ベル君に憑依して英雄を目指すのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
「ベル、ねぇ……ベル」
「ん?」
クイクイと袖を引っ張ってくるアイズに振り返るベル。金の瞳と赤の瞳が交わり、アイズはジッとベルの瞳を見る。
「最近、何か考え事してるように見えたけど……悩み事?」
「別にねーよ」
「嘘」
一瞬の迷いもなく言い切った。嘘は許さないとばかりに見てくるアイズ。見ようによっては顔を近づけキスを迫る恋人にも見えなくも無いのか、周りの男達がチッと舌打ちして去っていく。
「………リリを救う方法を考えてたんだよ」
「リリを? どうして?」
「どうしてって……そりゃ……………」
どうしてだ?
そこで思考がピタリと止まる。何故自分はリリルカ・アーデを助けてやろうと思った? 女の子だから? それが英雄らしい行動だから?
いや、違う。根本的に違うと断言できる。ベルはリリの過去を知る前から、出会った時から救わなくてはと思っていた。何故?
混乱するベルに、しかしアイズは満足そうに微笑む。
「良い子。ちゃんと迷って、考えるんだね………それで良いと思う。救いたいから救うでも、とっさに助けようと思ったでも、止めないよ。でも、そんな空っぽの瞳で救おうとしちゃだめ。きっと、あの子も傷つくから」
ベルの頭を撫でるアイズ。ベルは今一度、リリを救いたい理由を考える。
過去を知った。哀れだと思った。
共にダンジョンに潜った。とっさに魔剣を使おうとする優しい子と知った。
笑顔を見た。寂しそうな表情だと思った。
「………リリだから、かもな」
「……………」
「彼奴を知った。少しだけだけど、知り合いになった。救ってやりたいって思った」
「うん。良いと思う………頑張ってね」
アイズは優しく微笑むとベルの背中を押した。
去っていくベルの背中を見ながらアイズは微笑みを浮かべ続けた。
「……かわいい」
強さを渇望し、ダンジョンに潜る姿は昔の自分のようで、親近感を覚えた。でも、自分とは違い彼は周りも気にすることが出来ていた。良い子だ。昔の自分よりは。
「ベルは、八歳から戦ってたんだっけ?」
自分もそのぐらいの年にダンジョンに潜り始めた。ベルの場合は外の世界でだけど、小さい頃から戦っていたというのは同じだ。またお揃い。
「………♪」
同じだ。ベルは自分と。それが、何となく嬉しい。
英雄を目指し、誰かを救おうとしている彼の姿を見て、同じだと思えることが嬉しい。
「早く、強くなってね」
何時かは、隣で戦えるぐらいに。
と考えているとフィン達が人を集めている声が聞こえた。男も女も関係なく調べるらしい。あまり言いたくなさそうだったが、皮を被って変装している可能性だってあるそうだ。
ズキンズキンと先程から頭痛が酷い。
──そっちへ行くな。引き返せ──
──お前にはまだ早い。諦めろ。敵討ちをする英雄でも俺は満足だ──
頭痛とともに響く自分の声に顔をしかめながら歩く。明らかにおかしい。この幻聴は、自分がイメージする英雄そのものだ。それが逃げ出すように唆すなんて今まで無かった。
「ごちゃごちゃうるせぇ、黙ってろ………」
頭を押さえながら呻く。五月蝿い。黙れ。何度も呟く内に漸く収まる。と、その時だった。
何かが壊れる音が聞こえた。振り返れば何時か見た食人花の群が空高く首を伸ばしていた。
「くそ、またか!」
救いにいけ、街を救えと響く何時もの幻聴。一人でも多く救うことを選べと喚く理想の自分。
「黙ってろ、くそ……声がやんだ理由はこれか」
普段の幻聴が喚く状況。故に何者かの声は止んだ。だが、次はこれだ。
「いらつく、何者だくそがぁ!」
「は、はいこれ……」
ルルネと言うらしい褐色肌の
「ま、待ってください!」
と、割り込む声があった。振り返れば慌てた様子のレフィーヤがおりリリの顔が歪む。
「それ、まさかハシャーナさんの持ち物じゃ……」
「…………ええ。彼女は運び屋だそうです。これを持ち続けるのは不安だそうなので預かろうかと」
「で、でも何でこんな場所で……」
「犯人に目撃されたら困るでしょう?」
リリの言葉にぐっと言葉に詰まる。確かにそれは事実だ。
「な、なら……私がリリちゃんを見張ります!」
「………まあ、良いでしょう」
監視は別に良い。どうせ地上に持って行くまで持っていれば良いだけなのだから。と、その時だった。
「「「──!?」」」
突如何かが破壊される音と怒号や悲鳴が聞こえてきた。見れば巨大な蛇のようなモンスターの影が見え、その正体を唯一この場で知るレフィーヤは顔を青ざめさせる。
「な、何でここにあれが!?」
「知ってるんですかレフィーヤ様?」
「と、とにかく今は避難を────!?」
ゾクリと、背筋に寒気が走った。振り返るとそこに一人の男が立っていた。瞬間、リリは駆け出す。長年の経験が目の前の男を危険と判断したのだ。
「リリちゃ───!?」
レフィーヤが叫ぶと同時にルルネとレフィーヤの間を風が吹き抜けリリのバッグを男が蹴りつける。速すぎて全く見えなかった。
「あう!?」
巨大なバッグ故に衝撃は幾分か殺せた。そう、幾分かは。バッグは粉々に砕け散り魔石やら薬やらが飛び散りリリは地面を転がる。男は無言で剣を振り下ろそうと掲げた。
「だめ! リリちゃん、逃げて!」
「危ない!」
レフィーヤとルルネが叫ぶが無理を言ってくれる。背中も腹の中も痛くて仕方ないのだ。冒険者でもあるまいし、あんな力で蹴られて動けるはずがないだろう。
「……冒険者なんて、大嫌いです」
ポツリと呟く。ここで死ぬのだろう。漸く死ねるのだろう。
弱くて、惨めな自分とおさらば出来る。次は、ちゃんと冒険者を目指せたら………と、思い返すのは白髪赤目の愛想のない少年と褐色肌の、太陽みたいな明るい笑みを浮かべる少女。
冒険者になれたら、またパーティーを組んでくれるだろうか?
「……………はは、何だ………大嫌いなのに、まだ夢見てた」
この剣が振り下ろされれば、この夢からも覚めるだろう。だからリリは目を瞑る。聞こえてきたのは風切り音ではなく、鉄と鉄がぶつかる音。
「───ッ!」
目を開くと男は背を向けており、男の持つ長剣にナイフを当てるベルの姿があった。男は反応したのか真正面から受け止めておりベルの顔が苦しげに歪む。
不意に、ギチギチと響く軋むような音に気づき男が訝しみ、
「
「───!!」
黒紫のオーラはナイフに集中し、黒雷がナイフを包み込むと男の持つ剣を砕き男を黒雷が飲み込む。背後の水晶を砕き圧倒的な破壊の力を示す。が───
「ごは!?」
吹き飛ばされたのはベルだった。
男は足を振り上げた姿で佇んでいた。いや、それは男ではなかった。
「お、女の人?」
レフィーヤが困惑したとおり、砕けた鎧の下にあったのは所々焦げ、煙を出した服を着た女の身体。良く見れば顔も皮膚が黒く焼けており、崩れた下から白い皮膚が除く。
「………今の雷……」
ベリベリと皮膚を剥がし現れる赤毛の女の顔。下半身の鎧を剥がし、首をコキリと鳴らす。
「お前が『
「彼女……?」
ペッと口から血を吐き出すベル。女はまあ良いと呟き地面に手を沈めた。
「………え?」
地面から手を引き抜き、レフィーヤが目を見開く。一体何度目の驚愕になるか。先程ベルが放った一撃、Lv.3―――否、4に匹敵しそうな魔法を受け平然としていることに驚き、男かと思っていたら実は女であったことに驚き、そして
ダンジョンがモンスターの為に与える武器。それを、何故人間が? 彼処に予め埋めておいた? それは無い。する必要がない。未来でも予知できるなら別だが。
「まあ、手足が無くても構わんだろう」
「─────!?」
血肉をそのまま剣の形にしたような不気味な長剣。血飛沫のような軌跡を描き迫るそれにベルは避けるのは不可能と判断し防御しようとするが、押しつぶされる。交差させた腕はプロテクターごと切り裂かれ左肩から肋骨を数本まとめて切り落とされる。
「何だ、思ったより弱いのか。先程の一撃、魔法に特化していただけか?」
「─────!!」
胸から背中にかけて突き抜けた長剣をベルを蹴り飛ばすことで抜く女。ゴリリと骨が鉄と擦れベルが声にならない声で叫ぶ。
「が、あ………」
「さて、次は脚だ──」
と、再び剣を振り上げベルに近づこうとした瞬間影が差す。見上げれば巨大な水晶の塊が自分に迫ってきた。
「その人から、離れろぉぉぉぉ!」
「─────」
目を見開き、迫る女の手を見るリリ。死を悟ったのか、時間の感覚が遅くなる。Lv.4の冒険者の首をへし折ったのだ。リリの首など抵抗する間もなく折るだろう。
ああ、全く何をしているんだ自分は。一日に二度も死にかけて、しかも二度目は自分から死地に飛び込むような真似をして。
あの二人のせいだ。あの二人に関わらなければ、こんな所に来なかったしこんなことしようとも思わなかっただろう。だからさっさと別れたかったのに、別れるための金を得ようとしたらこれだ。オマケに今こうして助けようとするなんて。
でも……イヤな気分ではない。こんな気分で死ねるならまだ幸福だろう。
「リリ!」
「へ?」
全てがスローになった世界で見たのは女の手に走る紫電。女は曲げていた肘を伸ばし手はリリとは別の方向を向く。その瞬間、ベルがリリを抱き留め地面を転がりながら女から距離をとった。時間の感覚が戻ってくる。
「………傷が塞がって? いや、落とした腕はそのまま………再生か」
明らかに肺に達していた。それを治療しながら新しい腕まで生やすとは随分と強力な再生スキルだ。
「で、だからどうした?」
再生するならまた切り落とせば良い。ダメージを与え続ければ良い。向こうは此方に全くダメージを与えることが出来ないのだから、いずれ勝つのは自分だ。
「その程度の力で私とお前の差は覆らない」
「だよな。なら、これならどうだ?」
「───ッ!?」
唐突に襲われる虚脱感。鉛のように重くなった体に目を見開く女。飛び出したベルに対応しようとするもその動きは泥の中にいるように遅く感じ、ベルの一撃を長剣を振るい打ち合おうとするが吹き飛ばされる。
「………ステイタスダウン?いや、これは……貴様!」
自身の能力の低下に気づいた女は、逆説的にベルを強く感じるとは言え明らかに強くなりすぎているベルに気づき忌々しげに睨む。
ベルと自身に絡み付く蛇の紋様。そこから力を吸われている。
「ふざけるな、
「ぐ!?」
女の身体に巻き付く蛇の紋様が歪み、ベルの身体に巻き付く蛇の紋様が………裂けた。全身から血を流し膝を突くベル。
「……
思わず悪態を吐くベルに女の足が迫る。ヘスティア・ソードで防御するもどんな耐久力をしているのか脚に僅かに刃が食い込んだだけでそのまま吹き飛ばされた。
「この!」
と、何時の間にか詠唱を完成させていたであろうレフィーヤが魔法を放つ。が、女は長剣を振るいレフィーヤの魔法をかき消した。
「へ? きゃあああ!!」
唖然とするレフィーヤを魔法をかき消し幾分か威力がそがれた剣圧による暴風が襲う。
「このぉ!」
と、ここで漸くルルネが動く。しかし無理はないだろう、先程まで殺されるかもしれない恐怖に怯え、五分にも満たない時間で凄まじい攻防が繰り広げられていたのだから。
「邪魔だ」
「が──!?」
しかし、相手にならない。拳一つで水晶の壁に叩きつけられたルルネはそのまま気絶し地面に横たわる。
「………鬱陶しいな。先に殺すか」
「────あ」
女が眼前に迫り固まるレフィーヤ。あ、死んだ、と何処か冷静な部分で死を覚悟する。その時──
「
暴風を纏った刺突が女に迫る。女は背を反らし避けると眼前を突き抜ける剣。剣の持ち主は金髪金目の少女。
「アイズさん!」
アイズ・ヴァレンシュタイン。【ロキ・ファミリア】の『剣姫』が仲間の窮地に現れた。