これで賢者の石の持つ真の力が明らかになった。
壁を越えられる!
しかも、この世界と元の世界だけではない。死んで魂となった者まで呼ぶことができる。ある意味、それも壁であるが、それさえ乗り越えるとは何という力だろうか。
「凄いな……」
ラインハルトも皆もそう言った。
しかし、だからといってその力を欲しがる者はいない。使えるのは数人だけと分かっている以上、自分よりも使うのにふさわしい者がいると思うからだ。
もちろんラインハルトもその一人である。実は自分が使おうとは思っていない。
「校長、元の世界に何人かは帰したい者がいる。正直言えばそうだ。だが、その石の力、先ずはこの世界の者に適用すべきだろう。この世界のために存在する力なのだから、ルドルフによる犠牲者こそ使われるにふさわしい」
ダンブルドアもその言葉には驚く。
あまりに剛毅ではないか。誰もが欲しがるであろう至上の力を、あっさりと手放そうというのだから。
「ううむ、犠牲者とな。なるほど確かに……」
ここで意外な人物が進み出てきた。
その話を聞いたロイエンタールがラインハルトに何かを進言しようとしている。
「どうした、ロイエンタール」
「陛下、ルドルフの犠牲者といえば、小官は一人知っております。そしてそのことで心を痛めている者がいることも」
「そのような者がいるのか? いったい誰だ。」
ロイエンタールは指差した。
その先には何と、ミネルバ・マクゴナガルがいる!
ロイエンタールは知っていたのだ。
ルドルフに憑依されたトム・リドルによる最初の犠牲者はマートルというホグワーツの生徒であることを。
そしてミネルバ・マクゴナガルがその事件のため、今に至るまで心を痛めてやまないことを。
それはかつて、クリスマス・パーティーのダンスでペアを組んだ時に知ったことだ。
詳細を聞いたラインハルトは躊躇なくダンブルドアに言う。
「校長、ではそのマートルという者を甦らせてほしい。今度は一瞬ではなく、石の力を充分使い、きちんとした形で頼む。ミネルバ教師なら心から呼べるだろう」
「分かった。マートルについては儂も本当に残念に思っておった。甦らせるのは本当に嬉しいことじゃ」
そして先ほどと同じように、ダンブルドアならではの魔法力を用い、賢者の石からしずくを出させる。
ただし今度は一滴ではなく、よほど多くだ。
それをミネルバ・マクゴナガルが飲み干した時、不思議な現象が始まる。
白銀に輝く光の微粒子が次々と上から降り注ぎ、床に到達する前に消えていく。それが一分も続いただろうか。
それが終わりを告げた時、マクゴナガルの前には少女が現れた。
ホグワーツのローブを着て、平凡な顔に丸いメガネをかけ、低学年らしい身長の低い少女だ。
顔は驚いている。
「マートル!」
マクゴナガルが駆け寄り、マートルを抱きしめる。
「ごめんなさいね。トイレに閉じこもったあなたを一人きりにして。だから闇の帝王に……」
「え? せ、先生?」
しかしながら、そのマートルはなぜここに自分がいるのかも分からない。どうしてマクゴナガル先生が泣いているのかも理解できない。
トイレでゴーストになっている間の記憶が無いのだ。
それはある意味幸せなことなのかもしれない。ミネルバ・マクゴナガルはそれを分かると、これまでのいきさつを語ったり、マートルの両親と会わせるため、彼女を連れ立って魔法省を出ていく。
そして今後、マートルは再び同じ学年からホグワーツの生徒としてスタートするのだろう。ミネルバ・マクゴナガルは教師としてまた彼女を教えることになる。
悲劇は全て過去のことになるのだ。
しかし、マクゴナガルは出ていく直前に駆け戻ってきたではないか。
「わたくしは、もう一人の犠牲者を知っております! それはマートルよりはるか以前のことです。もちろん、闇の帝王による犠牲ではありません。しかし先ほどからの話ではルドルフなる者による犠牲者であることは確かです。それは、グリンデルバルトに殺されたアリアナ・ダンブルドア。すなわち校長の妹さんです!」
「な、何をいうのじゃ! 確かにアリアナは死んだ。しかしもう昔のことじゃ!」
「昔だから何でしょう! 犠牲者には違いありません! ダンブルドア校長、それで長いこと苦しんできたことをわたくしは知っております」
次に使うべき者は決まった。
ラインハルトが断を下す。
「校長、次はアリアナ・ダンブルドアの番だ! そう決めた。早く甦らせよ」
ダンブルドアは逡巡していたようだが、ラインハルトの有無を言わせぬ言葉にようやく動き出す。
杖に光を灯し、賢者の石から力を取り出す。先ほどと同じ現象が再び生じた。
今度は、ダンブルドアの目の前に17歳ほどの少女が現れた。
「アリアナ……」
「え、兄さん? 兄さんなの!? 声は兄さんだけど、で、でもその髪や髭はどうして……」
「アリアナよ、長い話があるのじゃ」
「あ、そういえば、家で、グリンデルバルトさんと兄さんが喧嘩になって…… どうなったの? そしてここはどこ?」
「それはの、おいおい話そう。アリアナ、よう戻ってきた。よう戻ってきたの。夢なら覚めないでほしい。アリアナ」
万感の思いがある。
それは一人の人間が、長く長く、待ち望んだたった一つのことが叶えられた瞬間だ。
全てはこれのため。
この瞬間のためだった。
これよりアルバス・ダンブルドアとアリアナ・ダンブルドアの兄妹は失われた時間を少しずつ取り返すのだろう。
だがここで、別のことをダンブルドアが言った。
「感謝してもしきれん…… その上で、もう一つのことをしたいのじゃ。今回の戦いにおいて貢献した一人の人間に、わずかな願いをかなえてやりたいと思う」
「校長、それは誰だ」
「そこのセブルス・スネイプじゃ。一瞬でよい。会わせてやりたい人物がおる」
正直、ラインハルトはそのスネイプに良い思い出はない。ラインハルトの剛毅さはそれをあっさりはね返したが、魔法薬学の授業は嫌味なことだらけだった。
しかし、戦いの貢献はまた別だ。
スネイプの作った空中で糸になるという特殊魔法薬は本当に役に立った。ボルテックとの戦いの時もそうだったが、最後のルドルフとの決戦において一瞬動きを止めるという重要な役割を果たし、シュザンナの攻撃につながったからだ。
ダンブルドアの言うように報いるべき理由がある。
「分かった。会いたい人物と会わせてやろう」
その会話を聞いて、驚くのはセブルス・スネイプ自身だ。
ダンブルドアはその願いを知っているはずだ。
誰に会いたいか、誰に一生かけて恋いこがれているか、よく知っている。スネイプは多少気恥ずかしく思ったが、一目でもその人物に会いたい気持ちが勝った。
戦いのダメージによってスネイプは座ったままだ。
そこへダンブルドアがやはり賢者の石をかざす。
やがて一人の姿が現われる。賢そうな女性だ。
「リリー! リリー! 僕だ。会いたかった……」
「セブルス? セブルスがどうして? よく分からないけど、あなた相変わらずね。髪をせめて一日置きには洗った方がいいわよ」
それを聞いてセブルス・スネイプはにっこり笑う。
今現れたのはリリー・ポッター、いやリリー・エバンス、スネイプが一生を捧げると決めた相手だ。
いきなりリリーらしいことを言ってきた。
それもまたスネイプには全て懐かしく、嬉しいことだ。
「そうだね。そうするよ」
「きっとよ。でないといつまでも独身のままだわ。いい加減結婚しなさい。スリザリン出身の、いい人見つけなさいよ」
「いや、僕はリリーの瞳を一生見ていたい」
「ちょ、ちょっと! 何言い出すの!」
「その緑の瞳があれば生きていける」
「……セブルスなのに、少しはキザなことも言えるようになったのね。いいことだわ。でも、もっと前に言えていれば……」
「もしも、僕が前からそれを言えていたら?」
「もしかすると、別の道に…… 」
「仮定の話だよ。僕は、ホグワーツの生徒だった時には決して言えなかった。もちろん心では叫んでいたさ。でも勇気はなかった。ジェームズに君を奪われ、死ぬほど嫉妬していても、口に出せなかった。僕はどうせスリザリン、グリフィンドールの勇気はないのさ」
「そう言わないで! だからといって、立派でないことはないのよ。それに、組み分けだってほんのちょっとの差だったと思うの。あなたは自分が思う以上に勇気があるわ。心の芯の方に」
「僕に……」
「そうよ。子供の頃からセブルスを知ってる私だから、よく分かるのよ」
そこから三分ほど会話をして、やがてリリーの姿はかき消えた。
スネイプはそれで充分だ。
リリーが死んで、全ての光は失われたと思った。だが、このわずかな時間で報われた気がした。
ついでに言えば、スネイプはダンブルドアがリリー・ポッターを完全に甦らせず、短時間の邂逅にした理由も知っている。
どのみちリリー・ポッターが再び生きるとしたらジェームズ・ポッターなしでいられない。もう一つ、リリー自身はハリーを救って死んだことで満足だろう。
賢者の石の力、なんと素晴らしいことか!
いよいよこれからラインハルトらにそれが使われる。