ルドルフはイルヴァモーニーを手に入れても生徒には逃げられてしまった。
しかし、別に空振りだったわけではない。
そこを拠点として南北アメリカ中の魔物をかき集めた。結果として雲のような数の大軍団を組織できたのだ。魔物は長らく魔法使いと敵対し、蜂起を望んでいたのだが、ルドルフとリヒテンラーデは言葉巧みに焚きつけ配下に組み入れた。
その上で宣言を放った。
「余は、これより進撃する! 目標はイギリス魔法省である。そこに最も古い魔法の源泉があるからだ。それを手に入れ、自由に操ることにより、未来永劫続く帝国を築築いてくれる」
なぜ魔法省を狙うのか。ルドルフはこの頃貴重な情報を掴んでいた。
過去グリンデルワルトなる強力な魔法使いが魔法界を震撼させたことがあった。それはルドルフの出現より前のことだ。
グリンデルワルトも今のルドルフと同じように自分の帝国を作る野望を膨らませ、魔法界の覇権を握ることを企んだ。途中アルバス・ダンブルドアにも仲間にならないか勧誘したが、これは断られてしまったが…… いったん挫かれたが野望は捨てていなかったのだ。
そしてついに見出した。
全ての魔法の秘密がイギリス魔法省に隠されていることを。
いにしえからの魔法、もう伝承されていない呪文、使い方すら分からない魔法具、そんなものが数えきれないほど魔法省の地下に眠っている。ガラクタ置き場と形容してきたのだが、誰もがそれを当たり前のことのように思い、なぜかは考えなかった。
しかしグリンデルワルトはさすがに天才だったのだ。
魔法省の深部に魔法の根源たる原理があることに気付いた。それらのガラクタは集められて収納されたものではなく、例えて言えば都会からゴミが出るように最初からそこにあったのだ。
そして今の魔法使いが使っている魔法は更にその残りかすのようなもので、魔法の根源のいわば影に過ぎない。
その根源とはこの世界になぜ魔法が存在するのか、鍵ともいうべきものだ。
だが天才グリンデルワルトは、結局のところアルバス・ダンブルドアを中心として結束した不死鳥の騎士団の前に敗れ去った。野望は潰え、魔法の根源を解き明かすことはかなわなかった。
しかし、今やルドルフによって再び狙われている。
そしてルドルフにはグリンデルワルトを越える魔法力、忠誠を誓う部下たち、そして戦力としての大軍団がいるのだ。
魔法の根源を手に入れ頂点へ至る、その進撃を誰が止められよう。
しかも戦略がうまくはまった。リヒテンラーデが言う。
「これでイギリス魔法省も陥落間違いなし。ヨーロッパ大陸の側から海峡を越えてイギリスに攻め込むのが常道。普通はそれを考えるもの。しかし、回廊はもう一つ、大西洋を越えて裏から襲う道も」
「そうだリヒテンラーデ。敵の意表を突き、このアメリカ大陸のルートを使って攻め込んでくれる。ブラウンシュバイクらは指示通りヨーロッパを席捲してくれた。まったくあ奴ら、うまくやり過ぎたくらいだ。しかし最後にボーバトンとやらで足止めを食っているな。これはかえって好都合、膠着状態が続くほど敵の目はそこに向けられ、戦力をどんどんつぎ込むに違いない。我らからすれば敵の戦力を吸い取る装置にも見える」
「大帝陛下、正に絵にかいたような情勢ですじゃ」
だが、付き従う死喰い人の中には恐れを持つ者も多くいた。
彼らは闇の帝王が魔法界に対し寄生虫のごとく、その旨味だけを吸い取ると思っていたのだ。
既存の枠を越えず、結局は魔法省とも折り合いをつけて共存すると。
自分たちは単にいくばくかの金と名誉を得て、その後は平穏な暮らしをしたい。そのささやかな欲望を満たしたいだけなのである。
魔法界を壊すことなど想像の枠外だ。
しかし、今の闇の帝王は魔法界全てを打ち倒し、全く新しい秩序を立てようとしている。
その上誰にも成し得なかった魔法の秘密を暴くことさえ考えている。その結果、何が起こるか分からない。茫洋とした未来だ。
しかもそれが実現されるまでどれほどの戦いがあるか想像もつかない。
魔法省だって最後まで死に物狂いの抵抗をするはずだ。こちらの側に戦力が充分になければ、未曽有の激戦が展開され、勝ったとしても普通の死喰い人など生き残れるだろうか。
闇の帝王を恐れつつ、死喰い人たちはそのことをやんわりと聞かざるを得なかった。
「我が君よ、恐ろしい戦いになるでしょうか。もちろん勝利を疑ったりはしておりません。ですが正直震えるばかりです。そしてこちらの軍勢を見ると魔物が多くいるのは確かですが、しょせん彼らは人ではなく暴れるだけの道具。完全な勝算というのは難しい面もあるのではと」
「たわけがっ!!!」
ルドルフの声が一閃する。
もう何人かの死喰い人がそれだけでひっくり返って気を失う。
次に吹き荒れた魔法力の暴風に残った者も立ってはいられない。
「おのれらは新秩序を打ち立てる事業に参加できるのだ! それがどれほどの名誉なのか分からぬか。旧来の秩序に従って何が面白い。破壊と再生にこそ未来があるのだ。むろんその過程で死ぬものもいるだろうが、生き残る可能性もある。新しい帝国の栄光を考え、恐れなど消し飛ばすがいい」
ルドルフはそんな小心な死喰い人たちの覇気の無さに呆れかえる思いだ。
ささやかな日常生活を守って終わる、そんな人生の何が面白いというのか。
だがここでルドルフはトーンを落とす。そんな死喰い人たちの気持ちも分からなくはないし、戦いを前にして士気を落としてしまうのも良くない。
「仕方がない。ではその方らが安心できるよう余のとっておきの隠し玉を紹介しよう」
そう言ってルドルフは三人の者を転移させてきたではないか。
「これなる三人の者どもはただの魔物ではない。戦いを知る素晴らしき同志である」
居並ぶ死喰い人たちは怪訝な顔をして見る。
すると三人の中の一人はよく知った者だった。フェンリール・グレイバックという悪名高い狼人間だ。その者は狼人間の中でも特に残虐で、噛んだ人間が狼化して苦しむのを楽しむという悪辣さだ。死喰い人たちも本当は毛嫌いしている。これには関わり合いたくないと内心では思っているのだ。
死喰い人たちの嫌な顔を無視し、グレイバックが驚くべき自己紹介を始めたではないか。
「俺はフェンリール・グレイバックと呼ばれているが、もうその名は必要ない! 俺はハイドリッヒ・ラング、復讐のためにここにいる。とにかく殺したい奴はロイエンタールとオーベルシュタインだ。この世界にいるだろうロイエンタール、俺をコケにした恨みはまだ消えておらんぞ。それ以上にオーベルシュタイン、俺をさんざん使い、方々から恨みを買わせておいて、最後はあっさりと切り捨てたな! 貴様だけは絶対に許さん! 俺も俺の家族も助けず、自分だけは何食わぬ顔をしおって、必ずたっぷり後悔させてから殺してやる!」
そのラングの恨み節は実のところルドルフさえ辟易とさせるものだ。
ルドルフにすればラングが弱かったから利用され、そして負けたという事実が全てだろうと思える。
だがラングはロイエンタールとオーベルシュタインへの歪んだ憎悪に塗りつぶされた。しかし、確かにその恨みの強さと並外れた狼人間の肉体は大いに戦力になるに違いない。
次に紹介に預かったのは、一見したところ貧相な吸血鬼だった。
しかし、その眼光はねっとりとした悪に満ち溢れたもので、直接目を合わさなくとも震えが走る。これもまた狂気じみた魔物だ。
「俺の名前はニコラス・ボルテック! 俺を傀儡に仕立て、フェザーンの憎まれ役にして、ついには見殺しにしたラインハルト・フォン・ローエングラム、目にもの見せてくれる! 皆から崇められる英雄様よ、俺などただの道具、いや塵芥に過ぎないと思っているのだろう。忘れているかもしれん。だが俺の方は忘れなどしない。この世界はお前の勝手にはさせん! 見下された者がどう感じるものか、今度はお前に味わわせてくれるぞ」
そして最後は巨人だった。しかも規格外に大きい。身長は軽く10メートルを超えるだろう。そして両手にそれぞれ巨大な両刃の斧を持っているではないか。その刃渡りだけで普通の人間の二倍はある。
顔を見れば、左目のあたりに縦に傷がある。そんな巨人がニヤリと笑う。
挨拶代わりとばかり右手の斧を一閃させた。言葉より実力を示す方が早いというのだろう。
斧からの凄まじい風圧によって、この時に立ち上がっていた死喰い人は再び倒されてしまった。しかも、中に一人だけ本当に胸に切り傷を負ってしまい瀕死になった者までいたのだ。皆は慄然とせざるを得ない。斧は直接当たっていないのだ。だが、斧を振るうだけでこれほどの威力だとは。この巨人は大きいだけでも力が強いだけでもない。戦士として刃を振るうことに慣れている。
そしてこの無慈悲なデモンストレーションは戦意の高さを表わしているものだ。
「首を洗って待っているがいい! ラインハルト・フォン・ローエングラム! この世界では金髪でない金髪の孺子! 貴様の素っ首刎ねてくれる! 銀河帝国の簒奪を計った貴様はこのオフレッサーが斃してくれようぞ!」
そして間もなくルドルフとリヒテンラーデ、その配下の死喰い人たち、魔物の大軍勢は大西洋を渡った。
イングランド西端に辿り着くとそこから無敵の進撃を始める。
最終到達地はロンドン近郊にある魔法省、そこが決戦地になる。
世界の全てを巻き込み、運命を決める戦いが始まろうとしていた。