ルドルフの賛美を受けてその者は無上の喜びを感じている。
底の浅い軽薄な人物らしく、得意げな表情を隠すこともなくさらけ出す。
その者こそ前の世界の帝国軍技術総監シャフト大将だ。
この世界では自身の科学的興味を満たすためだけにルドルフへ協力していた。それで作り上げたのがこの画期的な転移装置なのだ。
これを使えばどこへでも、例え魔法省内部でも易々と侵入し、制圧できる。
(目にもの見せてくれる! ラインハルト・フォン・ローエングラムよ、儂をガイエスブルグ要塞移動のため使い潰し、あっさり切り捨てた恨みは忘れん! こちらは何も敵対しておらず、むしろ協力していたのに。最初から最後まで儂を馬鹿にしおって! 何よりも科学技術を軽視し、艦隊運用ばかりに目を向ける貴様とは水と油だ)
これもまた昏い炎を上げている。
艦隊を駆り、華々しく勝利を挙げる提督たちは英雄と賞賛される。
反対にシャフトは賞賛されたことがない。
技術大将として地味でもそれなりの意味のある仕事をしてきたつもりだが、周りからは「大将? 敵と戦うこともないのに大将なんて何の冗談だ」とさんざん陰口を言われてきた。
自分の技術で帝国軍に貢献しようという気持ちは持っていたのだ。しかし、年月が経つうちに周りの嘲る声によって腐ってしまった。最後は資材取引先からリベートを貰う小悪党になり果ててしまったのだ。
だが今はルドルフに協力し気分が高揚している。
自分は技術の天才、それによって評価が得られることが何より嬉しい。
(儂は直接戦うのではなく技術でもって屈服させてみせる。そして作ったのがこの転移装置だ! これで大帝陛下が貴様に鉄槌を下す。これで決まりだラインハルト・フォン・ローエングラム!)
「大帝陛下! 魔法省地下十階、予定通りの場所に照準定めました。魔法障壁からの安全距離です」
「よし、では作動させろ。シャフト、お前もついてこい」
ルドルフは腕の立つ側近と共に魔法省内部へ乗り込もうとしている。
魔物の軍団の指揮に必要なブラウンシュバイク、リッテンハイムは一緒ではなかった。魔物を強力に統率できるのはその両名くらいなものであり、実力は傑出している。それによって魔法省の外部から牽制し続けなければならない。
「転移開始!!」
シャフトの声が響くと同時に、地面に書かれた魔法陣が薄い紫色に光り出す。
直径は5mほどだろうか。その上に立っているルドルフとその側近五人ほどの人影が照らし出される。
そして、魔法陣の周りにはやや小ぶりな別の魔法陣が7つほど取り巻いている。それらが順番に光り出していくではないか。完全に同期し、手助けする魔法陣として編まれている。
シャフトはやはり優秀であり、作り出した装置は正常に稼働しているのだ。
転移が始まり、人影が薄くなり始める。
その時、側近の一人が驚くべき行動に出た!
いきなり魔法陣から飛び出たのだ。本来は側近としてルドルフと同行するはずなのに直前で脱出し、素早く離れようと走っている。驚く死喰い人らを数人倒し、ついでにルドルフのペットである蛇も叩き潰している。以前には闇の帝王のペットとして可愛がられていた大蛇だったが、最近は雑な扱いを受け、ルドルフと同行していなかった。
その者は一目散にラインハルトの陣の方へ駆けていく。
近付くと、ラインハルトの陣は緊張していった。
ラインハルト自身には何の感慨もないが、この世界の多くの者にとってはそうではない。
駆け込んできたのがルシウス・マルフォイ、有名な純血主義者だからだ。
闇の帝王の側近中の側近だと思われている。この事態に戸惑いを隠せない者が多いのは当然だ。
「ラインハルト・フォン・ローエングラムはいるか! 俺はルシウスなどという者ではない。前の世界の者だ。アドリアン・ルビンスキーだ!」
「な、何! ルビンスキーだと! フェザーンの狐もこの世界に来ていたのか! しかも、今名乗りを上げてどういうつもりだ」
「急いで協定を結びたい。簡単に言えば、味方したいということだ」
「何かと思えばそんなことを。フェザーンの自治領主、さんざん帝国の邪魔をしてくれたな。今さら信用しろと言うのか」
「ふざけるなローエングラム! 最後はフェザーンに帝国が侵攻してきたのだろうが。お互い様、というよりこちらが被害者だ。読み負けた結果を甘受するとはいえ、それくらいは認めてもらわねば困る」
話はそこで止まってしまう。
しかし互いに前の世界の遺恨をここまで持ち込んでも仕方がない。
「…… 何のための協定だ。どういう土産を持ってきた」
「情報だ。もちろん、信用するかしないかは勝手に決めればいいだろう。しかし、役に立つことだけは保証するがな」
ここでラインハルトも考えるが、それは長くはなく、ルビンスキーを信用することにした。
あの損得勘定に長けたルビンスキーともあろうものがわざわざルドルフの陣から裏切るのだ。その理由が絶対にあるはずだ。
それに引き換えたいものが情報というところがいかにもルビンスキーらしい。
「分かった。こちらは害を与えない。いや、ルドルフから保護しよう。そちらの持つ情報とは」
「俺は二つのことを知っている。一つ目は、ルドルフが既に魔法省の地下に侵入したということだ。そこから更に下がっていくつもりだろう」
「何! しまった、既に入られたとは! さっき見えた光はそのためだったのか…… ルドルフめ、我等を出し抜いたのか」
「二つ目は、目的が何であるかということだ」
「確かにそれが最も重要な情報だ。いったい魔法省の地下に何がある。そして奴は何のためにそこを目指す」
「魔法省地下には、この世界に魔法を行き渡らせる根源があるらしい。昔から発現し、この世界を守っているものだそうだ。それを手に入れ、自在に制御できれば無敵に近い存在になれる」
「なるほど。より強い力を手に入れ、君臨する気だな。ルドルフらしいことだ」
ルドルフに出し抜かれたと知るとラインハルトは悔しがる。大戦力を用いての陽動を仕掛けるとはさすがにルドルフ、しかもルビンスキーがいなければ完全に手遅れになるところだった。
急いで魔法省に戻らなくてはならないが、ルビンスキーの話はまだ続くようなのだ。
「しかしローエングラム、今まで誰もその魔法の根源を手に入れるどころか、近付くこともできなかった。だから詳しいことは知られていなかったのだ」
「なぜ? どうして誰もできなかったのか」
「魔法障壁のためらしい。力の根源に近づくほど精神力を削られるそうだ。だがルドルフ大帝なら突破できるやも知れん」
「確かに奴の覇気ならばそれも可能か」
「しかもラインハルト・フォン・ローエングラム、問題はそこじゃない。その魔法力の根源こそが俺もお前も、この世界に来た鍵なのだ!」
「何!! それが原因だっただと! この不思議な現象の!」
これは驚かざるをえない!
そもそもの不思議はどうして前の世界の者がここに来たかということだ。
それが最初からの謎なのだ。
銀河帝国時代の者がこの魔法の世界に呼ばれたという奇妙な現象、それは偶然などではなく、原因が存在していたとは。
「もう分かったか。大帝の狙いは単純に魔法力を上げるといったことではないのだ。もはや征服どころの話ではない」
「ま、まさか、すると奴の意図とは……」
「その力を手に入れたら、前の世界とこの世界、互いの世界の壁を乗り越えることすらできるかもしれないのだ。前の世界の帝国艦隊をここに呼びよせたらどうする! 俺としては想像もつかない」
ラインハルトはルドルフの考えを理解した。誰もが想像もできない未来になる。
ルドルフはこの現象に惧れを感じるどころか、それを自分のために利用して禁断の扉を開こうとしているのだ!
だからこそ、さしものルビンスキーもその危険性を感じて情報を持ってきたのだろう。
これは絶対に止めさせなければならない!
二つの世界のどちらも護るために。この世界も、もちろんヒルダなどがいる新銀河帝国も。
皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムとして、過去の亡霊ルドルフの野心を止めるのだ!
「キルヒアイス! ロイエンタール! いったんここは任せる。あの魔物の軍勢も指揮官も打ち倒せ。俺は先に魔法省の地下へ急ぐ」
「分かりました。ラインハルト様」「御意、陛下」
「ヤン・ウェンリーにもそう伝えてくれ」
一人それらの話を静かに聞いていた者へ、ラインハルトが言う。
「ああ、そうだダンブルドア校長、魔法省のことは詳しいだろう。一緒に付いてきてもらえればありがたい」
「転移完了!!」
ここは魔法省地下、しかしそれほど深くはない。そこへ得意げな声が響く。
「ルドルフ大帝陛下、転移成功しました。予定通りここはおそらく魔法省地下十階。更に下の階へお急ぎを。わたくしはここでお戻りを待つことといたします」
「ご苦労だった、シャフト」
「おお陛下、もったいないお言葉。このシャフト、陛下のためならば身をこの身を投げうってでも尽くす所存です」
「そうか。それはよかった」
いきなりだった。
ルドルフの魔法が一閃する。
シャフトを的確に捉え、圧倒的な威力でその身を消し飛ばす。
「へ、陛下……」
「シャフトよ。お前がいれば敵にその転移技術を利用されるかもしれない。ここで消えておくのがお前の最後の役割だ」
あっさりシャフトは死ぬことになった。
ルドルフの冷徹な合理性の前に消されてしまった。
そしてルドルフは圧倒的な精神力で魔法障壁をものともせず、次々下の階へと進んでいく。