ベル君に憑依して英雄を目指すのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
ギチギチギチギチ!
軋むような音を立てベルは黒紫の光を纏い屋根の上を駆ける。モンスターの反応はドンドン消えていく。確かにシルの言うとおり、出る幕は無かったのかもしれない。
が、それでも動かない理由にはならない。
「【呪われろ呪われろ偽りの英雄。救えもしない無力な力で試練に抗い煉獄に堕ちろ】」
日頃の訓練で、走りながらなら詠唱も唱えられるようになってきた。大幅に上昇した身体能力で、最後の反応に向かう。
ギチギチギチギチギチギチギチギチ!!
「あそこか」
レフィーヤは突如地面から現れた蛇のようなモンスターに対して魔法を放つ準備をする。モンスターは現在ヒリュテ姉妹を相手にしており、此方に攻撃することは出来ない。
単文詠唱で威力を抑え、モンスターのみを───
「────ッ!?」
その時、ピシリとレフィーヤの直ぐ近くの地面に亀裂が走る。レフィーヤがそれをギリギリ認識するも遅くそこから延びてきた蔓がレフィーヤに向かい、槍が蔓を弾いた。
「………え?」
「
ドドドドドッ!!
雨のように大量の武器が降り注ぎ蛇のようなモンスターに殺到する。が、刺さったのは僅かで殆どが砕かれた。
「ッチ、手持ちの武器殆ど無意味かよ」
バチバチと紫電を纏う武器が飛来した方向を見れば黒紫のオーラを纏い不気味な文様を身体に刻んだ白髪の少年が屋根の上に立っていた。見覚えがある。この前酒場で席をともにしたベル・クラネルだ。Lv.1ながらミノタウロスと渡り合ったと言うが、しかし目の前の敵が相手では役に立つのか解らない。何せヒリュテ姉妹の攻撃が通用しなかったのだ。
「
ベル・クラネルが叫ぶと黒紫のオーラは携えていた槍に全て移動し黒い雷を纏う。力の限り投げつけられた槍は更に不可思議な加速をしてモンスターに迫るがモンスターは数多の蔓で迎え撃つ。蔓を数本破壊した槍は軌道が逸れモンスターの一部を抉るだけの結果を残す。
「ッチ!」
無数の蔓が振るわれベルは屋根から飛び降りる。つい先程までベルが居た場所が破壊されベルは地面におり立つとレフィーヤの腕を掴む。
「ちょ、は、離してください!」
「騒ぐな!」
他者に触られることに忌避感を覚えるエルフとして思わず振り払いそうになったレフィーヤを次に襲ったのは肩が外れそうなほどの衝撃と浮遊感。
漸くベルに引かれ高速で移動したのだと気づくと放り投げられた。地面を転がり、文句を言おうと睨みつけると先程まで自分が居た場所が蔓によって破壊されているのが見えた。
「ベル、これ借りるね!」
「はあぁぁ!」
ヒリュテ姉妹は降り注いだ武器の中から無事なモノを掴み伸びきった蔓を切り裂くと、そのまますぐに捨てた。どうやら今ので欠けたらしい。
「ベルこんだけ持ってるなら一級品買ったら?」
「生憎、ダンジョンの外のモンスター用に作られたオラリオ外の製品なんだよ。外ではそこそこ上質だ」
ティオナの言葉にそう呟いたベルは襲いかかってくる蔓をかわし散らばった武器を拾い追撃してきた蔓を叩き上げる。
「───ッ!」
威力が殺しきれなかったのか顔を歪めるベルに迫る蔓。ティオナがそれを蹴りで吹き飛ばす。
「…………助かる」
「ベルはLv.1でしょ?助けるのはとーぜん!でも、速いみたいだから手伝って貰って良い?」
「……………ああ」
ベルはギチリと歯を噛みしめる。守られている。頼られてはいるが、期待されていない。これでは駄目だ、もっと強くもっと強くならなくては英雄になれない。この手で何かを救うことも出来ない。解っている。そんなプライドをひけらかしている場合ではないと。そんな事では誰も救えないと。ならば今は協力すべきだ。
「くっ!?」
が、向こうはそんなベルの心情など気にしない。無数に迫る蔓をかわしていると蛇のようなモンスターが鎌首を擡げ正体を現す。
「………はな?」
頭部が開いたその姿はまさに花。その中央にはハエトリグサのようになっており、歯並びの良い口も内部に確認できた。
「蛇じゃなくて、花!?」
「てか貴方さっきからずっと狙われてない!?何か餌持ってるの!?」
「多分魔力だよ!」
地面を文字通り滑り、いや地面より数センチ浮いて滑るベルは【エルトール】による磁気操作で高速移動している。こうでもしなければ追い付かれるからだ。
「
ベルは投擲用のナイフ数本を空中に放ると全て磁力で弾き飛ばす。口の中に飛び込んだ一本が運良く魔石を砕いたのかモンスターの動きがピタリと止まり灰になって崩れ落ちた。
「やったぁ!」
「終わったわね……」
と、肩の力を抜くヒリュテ姉妹。何も出来なかったレフィーヤは、ただの嫉妬と解っていながらベルを睨んでしまう。そして気づく、ベルの顔に安堵がないことに。
ベルは何処からか大剣と双剣を取り出す。それは先程ヒリュテ姉妹が武器の山から選んでいたのと同じ武装。
ベルだけは気付いていた。まだ終わってないことに。
「ティオナ、ティオネ、俺の持つ一番の品だ!」
「へ?何、プレゼント?」
「……違うみたいね」
ティオナは受け取りながら首を傾げティオネは地面から感じる振動に柳眉を釣り上げる。地面から、さらに三体の食人花が現れた。
ベルはギチギチギチと不快な音を奏で黒紫のオーラを纏う。
「来るぞ」
「「「ジャアアァァァァァ!」」」
アイズ・ヴァレンシュタインは目の前の男を睨みつける。ギルドの報告にあったモンスター。その残りは目の前の男が全て倒した。なのに戦闘音が響く場所があるのだ。
「………どいて」
「断る。彼処にはあの方が目をかけている者がいる。猿では、壁にならなかったのでな」
何を言っているのか解らないが、この戦闘音は彼の言う『あの方』が関係しているのだろう。そして、彼はそれを隠す気はないだろう。隠す必要などない。敵意が向いても叩き潰す自信がある。
オラリオ最強の冒険者、オッタル。【フレイヤ・ファミリア】の彼が唯一崇めるのは己の主神のみ。
「あの戦いに参加しないというなら、ここを通してやる」
「………フレイヤの奴、何考えてんのや」
ロキが睨みつけるがオッタルは応えない。ッチ、と舌打ちしたロキはオッタルの横を通り過ぎようと歩く。
「ウチが行ってもなーんも出来へん。見学はええんやろ?」
「好きにしろ」
「ほな、そうさせて貰うわ。アイズたん、全部終わったらウチから話したる」
「…………………」
アイズは剣を納め目の前のオッタルを睨む。その光景によっては、アイズは飛び出していくという自覚がある。そして、目の前の男を倒し向かうことが出来ないとも。
「………もし、私の仲間に何かあったら、この街の誰かが傷ついたら、貴方達を許さない」
轟ッ!と吹き荒れる風に髪を揺らされながらオッタルは微動だにせず佇んでいた。
「
大口を開けて迫ってきた食人花に、ベルは限界までチャージした黒雷を放つ。が、大量の蔓に防がれ、食人花本体も雷の余波をかわし花弁の一枚を焦がすだけに終わってしまった。
「ベル!これ切れ味悪い!」
「文句言うな一級ファミリア!」
食人花の蔓を斬るというよりは最早叩き千切っていたティオナが文句を言ってくるが、一級冒険者が満足する品などダンジョンの外で手にいれられる機会など早々ないし、あったとしてもベルが買えるはずもない。折れないだけでも満足して欲しい。
「───ッ!」
ガチン!とベルの頭上で食人花の歯が噛み合わされる。動きに対応され始めている。と、焦るベルの腹を蔓が殴りつける──
「っ、おおぉ!」
寸前で体をひねり蔓を押して逸らすベル。回転した勢いそのまま蹴りを放ち蔓を地面に叩きつけるが現状Lv.2相当のベルの力ではLv.5のヒリュテ姉妹の攻撃すら受け付けなかった食人花にダメージを与えられるはずがない。
であればベルに可能な有効打は、破壊さえ出来ればLvは関係ない弱点の魔石を狙うことなのだが、あいにくそんな余裕はない。
「ひっく、ぐす……」
「──な!?」
と、限界まで研ぎ澄まされていたベルの聴覚が、幼い鳴き声を捉える。逃げ遅れた少女が居たのだ。一瞬固まるベルに、食人花はその隙を見逃さず蔓を叩きつけた。
「───がは!」
「ひぃ!」
「「ベル!」」
飛んできたベルに顔を青くして叫ぶ少女とLvの低いベルが明らかに深層クラスのモンスターの攻撃が直撃したことに血の気を引かせるヒリュテ姉妹。
ベルは、幸い無事だった。無事とは言い難いが生きていた。生きてさえいれば
「────!?」
だが、それは魔力と体力が万全な状態の話だ。懐からマジック・ポーションを取り出し飲み込む。直ぐに傷の再生が再び始まり、少女を抱えて跳ぶ。
が、何とか少女だけは逃がさなくてはならない。
「ベルくぅぅぅん!」
「な、は?ヘスティア!?」
と、焦るベルの耳に聞き覚えのある声が響く。見れば路地からヘスティアが走ってくる姿が見えた。
「馬鹿やろう、逃げろ!」
「これ、使って!」
と、ヘスティアが布に包まれ何かを遠心力を加えて投げる。反射的に受け取ったベルは背後から迫ってきた蔓を防ぐのに使う。
「────!」
それは一般の短刀。ナイフより刃渡りが長く、それでいて長すぎない剣。オマケに蔓の一撃をもってしても欠けなかった。が──
「こんなん渡されてどうにかなるか!」
現状はさして変わらない。取り敢えず剣で攻撃を防ぎながら少女をヘスティアに渡し再び食人花に向かう。
「【呪われろ呪われろ──】ッ!」
やはり魔法を放とうとすると反応してくる。取り敢えず気を引くぐらいは出来るがティオナもティオネもベルが渡した武器では決め手に欠ける。
「他の冒険者達は何してるの!?」
「何で誰もこないのー!」
確かにおかしい。ヘスティアがこうして来たのはおそらく白髪の少年がモンスターを探して街中駆け回っているという情報を掴み、戦闘音を聞いてきたのだろう。ならば戦闘音に気づいた冒険者が来ても良いはず。こない理由は誰かに邪魔されているか気付かれてないか、或いは任せておけば安心な相手が此方に向かうのを見て直に倒されると思っているのか。
どちらにせよ、悪意を感じる。
「このままじゃジリ貧よ!」
「ベルー!私達に新しい武器!」
そんな余裕はない。これが浅層のモンスターなら余裕もあったろうがこのレベルを相手にしながら武器を取り出せるほどの技術はベルは持ち合わせていない。
「ッ!」
蔓が振るわれ吹き飛ばされそうになる。ナイフで受けると同時に身体を回転させ逸らすがやはり腕がビリビリ痺れる。こんな奴を相手に素手で戦っていたヒリュテ姉妹は流石一級冒険者だ。素直に嫉妬する。
「…………ああ、その手があったか」
「なになに、何か手があるの!?」
「だったらそれを早く使いなさい!」
「………これは賭けだ。失敗する確率もあるし………二人が俺を信じてくれなきゃ行えない」
「私は信じるよ!」
「…………仕方ないわね。失敗して団長に見せられないような傷出来たら殺すわよ」
救援も来ず手持ちの武器もない状況で、死ぬことではなく傷が残ることを気に出来るのはやはり一級冒険者の余裕か。ああ、実に羨ましい。妬ましい。故に、可能性がある。
「取り敢えずレフィーヤの側に……んで、少し離れててくれ」
「は!?まさか一人でやる気!?」
「それはいくら何でも!」
「賭けが成功したら危ないのは寧ろお前等だ」
「…………その自信、信じるわね」
「死んだら許さないから!」
と、ヒリュテ姉妹はレフィーヤを抱えて距離を取る。
このスキルを使うのは初めてだ。だから、詳しく知らない。敵対時に相手に使えると言うがその相手が敵対している敵なのか、それともスキル名通り
だからこそ、これは賭だ。
「
「───!?あ、う……」
「くっ……何、これ……」
瞬間、ティオネとティオナに巻き付くような蛇の紋様が現れる。そして二人の身体から力が抜けていく。虚脱感から膝を突いた二人はしかし気付いた。これは虚脱感ではない、喪失感。自身から何かが奪われていくような感覚。では、奪われた何かは何処へ?
「………はっ」
ベルは笑う。獰猛に。その身に巻き付く蛇の紋様はティオナ達に巻き付く紋様と効果は異なる。ベルは賭けに勝ったのだ。
「─────!!」
ズドォォォン!
とベルに向かって食人花の花が迫り地面を割り土煙が上がる。
「ベル君!」
「ベル!?」
「ちょっと!?」
三者三様の反応をする中とん、と着地する音が聞こえる。見れば食人花の後方にベルが立っており、ベルに襲いかかった食人花が細切れになる。
「───────!?」
「
仲間の死に混乱しながらもベルに向かって蔓を伸ばす食人花だったが遮るように現れた鉛色の壁に防がれる。それはベルが投げつけ、砕かれ、戦闘の余波で細かくなった武器の成れの果て。
ベルが片手を上げると連動するように動く。
「
ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!
耳障りな音を立て鉄の破片達が渦を作り互いにぶつかり合い火花を散らす。その渦は槍のように先端を尖らせ食人花に迫り食人花は蔓を束ねた槍で迎撃しようとするが一瞬の拮抗もなく本体諸共ズタズタに引き裂かれた。
「────!!」
残った一体が取った行動は細切れにされた仲間の花の部分を食らう。バキリと硬い何かを噛み砕く音が聞こえ食人花の茎や花に毒々しい斑模様が浮かび上がった。
「此奴、強化を!?」
モンスターが魔石を食らう事で自身の力を高める強化。それを食人花が行った。
強化されたことの全能感に酔ったのか、食人花は真正面からベルに迫る。
「嬉しいか。強くなれて………俺もだよ」
今のベルにチャージタイムは必要ない。故に黒雷ではなく、青白い雷が迸る。
「
地上から天に向かって伸びる青白い光の柱。殆どの住人はそれが何かを理解できなかったが、猛者は主を迎えに歩き剣姫は美しい光に目を奪われていた。
ある女神は細い目を見開き、ある女神は頬を染めうっとりと光を放った少年を見つめ、呆然と固まる友神を後目に迎えに来た配下の下に向かっていった。