ハリー・ポッターと帝国元帥   作:おゆ

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第三十八話 宿将

 

 

 ラインハルトの強力な攻撃魔法が直撃したのだ。

 木の箱は一瞬輝き、そしてあっさりはじけ飛んだ。

 

「ぎゃっ!!」

 

 シュザンナがしゃがみこむ。

 

 箱はもう粉微塵、後には何も残されていない。その破片でも受けたのだろう、フレーゲルが横にのびている。

 不思議なことにシュザンナはしばらく立ち上がろうともせず呆然としていた。

 

「姉上の敵、いったいどうしたというのだ」

「こ、こんな馬鹿な…… 爆発もせず、いや箱に何も入っていないなどということはあり得ん…… 」

「なに? 爆発とは何だ? この箱に何が入っていたというのか。見たところ何もないが」

「なぜじゃ! この箱は大帝陛下から下されたもの。中にはゴーレムを作るのに必要な魔法力の核があったはずじゃ。それは強力なもので、どこぞの馬鹿が攻撃しようものならこのあたり一帯塵にもならず吹っ飛ぶところじゃ」

「なるほど、だからこれを守っていたわけか。だが実際には何もなかった。姉上の敵、お前はルドルフに騙されて無駄に箱を守らされていたわけか」

 

「妾が騙される? そんなことがあるものか! 何かの間違いじゃ。妾はシュザンナ、帝室を敬愛してきた女じゃぞ! 大帝陛下も認めておられる」

「だが少なくとも箱が空だった以上、嘘を言われていたのは事実だ。なるほど、ようやく分かった。このゴーレム製造そのものが茶番だ! 最初からそんな計画は無かった。姉上の敵、軽く見られたな。ルドルフはお前などもう不必要として捨て駒に使ったのだ」

 

 ラインハルトは明晰な頭脳で断じた。

 そう断言され、シュザンナは愕然としながらもよろよろと立ち上がった。

 

「妾が大帝の捨て駒…… そんなことがあるか! たわけたことを申すな!」

 

 口ではそう反発しても、ラインハルトの言ったことこそ真実だと認めざるを得ない。何よりゴーレム製造など嘘っぱちだったのだ。

 

 

「おのれ…… やむを得ぬ。フレーゲル、いったん退くのじゃ!」

 

 そこに返事はない。

 フレーゲルは横になったままピクリとも動いてはいなかった。

 

「何じゃ? フレーゲル、腰を抜かしている場合か。早うせい。返事を致せ!」

 

 シュザンナが慌てて駆け寄り、フレーゲルの手を取った。だがそこに何の力も感じられない。

 

「まさかおぬし…… 死んでおるのか?」

 

 その通り、フレーゲルはもう死んでいたのだ。

 木の箱の欠片が運悪く胸の中央を貫いていた。

 死ぬ寸前、「何で、俺は、この世界に来てまでこんな目に……」と語っていたのだが誰も聞いていなかった。

 

 シュザンナにはフレーゲルを喪ったことも衝撃だ。驚きに蒼ざめる。

 フレーゲルを散々役立たず呼ばわりして無能な従者扱いにしていたが、それはシュザンナなりの甘えだった。

 フレーゲルは貴重な向こうの世界からの者だ。

 それに加え、何よりもシュザンナを認めてくれる者だった。シュザンナにとって忌憚なく話せる唯一の者だったのだ。

 喪って初めてその価値が分かる。

 

 フレーゲルは本人の知らぬところで無駄死にに終わることがなかった。

 悼んでくれる人間がいたのだ。シュザンナというたった一人が。

 

「どいつもこいつも、妾をコケにしおって!」

 

 いきなりシュザンナの激情と共に魔法力が爆発した。

 これまでにないほど激しく光る赤色がシュザンナの足元から発し、全身を照らし出す。思わずラインハルトも足を止めた。

 その光が消えた時、シュザンナはいない。

 そして後ろにあった扉が大きく裂かれているのが見える。シュザンナがそこから外へ逃げていったのは明らかだ。

 これ以降、シュザンナの足取りはラインハルトにもルドルフにも掴めなくなる。

 

 ラインハルトは光の中、うっすら見えたシュザンナの顔に涙の一筋があったような気がした。

 

 

 

 その頃、アメリカ大陸の東の端で笑う者がいる。

 

「ご苦労だったリヒテンラーデ。これで計画通りだ」

「ほっほ、ゴーレム製造という出まかせを信じて魔法界とやらは間抜けにも踊ってくれましたな。たわいもない」

「ただし、ゴーレム製造のことはいずれうまい形で信じさせようと思っていたが、意図しないうちに漏れ出るとは。ネズミがどこかにいるのだろう」

「大帝陛下、結果的には良いタイミングになりましたが、さてそこは」

「まあ、よいわ。ここからは全力で終結にもっていくだけだ」

 

 アメリカ大陸にいた闇払いたちはゴーレム製造を信じて全てロスアラモスに向かってしまっていた。

 その隙をついて、ルドルフはアメリカ唯一の魔法学校イルヴァモーニーを急襲していた。その戦いはルドルフの圧倒的な力とリヒテンラーデの軍略により短期間で終わり、イルヴァモーニーはあっさり陥落している。

 

 それでも完全に首尾よくいったわけではない。

 イルヴァモーニーの生徒らに、配下に加わるか死かを迫っていたのに半数は逃げられてしまったのだ。

 

 元々ルドルフ側の戦力は魔物が主体を占める。人間の死喰い人はそれほど多くない。しかも死喰い人の多くはアズカバンに捕らえられていて、それが長きに渡った者は後遺症から回復できていない場合も少なくない。

 ルドルフとしては是非ともイルヴァモーニーの生徒たちを脅かして配下に組み入れ、死喰い人を増やそうとした。

 それが不完全だったのは生徒らの撤退戦が見事だったからである。

 

 イルヴァモーニー側は欺瞞の攻勢をかけてみたり、伏兵を置いてみたり、意外なほど合理的で練られた戦術をとってきたのである。それはしぶといといっても過言ではないものだ。

 

 実際はイルヴァモーニーの生徒たちが戦闘に優れていたからではない。

 

 たまたまイギリス魔法省の者が二人、研究と視察のためにアメリカ大陸にいて、しかもイルヴァモーニーに表敬訪問をしている最中だった。

 そんな時、イルヴァモーニーは死喰い人の襲撃を受けてしまい、最初に指揮系統を潰されてしまったのだが、可哀想にも右往左往する生徒たちを助けようと彼らが戦闘の指揮をとったのである。

 二人の名はそれぞれビル・ウィーズリー、ルード・バグマンという。見かけも良く、そして何よりも戦闘指揮に並々ならぬ手腕を発揮した。考えられないほどしぶとい撤退戦を敢行できたのはそのためだ。

 

「お見事。実に効果的な側方攻撃ですな」

「そちらこそ。わざと相手の先鋒を怪我にとどめ、相手の機動力を封じるとは」

「本当にこういった戦闘指揮に慣れておられるようだ。まるでこれが本職、いや冗談ですが」

 

 その二人は戦いの指揮をしながらお互いにそんなことを言っている。

 たまたまこの表敬訪問で初めて顔を合わせただけで、それまで交流はなかったのだ。

 だが今や二人とも同じ感想を持った。互いの戦闘指揮に舌を巻く思いだったのだ。

 これはおかしい…… 

 先ほど言った言葉である「本職」というのがぴったりくる。二人とも言い方を考えながら、とうとう確認する気になった。

 

 

「これが一個艦隊ならばどう指揮をとられましたかな」

「信頼できる分艦隊を動かせると仮定すると、むろん二ヶ所ほど選んで伏せておくでしょう」

「やはりそうでしょうとも」

「そちらこそ、なるほど……」

 

 これでもう分かった!

 

 話している相手は自分と同じく、向こうの世界から来た者だ。

 ただし有能な艦隊指揮官ということは分かっても、その名前までは判別しようもない。

 そして名前よりも大事なことはどこの陣営だったかということだ。具体的には帝国なのか、あるいは同盟なのか、である。

 ついに自己紹介が始まる。

 

 

「私はビル・ウィーズリー、いや儂はアレクサンドル・ビュコック。こんな見かけでも年寄りの部類に入る身じゃ。軍歴だけは長く、自由惑星同盟軍で名前だけの元帥をやっておった。そして情けないことに天才ラインハルト・フォン・ローエングラムの前に二度も破れてしもうた。決して自慢はできんがの」

「そうでありましたか。そうなら、少なくとも最後は同じ陣営ということになりますな。小官も数奇な運命でラインハルト・フォン・ローエングラムと戦ったわけですから。ルード・バグマン、いやこの名はもう意味がない。ヤン提督の元に客将として身を寄せていたウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツと申します」

 

「では、貴殿がメルカッツ提督! あの近接戦闘の名手といわれた。これは何とも奇遇としか言えんが、とにかく会えて嬉しい」

「そちらこそ、マル・アデッタで見事な戦いをしたと聞いております。ヤン提督も閣下の事を大変惜しんでおられたようで」

 

 二人は元の世界においても顔を合わせたことはなかったのだ。

 最初は別陣営だったが、少なくとも最後は同じ陣営だった。メルカッツはイゼルローン要塞に亡命しヤンのところに身を寄せてから、帝国のラインハルトと幾度も戦う運命にあり、最後はユリアンを補助して死んだからである。

 

 ここにきて二人の老人の共闘が実現した。

 帝国軍の宿将メルカッツと同盟軍の呼吸する軍歴ビュコックとが。

 

 二人はお互いの実力を認め、尊敬しあっている。

 今、イルヴァモーニーの生徒らを保護しつつ、危険なアメリカ大陸から逃れてイングランドに渡った。

 

 

 

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