学年末の試験が終わり、いよいよ夏休みに入る直前のことだった。
「大変な事態でございます。陛下」
いかにもただの廊下でのすれ違いを装いながら、オーベルシュタインが密かにラインハルトとキルヒアイスの耳に入れる。
オーベルシュタインはスリザリン寮であり、あまり親密になるのは周囲から変に思われるかもしれない。接点があるのも妙だが、友達になっているのはそれ以上におかしいと思われるからだ。オーベルシュタインが陰気な雰囲気なのは実際のところ元からの地に過ぎず、それはラインハルトらにとってお馴染みともいえるものだが、それが実にスリザリンとマッチしている。この点で組み分け帽子はいい仕事をした。
ともあれラインハルトらと気が合うように想像する者は誰もいない。
その後、三人は取り決めた部屋で会う。ファーレンハイトは後で来る。ファーレンハイトは意外にもレイブンクローでは中心人物になってしまっているため、一人になれる時間は少ない。元々皮肉屋であり、決して人好きする性格ではなかったはずだが。
「こういう隠密行動を取る必要性は分かっているのだが面倒だな。オーベルシュタイン、今からでも友人のように装えば普通に会えるだろう」
「いいえ陛下、仲が良くないと見せることにも意義がございます。幅広く人を引き付け、使いこなすためには敢えて対立軸と見せかけることも必要でしょう」
事実、オーベルシュタインはラインハルトを煙たがるスリザリン生の中で、クラッブとゴイルなどを手下にできたと聞いていた。
「なるほど、そういえば卿は先の世界でも同じようにしていたな」
新帝国ではオーベルシュタインがラインハルトや他の提督たちと距離があると思われていればこそ、多種多様な人材を使えていた。オーベルシュタインは敢えてそういう立ち位置を取ることによって、主に暗部を担当したのだ。ラングなどを使えていたのもその通りである。
提督たちも薄々そのことは分かっていた。オーベルシュタインを好きでなくとも、本当の奸物などとは思わず、必要性を充分認めていた。尤も、全員ではなくビッテンフェルトなどはどうか分からないのだが。
「まあいい。話を先に進めよう。卿が大変というからには、本当に大変なのだろう。オーベルシュタイン」
「陛下、その通りです。話はつい先日、この学校からある貴重品が盗まれたことに始まります」
「なるほど。この学校には変な物だらけだが、貴重な物、つまりそこらにはない数少ない物であり、かつ重要な何かに使う物か」
「ご明察と申し上げます、陛下。その物の名は『賢者の石』というもの、現存する最後の一個とのことにござます」
「それは何のための物だ?」
「驚くべきことにその使い道は死者の甦りと言われております」
「な、何! それはまことか! 死者が生き返るようにする、そのような物が存在するのか!」
とんでもないことだ。
それができるとすれば究極の魔法ではないか。
「完全に過去の死者を甦らせるものではなく、魂の一部がこの世に残っていれば体を復活できるといったものらしいのですが、詳しいことは情報が遮断されております。それに関する文献等は故意に抹消されている形跡がございました」
「新帝国では情報局を担当していた卿のことだ。いずれその情報も完全な形で手に入るだろう」
情報の方面でオーベルシュタインの右に出る者などラインハルトは知らない。安心して任せておける。
「陛下、重要な話は次にあります。その『賢者の石』を盗んだ目的はあの『決して名前を呼んではいけないあの人』の甦りにあるものかと。つまり、近く復活の可能性が出て参りました」
「なるほど、ヴォルデモートとかいう悪の首領がもう一度出てくるというわけか」
ラインハルトは不敵に笑う。
楽しみが増えたともいえる。強大な敵手の存在ほど心を高揚させるものはなく、かつてヤン・ウェンリーと対した時のようだ。
今のラインハルトは使える魔法が一年生にしては多い方だとはいえ、まだ魔法使いとしては半人前ですらないのだが。
そして夏休みに入り、一応ラインハルトは学校から外の世界に出た。
だがダイアゴン横丁で必要な学用品の買い物を済ませれば学校にとんぼ返りする予定にした。今いる家は、何も得るものがなさそうだからだ。
(ふむ、これがハリー・ポッターが学校に来る前に暮らしていた家か。普通の平民の家のようだな)
「ハ、ハリー、学校はどうだったかい?」
その家の主人らしいものが、なぜかおどおどしている。
ラインハルトへの質問も何かを知りたいというものではなく、取って付けたようなものである。明らかに媚びへつらってのものだ。
「奇妙な学校だった。魔法という超自然的なものなのに、なぜか学問として体系化されているのだ。それに従ってカリキュラムが組まれ、種別ごとに授業がある。魔法薬は魔法薬、変身術は変身術といった具合に」
一応答えてやった。
それはラインハルトが自分の考えをまとめるために独り言を言ったようなものだ。
「そ、そうなの、何か難しいことのようね」
家の女主人もなぜか声が震えている。大丈夫だろうか。
出してくれる食事自体はそこそこ美味い。少なくとも変な草は入っていない。自分でもいい加減止めるべきだと分かっているのだが、ついついカイザーリンの料理と比べてしまう。
だがここで、媚びへつらうことから真逆の態度を示す者がいた。
「ハリー、僕は怖くないぞ! 魔法使いに、び、びびってなんかいないからな!」
リビングから二階に昇る階段の途中から声がした。
不自然にうわずっているのが言葉と内心の乖離を表わしている。
「魔法使いなんて、やっぱりいるわけないじゃないか! この前は何かのトリックだったんだろ。ハリー、お前は昔から悪知恵ばかり働く奴だった。どうだ、その通りなんだろう!」
最大級に慌てながらたしなめるために女主人が叫ぶ。
「ダドリー、やめなさい!」
(一年前の出立の時は、こちらも詳しく観察するどころではなかった。見るとなるほど、事情が分かってきた。この家の者は魔法使いを恐れているのだな。そのために無理やり丁重に扱っているというわけか。まあ分からんでもない。しかし、この子供はそれを否定している)
「僕に力では敵わず、こそこそ逃げ回りながら策を巡らす、ポッター、お前のそういうところが大嫌いだった」
「ダドリーとかいったな。恐れを隠すのに蛮勇をもって成すのか。愚かだな」
「何だって! ハリー、偉そうな口をきくな! 以前の臆病なお前はどこへ行った」
「なにやら話を聞くと、お前はずっと力で抑圧していたように聞こえる。それに対し策で対抗するのは当然ではないか。むしろ媚びず、諦めず、知恵を使うとは正しい方法で褒めてやりたいくらいだ」
若干ラインハルトも腹が立ってきた。
ハリー・ポッターの立場に同情する気分もある。
「うるさい! お前はこの家で一番下の身分なんだ。逆らえると思うな」
「愚か者が! 今度は理によって語らず、自己の正当性をただ立場によりかかることで喚き立てる。正に愚昧な帝国貴族のような唾棄すべき態度だ。直ちに捨て去らねば相応の罰をもって対しよう!」
ラインハルトの裂帛の気にこのダドリーという愚かな子供が抗しえるはずがない!!
魂が消し飛んだようになり、白目を剥いて倒れた。
階段から転げ落ちなかったのは倒れた角度が良かった幸運だ。家の主人も女主人も硬直して椅子に縫い付けられたようになっている。ただガタガタという振動が体から椅子と床に伝えられるのは止められない。
「二度とは言わぬ。心に刻んでおけ」
心なしか、次から出る食事がいっそう美味くなったように感じられた。
(うむ、やはりカイザーリンの物より姉上の作る物に近いな)
あくまでその基準から離れられないラインハルトであった。
別の家ではもっと深刻な事態が進行している。
その家の女主人は困り果てていた。
学校から戻って来た息子が妙なのだ。言葉使いが余りにも理路整然としている。理論的にも完全に的確である。だがしかし、丁寧さと反比例するように感情が見えない。
元々はむしろ子供っぽく、感情が分かりやすかった。癇癪を起こすことも稀ではなく、もっと思慮が欲しいとすら思っていたこの息子が。
「ナルシッサ夫人、思考を変えることを推奨する。子供というのは成長するものであり、ましてや子息は学校に入学して一年経つ。変化があるのはむしろ当然と思ったらどうだろうか」
こんなことを他人から言われるのなら分かる。
しかし、当の息子から言われるのだ。
それが自分の戸惑いを先回りして打ち消すために言っているのだと分かるだけに余計気味が悪い。
「ドラコ、成長と言われても、何だか怖いくらいよ」
「まあいいではないか。子供の成長は何であれ良いことだ」
そう言ってきたのは、夫のルシウス・マルフォイだ。
だがナルシッサはドラコよりむしろルシウスの方が変に感じられる。ドラコは学校に入ったから、ということがありえても夫の方はどうして……
夫ルシウスは最近急に心の奥底を見せなくなった。
言うことが複雑な思慮に満ちていてナルシッサにはついていけない。
しかも、今までは酒など飲まなかったはずが、なぜか飲むようになったではないか。上質のウィスキーを喜んでいる。それをグラスの氷に注ぎ、ゆったりソファーに座って飲んでいる。酔った様子ではなく害もないが、その変化に驚くばかりだ。
今も何か独り言を呟いている。
「どこの世界でも人がいて、様々に動いている。陰謀も戦いもある。闇の帝王とやらが復活するのも面白いことだ。さて、どうするべきか。先の世界のように分析ばかりで終わっては面白くない。後手に回り、何も成せぬうちから退場はしたくないものだ。二度もそんなことになってはルパートに笑われよう」