ベル君に憑依して英雄を目指すのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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バケモノの涙

「オアァァァァァ!!」

「ギャ──!?」

 

 ウィーネは尾を振るいダイダロス通りから漏れ出たモンスターの頭を砕く。

 

「ひっ──」

「バ、バケモンだぁ!」

「子供が捕まってるぞ!」

 

 ウィーネの手の中にいるライは周りの言葉に顔をしかめる。

 本当だったらもっと奥に逃げているはずなのに、聞こえてきた悲鳴にウィーネが反応したからこそこんな人通りのある場所に来てしまったのに。

 

「───ウィーネ姉ちゃん………」

「…………ウゥ」

 

 理性の宿らぬ瞳で、しかし思いやりだけは感じた。

 こんなに優しいのに、モンスターと言うだけで………。

 

「………俺も同じか」

 

 バーバルに会うまでは、モンスターをただ殺す冒険者に憧れた。

 ベルが初めてウィーネを連れてきた時も、内心では何をしているんだと思った。けど、女の子なんだ。どんなに強くても、人じゃなくても、ウィーネは女の子で、ベルは父親だった。

 

「………ベル兄ちゃん」

 

 

 

 

「オオオオオ!」

「ガアッ!」

 

 インプの群が襲いかかったが咆哮だけで吹き飛ばす。トロールが棍棒を振り下ろせば翼で防ぎ、そのまま弾き飛ばす。ヘルハウンドが炎を吐けば両翼を羽ばたかせ炎を返し、耐性故に持ちこたえるヘルハウンド達を尾で押しつぶす。

 あっという間にモンスターがいなくなり、ウィーネが咆哮をあげる。

 

「ウィーネ姉ちゃん、早く離れよう。冒険者が来ちまう」

「う………」

 

 ダイダロス通りの方が騒がしく、そちらに殆ど赴いていただろうがウィーネが悲鳴に反応したように他の冒険者だって此方に向かっているはずだ。ウィーネの五感は確かに優れているがそれは上位の冒険者も同じこと。

 だから、その声はライには死に神の足音に聞こえた。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】──」

「ヴ──!?」

「【ディオ・テュルソス】!

「ギ、ガァァァ!?」

「ウィーネ姉ちゃん!?」

 

 一条の雷がウィーネの背に当たる。威力は少ないのか、あるいはライがいるから手加減されたのか致命傷には成らずともその場で倒れる。

 

「うおおお! 無事かガキィ!」

「え……わ!?」

 

 と、ライは見知らぬ男に引っ張られる。

 

「後は任せたぞ【白巫女】(マイナデス)!」

「ああ、任された……」

 

 凛とした声が響く。

 そこにた立つのは美しい黒髪のエルフ。鋭い目つきでウィーネを睨んでいた。

 

「マイ、ナデス? それって、Lv.3の……フィルヴィス・シャリア?」

「お、知ってるか坊主。そうそう、Lv.3だが魔法剣士様だ、あの怪我してるヴィーヴルなら余裕だろう」

「─────ッ!」

 

 冒険者に憧れているだけあり冒険者については詳しい。当然フィルヴィスについてもある程度知っている。実力者であることも。

 

「は、放せ!」

「お、おい暴れんな!? 混乱してるのか、いったんモンスターから離れろ………」

 

 助けたはずの少年に暴れられ、モンスターに捕まり恐慌状態になったのだと判断した男はライをモンスターが見えぬ位置に連れて行き落ち着かせようとする。たとえLv.1であろうと冒険者だ、ライの力では振り解けない。

 

「暴れんなって、モンスターなら直ぐ倒されるから」

「それじゃあ───」

「それじゃ困るんだよ、ガキの死体見せられねぇだろ?」

 

 ゴロンとライの目の前の何かが落ちて転がる。それは男の顔だった。

 

「─────!?」

「「「オオオオオオオオ!!」」」

 

 ライの絶叫はモンスターと冒険者の戦いを見守る住民達の声でかき消される。誰もがLv.3の冒険者とモンスターとの戦いに夢中な中、その大男は血走った目でライを見ていた。

 

「お、お前あのヴィーヴルに守られてたよなぁ? 俺を無視して、お前等みたいなガキを……ヒッ、ヒヒ………ヒヒヒヒャハハハ! ふっざけんなよあの蛇女ぁ! バケモンはぁ! 俺をぉ! 恐れてりゃ良いんだ、怖がって、許してくださいって震えてりゃあ! なのに、なのにあの女ぁ!」

「────ッ!」

 

 怖い。目の前の男が怖い。

 正気ではない、狂気に染まった瞳。唾を垂らしながら歪んだ笑みを浮かべる口。

 

「───あ、あぁ……たす、助けて……」

「ああん? ひ、ひひ! そうだよ、その顔………その顔だよぉ!」

「母さん………ベル兄ちゃん……」

「あぁ?」

 

 と、男は顔を歪める。

 

「ああ、またかよぉ………てえめぇもぉ、俺を無視しやがるのかよぉ!」

「───ウィーネ姉ちゃん」

 

 男は禍々しい、触れただけで呪われそうな剣を振り下ろし、鮮血が舞う。

 だがそれはライの血ではない。

 

「………姉、ちゃん……?」

「ヴゥゥ……」

 

 ウィーネがライを抱き締め、庇っていた。

 

「ヒヒャ………アーヒャヒャヒャ! マジかよぉ、ばっかじゃねぇのぉ!?」

「ギ、ア………」

 

 ライを抱き締めるウィーネの背に赤い線が走り、血が滴り落ちた。

 翼の片方が大きく焼けており、そんな状態でも自分がいたぶられているのを笑っていた住民を傷つけぬように飛び越えて、背中から放たれる魔法をも無視して。

 

「そんなにそのガキ守りたいのかよぉ? 死ぬぞぉ、死んじまうぞぉ!? ひひ、ひゃははは!」

 

 狂ったように笑いながら何度も何度も剣で突き刺す。それでもヴィーヴルはライを抱き締めたまま放さない。

 

「やめてほしけりゃよぉ、頼んで見ろよぉ! お願いします、許してくださいってよぉ! ひゃひゃひゃひゃ!」

「ウィ、ウィーネ姉ちゃん! もう良いから、離れて! 逃げて!」

「ひひ、逃げても良いんだぜぇ? まあそのガキ死ぬけどなぁ! いひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 人間が幼い子供を殺そうとして、それを必死にモンスターが守っている。その光景に、ヴィーヴルと戦っていたエルフは困惑していた。

 住民達は混乱していた。

 そして、兎は憤怒の念を覚えた。

 

「あひゃひひひ────はれ?」

 

 腕が消える。血の様に赤い瞳に睨まれ動きが止まる。その顔に蹴りが突き刺さり、男の体が吹き飛ぶ。

 

「────殺す」

 

 ゾワリと放たれる殺気にその場の誰もが硬直する。

 

「───お、とう………さん……?」

 

 その殺気も、その呟きにより霧散する。

 

「ウィーネ!待ってろ、今──【砕け散れ邪法の理】!」

 

 ウィーネの傷口から悍ましい魔力を感じたベルは即座に呪いを解く。万能薬(エリクサー)をかけると傷がどんどん癒えていく。

 

「ほら、紅石(いし)だ! ヘルガが見つけてくれたんだぞ……」

 

 ベルががらんどうになった額に紅石を嵌めると、ウィーネは瞳に理性を戻し微笑む。

 

「おとうさん………ライ」

「ウィーネ姉ちゃん!」

 

 口を開いたウィーネにベルが、ライが笑みを浮かべる。ウィーネが手を伸ばし爪で傷つけぬようにそっとベルの頬に触れ、その手が灰となって崩れる。

 チリンと鈴が鳴る。

 

「──ウィーネ!」

「ウィーネ姉ちゃん………?」

 

 尾が崩れ落ち、徐々に上半身に向かっていく。

 

「……夢を、ね………みるの………ずっとひとりで、わたしからみんな、だれかをまもるの………」

「やだ、やだよ! 何で───!」

「くそ、まさか魔石を───」

「憧れてたの………羨ましかった、まねしたかった………だから、うれしかった………家族って言ってもらえた、遊んでもらった………マリア、ライ、ルゥ、フィナ、オシアン……孤児院の皆…それにおとうさん……皆、大好き」

「おいまて! 行くな、ウィーネ!」

「待ってウィーネ姉ちゃん! 死なないで、死んだら……もう遊べないんだよ!?」

「良いもん。わたし、もうたっくさん遊んだもん───」

 

 別れを悲しむように泣き、惜しんでくれる存在に喜び笑い、消えた。

 

「「──────」」

 

 崩れ落ちた。灰の山が残る。

 モンスターが子供を庇い、人を父と呼び、人の様に喋り人の様に泣き人の様に笑い、人に悲しまれながら消えた。

 

「なんで、くそ! 俺が、もっと早く!」

「やめろよ! これは、姉ちゃんが人を助けようとした結果だ! ふざけたこと言うとぶん殴るぞ!」

 

 ベルの後悔にライが叫ぶ。どちらの目にも涙が浮かんでいる。モンスターの為に涙を流し、しかしそれを咎めようと、罵倒しようと思える者はこの場には居なかった。

 

「死なせはしないとも、絶対に………」

 

 だから誰も、黒衣の魔術師(メイジ)の詠唱を止めようとはしなかった。

 

 

 

 

「……ひ、ぐ……()でぇ、ひへぇよぉ……」

 

 グランは前歯全てと顎の前部を蹴り砕かれ血をボタボタ垂らしながら壁づたいに歩く。

 

「ひくひょぉ………あいちゅまでおれをむひひやがって………こりょすぅ、じぇったいこりょすぅ!」

「そいつは無理だろ」

「───!?」

 

 その声に振り向くと槍を携えたゴーグルの男、ディックスが立っていた。

 

()()()()()()

「ギィィ──!」

 

 その言葉の意味が分からないグランではない。奇妙な声を上げながらディックスを睨んだ。

 

「へめぇ! ふじゃけやぎゃってぇ! ちぇめぇだってたにょしんでたりょうが! ばけみょのいためちゅけて、わりゃってたりょうが! うりゃぎりやがって、こりょすぅ! ぐちこりょすぅ!」

「ああ、そうだな。俺は楽しんでたよ。人を殺して、人に殺されるつー生き方しかできねーはずの、俺と同じ決められた生き方しか出来ねー筈のモンスターが空を見たいだ人と話したいだの話してるのを見て、イライラした。勝手に共感して勝手に裏切られた気分になって、呪って痛めつけて罵倒して苦しめた」

「しにぇやぁぁぁぁ!」

「だから────」

 

 片腕の出血を押さえていた手を放し殴りかかってくるグランに、ディックスは槍を心臓に向けて突く。

 

「───俺を殺して良いのは異端児(ゼノス)だけだ」

「────あ」

 

 槍が引き抜かれ血が舞う。

 嘗ての友の死体を前に、ディックスは目を細める。

 

「………んで、俺を殺してみるか? ラーニェ」

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