ハリー・ポッターと帝国元帥   作:おゆ

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第五十三話 愛の力

 

 

 周りの皆も掛け値なしに驚く。キルヒアイスも、ロイエンタールも、ヤンも、シェーンコップも。

 向こうの世界に帰れるのか!

 銀河帝国、あるいは民主主義の灯として残されたハイネセンに戻れるというのか。

 

「魔法の根源はこの世界を守るものじゃ。戦いが終わったのを感じ、その意向がなくなれば、これからの移動は簡単ではない。しかしその根源の力そのものを賢者の石で発揮できれば、当然可能になる」

「よし、我らは元々この世界の者ではない。相応しい場所に戻るとしよう」

 

「実はの、それには条件がある」

「条件などあるのか。校長、それは何だ」

「賢者の石はただの入れ物であり、そこに入っている力が尽きれば何にもならん。新たに石を作ったり、魔法の根源から再び力を汲み取るのは不可能じゃ。ニコラス・フラメルほどの天才がいなければな。つまり今入っている力しか使えんということじゃ。そして儂の見るところ、残された力はせいぜい数人を送り届ける分しかあるまい」

 

「…… この際、数人分でも仕方ない」

「ほんのわずかな時間邂逅するだけなら、石の力は少しで済むのじゃが…… それとな、賢者の石は封印されておると言ったじゃろう。ルドルフの復活の場合、封印が解かれたわけではなく、ごく一部の力で行っただけじゃ。それが、ルドルフが煙のような状態にしかならんかった理由になる。死喰い人らが封印を解くことはできんからの」

「条件とは、その封印を解かねばならんということか」

 

 確かにルドルフは完全な形で復活していなかった。それほどの封印とは、厄介なことになりそうだ。

 そう考えたラインハルトの顔を見て、なぜか今度はダンブルドアが楽し気な顔をする。

 

「種明かしをしよう。賢者の石の封印を解くカギはとてつもなく簡単なことなのじゃ。『愛』があればよい」

「な、何? 愛とは…… そんなことが……」

 

「そうとも。さすがニコラスの考えたこと、面白いじゃろう。しかし、邪悪なものには手が出ないのも確かじゃ。死喰い人らが如何に頑張ろうと、愛は無い。闇の帝王、いやルドルフに対し惧ればかりしか持っていまい。それでは駄目なのじゃ」

「分かった。つまりは愛をもって呼ばねば、力は発揮されないのだな」

「おお、理解が早いのう。そう、心を込めて呼んでくれる者がいてこそ移動できる」

 

 概要は判明した。

 次には実践あるのみだ!

 向こうの世界へ行けるのは数人、しかしわずかな邂逅ならもっと多くの者が可能になる。

 

 

 

 ラインハルトは最初の一人を躊躇なく選んだ。

 

 他の者ならばとにかく、その者だけは一秒でも早くしないと間に合わないからだ。

 ラインハルトはその者を指差し、ダンブルドアに言う。

 

「校長、先ずはあの者に頼む。おそらく愛は余るほど充分だ。石の力で恋焦がれる相手と会えるだろう。一瞬でよい。せめて死にゆく前にそれをかなえてやりたい」

 

 それはシュザンナ・フォン・ベーネミュンデだ。

 敵であったこの女にもラインハルトは同情すべきものを感じている。

 

 

 

 ダンブルドアはトム・リドルのローブの右ポケットを探り、賢者の石を取り出す。

 

「トムはの、いつも大事なものを右ポケットに入れていたものじゃ」

 

 シュザンナは今、ルドルフの攻撃によるダメージのため、意識を失い、死の予兆に青白く顔色を失っている。

 ダンブルドアはその上に賢者の石をかざし、左手に杖を持ち、先端を石に当てる。ダンブルドアの魔法力により杖の先が輝いていく。簡単なように見えるが、それはダンブルドアほどの強力な魔法使いだからできることだ。 魔法力は賢者の石に作用して、やがて表面に一滴のしずくが生まれる。これが魔法の根源の力である。

 

 しずくはシュザンナの唇に落ちた。

 

 その場に、サッと柔らかい風が吹いた。

 するとシュザンナの前にわずかな影が現れたではないか。

 それはみるみる濃くなり、人の形を成してくる。

 

 ラインハルトを始めとして周りの幾人かが反応する。メルカッツが驚いて呟きを漏らした。

「フリードリッヒ四世陛下……」

 

 

 その姿は、ラインハルトらに反応しない。自分を呼んでくれた者しか目に入らないのだろうか。

 シュザンナの傍らに膝を付き、声をかける。

 

「シュザンナよ、起きよ」

 

 その柔らかな声にシュザンナが目を開ける。もちろんシュザンナも驚いて起きようとするが、もう体に力は入らない。

 フリードリッヒ四世の方がシュザンナの上半身を抱き起し、その膝に乗せた。

 

「へ、陛下! 惧れ多いことでございます!」

「シュザンナ、長くそなたを寂しくさせた。余の咎じゃ。済まぬな」

 

「いいえ! いいえ! いいえ!! 陛下、この身に余るお言葉でございます」

「いや、そなたが寂しがっていることを知っておったというに…… 本当に後悔しておる。最初に後宮に来たのはそなたが16歳の時、どんなに寂しかったろう。味方もなく、冷たい後宮の世界に閉じ込められたのだから。ひどいことをした。そして、後宮の世界しか知らず、余しか見えぬようにされてしまったというに、そなたは真っすぐに余だけを見てくれた。余しかそれに応えることはできないまでに」

「いいえ陛下、それが強いられた運命であろうとも、シュザンナは陛下に出会えたことを感謝しております。嬉しゅうございました。楽しゅうございました!」

 

 

 シュザンナの表情はこんな最期のときでも楽しげだ。

 

 もっと若い時、シュザンナはフリードリッヒ四世と心躍る日々を過ごしていた。辛いばかりではなかったのだ。

 共に舞踏会で踊り、池にボートを浮かべ、温室のバラを摘み取った思い出がある。

 

 その良きことを思い返したのだろうか。

 

「その想いを裏切ったのは余なのじゃな……」

「シュザンナは陛下に全てを捧げた身、そのお言葉だけで充分です。シュザンナの人生は陛下のおかげで意味がありました」

「赦してくれるか、余を」

「もちろんでございます。しかし欲を言わせてもらえるなら、このまま抱き留めて下さいませ。シュザンナ最後のお願いにございます、陛下」

「シュザンナ……」

「最後の最後に、陛下にお会いできて、全ては幸せに変わりました……」

 

 そこで途切れた。

 

 シュザンナの目は再び閉じられ、体から力が抜けていった。

 フリードリッヒ四世はとても寂しい表情をした。その一瞬後、姿はかき消える。

 

 

 

 

「良かったな。姉上の敵……」

 

 ラインハルトがしんみりする。

 シュザンナはかつて、後宮に押し込められた幼い少女だった。

 何も分からず、抗うすべもなく。邪悪とも無縁だったのに。

 そこでフリードリッヒ四世と出会い、激動の人生を過ごし、愛に執着して他が見えなくなってしまった。だからこそ最後は悲劇となって終わりを告げたのだ。

 

 それをまとめて見せられた気がする。

 少女の人生は、救いが得られただろうか。最後に救われて死に逝けただろうか。

 周りの皆も声が出せず、シュザンナの人生に思いを馳せていた。

 

 

 そんな湿っぽい雰囲気の中、シュザンナがぱっちり目を開けた。

 むっくり起き上がる!

 

「何じゃあ、おぬしら。そうかそうか、妾が死んだとでも思ったのか。たわけ! まだ死ぬものか!」

 

 その場の誰もが驚いてしまう。

 いったいどうしたことだ。

 シュザンナの精神力と魔法力は自分自身に驚異的な治癒を施したのか。

 

 

 

「この女は殺しても死なんようだな……」

 

 ラインハルトはそう言ったものの、深く安堵している。そう思えている自分にも不思議だ。

 

「ふん、これでやっとせいせいしたわ。これからは自分のために生きるのじゃ。せっかくの人生だからの。先ずはこの世界を巡って見聞を広げるとしようぞ」

「な、何……」

 

 それどころではない。シュザンナは何とフリードリッヒ四世のことを吹っ切ったというのか。

 もう前を見ているとは!

 あまりに切り替えが早過ぎる。

 

「フレーゲルはもうおらぬが、新しい従者は既に見つけておる。ほれ、こっちに来るのじゃ。これからたんと妾のために働けよ」

 

 シュザンナの視線の先には、ビクビクしたような表情の男がいる。

 投降した死喰い人の一人だ。

 既に目を付けられていたのだろう。

 その男はシュザンナに見据えられ、観念したように足を踏み出した。

 

「旅立ちの時は、常に心引き裂かれ、見えぬ希望に踊らされたるなり。そは世の定め、不思議の一つと今こそ知ればや」

 

「やめい! いちいち何でも詩にするでない! しかもちっとも面白うないわ。へぼ!」

 

 

 

 ラインハルトはその男の名を聞くまでもない気がした。

 他の皆も同様だ。

 向こうの世界から来た帝国貴族だろうが、銀河に聞こえたへっぽこ詩人といえば一人しか思い浮かばないではないか。

 それがこれからよりによってシュザンナの従者とは、心から同情を禁じ得ない。

 

 シュザンナとその者は、連れ立って魔法省を出ていく。

 最後にラインハルトを振り返って、大きな声で叫んだ。

 

「おぬしも死ぬでないぞ。あの女の弟。いや、ラインハルト!」

 

 

 シュザンナは最後にラインハルトを名で呼んだ。

 照れ隠しである。

 シュザンナとして最大限の感謝を込めたものであることは、言うまでもない。

 

 

 

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