第五十二話 真相
ラインハルトは勝利した。
ルドルフを打ち倒し、その帝国を阻み、元の世界の悪からこの世界を守ったのだ。
後の問題はこの大樹に宿る魔法の根源をどうするかの話だ。
ラインハルトは興味をそそられはするものの、これ以上の魔法力の増大を望んでいるわけではない。ましてその力を己のために利用し、帝国を作ろうなどと思ってもいない。
「ハリーよ、魔法の根源には手を付けずともよい。それより、お主に話していきたいことがある。地上に帰ることが先決じゃが」
「確かにそうだ。校長。魔法の根源をどうこうしようとは思っていない。先ずは地上に出て、戦いの行方も見なくてはならないし、ハーマイオニー嬢などの生徒たちも心配だ」
「もう一つ頼みがある。ハリー、そこのトム・リドルも連れていってはくれまいか。おそらくまだ息がある」
「なに、校長、ルドルフの意志が宿っていたのは人形でなく人間、つまり憑依という状態だったのか…… 元の名前はトム・リドルとは。分かった。どうせルドルフは消えたのだから、この者も連れて帰ろう」
しかしながら、これは意外に難儀なことだった。
ラインハルトもルドルフ相手の死闘で魔法力をほぼ使い尽くしていたのだ。
おまけにロイエンタールもオーベルシュタインも手助けできないようだ。そっちはそっちでやることがある。
「陛下、シュザンナ・フォン・ベーネミュンデは虫の息、治癒魔法をかけても長くはありますまい。どういたしますか」
「……姉上の敵だが、その女はルドルフとの戦いで決定的な働きをしてくれた。ここに置いてはおけない。せめて地上に帰してやるのだ」
そう問うたオーベルシュタインもラインハルトが言うことは予期していた。そして、どうせ死ぬ者に無駄なことを、などと口を挟むほど冷酷でも礼儀知らずでもない。
しかし現実、シュザンナを運ぶのにオーベルシュタインとロイエンタール二人がかりでも簡単ではない。この階層の魔法障壁は半端なものではないのだ。
そこに予期せぬ手助けが現われた。
「ちょいと遅れましたかな。トマホークの出番はいずこに? ここがかつての白い艦の中なら、まだ獲物が残っていると言うところでしょうが」
そんなブラックジョークを言いながら現れたのはシェーンコップだ。
言っている場面はかつて戦ったシヴァ会戦、そのブリュンヒルト内でのことなのだが、もちろん今はラインハルトを味方とみなしている。そしてフラー・デラクールの体でありながら優れた体術のおかげか、この階層でも歩くことは可能だった。
渡りに船だ。シェーンコップはシュザンナを背負い、ラインハルトらはトム・リドルをひきずりながらこの階層を抜け出し、皆で上へと進む。
ちなみにヤンも魔法省地下を下がってここに来ようとしたことはしたのだが、魔法障壁の最初の段階であっさり脱落し、皆に残念な顔をされている。
階層を上がれば一息つける。そこで待ちうけていた何人かの手助けを借りながら、更に上へと進む。
そうして面々の中の一人は口に出さないが深い感慨がある。
(ラインハルト閣下…… 前の世界では決定的に敵同士になってしまったが…… アスターテまでは帝国軍として共に戦っていたのだな。今となっては懐かしいことだ)
それはもちろんウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツである。
やっと魔法省の一階、その大広間に全員で辿り着いた。
そこにはキルヒアイスも、ヤンも、ルビンスキーもいる。
おまけに戦いの終焉を見越して事態収拾のためにトリューニヒトらも戻っている。皆が勢揃いだ。
あとは魔法学校の生徒らとも再会を喜び合えば大団円だろう。全ては終わった。
だがしかし、そこでダンブルドアが強く待ったをかけた!
「生徒らと会う前に、話さねばならぬことがある! それは、教師はともかく一般生徒らには聞かせない方がよいことなのじゃ! 今が一番良い」
「何? それはいったい、どういうことか、校長」
ラインハルトのみならず皆は深刻な話と察した。それほどダンブルドアの表情は切迫している。
今、魔法省の一階にはラインハルトらと、いくばくかの闇払い、降伏したルドルフ直近の手下の死喰い人、それに教師たちだけだ。
生徒らは外での戦いに勝って勝利の余韻に浸り、歓声を上げている。まだ魔法省に入ってきていない。
「では話そう。ハリー・ポッター、いやラインハルト・フォン・ローエングラムなる者よ」
「そうか…… 校長、分かっていたのだな。我らがこの世界の者でないことを」
「その話し方などで疑ってはおった。しかもその胆力といい実行力といい、とうてい魔法学校の生徒という年齢に合わん。そして覇気なるものが尋常ではないからの。じゃが、確信したのはポッターではなく、トム・リドル、いやルドルフなる者を見た時よの」
「なるほど、とにかく我らがこの世界ではなく、他の世界から来たことを認めるのだな。そういう人間が複数いるからには、単なる妄想の産物ではないこともこの際認めてもらおう。そして非常に簡単に言うが、我らのいた世界はこことは全く違う。魔法はないが、宇宙の星々を支配する大帝国なのだ。戦いも宇宙艦隊を率いて行う。いつもブリュンヒルトという美しい戦艦に乗っていた」
「そんな世界は、儂の想像も及ばぬ。宇宙の国? 宇宙に艦隊などとは…… 想像もできん。だいぶ違う世界じゃの。しかし儂が言いたいことはそういう違いについてではない」
ラインハルトは誇りを込めてそう説明した。
しかしそれは皇帝の言うこととしてはあまりに子供っぽい。
聞いているキルヒアイスは微笑みを浮かべる。銀河帝国を説明するのに、行政や人口ではなく、いの一番に宇宙艦隊やブリュンヒルトをもってくるあたりがいかにもラインハルトらしいではないか。
どうせダンブルドアには分からない。
思慮のあるダンブルドアでさえ、海に浮かぶべき艦が宇宙にあるという時点で意味不明だろう。
しかしダンブルドアの方はその話に全く別の意義を見出している。周りの人間を見渡し、今の話を聞いても意外に思っていない顔を確認する作業に入っているのだ。
すなわちそれが向こうの世界から来た者だと判別がつく。
結果的に多くの者がそれに該当した。
いや、逆にいえば普通に驚いているのはセブルス・スネイプやミネルバ・マクゴナガルなど少数しかいない。魔法大臣ファッジすらも驚いていないとは。
「まあよい。ではポッター、真実を話そう。これは儂の憶測が多分に入っておるが、限りなく正しいものと思うておる」
「それは是非知りたい。こんな不思議なことがなぜ起こったのか、理由があるなら聞いてみたい」
「そうじゃろうの。全ての始まりは何十年も前のことになる」
「何十年前とは? 校長、そんなに遡るのか?」
「そうじゃ。儂の友にグリンデルバルトという者がおる。長らく親友じゃった。未知の世界に挑む胆力、次々と新しい魔法を生み出す発想力、とにかく破天荒かつ強力な魔法使いじゃ。正直言えば儂も憧れておった。しかしの、グリンデルバルトは次第に精神が暗くなり、代わりに野心が芽生え始めた。その時は儂も理由が分からず、親友の変化にうろたえるしかなかった。じゃが今は分かる。何がしかの禁断の魔法、おそらく召喚に類するものにグリンデルバルトは手を出してしまい、天才の力で成功してしまった。しかし、そこで生じたものに逆に憑り付かれた可能性が高い。それでおかしくなったのじゃ」
ダンブルドアは疲労の色が濃い。いや、悔いているのだ。
その親友の変化をどうにもできなかった自分を責めているのだろうか。
「なるほど分かってきた、校長。おそらく来てしまったのは、ルドルフだ! しかし校長、おそらくグリンデルバルトのやった召喚だけの問題ではないだろう。なぜならルドルフには桁違いの野心と覇気がある。召喚にその力が加わって、この世界と向こうの世界との壁を乗り越えてしまったのだ」
「そうなのじゃろうな。まあそれでも、グリンデルバルトの性格が変わって元々の野心が増大しただけで、人格は残っておった。それは儂が分かっておる。召喚といっても無意識の一部だったんじゃろう。全面的に意志を乗っ取られた憑依というわけではない」
「なるほど、それが最初か」
「しかし、ここにもう一人の天才がおった。ニコラス・フラメルじゃ。彼が長年の研究の結果、賢者の石を作ったことは皆も知っての通り。そして、どうもそのニコラスとグリンデルバルトが接触した形跡がある。おそらくグリンデルバルトがニコラスを騙したのじゃろうが、逆にニコラスの研究欲が度を越したのかもしれん。そこは分からん。しかし結果として二人は共同で研究を始めた。そしてついに魔法省地下にある、あの魔法の根源のことを突き止めた。その力を利用すれば、不老不死も含めて幾多の不可能を可能にできることを知ったのじゃ」
「…… 恐ろしいものだな。魔法の根源というのは。この世界を司っているからにはありえない話ではなさそうだ」
「二人は魔法省の地下に潜り、あの根源に行った。そして、その力を一部取り込める容器も持って行った。その容器こそが賢者の石なのじゃ。石そのものに力は無く、力を汲み取れる物としてニコラスの無二の天才が作り上げた。しかしその力の恐ろしさゆえに、ニコラスは後悔し、賢者の石に封印を施した。そしてニコラスは普通に老いて死ぬ方を選んだのじゃ」
「それは賢明なことだ」
「じゃが一方、グリンデルバルトは怒ってそれを奪い、封印を破ろうとしたに違いない。しかしそれは最後まで叶わんかった。グリンデルバルトはその前に、儂を始めとした闇払いたちとの最後の闘争に敗れ、打ち倒されてしもうた」
「その者が死んだのであれば、問題はなくなったのではないか。ならばなぜルドルフが甦ったのか疑問が残る。そしてここに倒れている者はグリンデルバルトという者ではなく、トム・リドルという者なのだろう」
「そうじゃ。グリンデルバルトは最後にこの世界を呪い、自身に憑依していた物を解き放った。それは、並外れた野心と実力のある魔法使いに再びまとわりつき、復活する可能性のある物じゃった。そして不幸にも該当する人間がおった」
「それが、トム・リドルか……」
「トムは元々野心家ではあったが、良き心も持っておった。でなければホグワーツに儂が連れてくるわけはなかろう。しかし、結局は憑り付かれ、性格が変わった。その後は皆も知っている通りじゃ。道を踏み外し、闇の帝王として強大な魔法力を振るい、人を次々と殺めるようになったのじゃ。それは悲劇よの……」
「悲劇ではあるが、トム・リドルの罪は罪ではないか」
しかし、ダンブルドアは倒れているトム・リドルを限りなく優しい目で見ている。
「憑り付かれたことは本人の責任ではないし、ある意味被害者ともいえる。魔法力が強かったばかりにな」
かつての教え子は、誰であっても、どんな道を歩んだ者であっても、罪人であってもダンブルドアにとっては愛しい子供たちなのだ。
そんな愛情は一生変わることがない。
「ここで話を戻そう。次におぬしらのことになる。あの魔法の根源に人間のような人格は無い。もっと高次元のもので、人が思うような感情はないのかもしれん。ただし、この世界がルドルフなる者によって異常な方向に進むのを察知したのじゃろう。それを事前に修正する必要を感じたに違いない。そのため、おぬしらをわざわざこの世界に呼んだのじゃ。おそらくおぬしらは別の世界で死んだ者で、その抜け出た魂に魔法の根源はルドルフを倒すことを託した。つまりルドルフと戦ってもらえる戦士として」
「それは当然だ。言うまでもなく、ルドルフを斃すのは本望だからな」
これはラインハルトの言葉通りだ。むしろこの世界に呼んでくれてそんな機会を与えられたことには感謝しかない。
ラインハルトは向こうの世界でゴールデンバウム王朝を倒すだけではなく、ここで始祖ルドルフを直接倒せる機会を得て喜んでいた。
向こうでは生きた時間に違いがありすぎてどうしたってそれは無理だからだ。
「一方、トム・リドルに憑りついたルドルフの残滓は、ついに賢者の石の力で形を成し、人格を得て、トムを完全に乗っ取り支配するようになった。死喰い人らは苦心惨憺の末、賢者の石の封印をほんの少しこじ開けることに成功したのじゃ」
「なるほど。その後のことはよく分かっている。魔法の根源とやらは、よほど慌てたのか、滅多やたらに向こうの世界から人間を呼び寄せた。だが逆に、その影響によってルドルフの覇気のため向こうの悪しき者らまでこちらに来てしまった、というわけだ」
「そうじゃの。敵も味方も数多く、それで激しい戦いになってしもうた」
「しかし校長、戦いは苦しかったが、結局ルドルフは倒された。事は全て終わり、それでよいではないか」
「そうではない! まだ話が残っておる。むしろここからが大事なことなのじゃ。賢者の石の力はまだまだこんなものではない。完全に封印を解けばとんでもないことができる」
「何だろう。そのとんでもないこととは?」
「これが話の核心になる。その力を使えば向こうの世界との壁を破り、おぬしらが元いた世界に帰ることを可能にするじゃろうな」
ダンブルドアの発言はこの場の全員を驚かせた。
「な、なんだと!! そんなことが!」
向こうの世界に戻る。それは向こうで再び生きるのと同じことではないか。これが驚かずにいられるだろうか。
ラインハルトは更に詳しいことをダンブルドアに聞かねばならない。