ベル君に憑依して英雄を目指すのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
レフィーヤ・ウィリディスに取って、その少年は最初、気に入らない相手だった。
だって駆け出しなのにアイズ・ヴァレンシュタインに認められて、自分が役に立てなかった食人花を倒して、
きっと今まで挫折も知らず、才覚だけで誉められてきたのだろう。
殻を破らなければランクアップ出来ない。そう知りながらも、ゴライアスを倒したと聞いた時も殆ど苦労してないんだと決めつけた。決めつけて、しまった。
だからこそ目の前の光景を目に焼き付ける。
速いんだから逃げればいいのに。周りに強い人が沢山いるんだから頼ればいいのにたった一人で格上に挑むベルの姿を。
ギュッと杖を握る手に力が籠もる。
迫る斧を回避する。
雷速移動は使えない。使えば目が焼け、その隙を目の前のミノタウロスが見逃すはずがないのだから。無理矢理限界を超えさせた肉体が悲鳴を上げる。直ぐにでも倒れて気絶してしまいたい衝動に襲われながらも懐から取り出した短剣を投げつける。
「ぶぅ!?」
腕を交差させ防御するミノタウロス。腕や胸に深く突き刺さり、しかし致命傷に至らないその傷を無視して戦斧に己の魔力を込める。
この戦斧は今までの
単純故に獰猛に牙を剥く。
「ヴオオォォォォ!」
連続攻撃で勝れないなら、止めだ。向こうも遅くなってきている。ならば力任せで押し切る。
魔力を吸い超重量となった斧が振り下ろされる瞬間、アダマンタイトを核にしたオレンジの光線が放たれガィィィン!と爆音を立てる。
「チッ、何で出来てやがんだそれ!」
と、ベルは手持ちのアダマンタイトの残り三発全てを構える。高い出費だが、躊躇いはない。
音速で放たれたそれは
傍目にはベルがくの字の光線を放ったように見えたかもしれない。それほどの速度。認識した瞬間には弾丸が体を貫くレベルの速度だというのにミノタウロスは硬く握った拳で打ち返したのだ。その際手が吹き飛ぶがこれは回復する。
「────っ!」
直ぐ真横を音速で物体が通過して鼓膜が破れた。内臓が揺さぶられる。即座に再生させようとした瞬間ミノタウロスの斧が迫る。魔石が光り輝きベルはこの戦いで初めて雷速移動を行った。
目が焼け爛れ視界が闇に染まる。
盲目となったベルに向かって斧を振り下ろすミノタウロス。その斧は───躱された。
「───!?」
ベルは目を閉じている。焼けた目に空気が触れるのを恐れているから。ならば電磁波によるレーダー?
いや、違う。あれは視界の代わりになりえても、完璧ではない。筋肉の動き、ミノタウロスの視線。それらを見ずに
ここに来て新しい技か、とミノタウロスは笑う。先程まで避けきれず喰らっていた攻撃を紙一重で避ける。避ける。避ける。
神の刃を振るう。
「ヴ───!?」
指を切り落とされた。すっぽ抜けそうになる戦斧を残りの指で押さえるもその勢いに負けバランスを崩す。そこにベルの拳が飛ぶ。胸を強く叩いた拳はミノタウロスの心臓まで響き、反射的にミノタウロスが硬直する。
そして、それが意味するのは隙だらけという事。
「チッ!」
「ヴゥ!!」
豪雨のように降り注ぐ無数の斬撃。ギリギリ戦斧で胸を守ったミノタウロスに舌打ちするベル。
ミノタウロスは気付く。斧に対してのみ反応が遅い。
紙一重で避けているのでなく、紙一重で避けきれているのだ。まるで武器だけが見えていないかのように。が、ベルは電磁波のレーダーを張り巡らせることでそれを補う。
そして、ミノタウロスの胸に蹴りを放つ。ピキリと音が鳴った。
「───!? ヴオォォ!」
大地を穿つミノタウロス。その衝撃波に吹き飛ばされるベル。
ミノタウロスは胸に埋まったナイフの柄を見る。回復を後回しにしていたのが仇になった。かつて己の腕を奪った大業を知る故に、火力の高い攻撃に警戒し、隙を曝すことになる大きな傷のみの回復を優先したせいで見逃していた小さな傷。そこに刺さったナイフ。
先程ベルの拳が狙っていたのは、此方だったのだ。
魔石に罅が入った。これで自分の
後は
故にこの一撃は全身全霊。己の生涯最高の一撃を放つ。
暗い闇の中。それは闇を砕いて現れた。
自分が何なのか、感覚的に知っていた。人に仇をなすモンスター。やってくる冒険者達を襲い、殺す存在。疑問はなにもなかった。そういうものだと思っていた。
そして、生まれて早々出会った強者達から逃げ出した。
生まれて二度目となる同族以外との邂逅は、弱そうな奴だった。実際、自分の方が勝っていただろう。なのに食いついてきた。片目と片腕、更に片方の角を奪われた。
弱いのに挑んできて、弱いのに追い詰めてきた。
感覚的に知っていることは他にもある。弱い奴らは自分を見ると逃げ出すという事だ。何処で得た知識かは解らない。敢えて言うなら闇の中に居る前のような気がする。気にしたことはない。
とにかく、それは常識だった。自分達もそうした。なのにそいつは食ってかかってきた。
知りたかった。其奴が。言葉は通じないが、話したかった。
そこに強者がやってきたので逃げてしまったが。
今度は逃げずに済むよう、強くなろうとした。数多の同族を、格上を殺しその魔石を喰らった。
再会して、最初は何をするべきか解らなかった。故に初めてあった時の再現、戦闘を開始した。そもそもあれは決着がついていないのだ。彼もその事で吼えていたような気もする。
ああ、叶うなら彼と会話をしてみたかった。
しかしそれはもう叶わない。出来ることと言えば、お互い力をぶつけ合うことだけ。
「オオォォォォォォォッ!!」
全身全霊のその一撃はリヴィラの街を両断した一撃より尚重い。それを、振り下ろす。
それは越えなければならない壁だと思っていた。本物のように誰かを救うためには本物のような強さが必要だから、本物の成した偉業を行わなければと思っていた。
初めて相対して、吼えるだけ吼えていたが実質負けていて、やはり本物には敵わないのだと嫉妬し続けていた。
これは、この時は、この戦いは
そんなものは知らん。そんな理由で譲れるものか!
「
戦闘開始から一度も使わず溜めに溜めた力を全てヘスティア・ソードに
黒雷を纏った短剣は、膨大なエネルギーをその身に押しとどめ震える。
「いっけぇぇぇぇ! 負けるなぁ!」
エルフの少女が叫ぶ。
「やれぇぇ!ベルぅぅ!」
「負けんじゃないわよ!」
アマゾネスの姉妹が叫ぶ。
「そこだ! やっちまぇ!」
「おめーの勝利に今夜の酒代かけるぞ!」
「俺も!」
「俺もだ!」
「私も!」
「ぼ、ぼくも!」
冒険者達が賭にならない賭をしながら叫ぶ。
「オオオオオオォォォォォォォッ!!」
「アダマントォォォォォ!」
黒雷が短剣から溢れ出し巨大な黒い光の柱を生み出す。相対するのは山河を穿つ超重量の戦斧。
「リヴェリア! レフィーヤ! 結界で彼等を包め!」
「「──!?【ヴィア・シルヘイム】!!」」
勇者の叫びにエルフの師弟が準備していた魔法を発動しベルとミノタウロスを包む。
今まで展開したことのない巨大なドームの中でぶつかり合う二つの全霊を賭した一撃。リヴェリアの張った結界が砕け、レフィーヤの張った結界も罅が入る。
【ロキ・ファミリア】が59階層で見た『超長文詠唱』に匹敵しかねない威力の衝撃が結界内で暴れ回り、二つ目の結界の頂点を突き破り噴火のように噴き出す。
結界が消え、煙に包まれたそこは大きく窪んでいた。全て吹っ飛んだのだ。
そこに立つのは片手を失いもう片方の手も黒く焼け焦げながら神より授かりし短剣を手放さなかったベルと、両手を失い砕けた斧が地面に転がったミノタウロス。
ミノタウロスの身体に亀裂が走り、灰になって崩れ去る。残ったのは角と魔石。
「…………や、った……?」
レフィーヤがポツリと呟く。ベルは大きく息を吸い、天に向かって吼えた。
「───────ッ!!」
『─────うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
18階層の空気を振るわせる大歓声。
大衆が初めて目にする英雄の偉業。誰もがそれを讃えた。
「やったやった!」
「やるわね」
妹が姉の手を掴みピョンピョン嬉しそうに跳ねる。
「お、斧が………後で貰おうと思ったのに」
リヴィラの支配者がうなだれる。
「やりました! 見ましたリヴェリア様!」
「ああ、見ていたよレフィーヤ。ふふ、しかしお前があの子を応援するなんてな」
「え? あ、あわわ……」
師匠の言葉に顔を赤くするエルフ。
「………負けてられないね」
周囲を見回し、自分が至らなくてはならないその片鱗を見た勇者。
「鎧、新しいの造ってやらねぇとな」
「なんなら手前が造ってやりたいな」
「アホ抜かせ。ベルは俺の客だ」
と、眼帯の鍛冶師を睨み付ける赤毛の鍛冶師。
「ベル……良かったぁ」
安堵する少女。
「………………」
ジッとベルを見ていた剣士の前にベルが歩み寄る。
「ほら、約束通り戻ってやったぞ」
「…………うん」
アイズが微笑むとベルはそのまま倒れ込む。慌てて支えるアイズはしかし聞こえてきた寝息にほっと胸を撫で下ろす。
「お疲れ様ベル………約束を守ってくれて、ありがとう」
ピキリとダンジョンの壁がひび割れ一匹の雄牛が産まれる。
雄牛は己の体を見回し、そして背後から襲いかかってきたモンスターを壁から取り出した斧で叩き切る。その斧は主人と再びまみえたことを喜んでいるように魔石を光らせた。
雄牛は目を閉じ闇の中で覚醒する直前の記憶を思い出す。
「そうか、自分は負けたか………む?」
自分の口から流れた流暢な『彼』の使っていた鳴き声が出たことに驚く雄牛。しかし満足そうに笑う。
『彼』との決着はついた。進化し、最高の武器を持った自分と、強くなって自分と戦った『彼』。あれ以上の戦いを求めるのは野暮だろう。
「話したいな、今度は」
雄牛は