ハリー・ポッターと帝国元帥   作:おゆ

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第四十六話 本望

 

 

「どうした! また落とし穴でも使おうと思っているのか金髪の孺子。どうせまた卑怯なことを考えているのだろう!」

 

 オフレッサーはラインハルトの陣営に向かってさんざんに悪態をつく。

 

 だが、これにラインハルトは答えない。答える必要があるとも思っていない。

 なぜならオフレッサーがラインハルトを一騎打ちに引きずり出すために挑発していることは明らかだからだ。

 わざわざそれに応えてやることはなく、しかもオフレッサーと仮に接近戦になれば負ける可能性が高い。ラインハルトはそれほど己惚れているわけではないし、戦士としての力にさほどの価値観を置いていないラインハルトにとってはどうでもいいことだ。

 

 悪態をついても返事がないのを見て取ると、オフレッサーはまたしても巨人たちを引き連れ進撃を始めた。できればラインハルトと一騎打ちで戦いたかったが、そうでなくとも結果的に殺せれば文句はない。

 

 

 

「ファイエル!」

 

 そこへラインハルト側から攻撃魔法が飛ぶ。よく揃った一斉射撃だ。巨人たちを近付けさせる前に斃し切るつもりだ。

 確かに何体かの巨人は斃れた。

 しかし、オフレッサーは傷つきもしない。最小限の動きで躱していく。それは鈍重な巨人の動きではなく、訓練された戦士のものだ。

 

「あのオフレッサーに火線を集中せよ!」

 

 ラインハルトの指示により、ロイエンタールやオーベルシュタイン、そしてホグワーツの生徒らが雨あられと撃ちかける。

 だがオフレッサーは側にあった巨人の死体をひょいと掴むと目の前にかざし、あっさりと防いでみせた。

 

 なんとも余裕である。さすがに銀河帝国装甲擲弾兵総監オフレッサーだ。帝国軍最強の勇者、体一つで上級大将にまで成り上がったオフレッサー、その胆力も戦闘技術も並ではない。

 しかもよく見ると、仲間の巨人の死体はオフレッサーより小さいため防ぎ切れない部分が存在する。だがしかし、オフレッサーの手足に当たった攻撃魔法は何の効果もなく弾かれてしまっているではないか。巨人の魔法耐性がオフレッサーの場合最初から尋常でないレベルなのだ。

 これは厄介である。オフレッサーを倒すには、物凄い攻撃魔法の集中が必要なのだろうが、現実的には無理だ。

 そうでなければやはり接近戦を挑むしかない。

 

 

「あの原始人が…… しかし侮っていたが意外に面倒なことになりそうだ。個人の武勇が戦局を左右する事態になるとはな」

 

 ラインハルトがしばし考え込む。

 そこへ、似つかわしくないほど大きなトマホークを首の後ろに回し、近付く美少女がいた。この戦場で日常の散歩でもしているような呑気な雰囲気だ。

 

 もちろん、フラー・デラクールことシェーンコップである。

 

「皇帝陛下、いつぞやは白い艦に乗り込んで陛下の首を取りに参上仕ったことがありまして。意趣返しのついでにあの巨人を倒し、陛下にせいぜい恩を売りつけようと企む次第。安んじてお任せあれ」

 

 若干刺々しい言葉を残しながら、それでもシェーンコップは戦いに向かう。

 どのみち今はヤンとラインハルトが共闘している以上、シェーンコップは巨人と戦うつもりだが、その前にラインハルトへ軽く嫌味を言いたかっただけだ。自分は以前ユリアンを先に行かせるため、ブリュンヒルトの艦内で激闘を演じている。

 

 ラインハルトが言葉を出さずに軽く頷くのを確認すると、素早く走ってオフレッサーと対峙した。

 

 

 

「同盟軍ローゼンリッター隊長、ワルター・フォン・シェーンコップだ。ルドルフに組みする巨人、どうせ短い間だが憶えておいて損はない」

「ん、ローゼンリッター? 叛徒の部隊か。確か帝国軍でリューネブルグとか申す青二才がそれに斃されたと聞くが…… なるほど、貴様まさかこの儂をあの青二才と一緒に見ておるのか。あんな口先だけの軟弱者と、この装甲擲弾兵総監の儂を」

 

 オフレッサーは面白いことを聞いたように笑い出し、文字通りシェーンコップを見下げた。

 

 それに対し、シェーンコップはこれ以上の口上は無用とばかりにトマホークを一閃する。

 いつのまにか間合いを詰め、放った一撃だ。膝のあたりは体重の移動をしなければ直ぐには動かせないと知っている。ならば例え巨人だろうと防ぎ切れないとシェーンコップは推し量った。

 

 本当なら当てられるはずだったが、これはオフレッサーが素早く下げた戦斧に弾かれる。

 

 その瞬間、反動だけでシェーンコップは五歩も後ずさってしまう。戦斧が分厚く硬いだけではない。片手で持っているにも関わらず、オフレッサーの筋力が戦斧を微動だにさせなかったからだ。

 この一合だけで互いの力量が知れた。

 

 

 今度はオフレッサーの方から仕掛けた。

 戦斧を横薙ぎに払う。手の長さを充分に生かした一閃である。これをシェーンコップは両手で持ったトマホークの背で受けた。下手に刃で受ければ折られるかもしれない。

 巨人の力を予想していたにも関わらず、シェーンコップは当たった瞬間、自分から斜め後ろに飛んで力を受け流さざるを得なかった。想像以上の力だ。下手に真っ向から受け止めようとしたら軽く吹き飛ばされ、何も成せず地面に叩き落とされていただろう。天性の勘と反射的な動きでなんとか倒れず、トマホークを手放さないので精一杯だ。

 

 どちらも小手調べは終わったと見た。

 

 シェーンコップの方は、巨人はもちろん体格も力も尋常ではないが、加えて戦士の動きをしていることを見て取った。動きに無駄や雑なところがなく、隙がない。

 一方のオフレッサーもこの小柄な敵が容易ならざる者だという認識をした。軽い体重をむしろ武器にして敏捷性を最大限に生かしている。そして何より戦闘センスに優れている。確かにこれは前の世界の隊長格として通用する技術だ。

 

 間を置かずして戦いが始まる。

 オフレッサーが力とスタミナを生かし、戦斧を次々と振り回しながら連続攻撃を掛けてくる。シェーンコップはそれに怯むことはなく、小柄さを利点として避けるのに徹している。時折トマホークで受けることもあるが、必ず正面で当たらず戦斧の方向を変えて受け流せる時だけ使っている。

 それでも戦斧が振り回される度に烈風が吹き荒れ、長いプラチナブロンドが乱れる。

 シェーンコップは飛び退っていったん距離を取り直した。もちろんそれは逃げるためではない。

 

 今、どちらも不敵な笑みを浮かべている。

 

 この肌がひりつく戦いこそ戦士の本望なのだ。

 肉弾戦こそが武人の誉れ、命の極限を使った芸術である。

 

 

「金髪の孺子の前座かと思っていたが、なかなかやるな。今からでも帝国軍に入らんか。あの青二才のリューネブルグよりは使えそうだ」

「リューネブルグは元隊長だった。嫌な奴だったが、仮にも上司だ。コケにされるには忍びない」

「ふ、そう言うか。ではこれで終わりにしてやろう」

 

 

 オフレッサーが戦斧を両手で持った。そのまま上段に構える。

 

 意図ははっきりしている。力を速度に変え、目にも止まらぬ一閃にする気だ。それで決着を付ける。万が一外れたとしても、生じる暴風は相手を打ち倒す。

 

 突進してきたオフレッサーをシェーンコップは避けない。戦斧だけを見つめ、振り下ろされる予備動作を見逃さない。

 充分にタイミングを見計らうと前方へ飛んだ。オフレッサーの懐に飛び込んだのだ。既に振り降りされる動作に入っている戦斧は急に向きを変えられない。一瞬のチャンスを活かし、シェーンコップはオフレッサーの首か心臓を狙った。

 だがオフレッサーは笑みを強くした。

 

 シェーンコップの動きはオフレッサーの予測の範囲内だった。

 

 巨人相手の戦いなら足元だけへの攻撃では埒が明かず、いずれは飛び上がってくるだろう。そうしなければトマホークは致命傷を与えられないからだ。

 オフレッサーは戦斧を持ったまま肘を絞る。

 戦斧の間合いの中に入られても手はある。空中にある相手を肘打ちで叩き落としてやるのだ。巨人の力でそれを行なえば、おそらく全身の骨が砕けて死ぬだろう。

 

 シェーンコップはその危険な肘打ちを躱した!

 

 今のシェーンコップが持つもう一つの武器、体の柔軟性を生かしたのだ。女の柔らかい筋肉や可動域の広い関節が役に立つ。

 さすがにローゼンリッター隊長シェーンコップ、女子の特性を把握し、最適の戦い方を身に着けている。それはやはり天性の戦士としての才があったからだろう。

 

 

 空中でくるりと一回転し、躱しきってなおオフレッサーの腕を踏み台にしてもう一段高く飛ぶ。オフレッサーの右側面に撥ねた。

 それを察知すると、オフレッサーは下手に振り向かず肩を上げて防御する。同時に戦斧から手を離し、右こぶしを後ろに回して攻撃を図る。

 

 シェーンコップは当初の狙いだった首が肩によって防御されたのを見て取り、狙いを変えた。

 むろん、肩などを傷つけても意味がない。頭だけは見えているが、普通に狙っても硬い骨は通らず無駄だろう。そして一撃が無意味に終われば、拳で叩き落とされて終わりだ。空中でそうそう向きは変えられず、逃げ場はない。

 シェーンコップは一瞬の判断で右のこめかみを狙った。頭の骨の継ぎ目は別かもしれないと考えたのだ。

 

 トマホークをこめかみに突き入れ、更に渾身の力を込めて足で蹴り込んだ。

 地面に降り立ち結果を待つ。

 

 

 

 勝負は着いた。

 

 オフレッサーは動きを止め、やがて前に倒れる。

 何もしゃべることはなく往生した。

 

 だがシェーンコップは、儂を正面から倒すとはやりよるな、という声を聞いた気がした。

 シェーンコップもまた、あんたもそうさ、と心の中で返す。

 前の世界でオフレッサーがどんな最期を遂げていたのか知らない。濡れ衣によって罵られ、戦場でもないところで味方から殺され、およそ戦死とはいえない無様な死に様だったことを知らない。

 しかし、今は満足のようなものがあったことをかすかに感じ取った。

 

 武人は奸計ではなく武で斃されることが本望である!

 オフレッサーはこの世界まで来て、技量の優れた相手と堂々闘うことができた。

 今、一生をかけた武人の望みをやっと果たすことができたのだ。

 

 

 

 

 シェーンコップとオフレッサーの一騎打ちの最中にも戦いは同時にあちこちで繰り広げられている。

 オフレッサーを斃せたのは朗報だが戦場全体の中では局地戦に過ぎない。

 

 ラインハルトの陣営へルドルフのもう一つの戦力が襲いかかろうとしている!

 空中からドラゴン部隊を率いたリヒテンラーデが迫っているのだ。

 それは一斉に火炎攻撃を始めた。

 ただの火炎ではなく、超高熱の線だ。驚くべきことに火炎を細く絞り、温度と飛距離が増すよう工夫されている。リヒテンラーデの戦術的な入れ知恵なのだろう。

 

 ドラゴンの巨体と併せ、まるで戦艦のビームのような攻撃だ。

 

 ダンブルドアの作り出す白銀の防護魔法へ幾筋ものオレンジ色のビームが飛ぶ。

 直撃の砲火は一瞬置いて着弾した。このドラゴンの一斉射撃に防護魔法といえど耐えきれず弾け飛んだ。

 しかし生徒に被害はない。

 だが、もう一度防護魔法を張るにはダンブルドアも直ぐに、というわけにはいかない。膨大な魔力の消費に逆らい、力を貯め込む必要がある。

 

 正にピンチの局面だ。このままでは生徒らが第二撃で焼き焦がされる。

 

 

 

 


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