第四十一話 旧友
ロンドン郊外の魔法省、ここに全ての役者がそろう。
いよいよ決戦の時が迫って来た!
ついに西からやってきたルドルフの大軍勢が整然と攻勢をかけてきた。
第一陣はリヒテンラーデ率いるドラゴン部隊だ。
さすがに銀河帝国最初期の動揺を一人で治めたと言われる英傑リヒテンラーデである。
ともすれば個人技を披露したがるドラゴンたちをしっかり統率し、列を揃え、集団による圧倒的火力で空から遠距離攻撃をかけてきた。
なすすべもなく魔法省は焼かれ、たちまち建物に火が燃え移る。
魔法省の職員たちは以前の闇の帝王のやり方を憶えている。それは、魔法使いらしくあくまで一対一の戦いを披露して勢力を広げ、闇社会に君臨しようとしたものだ。こんなあからさまに武力を行使した戦争ではない。
今や職員たちはこの世のものとは思えない現実に逃げ惑うばかりだ。
一匹でも恐ろしいドラゴンが集団戦で暴威を振るうとは、想像したこともない。
「慌てるな! いったん退避するんだ!」
魔法省大臣ファッジが冷静に指示する。
「この魔法省の建物は古くからの物で、長いこと魔法使いに接しているため魔法力を吸い込んでいると聞いている。魔法耐性を持っている以上たやすく崩されることはない。落ち着いて炎の届かない方へ逃げればいい」
そしてファッジには有能な副大臣ルーファス・スクリムジョールがついていた。二人は協力し、絶望に染まる職員たちを叱咤激励し避難誘導を図る。そして戦力にならなそうな者をいったん地下の第一層に入れ、そこから転移させて外へ逃がすのだ。
やがて、魔法省の建物が焦げはするが崩れないのを見て取ったリヒテンラーデはドラゴンたちを降下させ、すみやかに地上戦に移行した。降伏の徴候がない以上、実力で制圧するのみだ。建物に先鋒となる死喰い人と魔物を突入させていく。
魔法省の中は外側から見るよりはるかに広い空間があり、いくつもの部屋や大広間がある。やはり何がしかの魔法が働いているのだろう。
そこに入ったルドルフ側の先鋒が逃げ遅れた魔法省職員を打ち倒し、橋頭保を築いていく。
だが、完全に成功しないうちに迎撃を受けてしまう。
ホグワーツから魔法省の応援のためやってきた者たちがいた。ダンブルドアから魔法省の隠し扉を教えられていたため先回りしていたのだ。
ファーレンハイトが苛烈な魔法で的確に魔物に対処していく。
下級魔物では相手にならない。このまま押し返せると思われた。
しかし、そうはならなかった。
百戦錬磨のファーレンハイトともあろうものが攻撃に打ち倒されてしまったではないか。
それには理由がある。どこから来たのか分からない攻撃を受けたからだった。
驚きつつも何とか立ち上がったが、しかしまたしても魔法が飛んで来る。
ファーレンハイトは再び倒され、致命傷ではないが負傷はひどく、もう戦いを続行するのは不可能だ。
「ファーレンハイト、大丈夫か!」
その様子に近くにいたルッツが叫ぶ。
「悪いが、もう俺は戦うのは無理そうだ。しかし向こうの攻撃の秘密が分かった。攻撃魔法は何もないところから飛んで来た。いや、何もないということはありえない。見えない、ということだろう。つまり、推測すると敵は姿を隠しながら戦いができるに違いない」
「何! そういうことだったか!」
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトは新銀河帝国の烈将と呼ばれた者だ。戦線離脱しながらも敵の戦術を見事に暴いてみせた。
ルッツは注意深く辺りに注意を払う。
するとひどく耳障りな哄笑が響いた。それは人間が出したものには思えない。
「無駄だ! 虫けらどもめ。見えない攻撃など防げるわけがない! ルドルフ大帝より預かりし姿隠しマントがある限り、貴様らには何もできない。もっとも、見えたとしても今では俺の方がはるかに強いのだがな!」
「誰だお前は! ふざけたセリフを」
「ふん、貴様らなどに興味はない。どうでもいいから早く死ね!」
姿隠しマント、いたずらに使えるような単純な魔法具である。しかしこれをルドルフは戦術に有効な兵器と見た。さすがに慧眼である。
その姿隠しマントを部下に貸し与えていたのだ。
ルッツは謎の相手の攻撃を紙一重のところで避けられたが、続く第二撃は避けられず足をやられてしまった。人間の反射神経には限度があり、攻撃に感づいてから避けるのは無理なのである。
ルッツはもう移動はできない。
そこで杖を手元に戻し動きを止めた。それは居合の格好だった。
其処に敵からの攻撃が来た。
その攻撃を敢えて避けず、ルッツはそれが来た方向に向かって最大速度で魔法を仕掛ける。
銃撃の名手ルッツは魔法であっても比類なき早撃ちができるのだ。攻撃を受けて自分は重傷を負うも、相討ちで敵にも喰らわせた。
「な!?、ぎゃっ!」
その敵は思わぬことに動揺する。しかしルッツが戦闘不能になったことですぐに余裕を取り戻す。
「ふん、必死の反撃がこれか。相討ち狙いとは。だが残念だったな、俺には最初から魔法耐性がある。こんなものかすり傷だ。どうだ、悔しいだろう」
そしてまとめて止めを刺そうとルッツやファーレンハイトに近付く。
「無駄口を叩く者は早死にすると相場が決まっている。その例にならうのだな」
その場へゆっくりと歩きながら、冷たい声を掛けてきた者がいた。
「オーベルシュタイン元帥、これは強敵です! 敵は姿を隠しながら攻撃をかけてきます!」
そこへルッツが必死に声をかけたが、オーベルシュタインは動揺も見せずに答える。
「なるほどな。確かにそうでもなければ卿らが倒されるはずはない」
その時ひときわ大きな哄笑が空間を揺らした。
「オーベルシュタイン、オーベルシュタイン! やっと出会えたのか。ここで貴様を殺せるとはなんという幸運! ここで会ったが百年目だ。俺はハイドリッヒ・ラング、貴様に利用され捨てられた哀れな道具よ。だがしかし、この世界では前と違う。強いのはこの俺様だ。貴様をこれからじっくりなぶり殺しにしてやる!」
「先ほど無駄口を叩く者は死ぬと言ったはずだが。こちらにはそんな名前はどうでもよく、敵なら倒す、それだけのことだ」
「なに! 俺の名を聞いてもそれだけなのか! この俺は、貴様にとってそこまで眼中に無いというのかァ! 許さんぞォォ!!」
オーベルシュタインに攻撃が飛んできた。
だが、それはあっさり躱されたではないか!
「なっ! どういうことだ! そんなはずが!」
動揺したラングは第二撃、第三撃を飛ばす。しかしいずれも当たらない。逆にオーベルシュタインが撃ち返すと正確に届いてくる。魔法耐性がなければ危なかったほどに。
ラングは混乱した。
オーベルシュタインが自分の位置を知っているとしか思えない。しかしその理由が皆目見当もつかないのだ。
またしてもオーベルシュタインがラングの方を見据えている。そして再び放つ攻撃がラングを捉え、それに当てられたラングはさすがにダメージで床に膝をつけてしまう。
顔を自然と床に向け、そこでラングはやっと気付いた。
「分かった! 分かったぞオーベルシュタイン! なるほど血だ! かすり傷でも出血はしている。その血の落ちているところを見ているのだろう。何だ、種明かしは単純だな」
その通りだった。
しかしそれはオーベルシュタインだからこそ可能な技だった。
オーベルシュタインは前の世界で壊れかけの義眼の愛用者であり、視線を移動させるのに不自由を生じることが多かった。
そのため自然と視線を固定しながら見渡すことに慣れていた。それが他人から見るとひときわ表情のなく冷徹なもののように見え、実体以上に怖がられることも多かったのである。だがここでは幸いした。
ラングはルッツによって傷を受けている。
オーベルシュタインはラングを見るフリをして、傷から床に落ちた血を視野に収めていたのだ。それで立つ位置がだいたい知れる。
「ふん、つまらんことだ。血が落ちないようにすればいい。どうだ、バレて焦っているだろう。命乞いでもしろ! 泣き喚け! もう遊びはもうこれまでだ。オーベルシュタイン、俺は実は魔法なんか得意じゃない。俺の姿は見えないだろうが、生粋の魔法使いではなく狼人間なのだからな。だから下らん魔法戦では不覚をとってしまった。しかし、肉弾戦ではお前ごときあっという間に引きちぎってくれる!」
ラングはそう言いながら脇腹にできている傷口をいったん手で押さえ込む。
そうやって血の滴り落ちるのを防ぎ、同時に場所を移動する。
どのみち狼人間の回復力で傷は間もなく塞がるだろう。一方、これでオーベルシュタインはラングの位置が分からない。絶体絶命だ。
満を持してラングが跳躍する。魔法よりもはるかに得意な直接攻撃を選んだのだ。狼人間は肉体での戦いがその本領、筋力とスピードは人間とは比較にならない。
狂暴な鍵爪を伸ばし、襲い掛かる!
それは間違いなくオーベルシュタインに重傷を負わせるはずのものだった。
「な、なにッ!!」
ラングが空中から鍵爪でオーベルシュタインを引き裂こうとした刹那、何かが飛んできてそれを拒んだ!
ラングは弾かれてしまい、いったん距離を取って原因を見る。
それは一匹の犬だった。
精悍な灰色の猟犬が跳躍し、体当たりをかけてオーベルシュタインへの攻撃を防いだのだ。
この事態に驚いたのはラングではなくむしろオーベルシュタインだった。
窮地を救ってくれた犬に向かって叫ぶ。
「お前は、まさか、そんな、ロルフなのか!?」
オーベルシュタインは少年時代からの旧友である犬の名を呼んだ。
その犬はダルマチアンではなく、姿は似ていない。そして老犬でもない。だがその雰囲気からオーベルシュタインは確信を持つ。
一番の旧友を間違えるはずがないではないか!
多くの思い出がある。少年期のオーベルシュタインとロルフは互いの孤独を癒しつつ、いつもいつも一緒に時を過ごしていたのだ。オーベルシュタインにとりほとんど唯一楽しいと思える時間を。
それに何より自分のために戦ってくれたのだ。
犬はオーベルシュタインに頭を垂れ、盛んに尾を振っている。全身から喜びを表している。
「やはりロルフか! 会いたかった…… お前もこの世界に来ていたんだな」
オーベルシュタインはわずか屈みこみ、杖を持っていない左手でとても優しく犬の首に触れた。
「ふざけた犬っころだ! だが犬が狼に敵うものか。主人ともども死んでしまえ!」
ラングはそう言って凄み、決着を付けるつもりで牙をむく。これが鍵爪にも勝る狼人間最強の武器なのだ。
オーベルシュタインへ向かって再び跳躍する。もはやなぶり殺しではなく、一撃で息の根を止めるつもりだ。
しかしその動きを察知していたかのように犬とオーベルシュタインが避けた。
ラングが空しく通り過ぎながら勢いを殺し、再び攻撃をかけようと向き直ったとたん驚愕する。
オーベルシュタインが真っすぐ見ているのだ。
先ほどよりもしっかりと見据えている。
「なぜだ!? こっちが見えているはずがないのに!」
オーベルシュタインの必殺の魔法が飛ぶ。
今度はラングの体幹に直撃した。
その勢いで姿隠しマントが千切れて吹き飛んでしまう。
すると中から現れたのは凶暴な狼人間だった。毛皮はささくれ立ち、強靭な筋肉を内部に秘め、禍々しい姿とオーラを持つ半魔物だ。
しかしそれが今、首の下に攻撃魔法を受け呆然自失だ。
骨はいくつか折れて臓器も傷ついているが、毛皮の魔法耐性によって致命傷には至っていない。
立ち直る暇を与えず、オーベルシュタインが駆け寄り、杖を胸元に突き付ける。
とどめの攻撃呪文を今度はゼロ距離から叩き込んだ。
これでハイドリッヒ・ラング、狼人間フェンリール・グレイバックは倒れる。
「中途半端な魔物だから理解できなかったのだろう。犬は、見えなくともその嗅覚で位置が分かるのだ」
冷徹な声を掛けた。
オーベルシュタインは愛犬ロルフがラングの位置を探知し、阿吽の動きで伝えてくるために分かったのだ。それこそ犬と人間の見事なコンビネーションだった。
「おのれ、オーベルシュタイン……」
「残念なことだ、ハイドリッヒ・ラング。前の世界での因縁のゆえではなく、この世界で我らにとって敵だから倒す。ということはもしもルドルフの側ではなくこちらに付けばきっと取り立てたに違いない」
ラングは倒れたまま虫の息、オーベルシュタインを見ることしかできない。
続けてオーベルシュタインはラングに対し語り掛ける。
「ラング、仮にも貴様は前の世界では私の部下だったのだ。良き家庭人であり寄付などの善行をしていたのを知らないとでも思ったか。そのため、残された家族に対し陛下と私は手厚く年金を与えて遇していたのだ。しかしそんな洞察力もなく、ただただ逆恨みをして復讐に逸り、ルドルフに手を貸すとは。自業自得としか言うべき言葉はない」
ラングは複雑な表情を浮かべた。
それが哀しみなのか諦めなのか分からない。やがて静かに絶命した。