からの使者として申し伝える。これ以上、貴重な魔法族の血が流れるのは本意ではない。それは正に無駄な損失である。速やかに降伏せよ。魔法省が新秩序の元に素直に従うなら、これ以上戦いを仕掛けることはなく命は保証する」
交渉の手始めはこのようなものだ。多少居丈高の方がいい。アドリアン・ルビンスキーは手慣れている。
「闇の帝王の使者、そんな話は理解できないな。降伏とは何か。最初から決裂する条件を言うのは、とても賢いやり方とはいえない。しかも周辺状況の説明もないとはどういうことだろう」
あっさりそう返された。
このファッジという者もそう容易い相手ではなさそうだ。
しかしながら感情的にはねのけられたわけではなく、若干のしたたかさが感じられ、そういう政治家としての柔軟な姿勢は評価できる。
そこでルビンスキーは次の段階へ進み、情報を小出しにして譲歩を引き出す策に出る。
もちろん闇の帝王の手下として、収穫がなければ話にならない。
何も得るものがなければ、失望で済めばよいが怒った帝王に最悪誅殺されてしまう可能性すらあるのだ。
ただし仕事をするのは自分のためで、忠誠など少しもありはしない。それであれば情報を過剰に出してもバレなければいい。魔法界もせいぜい闇の帝王に抵抗してもらい、バランスが崩れないままあわよくばどちらにも弱ってもらわねば困る。
一方、ルビンスキーの相手をしている魔法省大臣ファッジ、つまりヨブ・トリューニヒトは魔法界の民主主義を守るため闇の帝王を封じ込めたい。
トリューニヒトはこの世界でも民主主義を守るのが使命なのだ。
自分のできることは戦闘でも戦闘指揮でもなく、政治力であり、そこには自信を持っている。
なにしろ自分はかつて自由惑星同盟130億人を率いていた政治家なのだ!
今、おあつらえ向きに闇の帝王の配下から接触してきた。
言質を与えぬよう細心の注意を払いながら、情報を最大限引き出さなくてはならない。
この時、ルビンスキーとトリューニヒトは利害が確かに一致している。
だが互いに元の世界からやってきた者であることを話す機会もなく、ついに知ることもなかった。
元の世界では旧知ともいえる接触があった同士なのに。
そして数回の会談の後、アドリアン・ルビンスキーは魔法省の闇払いの現状兵力、配置などの情報を得た。
それに加えて、魔法省に蓄えられている有事に使うための魔法武具についても少しばかり知ることができた。例えば姿隠しマントなども使い方によってはかなり有効な武具になる。魔法省の地下深くには古からの遺物ともいうべきものがいくらでも転がっている。大半は使い道も分からないものだが、戦いに応用できそうな物も多々あるのだ。
そして魔法省内の誰が消極派なのか、早期講和を望んでいるのかという情報まで会話の端から聞き出すことができた。
闇の帝王への土産としてはもう充分だろう。
肝心の降伏については何も言質を得ていないが、これについては最初から互いに期待もしていないことだ。
反対にトリューニヒトは闇の帝王がどんな魔物と接触を図っているか、最終的にどんな軍団を作り上げるつもりなのかをおぼろげながら聞き出すことに成功した。
そしてもう一つ、これ以上なく貴重な情報が手に入った。
それはとうてい信じられないほどのことだ。
戦いを根本から変える破壊力がある。
闇の帝王、ルドルフにとってボーバトンの攻防戦ですらただの捨て石だったとは。
その戦略構想はあまりに壮大なもので、ブラウンシュバイク、リッテンハイムらの動きは魔法省に対する目くらまし、陽動に過ぎなかった。
何とルドルフは最終兵器を作ろうとしていたのだ!
アメリカ大陸の一角に秘密基地を持ち、そこで無敵のゴーレムの製造に取り掛かっている。
ゴーレムとは強い魔法力と精緻な混合とで初めて作られる伝説級の巨大な人形だ。その製法はもう失われ、魔法界でも過去の記憶になろうとしている。それがここにきて闇の帝王によって甦るのか。
命を持たぬ土人形、しかしそれだけに痛みも恐れもない。一度兵器として使われれば、命じられた指令を遂行するべくただ進軍していく。その途上にあるものを全て打ち砕きながら。
ゴーレムは力が強いだけではなく、更に恐ろしいことに自己修復機能が備わっている。ただでさえゴーレムを打ち倒すのは至難の業なのに、体の半分を壊されてもまた復活するのだ。ゴーレムを倒すには強力な魔法使いを数多く揃え、悪霊の火で囲んで焼き払うか、あるいは極大破砕魔法を集めて本当の粉微塵にするしかない。
それを戦いながら行うのは事実上不可能に近い。
何体も揃って進軍すれば、何物も抗し得ない、正に無敵の軍団ではないか。
ルドルフがそれを従えた時からもはや抵抗手段はなく世界の魔法界はひれ伏すしかない。這いつくばって情けにすがり、ようやく生きることを許される。ルドルフとその側近以外は全てただのゴミくずのように扱われ、永遠に続く独裁に搾取されるようになるのだ。
ヨブ・トリューニヒトは直ちに魔法省内で会議を開いたが結論など出るものではない。大半の人間がゴーレムの恐怖に思考停止に陥る。
ただし、その会議にはたまたまアルバス・ダンブルドアがいた。
ダンブルドアはホグワーツに帰り、唯一戦闘を相談できる相手であるハリー・ポッターに話す。
「ハリーよ、闇の帝王がゴーレムを持つのは何としても阻止せねばならん。そうなればもう終わりじゃ」
「なるほど校長、それが向こうの戦略か。面白い。直ちにアメリカ大陸に赴きその脅威を未然に打ち砕く。幸いにしてボーバトンの城、いや要塞が持ちこたえていれば当座のところホグワーツは心配ないだろう」
ボーバトン攻防戦の情報は逐一聞いていて、その戦術も聞いている。ラインハルトはキルヒアイスらと共にひとしきり唸ったものだ。
まさかヤンがイゼルローン要塞のトゥールハンマーのごとき巨砲を使うとは想像してもいなかった!
さすがにヤン・ウェンリーである。
かつてラインハルトを正面から戦術的に倒した用兵家、その時に何と呼ばれていたか。
それは魔術師だ。この世界でその名の通り、魔術のような用兵で実力を遺憾なく発揮したとは。
状況的にボーバトンが陥とされることはまず無い。
今、ラインハルトは言葉通り直ちにアメリカ大陸へ出立する。
従うのはキルヒアイス、ロイエンタール、そして若干の一般生徒も加えているのだが、ハーマイオニー、ディーン、シェーマス、ラベンダー、ハンナという面々がいた。
それを聞いて、チョウ・チャンやジニー・ウィーズリーは地団駄踏んで悔しがった。しかしディー・エーでも魔法力で上位の者が厳選して選ばれたので仕方がない。
オーベルシュタイン、ルッツ、ファーレンハイトはホグワーツの万が一に備え、あえて残留した。
ホグワーツから一機の快速艇が飛び立っていく。
さすがに飛行術に優れた魔法使いといえどホグワーツからアメリカ大陸まで箒で飛ぶことはできない。この新たに作られた艇は主に機械で作られた飛行機ではあるが、随所に魔法力を駆使するように出来ている。
もちろんこの世界には飛行機が存在するのだが、それをホグワーツが一から作り上げるのは到底無理であり、難しいところを魔法で補ってようやく飛ばせるようにしているというのが本当のところだ。
やはりラインハルトも少年の心を持っているのでこうした機械には興奮する。
「うむ、良い艇ができた。キルヒアイス、これにブリュンヒルトと名付けてもよいか」
「…… そうですね、ラインハルト様」
キルヒアイスが一瞬言い澱んだには理由がある。
もちろんラインハルトの言うことに反対する気はないが、ただしこの艇はほぼ光のない宇宙で使うものではなく、必然的に白や赤などの色にはできなかった。曇り空や夜でも目立つことがないようにグレーに塗られているのだ。それは敢えて言えばロイエンタールの乗艦トリスタンに一番近いものであろうか。
ラインハルトならば黒でも赤でもケーニヒス・ティーゲルやバルバロッサとは言わずにブリュンヒルトと言い張ったかもしれないが。
「しかしながらラインハルト様、この艇には弱い結界があるのみで、シールドのような防御力はありません。武装に至ってはレールガンもミサイルもないのですから。」
「それは仕方ない。軍用艦としては駆逐艦にすらならないが、移動手段に毛の生えたものだからな。だがそれでもいいではないか」
手持ちのおもちゃをけなされたかのようにラインハルトが答えてきたのを、キルヒアイスは苦笑で受け流す。
新大陸でどういう戦いが待ち受けるのか、期待しながらラインハルトが飛び立つ。
しかしそれはいきなりピンチから始まった。