ド・ヴィリエ。
それは三人にとって悪夢の名だ。
かつて地球教総大主教を傀儡にして操り、銀河を舞台に思うさま暗躍した。実態は人々を救う宗教でもなんでもなく、最悪の麻薬を使っての人心操作だった。ド・ヴィリエにはそれを効果的に生かす才能があったのだ。いや、才能よりも悪魔の素質といっていい。
結果的に銀河の歴史は甚だしく歪曲されてしまった。
軍部の腐敗にとどまらない。政治にも深く食い込んだ。特にフェザーンを使い、同盟の政治に悪影響を及ぼしている。
だがしかし、三人にとって地球教の最大の悪は軍事的衝突を演出し、かつ終息を妨害したことである。
ロイエンタールの叛乱はウルヴァシーでの工作に端を発したものであるのは周知の事実だ。そしてもう一つ、ヤン・ウェンリーの暗殺も成功させている。それは狙い通り帝国と共和政府の早期宥和を妨げ、ユリアンが尽力したシヴァ星域会戦の終了を待たねばならなくなったのだ。
「どんな意味でもかの者は排除しなくてはならない。害悪は徹底的に除く。塵一つ残らぬように」
そうオーベルシュタインが言う。
かつて地球教による皇帝暗殺を自分が身代わりになって防いだオーベルシュタインだからこそ言葉に重みがある。
ド・ヴィリエ、こちらの世界でも悪にしかなりえない。
「だが困難が予想されるな。事は単なる戦力の問題ではない」
グラスを持った手を揺らしながらアドリアン・ルビンスキーが言った。
前の世界の経験から思うところがある。
「奴のことならよく知っている。最終的な狙いは社会の支配だろうが、自分が表に出ることはない。逆に言えば、普通ならここで尻尾を出すようなマネはしない。おそらく勢力が必要充分なほど大きくなり、名が出てもよいと判断したのだろう。奴の本領は組織力だ。あのルドルフの戦い以来身を隠し、この二十年間で地下にどれほど根を張ったことか」
三人は三人とも考えこむ。認識はほぼ共通しているのだ。
ド・ヴィリエは自分が表立って動かない。それにルドルフと違って本人の持つ直接の戦闘力は大きくなく、恐れることはない。
だが、ルドルフ以上に秀でたものがある。
それは組織力だ。
それを使い、使い捨ての戦力をこしらえた上で相手の背後から思わぬ攻撃を仕掛け、ダメージを与える。まともな戦いではなく非正規戦闘になることは火を見るより明らかだ。ド・ヴィリエはテロなどの手段によって社会不安を煽り、混乱を焚きつけて目的を達成しようとするだろう。
「確かに難しいでしょう。しかしド・ヴィリエの組織を辿り、中枢を見つければこちらの勝ち。我々三人の意義はそこにある。そしてド・ヴィリエの思惑を超え、直接戦闘に持ち込んでしまえば、あの者がいる限りこちらが圧倒的なものになる」
ヨブ・トリューニヒトがそうまとめた。
もちろん、あの者というのはラインハルト・フォン・ローエングラムのことである。
ラインハルトの持つ黄金の覇気には何者も敵しえない。
もちろんこの会議のことはまとめてラインハルトにも知らされる。
「よし! 正にこの世界に残った意義があったというものだ。敵は討つ! ロイエンタールとファーレンハイトにも戦いが近いと伝えよう。それとヤン・ウェンリーの残した一党にも伝えておくべきだな。また共闘になるだろう」
魔法界にまたしても危機が迫っている。
再びラインハルトの覇気が輝こうとしていた。
戦いの予兆に高揚する。相手が不気味な地下勢力だろうと怯むことなく立ち向かうのだ。
そこから数ヵ月が過ぎた。
魔法省はド・ヴィリエの組織を包囲し全容を解明しようと躍起になるも、決定的な情報は得られず、なかなかド・ヴィリエ本人に辿り着くまで至らない。
そして秋になった一日、ラインハルトらにとって重要な行事がある。
キングズクロス駅に大勢の魔法使いが集まる日だ。
ホグワーツに向かう生徒らと、それを送る親たちが集まっている。むろん夏休み明けの生徒たちばかりではない。新入生もいるのだが、そこにはたいてい親が付き添い、心配そうな顔で細かく注意ごとを話しているものである。
実はラインハルトもそんな親の一人だった。
「ジークフリード。どこの寮かなどどうでもいい。むしろ寮を自分が変えてやるつもりで行けばいい。意志を強く持てば、宇宙さえ変えられるのだ。寮を変えられないはずはない。自分の卑怯だけを恐れよ」
「そこまでの意気込みは必要ないわ。またパパの話は宇宙だの何だの大袈裟なんだから」
そう言ってラインハルト窘めているのはハーマイオニーである。
ホグワーツを卒業後、二人はなぜか結婚し、幸せに暮らしている。この結婚はもちろん、周囲を唖然とさせるほどのハーマイオニーの猛プッシュによるものだ。
この二人の結婚はダンブルドアを始めとして多くの人が祝福した。
そして今日は十一歳になる一人息子ジークフリード・ポッターをホグワーツの新入生として送り出す日であった。
むろん今は別の世界に離れた友を偲んだ名、そのジークフリードをあの懐かしいホグワーツの魔法学校へ向かう列車に乗せ、コンパートメントに移動するのを確認する。
それが終わって周りを見ると、多くの見知った顔が目に入る。
ラベンダー・ブラウンとディーン・トーマスはやはり結婚し、同じように子供を列車に乗せようとしている。ハンナ・アボットとシェーマス・フィネガンも同じようなものだ。
もう一人、よく知った者を見つける。
「む、あれはオーベルシュタイン。そういえば娘も十一歳になると言っていたな。新入生になるのか。そして連れているあの犬、まだ生きているとは」
オーベルシュタインもまたミリセント・ブルストロードと結婚し、そして娘がいる。
動物好きという共通項が二人にはあった。むろんその家庭には多くの動物たちがいる。しかしこうしてオーベルシュタインが外に連れて歩くのは、この老犬である。最高の親友だからだ。
その時である。
人でごった返す駅の中で、ラインハルトは幾多の戦いで培った嗅覚によりわずかな危機感を覚える。
「この状況は魔法界へテロを起こす好機ではないか…… 親も、次世代の子も斃せる」
自分の勘を信じて慎重に探る。
すると魔法薬の刺激臭をかすかに感じた。これで確信を持つ。
「オーベルシュタイン! 厳重警戒だ! おそらくド・ヴィリエのテロがある!」
その声が終わるや否や、駅のホーム上空に閃光と煙が迸る!
魔法薬による煙幕のような攻撃だろう。当然ながら大混乱に陥ってしまう。その頃合いを見て、煙の中から攻撃魔法が筋を曳きながら向かって来る。
「ふん、やはりか。だがこれはおそらく陽動だ。オーベルシュタイン、ここを頼む。本命は列車にいる子供たちに違いない。その方が労は少なく、与える被害は大きいからな。俺はそっちに向かう」
ラインハルトは冷静な判断をした。
列車の上に飛び乗り、列車を襲撃しようと飛来してくる者どもを攻撃魔法で叩き落とす。それらの者は皆、濃い暗色のフードを被り、まるでディメンターのようだった。ディメンターと違うのは攻撃魔法が通じ、それを喰らうと呻いて倒れるところだ。
「姿までかつての地球教徒に似ているとは。かえって分かり易いというか進歩がない」
新たに飛来する者がいないことを見ると、列車の窓から中に入る。そこには子供たちを傷つけようとしている襲撃者が五人もいた。子供たちは逃げ回り、カバンやネズミをぶつけて抵抗しているが長くはもたない。
早く片付けなくてはいけない。ラインハルトの周囲に出現した覇気が光の粒子を撒き散らす。そして黄金の覇気は何物も遮ることのできない槍と変わり、襲撃者を貫く。かつてルドルフすら倒した覇王の覇気だ。
たちまち三人を倒す。しかし残りの二人は及び腰になりながらも走って逃げることはなかった。
「俺の名はゾンバルト! 前の世界の恨み!」
「俺はエルラッハ! スカートの中の大将のくせに!」
「それなら尋常に勝負したらどうだ。ド・ヴィリエの部下になった時点で卿らを赦すことはないが、堂々と戦うなら少しは評価のしようもある。だが滑稽だな。中途半端に腰が引けているぞ」
それは意外な者たちであったが、結局はラインハルトの敵ではなく全て打ち倒した。
だが、一瞬ヒヤリとする場面もなくはなかった。ゾンバルトが最後に死なばもろともの魔法爆薬を点火しようとしたのだ。ラインハルト一人なら何ほどのこともないが、子供たち全員を守るほどの広範囲防護魔法は張れない。
しかし、その危険は防がれた。子供たちの中の一人がいたずら用魔法グッズを投げてゾンバルトに命中させ、顔に吹き出物を作らせ視界を塞いだからだ。
襲撃者を全て片付け、次にラインハルトは子供たちを見て被害がないのを確認する。
そして長居は無用とばかりに列車を出て、オーベルシュタインと合流しようとした。しかし、そちらもまた戦いは早々と終結していたのだ。オーベルシュタインに加えて、ハンナやディーン、ラベンダー、かつてディー・エーに所属して戦いを学んだメンバーたちが素早く杖を引き抜き、戦力になったからである。
「ラベンダー、背中は任せるぞ! でもくっつくなよ。漏らしたらこっちに被害が出る」
「今の言葉で、敵が一匹増えたみたいね。ディーンという憎たらしい敵から片付けてもいいかしら」
ともあれラインハルトらは一つのテロを失敗させ返り討ちにした。しかしそこから情報を搾り取ることは無理だろう。
その時、妙なことに一人の娘がラインハルトに続いて列車から降り、更にラインハルトの方へ近付いてきた。
娘の顔立ちはとても整っていて、薄い青灰色の瞳に髪はブロンドである。
だが、その美しいはずの髪はなぜかばっさりと短髪にされている。そのため、印象としてはとても活動的な性格を想像させた。
その娘がなぜかラインハルトの真正面に立ってきたではないか。
「ん? 先ほど魔法グッズを投げて助けてくれた娘か。勇敢な娘だな。ああ、そういえば見覚えがある。確か、オーベルシュタインの娘だったか。おかげでもう危機は去った。列車に乗っていれば、じきに動くはずだ。そのままホグワーツに行くがいい」
ラインハルトはそう娘に声をかけると、オーベルシュタインに目で合図して呼び寄せようとしたが、なぜかオーベルシュタインは目をそらしたではないか!
おまけに足早にどこかへ行ってしまったとは。不思議だ。
「陛下、やはり陛下なのですね! あの黄金の輝き、敵を恐れず戦う姿、間違うはずはありません」
「な、なんだと! その言葉…… では娘、前の世界の者なのか!」
その時、何とこの小さい娘から意外過ぎる言葉が発せられた! 驚く他ない。
「この父親の勇姿をアレクにも見せてやれたなら…… ブリュンヒルトに乗って戦う姿でないとしても、アレクにはよい贈り物になったでしょうに」
「言葉の内容からすれば、ま、まさかカイザーリン・ヒルダ……」
ラインハルトはこの時理解した!
魔法界の危機は、何もラインハルトたちだけが感じたものではない。
あの魔法省地下に存在する魔法の根源も同じように感じたのだ。
だから、またしても向こうの世界の者を呼び寄せようとしたに違いないのだ。今度はド・ヴィリエとの戦いに勝つために。
しかも今回は頭脳戦が大事だと思ったのかもしれない。それにはなるほど確かにカイザーリン・ヒルダの持つ明晰な頭脳こそふさわしく、必要なものなのだろう。だがしかし……
「ええ、ええ、そうですとも! お久しぶりです、陛下!」
「そうか…… カイザーリンもこの世界に……」
「再び会えました。前の世界でわたくしはアレクが成人してから間もなく病死したのですが、陛下のいるこの世界に導かれました。ええ、この世界のことはキルヒアイス提督から聞いて知っていましたから、戸惑うことはありませんでした。オーベルシュタイン元帥の子という立場には驚きましたが。しかし本当に魔法が存在する世界だったなんて……」
「それはよかった!」
「陛下、しかしわたくしにとって良いとばかりは言えますまい。キルヒアイス提督が陛下のことを話されていて、それは楽しく聞いていたものです。ルドルフと闘う冒険談など本当に何度聞いても飽きないほどでした。しかしなぜかキルヒアイス提督は一部の話について口を濁しているのをわたくしは奇妙に感じておりました。まことにキルヒアイス提督らしからぬ様で。それは、こういうことだったのですね!」
ヒルダは驚くべき勘で最初から何かを感じていたようだ。
そしてこちらの世界に来て事実を知った。
今、その顔の表情は純粋な喜びというものではなく、それどころか感情が明らかに高ぶってラインハルトを圧倒しようとしていた。
短い手を伸ばして指差す。
「陛下は長くこの世界にいらっしゃり、わたくしがお側にいなかったのがそもそもの原因という考えもできますとも。ええ、そうです。こうなったのが自然だという声もきっとあるでしょう。皇帝として当然だというのも理解できなくはありません。通常の銀河帝国皇帝ならば妃の二人や三人、持って当然でしょうから。しかしそうであってもわたくしの方が悪いと非難はさせません。なぜなら信じていたのです! わたくしはアレクを育て上げ、皇帝として恥ずかしくない人間にしたつもりです。陛下の望むとおりに努力し続けました! アレクを育て新帝国を守るのが陛下から託された責務と思ったゆえですわ。何人たりとわたくしの歩みを謗ることなどできますまい。そのわたくしが陛下を信じて何が悪いというのです。わたくし以外に妃を求めないと信じて何が悪いのです!」
「カ、カイザーリンヒルダ、落ち着いてほしい。そのことについては…… 」
「かつて大量のワインの力を借りなければ女の子に指一本触れられなかったような陛下、あえてヘタレと申しましょう。それなのに、またしても結婚とは、断じて認められないではありませんか!」
あの銀河帝国皇帝ラインハルト、常勝の提督、黄金の獅子が、あろうことか口をパクパクさせて何も言えなくなってしまう。
どう言いつくろうべきか分からないのだ。
今やヒルダは一個艦隊に値すると言われたほどの頭脳を使い、ラインハルトに圧倒的な口数をもって迫っている。
それはもちろん重大な理由あってのことだ。
ラインハルトと出会えた喜びよりむしろ、駆け寄ってきたハーマイオニーに対する敵愾心に毛を逆立てている。
「いくら責めても足りませんが、それは後にしましょう。今から可及的速やかにわたくしと結婚をやり直し、この世界で暮らすのです。戦いならわたくしが何とかします」
だがしかし、ここでハーマイオニーが反撃に出る!
「はあ? 何を言ってるのこの子は。馬鹿なの?」
夫婦として重ねてきた歴史を背景に逆襲の構えを見せたのだ。
もちろんヒルダは即座に反応する。
「わたくしに向かい、悪口の中でもよりによって馬鹿とは! かつて艦隊を動かし、一国を征服なさしめたわたくし、そもそもマリーンドルフ家に生まれて以来、一度たりともそんな言葉を言われたことのないこのわたくしに!」
「馬鹿でしょうが。その偉そうなしゃべり方で私たち夫婦に何か文句を言うつもり? ホグワーツで出会った十一歳の頃からハリーと私はずっと一緒なのよ!」
「何を! この育ちの悪い巻き毛のそばかす女が!」
どちらも退くはずがない。最初に結婚したのはヒルダである。しかし結婚期間を言うならもちろんハーマイオニーの方が数倍長い。
二人の女の間に見えない炎が燃え盛り、周囲を焦がさんばかりだ。
もうどうしたらいいのか?
打開策が何も見つからない。
「こうなれば陛下本人の口から白黒つけてもらいましょう。こんなそばかす女はただの気の迷い、当然わたくしを選び直すと」
「それがいいわ。変な言いがかりをつけられて困っているのはハリーの方よ!」
この話の成り行きに余計追い込まれる。
どんな強敵を相手にしても、どんなに困難な戦いの中にあっても毅然として輝いていたこのラインハルトが。
向こうの世界の妃、この世界の妻に挟まれ進退窮まるとは。
- 完 -